君の言葉を聞かせて 6

 

 屯所へ帰れば、再び大騒ぎで。

 表向き瑠璃のためにとあてがわれている部屋に布団を延べ、彼女を横たえる。

「…何がなんだか…。」

 途方にくれたように近藤がため息をつく。

 沖田や山崎は仕事で外へ出ているために、今は近藤と銀時だけが傍に付いていた。

「とりあえず、瑠璃が『望み』だと言っていたことは叶えられたと思うんだが…。その後すぐに倒れちまったから、この身体の中にある魂が、まだ瑠璃のモンなのか多串くんに戻ったのか分からねえんだよ。」

「そうか…。悪いな坂田。一昨日に引き続き今日までトシを運んでもらっちまって。」

「いいけどさ。ただ、女装してたって元の身体は男だからねえ。結構キツイんだよね。」

 しかも自分と体格の変わらない男なのだ。それなりに鍛えてある体は、やはりそれなりに重い。

「面倒ついでに、このまま目覚めるまで付いててやってくんねえかな?俺、これから城で会議なんだ。」

「ああ、しゃあねえな。乗りかかった船だし。」

「悪い。」

 そういって近藤は部屋を出て行った。

 やることが無いほうがなにやらいたたまれない。

 幾分青白く見える顔が心配だが、今できることは目覚めるのを待つことだけだ。

 近藤が出て行ってから30分ほどした頃だろうか、ふと眼を覚ました。

「お、目ェさめたか?お瑠璃なのか?多串くんなのか?」

「………。」

 ぱちぱちと瞬きする目があたりを彷徨い、銀時を見る。

 一瞬射抜かれる視線。

 銀時の背筋がゾクリとした。

「お、多串、くん?」

「………。ア。」

 ガバリ、と腹筋だけで起き上がると、土方はそのまま部屋を飛び出した。

「え、お、あ…?」

 わけもわからず後を追う。

 屯所の建物の玄関で追いつけるだろうとタカをくくっていた銀時は唖然とした。

 土方は、草履も履かずに足袋のまま地面へ飛び降りたのだ。

「ちょ、多串くん!?」

 あわててブーツを履く間にも、土方はどんどん走って行ってしまう。

「おい!どこへ行くつもりだよ!!」

 鬘の髪を振り乱し、着物の裾を乱して走る姿はまるで狂女のようだ。

 屯所内にいた隊士たちも、唖然と見送る。

 元は男の体だ。そのまま走って行かれたら銀時は追いつくことができなかっただろう。

 けれど、着なれない女物の着物のせいだろう。裾が上手くさばけないのか、少しずつ距離を縮めることができた。

「おい、待てって!」

 もう少しで追いつける、というとき。

 ………。あれ?

 ふと気付くと、最初に土方が倒れた寺の方向だった。

 なんだ?墓へと戻ろうって言うのか?…いや、瑠璃は本当はまだ死んでないんだよな。…じゃあ?

 そのまま寺へ行くのかと思った時、不意に土方が角を曲がった。

 そちらは商家が並ぶ一角で…。

 『ここ、この間、来たよな。』

 最初に瑠璃の家があるかもと探しまわった場所。

 その中の1軒の商家へ、土方は迷うことなく駆け込んだ。

「や、ちょっ、…。」

 なんだよ?この家?

 思い返してみれば、確かこの家は『総一郎』の名前を出した途端に家人が顔色を変え、追い出された店だ。

 …まさか…。

 あわててあとを追って中に入れば、土方が家人に止められていた。

 そりゃあそうだろう。髪振り乱し、着物も乱し、足袋のままの美人だけどやたら大柄な女が、息を切らせて駆け込んでくれば。とりあえず不審者と思って正解だ。

「中へ入れてくれ!……お瑠璃が……。」

「お通しすることはできません。御身分をはっきりさせてください!」

 あれ、今『お瑠璃』って言ったよね。

 …ってことは、土方に戻ってんのか!?

 あの土方がこれだけ取り乱すってことは、何か切羽詰まった事情があるのだろう。

 銀時は、土方を止めようとする家人を羽交い絞めにした。

「まあまあ、ちょっと待ってよ。一見不審者に見えるのは否定しねえけどさ。この子ね、お瑠璃の友達なんだよ。お瑠璃の願いをかなえようと、この数日奔走したんだよ。ちょっと、お瑠璃に合わせてくれてもいいんじゃね?」

「お嬢様は…。」

「うん、臥せってるのはわかってるよ。」

「…おまえたち…。」

 すると、店先の騒ぎに気づいたのか、奥から店主と思われる男が出てきた。こいつがお瑠璃の父親か?

「いったい何事だね?何の騒ぎだ?」

「あ、旦那さま。」

「…何だね、君たちは。」

「あ、あんた、お瑠璃の親父さん?」

「瑠璃を知っているのか?」

「何でも、お嬢様のお友達だそうで…。」

「友達だとう!?…瑠璃は体が弱くてほとんど外に出たことがないんだぞ。外に私の知らない友人がいるはずなど無い!」

 あちゃあ、『体が弱い』…ってそんなにひどかったのか?

「あんたね、親父さん。年頃の娘がだよ?親父に知られたくない友人の一人や二人いたっておかしかないだろ?」

「いいや!!瑠璃に限ってそんなことはない!ましてや、こんな白髪頭のいかれた格好の男なんて!!!」

 ええ!俺!?俺が疑われてんの!?

 唖然としながらも、銀時はすぐそばにいる土方を指差した。

「や、俺じゃねえよ!こっちこっち。」

 銀時が店主(おそらく瑠璃の父親)とごちゃごちゃやってるうちに、土方は幾分落ち着いたらしい。

 乱れた鬘をなでつけ、着物もきちんと直し、楚々として店主に頭を下げた。

「お騒がせして申し訳ありません。わたくし、瑠璃さんとは親しく文通させていただいておりました。先日、体調が思わしくないこと、そのせいでご縁談が破棄されたことなどをおうかがいしました。せめて一目お顔を拝見させていただいて、元気づけたいと思っております。どうか、瑠璃さんに合わせてください。」

「………。」

 普段幕府のお偉いさんを相手にしているせいだろうか?申し分ない行儀作法に店主の態度も軟化した。

「あ……ああ、そうですか。瑠璃と文通を…。けど…すみませんね。今、瑠璃は調度眠っているんですよ。…できれば、日を改めて…。」

 …そうなのか…。

 …ってか、土方に乗り移ってたんだから…、その間どうしていたんだろう?ずっと危篤みたいな感じだったんじゃネ?

「………。」

 何か、迷うようにしていた土方だったが。キッと顔をあげると。

「強行突破、させていただきます。」

 そう言って、外を走ってきた足袋のままタンと座敷に飛び上がると、そのまま奥へと駆け込んでいってしまった。

「こら、おい、君!」

「え、あ?…多串くん!?」

 店主の静止に耳も貸さずに走っていく土方の後を、銀時はわけも分からず追いかける。

店の奥の細長い廊下を駆け抜け、奥まった部屋の前で止まると。

土方はふうと小さく息をついてタンと障子をあけた。

「き、君!その部屋は、瑠璃の…!」

 銀時の後ろをあわてて付いてきた店主は、はあはあと幾分息を乱しながら喘ぐように言った。

「…知っています。」

「君…。」

「多串くん…?」

 静かに部屋に入ると、土方は中央に延べられた布団の枕元にそっと座った。

「………彼女がお瑠璃…?」

「ああ。」

 布団に寝ていたのは、ずいぶんと小柄な女性だった。

 青いのを通り越して白くなっている顔は、ずいぶんと幼く感じる。

 彼女の寿命が長くないというのは本当なのだろう。部屋の中には、死の匂いが漂っていた。

「この3日ほど、瑠璃は眠ったままだ。意識が戻らない。…医者にはもう、覚悟をしろと言われた。」

「………。」

 店主の声はひそやかだったが、静かな部屋には不気味なほど響いた。

 『死』という言葉を使ったら、そのはずみで『死』が訪れてしまうのではないかというほど、ソレはすぐそばにあった。

 銀時は複雑な気持ちで、布団の中の少女を見つめた。

 銀時にとって『お瑠璃』は土方だった。

 自分と変わらない体格で、きつい顔立ちの美人で。

 土方なら絶対に口にしない甘味をうれしそうに口にする。

 健康は素晴らしいと、町中を歩けるというたったそれだけのことを楽しむ。

 土方なのに土方じゃない。そんな、微妙に銀時のいらだちを誘発するような、そんな女性が『お瑠璃』だったはずだった。

 なのに、布団の中の少女は今まさに命を終えようとしていた。

 痩せていて、小さくて。これと言って美人でもない顔立ち。それでもきっと健康的にふっくらとしていたなら、それなりに『かわいい』感じだったんだろうと想像できる。

「お瑠璃…。」

 銀時の隣で、土方が静かに声をかけた。

「………。」

 ヒクリと少女の瞼が動き、ゆっくりと目を覚ました。

「瑠璃!」

 店主があわてて駆け寄ろうとするのを、銀時が押さえた。

「…土方さま…。」

「アレで良かったのか?」

 布団の中からゆっくりとその手を出した瑠璃。骨と皮だけのように思えるその手を、土方がそっと握る。

「…はい。………ありがとう、ございました。」

 ゆるく笑った瑠璃の笑顔に、店主の体の力が抜けその場に座り込んだ。

「土方さまに、お願いして、本当に良かった。…どうか、土方さまも…その望みを、叶えてください。」

「………瑠璃…。」

「大丈夫です。…私の望みが、かなったように、土方さまの望みも、必ず叶います。」

「………。」

「だって、私たちは『同じ』なんですから……。」

「ああ、…そうかもな…。」

 ふふ、と小さく笑うと瑠璃はそっと瞼を閉じた。

「瑠璃!」

 店主がそばによる。

「………眠っただけだ…。」

 土方がそっと瑠璃の手を放し、布団の中へと戻した。

「あなたは…いったい…。」

「………騒がせて済まなかった。…失礼する。」

 すっと立ち上がった土方はそのまま部屋を出て行った。

「多串くん!?」

 そのまま店を出て、少し歩いたところでふと、土方が立ち止まった。

「多串くん、待てよ!何がどうなって……わあ!!」

 ふらりと揺れた土方の体は、がくんと崩れ落ちた。

 あわてて抱きとめた銀時だが、さすがにもう、うんざりする。

 また屯所まで運ばなければならないんだろうか?勘弁してくれよ。

 


 

 

 

 

20080909UP

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土方は瑠璃の記憶をたどって、彼女の家や彼女の部屋までたどり着きました。
そして、もう本当に瑠璃の命が秒読みだということを感じてあわてて彼女のもとへ…。
次回最終話です。
(08、09、11UP

 

 






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