君の言葉を聞かせて 5
結局、捜索範囲を広げてはみたがその日は手がかりを得ることができなかった。
無益に過ぎる時間に、じりじりといらだちだけが募る。
しかし、だからと言って捜索を諦めるわけにはいかない。
昨日よりも明らかに顔色の悪い瑠璃。土方の体力も限界に近付いているのだろう。
今日も、何軒かの店に男のことを聞いていく。
「………。」
「ん?どうした?」
「なんだか、見られているような気がしますわ。」
「ああ、美人さんだからね。」
土方の女装は、今日もよく目立っていた。男も、女も。待ち行く人が振り返って視線を寄越す。
「土方さまは、とっても格好良かったですけど。まさか、女物の着物を着てもこれほどお似合いになるとは思いませんでしたわ。」
「や、それあんたが言う?男物はいやだって言ったのあんたじゃん。」
「それはそうですけど…。あの時は、まだ『土方さま』の中に入ったという自覚が余りありませんでしたので…。今思えば、真選組の隊服もちょっと着てみたい気もします。」
「へえ………あれ?」
「はい?」
「真選組を知ってる?…って、土方の身体に入ってから?」
「いいえ。真選組は存じておりますわ。TVでそのご活躍は良く拝見しましたもの。特に副長の土方さまは女性の憧れの的でしたわ。私の家の奉公人の中でも若い女の子は皆ファンでしたから。……ふふ、実は私もちょっと…。」
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて止めた銀時を不思議そうに瑠璃が見つめる。
「あんた。…こんなこと聞いたら悪いと思って聞けなかったんだけど…。死んでから、どれくらいたってるの?」
「まあ、私。まだ、死んでませんわ。」
「はあ!?」
「体は自宅のお布団の上で臥せっています。」
「死んでない!?」
「死んでません。…けど…あまり長くはありません、多分。」
『最期』というのはそういうことか!
銀時はやっと合点がいった。
生きている瑠璃の、消えそうな命の。その、『最期』の望みだから、土方は身体を貸したのだ。
瑠璃にはかなえたい望みがある。けれど、それをかなえるために病に臥せった自身の身体を使うことは出来ない。…ならば、この身体を貸そうと。
そうだ、土方はそういう男だ。
死んだ人間に同情などしない。
彼女がまだ生きているからこそ、手を貸したいと思ったのだ。
と、言うことは。
「つまり、あの寺の近くで病人を抱える商家を見つければそれがあんたの実家って訳だ。」
「ええと、はい。そうなりますね。」
「よし、もう一度寺へ戻るぞ。」
彼女の実家が分かれば、後はその家と縁談があった商家を聞き出せば良い。
まさか破談になったその家には聞けなくても、近所の者なら知っているだろう。
返す返すも、瑠璃が総一郎の苗字を忘れてしまったのが悔やまれる。
こういう場合、近所の人間は『○○屋さんとの縁談』と聞かされるものだからだ。
瑠璃が苗字なり、屋号なりを覚えていてくれれば話はもっと簡単だったのだ。
寺への道をたどり始め、角を曲がった途端。瑠璃の足が止まった。
「…どうした?」
「………。」
口が総一郎さんと動いたようだったが、声は出なかった。
「…?総一郎?」
瑠璃が凝視している方向を見れば、大きな呉服問屋の店先で談笑している数人の男が居た。
そのうちの一人は若い男で身なりもきちんとしているし、なにやら落ち着き払ったしぐさが大店の若旦那然として見えた。
「…あいつか?」
「………。」
はい、と動いた口からは相変わらず声は出なかった。
「ちょっと行って確認してくる。」
「…いえ、大丈夫、です。お顔は、覚えて、おります。」
緊張のためか、幾分上ずった声。
紅潮した頬。
両手の指は祈るように胸元でぎっちりとくまれ、小刻みに震えていた。
おぼつかない足取りで、一歩一歩前へ進む。
元来瑠璃は、おとなしい女性だったのだろう。
身体が弱いせいもあるのだろうか?そういう自分への自信の無さなどもあるのかもしれない。
『最期だ』と、そんなことにでもならなければ、こうして勇気を振り絞ることも出来なかったくらいに。
ひどく長い時間をかけて、瑠璃は総一郎の傍へとたどり着いた。
「…あの…。」
「ああ、いらっしゃいませ。どうぞ。」
客だと思ったのか、感じの良い笑顔で暖簾をめくり上げ中へと招きいれられた。
「え……あの…。」
「ああ、えっと、その子…。」
慌てて銀時も後から店へ入ったが、なんと説明すればよいのやら…。
普段は回らなくてもいいほど回る口から、上手い言葉が出てこない。
「…どうか、されましたか?」
総一郎のしぐさは、店の者が客に対する域を出ない。
当たり前だ、彼にとってははじめてみる女性なのだから。
けれど、それに傷ついたのか、瑠璃も、言葉が出ないらしい。
そんな瑠璃の目線がふと店内を彷徨い、鏡を見つけた。
呉服問屋という性質上、店内にはいくつか鏡が設置してあった。その中に移りこんだ『自分』の姿…。
ああ、自分は今。自分であって、自分ではなかった…。
ようやく、すとんと瑠璃の気持ちが落ち着いた。
「わ、わたくし…。瑠璃…さんの、その、友人です。」
「瑠璃さんの?」
「はい。」
縁談のことは当然ながら店のものなら皆知っているのだろう。
みなの表情が険しくなる。
どのような事情の結婚なのか、そんなことは分からないが。二人の破談はこちらにも何らかの影響を及ぼしているようだった。
「お引取り願いましょう。もう、何の関係も無いこと。」
番頭だろうか、初老の男がぞんざいに言う。
「なんだよあんた。」
今にもたたき出されそうになって、銀時が瑠璃を庇った。
「こら、やめなさい。」
総一郎が、家の者をたしなめる。
「けど…。」
「この方には、何の非も無いことです。…失礼いたしました。店先ではなんですので…こちらへ…。」
店のすぐ奥。
おそらくは、大きな商談などのさいに使われると思われる個室へと案内された。
「すみません。ご迷惑をおかけするつもりは…。」
「いいえ、良いんですよ。今、お茶を…。」
「いいえ。私は、ただ、気持ちを…。いえ、瑠璃、さんからの伝言をお伝えしたかっただけです。」
「伝言?」
「はい。その、瑠璃、さんは…。」
緊張のあまり、声を震わせて瑠璃は総一郎を見た。
真っ直ぐに、ひたすらに真っ直ぐに見つめる。
「…このたびの縁談を、お受けくださって本当に嬉しゅうございました。私の、身体のせいでご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした。…と。」
「いえ、…仕方がありません。瑠璃さんが謝ることでは…。」
「私、いえ、瑠璃、さんは。………。
瑠璃は、本当に総一郎さんをお慕い申し上げておりました。初めてお会いしたときから、総一郎さんと夫婦になれる日を夢見ておりました。今となっては、このように叶えられない想いを言われても総一郎さんにはご迷惑以外の何物でもないでしょうが。せめて、気持ちの無い縁談ではなかったのだと、それだけをお伝えしたくて…。」
「………。」
おそらく本当はもっと言いたいことはあったのだろう。
けれども、総一郎には何の見返りも求めない。自分の気持ちやわがままを押し付けるのでもない。我が身を嘆くのでもない。
なんという、潔い告白だろう。
驚いたように息を詰めていた総一郎も、小さく息を吐いて笑った。
「ありがとうございます。彼女の気持ちを伝えてくれて…。
瑠璃さんは内気な方で、私が話しかけてもいつも俯いて小さい声でしか話してくださいませんでした。もしや、私は嫌われているのでは…と思ったこともあります。
本当に、今となってはこのようなこと言ってもせん無いことですが、もしも結婚できていれば穏やかで優しい家庭が築けただろうにと、残念に思っています。」
「あ、ありがとうございます。そのように言って貰えるなんて…。」
「瑠璃さんにお伝えください。ご病気が重いとの事ですが、十分に養生なさってください。…と。」
「は、……はい。必ず、伝えます。」
失礼しますと、頭を下げて店を飛び出す瑠璃の後を、銀時も追った。
もう、自分の命が長くないと知っている瑠璃は、総一郎の言葉をどう受け取っただろう。
それでも、彼がただの政略結婚の相手でしかない…とは思っていなかったことを知ることが出来た。
結婚して、幸せな家庭が築けるだろうと。相手もそう夢見てくれていたのだと知ることが出来た。
興奮冷めやらぬ、といった感じで早歩きで歩く瑠璃の後ろを銀時も付いていく。
店から少し離れて、ふと瑠璃が立ち止まった。
「落ち着いたか?ちゃんと、伝えられたじゃねえか。………っと、うわ!」
まるで、糸が切れたように身体が崩れ落ちる。
「おい!?」
慌てて抱きとめた。
「…おい?」
望みがかなって瑠璃が出て行ったのか?
それとも、身体が衰弱してしまったために倒れたのか?
でなければ、先ほど瑠璃がものすごく緊張していたから、その緊張の糸が切れたのかもしれない。
この身体に入っている魂が、瑠璃のものなのか、土方に戻ったのかも分からない。
「ち、仕方ねえな。」
『コレで終わった』とほっとして良いものやら。それとも、まだ何か土方の魂を戻すために何かしなければならないのか?
銀時は、どうしてよいか分からない、イライラを募らせながら瑠璃の身体を背負って屯所へと向かった。
実際、瑠璃は本当に頑張ったと思う。
覇気が足りない気はするが、多分普通に結婚できていたら。旦那に尽くして幸せに一生を終えることが出来ただろうに。
そんな夢はあっという間に奪われてしまった。
他でもない、自分自身の身体に。
彼女は何を恨んだだろう。
病に勝てなかった自分自身の身体だろうか?
それとも、居るかどうか分からない神とやらだろうか?
20080726UP
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いくら女装をしていたとはいえ、土方のあの声で告白された統一郎は本心ではどう思ったんでしょうね?
けど、きっと、一生懸命だったのは伝わるといいなあ。
(08、08、09)