荒地に降る雪 (前編)
どうにかなるはずも無い想いだった。
それが、思いもかけずに触れ合えるようになった。
………身体だけとはいえ…。
それでも身体を重ねれば、情も移る。
そうして、少しでも自分を必要としてくれるようになればいいと…、そんなありえない期待を抱いた自分をばっさりと切り捨ててやりたかった。
攘夷戦争に参加していたらしい。
『白夜叉』ともてはやされた人物と酷似する容姿と実力。十中八九それは彼だろう。
表面でどれほどの武勇伝があろうと『戦争』というものの実態が、そんなにキレイなわけは無い。
その渦中のど真ん中に居た彼に、どれほどの葛藤と苦しみがあったか…。
それは、部外者である自分には想像することしか出来ないが。
誰よりもタフに見えて、実は繊細な彼はその一つ一つに傷つき。そして、自分でその傷を癒してきたのだ。
それは想像もつかない強さ。
自分などとは器が違う。
分かっていた。『それでも』…と。
それでもいつか、自分も追いつくと。
追いつけないまでも、彼の支えの…その小さなつっかえ棒にでもなれれば…と思っていた。
いつの間にか姿を消した部下にため息をつきつつ、半ば諦め気味に巡回コースを回る。
煙草をふかしながら、ふと空を見上げた。
どんよりと曇る寒い日。……雪になるかもしれないな、と思った。
この角を曲がれば、かぶき町へと入る。
今日は会えるだろうか?と少しだけ期待した気持ちで歩を進めたとき。
その光景が目に入ってきた。
それほど大きくは無い呉服店の前。
見慣れない羽織袴の銀髪。
その隣には、やはり晴れ着の若い女性。
並んで笑っていた。
周りを取り囲む家族や親戚と思しき人も、皆笑っていた。
漏れ聞こえる声には、『婚約』とか『めでたい』とか…。
ああ、結婚すんのか…。
そうだよな。あいつも、もういい年だし。
結婚したっておかしくない。ってか、当たり前のこと。
自分との関係の方がおかしかったのだ。
そう、おかしいから…。
こういう場合、どうしていいか分からない。
わざわざ声を掛けるべきなのだろうか?
…友人ならそれもいいだろう。
それとも、知らん振りして通り過ぎるべきか?
…顔見知り程度なら、それもおかしくない。
ならば、自分は?
迷いながらも機械的に足は動き、集まり笑いあう集団のすぐ傍まで来ていた。
ふと、あいつの目が俺を捕らえた。
あ…。という形でかたまった口元。
気まずげな顔。
………つい立ち止まってしまった自分の足。
このまま通り過ぎるべきなのは分かっていた。
けど、一度止まってしまった足を自然に前に出すのには、どうしたら良いのか分からなくなってしまっていた。
二人を取り巻いていた人たちもこちらに気付き始める。
「銀さん、お友達?」
銀時と腕を組んでいた女性が笑う。
「あ……や、友達…っつーか…。」
困ったようにあいつが頭をかく。
セフレですとはまさかいえないのだろう。
ただ、なんとなく違和感を感じて。何か変だと感じた、その時。
「キャー、どろぼーーーうっ。」
と、通りの向こうで悲鳴が上がった。
煙草を投げ捨て、とっさに足が動いていた。
いつもなら舌打ちの一つもするところだが、今日ほど助かったと思ったことは無い。
逃げる男を追いかけ、奪ったバッグを取り返し。
被害者の女性の保護や、屯所への連絡などを機械的にこなす。
駆けつけたパトカーに、何食わぬ顔で乗っていた部下を怒鳴りつけたり。
犯人をパトカーに蹴り入れたり…。と。
一通り終わった頃には、めでたい集団は店の中に入ったのか、もう解散したのか。見えなくなっていた。
アレは、夢だったのだろか?
一瞬そう思うが、そうではないことを自分は知っていた。
つまり、あいつが選んだつっかえ棒は俺ではなく、あの女性ということなんだろう。
ただ、自分でなかった…というだけだ。
そう。つまり、もう終わり…ということだ。
いつかは、この日が来ると分かっていたはずなのに。
分かってはいても、本心では分かりたくも無かった。
甘い睦言なんか、無かったのにな。いったい何を勘違いしたんだか。
身体をあわせ、熱を共有しあったら。それっきり。
余韻を味わうまもなく、シャワーを浴びて部屋を出る。
あいつがそうすれば、自分だけ寝ているわけにも行かなくて。
だるい身体に鞭打って、崩れそうな膝を気力で奮い立たせてなんでもない顔をして宿の前で別れる。
それも月に一度か二度あるかないか。
たった、それだけだった。
たった、それだけだったけど、それがとっても大切だった。
ああ、この身体には。
ほんの数日前に付けられた痕が…まだ残っているのに…。
何も残そうとしないあいつが。
キレイに付くね。と笑ってつけた痕。
これが消えてしまったら…、もう本当に何もなくなってしまうのだ。
そんなのは嫌だ。と、言う権利は自分にはないのだろうな。
伝える努力を怠った自分には。
伝えたところで、ドン引きされてそれっきりだったろうけど。
それでも好きだと伝えていたら、何か変わっただろうか?
小さく苦笑した目の前には、なにやら白いもの。
「雪……。」
ちらちらと降り始めた雪。
他の隊士は、制服の中に着込んだりコートを羽織ったりするが、自分はそれによって動きづらくなるのが嫌でマフラーくらいしか防寒対策はしていない。
先ほど泥棒を追いかけたときにかいた汗が、冷え始めていた。
道理で寒いわけだ。
差し出した手のひらに、ほとりと落ちて雪はすぐに溶けてしまった。
こんな風に、この気持ちもいつか溶けてなくなるのだろうか?
そうだったらいい。という思いと、無くしたくない。という思い。
二つの気持ちをもてあまして、そんな自分に苦笑したとき。
「多串くん!!!」
悲鳴のような声が少し離れたところから聞こえた。そして、どんと何かがぶつかってくる。
腰の辺りに熱い感触。
「真選組副長、土方十四郎。討ち取った。」
すぐ傍から、荒い息と聞きなれない声。
とっさに自分の刀を抜いて、切り捨てた。
ぐお…と蹲る男と、自由に動かない自分の身体。
おかしいと思い改めてみれば、脇腹に1本の匕首が突き刺さっていた。
?
熱い…と思ったのはこれか?
握った刀が、ガシャンと落ちる。
崩れる体を、強い腕に抱きかかえられた。
「多串くん!しっかり。」
「あ…?」
霞が掛かり始めた視界に映ったのは…。
「ちょっと待ってなよ。」
懐から出した手ぬぐいで、傷口を押さえながら慎重に匕首を引き抜く。
ただ熱くて、痛みなんか分からなかった。
分かるのは、身体を支える力強い腕と甘い匂い。
「いま、屯所に連絡入れたから。」
その手にあるのは自分の携帯電話で…。いつ抜かれたのかも気づかなかった…。
「………。」
「ん?なに?」
もう、会えないと思っていたのに…。
けど、多分もう最後だと思うから。
伝えたいと思っていた、たくさんの想い。
ああ、けど、それは伝えちゃいけなかったんだっけ。
いまさら伝えたって、迷惑だし。あの女性にも失礼だから。
この思いは、全て自分が持っていく。
だけど、これだけは許して欲しい。
一度だけ、最後に一度だけ。わがままを許して欲しい。
「…ぎ…。」
「ん?大丈夫か?救急車も呼んだから、大丈夫だからな。」
大丈夫、大丈夫。と繰り返すあいつに。
多分にっこりと笑いかけていただろうと思う。
苦痛にゆがむ顔よりも、笑った顔を覚えていて欲しいから。
「銀、時。」
「………っ、多串くん!?」
本当は、ずっと名前を呼びたかったんだ。
そう思った途端、意識は途切れてしまった。
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土方、死にませんのでご安心を。
(08、02、13)