君の言葉を聞かせて 7
「ん………。」
「おう、目が覚めたか。」
ふと気付くと、見慣れない天井が目に入り。
見慣れた銀髪の男が自分の顔を覗き込んでいた。
「………あ…。」
「ったく、何度目だよ、これ。…んで?お前はお瑠璃か?多串くんか?」
「……多串じゃ、ねえ。」
「ああ、戻ったんか。」
「彼女の望みがかなったから…。」
体が鉛のように重かった。
他人の魂を自分の体に入れるということは、思ったよりも体に負担をかけていたのだと改めて思う。
「どこだ…ここ?」
「あの店から、それほどはなれてない宿。さすがにもう、屯所まで運ぶのは勘弁してくれよ。ここで休んで、歩けるようになったら送ってく。」
了解の意味を込めて、目を閉じた。
体は重いのに。眠れそうになかった。
気分が高揚しているのがわかる。
これは…瑠璃の感情が、まだ残っているからだ。この体の中に。
「ひとつ聞いていいか?」
土方が眠っていないことに気づいたのか、静かに銀時が聞いてきた。
「なんだ?」
「お前は何で、自分とは何の関係もない彼女に体を貸そうと思ったんだ?」
「………俺と彼女が同じだったから。」
「同じ?……ああ、あの子もそんなことを言ってたな…。」
「ああ、『同じ』だった。それに彼女には時間がなかった。…だからだ。」
「最初から、分かってたんだ?彼女の体のこと。」
「ああ。」
「それは、『同情』したとか…そういうこと?ほっておけないとか?」
そういう感情なら、銀時にも理解できるのだろう。けれど。
「そうじゃない。『同じ』だったんだ。」
「………?わからねえよ。」
「だろうな。」
「………。」
幾分むっとしたように黙り込む。
『お前には理解できない』という意味に捉えたのかもしれない。けれど、そうじゃないのだ。
自分と銀時は『同じ』であってはいけないのだと思う。
『違う』からいいのだ。違うから、一緒にいたいと思うのだ。
そのへんのところを説明すべきだろうか?土方が思案し始めたとき、グイと唇をぬぐわれる感触に、はっと目を開けた。
「?」
なんだ?と見上げると、ひどく苦しそうな表情の銀時が土方の唇を指でぬぐっていた。
その指に移った紅。
ああそうか。自分はまだ、女装したままか。
「とっちまえよ、そんなもん。」
唸るように言った銀時は、土方の唇の紅をぬぐうように口づけてきた。
「な……に……、…んん …。」
何度も何度も、舌で唇をなぞられる。
これは、いわゆる『キス』というものになるのだろうか?
しつこいくらいに何度も唇が重なり、夢中で息が上がったころようやく解放された。
思わず、はあ、と甘い息をつく。
見上げた銀時の顔は、なぜだか泣きそうだった。
土方はそっと指を銀時の口元へと伸ばした。
「…なんだよ?」
「お前にも付いたぞ。」
そっと唇の隅の方をなぞる。
たぶん自分は笑っていたかもしれない。つられるように、銀時の表情も穏やかになった。
銀時は、今度はゆっくりと顔を近づけてくると、やわらかく口づけた。
その感触を確かめるように、何度も何度も繰り返す。
「なあ。」
「ん?」
「今、シテいい…?」
「………。」
「このあと屯所へ戻ったら…。お前、仕事に戻っちまうんだろ。」
「………。どうせ、今日は仕事になんねえ。」
土方はそうつぶやいた。
「そ?」
ならばOKだろうと、首筋に顔をうずめてくる銀時を、やんわりと押し返した。
「だ……だめだ。まだ、……引きずってるから。」
「?何を?」
「彼女の…想いを…。」
「…それは…あのヤローを好きだってことか?」
「そうじゃない。…想いを告げるときの緊張とか、不安とか。そして、拒絶されなかった喜び、告げられたという安堵。…それから……。やっぱり死にたくないって悔しさとか…。
とにかく彼女が抱えていた感情がまだ俺の中にたくさん残ってて…。」
そんなまま抱かれたりしたら、自分がどうなってしまうか分からない…。
「いいよ、全部見せて。」
「…だ……めだ……。」
体ごと横を向く。
きっと抑えが利かなくなる、感情のままに好きだと叫んでしまうかも…。
いつだって抱き返したかったその背中に、手をのばしてしまうかも…。
銀時の手が伸びてきて顎をぐいと掴んで戻されて、再び正面から見つめあう。
…あれ、こいつ怒ってるのか…?
「ちゃんと確かめさせろよ。お前が戻ってきたんだって。」
「…え?」
「畜生!お前全然分かってねえ。この何日か、俺がどれだけいやな思いをしてたかなんて、ちっとも分かっちゃいねえんだ。」
「…あ。」
女装した男と街中を並んで歩かなきゃいけなかったのだから、それは相当嫌だっただろう。
「そうじゃねえよ!お前はいつだってまっすぐ俺を見るのに!彼女はそうじゃなくって。こっちを見てても視線は俺を通り過ぎてどっか違うところを見てやがる。」
「よろず…や…?」
「さっきだってなんだよ、あれは!お前が!…って、中身は違うのは分かってっけど。けど、お前が!他の男に思い告げてんところを目の前で見せつけやがって!」
「………え…。」
「しかも、ぶっ倒れた体かかえてみれば、明らかに痩せて軽くなってんじゃねえか!人の魂体に入れるなんて、それだけで相当体に無理かかってたんだろう!なのに、何で!?」
「お…まえ…。」
「死んじまっても良かったのかよ!こんなことで!?」
「………。」
銀時…お前…。
「…泣いてる…のか……?」
「泣いてねーよ!」
駄々っ子のように叫び返す銀時の目もとをそっと拭うと、その頭を抱き寄せた。
「言っただろう。俺と彼女は『同じ』だった。」
細くて小さかった瑠璃。そんな彼女が一世一代の決心と勇気を振り絞って叶えた願い。お前が言ったように…俺の願いも…叶うだろうか?
ぴょこぴょことあちこちに飛び跳ねた銀色の髪をなぜる。ああ、やっぱり柔らかくて気持ちいい手触りだった。
「自分の力が足りないせいで、死なせてしまった奴らの墓参りに行くと、俺はいつも悔しくなる。」
ふう、と土方は小さくため息をついた。
「そんな悔しい気持ちに、たぶん彼女の死にたくないのに、もう長くは生きられないっていう悔しさが同調したんだと思う。…あのとき、声だけで『お願いがある』って言われたけど、俺はあわてて逃げた。」
寺で見えない何かに声をかけられれば、そりゃあ怖かっただろう。と、自身も怖いものが大嫌いな銀時は、からかう言葉はあえて口にせずに先を即した。
頭を少し持ち上げて、土方の話を聞く体制になる。
「そして、寺をでたときに、お前の姿が見えた。」
「俺?…ああ、あのときか。」
確かに寺から出てきた土方と目が合った。
「あの時、彼女は完全に俺の中へと入ってしまったんだ。…彼女の…、好きな人に対する想い。せめてきちんと思いを伝えたい。けど、もうすぐ死んでしまうのに伝えたら、相手は迷惑に思うんじゃないか…という不安とか。…とにかく、彼女の持っていた想いとおれの想いがピタッと重なってシンクロしてしまった。」
「………。同じってそういう意味だったのか…。」
…って、アレ。『好きな人に対する想い』…?って…?
「あの時点で彼女がもう数日持つかどうかという容体なのは分かってたから…ほんの数日間だけなら…いいかと思ったんだ。」
「………。」
「…俺も……、ずっと、迷ってた……から…。」
「…うん?」
言いづらそうに口ごもる土方に首を傾げる。
「多分、お前は。…後腐れの無いのがいいんだろうって、思ってた。気持を伝えて、『重い』とか『ウザい』とか言われて疎遠になるくらいなら…。このままでも良いんじゃねーか…とか…。」
「…な…んの、話…。」
「………好きだ。」
「………っ。」
「お前が、好きだ。」
そういってまっすぐに銀時を見上げてくる。
その瞳はきれいで清々しくて …。
「ばっか、お前。俺を殺す気かよ!」
ギュッとその体を抱きしめた。
「心臓がバクバクして、死にそうだよ、コノヤロー。」
「俺なんか、お前と一緒にいるときは、いつだってドキドキしてるぞ。」
当たり前に言われて、更に照れくさい気持ちになる。
「馬鹿言え、俺の方が絶対にお前を好きだからな。」
「………。」
言葉に詰まった土方を伺えば、驚きで目を見張っていたものの。隠しきれない嬉しさから柔らかな笑みを浮かべていた。
「やっぱ、今、する。」
そういって、鬘を取り去り、女物の着物を脱がせた。
現われたのは、幾分痩せたもののまぎれもない男の体で、土方で…。
「ああ、…やっと、本当に戻ってきた…。」
心の底から安堵して、再びその首筋に顔をうずめると。
今度は押し戻されることはなく、いつもはぎっちりとシーツを握りしめている腕が、そっと背中にまわされた。
シテいることはいつもとそれほど変わらないはずだった。なのに、気持を確かめ合ったというただそれだけで、いつもの何倍も気持ちが良い。
それは土方も同じようで、いつもは切れそうな程かみしめている唇から甘い嬌声が何度も上がる。
「ば …っか。ア……な…くな…。」
「泣いてねーよ、ばぁか。」
好きだっていう気持ちを、ただ返してもらっただけなのに。それが、それだけのことがこんなに嬉しい。
嬉しくて嬉しくて、嬉しすぎて。なんだか体中がこそばい位に幸せで。
自分が幸せだなんて自覚したら。
なんでだか涙が止まらなくなった。
泣きたくなるほどの幸せが、この世にあるだなんて、今まで知らなかったんだ…。
20080911UP
END
これにて連載終了です。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました。
感想など頂けると、うれしいです。
(08,09、15)