君の言葉を聞かせて 4
近藤には瑠璃の望みは人探しだと簡単に伝え、瑠璃と銀時は屯所を出た。
二人は町行く人の目を引いた。
元々銀時は人目を引く容姿をしている。勿論普段は土方も…なのだが、今日の目立ち方はいつもとは違う。
土方の整った容姿に鮮やかな着物。銀時と並んで歩いても見劣りしないすらりと高い身長。そこへプラスして瑠璃の柔らかな表情と穏やかな雰囲気。
似合いのカップルにでも見えるのだろう。振り返って見ていく者も居た。
通常ならば、嬉しいはずだった。
いつも忙しい土方と、こうして町を連れ立って歩ける機会なんて、そう無い。
なのに銀時は、浮かれる気分になどなれなかった。
『面倒くさい輩に見つかって絡まれないうちに、早く男を探し出さなきゃな…』と銀時は内心ため息をついて、少しだけ足を早めた。
わずかな手掛かりを頼りに、土方が倒れた寺の周辺にある商家を当たる。
「………。」
「なかなか上手くはいかないものですね…。」
瑠璃の記憶違いなのだろうか?どの店でも、総じて『総一郎という男に心当たりはない』と言われる。
時にやんわり。時に胡散臭げに。中には汚いものでも見るような目で見られ、追い出されたり…。
思ったよりも彼女が死んでから年数がたっているのかも知れない。
先の見えない作業に銀時は心底うんざりしていた。
「あんた…成果は芳しくねえのに…、なんか楽しそうだな。」
「あら……。」
決まり悪そうに口元を隠した瑠璃は、けれどすぐににっこりと笑って言った。
「私…こんな風に町中をたくさん歩くなんて今までやった事がなくて…。」
「え…?」
「体が弱かったので…。町に出るときは本当にはずせない用事があるときだけで…、寄り道なんてもってのほかでした。」
「へえ。」
「こんなに回りに人がたくさん居るのに気分が悪くなることもないし、さっきから随分歩いているのに疲れたりもしないし…。身体が健康って、それだけで楽しいんですね。」
「………。」
目をきらきらとさせて、ものめずらしそうにあたりを見回している。
雑多で煩くてゴミゴミしていて…。
そんな江戸の町は銀時にとってただの日常だったけど…。
「…じゃあ、ファミレスでパフェでも食うか?」
ふと店が目に付いたので、言ってみると。『まあ』を目を輝かせる。
前金として、多少の金は近藤から受け取っていた。
2人分のパフェ代くらいはなんでもない。
ファミレスに入りテーブルにつくと、瑠璃はそれこそ半ば興奮気味で店内をキョロキョロと見回している。
「これはなんですの?」
「塩だろ。」
「こちらは…。」
「醤油。」
「あら、このボタンは…。」
「店員を呼ぶときに押すんだよ。…注文決まった?」
「あ、ええ、坂田さまと同じもので。」
「俺、チョコレートパフェにするけど。」
「はい、それで。」
「………。」
パフェなんて土方だったら、絶対に頼まねえよな…。
それに、時折居酒屋などで会うのだが、普段土方は恐ろしく注文が早い。メニューを開いたかと思うと、あっという間に決めてしまう。
そして、銀時に『遅い』『早く決めろ』と凄んでくるのだ。銀時と『同じものを…』などありえない!
程なくして運ばれてきたパフェを、瑠璃は目を輝かせながら食べている。
「おいしいですわ。」
「そりゃ、良かったな。」
悪い子じゃないのは分かっている。
けれど、どうにも親身になりきれない自分を感じて、そんな自分に戸惑っていた。
さすがにこの年になれば、自分の性格は分かっている。
面倒くせえと思いながらも、つい一生懸命な人には手を貸してしまう。
それでトラブルに巻き込まれることも珍しくはないのに、どうにも懲りない。
そんな自分の性格からいえば、死んでも尚好いた男に想いを伝えたい…なんて、絆されるのに十分な理由なのに…。
そして、生前は町中を歩くことも儘ならないくらいに身体が弱かったというのなら、ちょっと位羽目をはずすのに付き合うのに否はない。………はずなのに…。
こうして座っている時間も惜しい。
早く、早く、早く。 心の中の何かにせかされる。
「あの、坂田さま。」
「ああ?」
「すみません。こんなことに付き合わせてしまって…。」
「………。いいよ、仕事だからな。」
「あの、……坂田さまは…、土方さまの事…。」
「なんだよ?」
「………、いえ、いいです。コレは私が聞いていいことではありませんものね。」
「は?」
「気になさらないでください。…食べ終わりましたら、またよろしくお願いします。」
「あ……ああ…。」
何を言いかけたのか?首を傾げるが、瑠璃はそれ以上言うつもりはないようだった。
ファミレスを出て、少し範囲を広げて探してみたが、この日は芳しい手掛かりを見つけることは出来なかった。
「明日は、もう少し範囲を広げてみよう。…あんたも、何か思い出したら教えてくれ。」
「はい、分かりました。」
夕方になって、屯所の門のところまで送り届けた。
「あ、お瑠璃さん。おかえりなさい。…万事屋の旦那、どうでした?」
「全然駄目。」
「…そう、ですか。」
「あの、すみません。」
「ああ、お瑠璃さんが謝ることじゃありませんよ。」
向かえに出た山崎が慌ててフォローする。
「じゃあ、旦那、明日もお願いします。」
「へえへえ。…じゃあな。」
適当に手を振り返して、家路へと付いた。
そして、翌日。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「ああ、じゃあ、行こうか。」
屯所を出て少し離れてから、話を聞く。
「中の様子はどうだ?ばれてねえか?」
「はい。近藤さまたちが、私を他の方々から離してくださいましたので。」
「そっか。で、何か思い出した?」
「……多分ですけど…。統一郎さんの家は、多分こちらの方のような気がします。」
「………。」
昨日探したのとは、屯所をはさんで反対側だった。
けれど、考えてみれば昨日は瑠璃の家(と思われる場所)周辺を探した訳で。『隣町くらい』という瑠璃の感覚を信じるなら、見当違いとも言えない方向だった。
「じゃあ、そっちへ行ってみるか。」
もとより情報は限られるのだ、この際すがれるものには何でもすがるしかない。
少し歩くと、商店街にたどり着いた。
「…違いますわ…。こういう、商店街ではありません。もう少し、大きな家が並んでいたような…。」
「…じゃあ、こっちの方かな…?」
武家屋敷や、金持ちの家が立ち並ぶほうへと足を向ける。
しかしそうなると、所謂『商家』の数はぐっと減る。
大丈夫だろうか?
不安を抱えつつも、らしい家に端から当たっていく。
「………おい…?」
「………はい。」
昨日は町を歩くのが楽しいと笑っていた瑠璃が、しばらくするとつらそうに顔を青ざめさせ始めた。
「具合が悪いのか?」
「いえ…、けど、少し疲れました。」
「じゃあ、そこの公園で少し休むか。」
ベンチに瑠璃を座らせて、自販機でジュースを買ってくる。
「ありがとうございます。」
並んで座る。
ふうとため息をついて、銀時は瑠璃の様子を伺った。
「疲れた…って?昨日は、あんなに町中を歩くのが楽しいって言ってたのに…。眠れなかったか?」
「いえ、そういうわけでは…。私自身は…わりと気分は良いのですわ。けど…。」
「身体…が?………まさか…!」
「あのっ、すみません!」
「あんたのせいなのか!?」
「…はい、多分。」
土方の身体に、瑠璃の魂が入る。それは、相当に土方の身体に負担を強いているのだ。
だから、昨日より格段に体力が落ちている。
「…じゃあ、なかなか男が見つからなくてあんたがずっとそいつの身体の中に居たら…、そいつ自身はどうなるんだ?…まさか、だんだん衰弱していくとか…?」
「…す、すみません。」
「っ。」
「ただ、土方さまはそれでも良いと…。それも分かっていらして、それでもいいと。それが私の最期の望みなら…と。」
「………。」
「…すみません。一刻でも早く探し出せるよう、頑張ります。」
「…なんで、そんなにまであんたに…。」
「…私と土方さまは同じなのだそうです。」
「『同じ』?」
「はい。きっかけは、土方さまがご自身の無力を悔やんでいたことでした。ご自身がもっとしっかりしていれば、部下の方々を亡くすこともなかったのにと、お墓の前で悔やんで居られました。
それは、私の気持ちととてもよく似ていました。私も、自分がこのような身体でなければ…と悔しく思っていましたから。」
二人ともが似たような想いを抱いていたために、引き寄せあったのかもしれない。
そして、なんだかんだ言ったって、優しい土方の事だ。彼女に同情したのだろう。
自分は健康で体力もある。彼女が好いた男を見つける間くらい身体を貸しても良いと思ったのかもしれない。
そんな彼の誤算は、他人の身体に入ったショックで瑠璃が男の情報の多くを忘れてしまったことなのだろう。
土方は、そんなに彼女の最期の望みをかなえさせてやりたかった?だから、身体を貸した?
だったら今銀時に出来ることは…。
少しでも早く男を見つけて、彼女の望みをかなえさせてやることだ。
そして、土方の身体への負担を一刻も早くなくしてやること。
「…行くか。」
「はい。」
二人は立ち上がった。
20080708UP
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外見は土方なのに、土方ではない瑠璃にイラつく銀さん。
もうちょっと上手く書けなかったのか…と己の未熟さを悔やむ回となりました…。
(08、07、15)