君の言葉を聞かせて 3
男たちは外に出され、土方が…いや瑠璃が、女装?着替え?をするのを待つ。
「似合わなかったら、笑っていい?」
銀時がからかうように言った。
女装には嫌な思い出しかない。
嫌な思い出しかないのに、何度かする羽目になっているわが身を振り返ると悲しいものがある。
そんな銀時に近藤が反論する。
「いやあ、絶対に似合うって。昔長髪だった頃、すごい美人さんだったし。」
「え?多串くん、髪長かったの?」
「おうよ、着流し着てたって、男装の麗人にしか見えなかったぞ。」
「へえ?」
顔が整っているのは認めるが、そんなに言うほどだろうか?
先ほどの女のしぐさだって違和感があったのに…。
「終わりました。」
中から声がしたので入って見ると…。
「「「「おお。」」」」
「驚いたぜ、ちゃんと女に見える。」
「な、言っただろう?」
なぜか近藤は得意げだ。
一般女性よりも背が高いのはもう仕方がないが、 長髪の鬘を着けた彼女は濃いグリーンの着物が映える紛れもない『女性』に見えた。
ああ、表情が違うのだ。
銀時は思った。
いつも、こちらを真っ直ぐ射抜く強い視線がない。
異性ばかりに囲まれているという意識のせいか、『瑠璃』の性格なのか。幾分伏目がちで、はにかんだような表情を浮かべている。
いつも纏っているピシリと張り詰めた空気の替わりに、ふんわりとした柔らかい雰囲気を纏っていて…。
『取り憑かれる』ということはこういうことなのか…、と思う。
姿かたちや、身体そのものが元の土方のものであったとしても。
その心。魂の部分が別人だと、『別人』に見えるものなのだ。
「さてと、じゃあお瑠璃さん。さっきの打ち合わせどおりに頼みます。」
「はい、分かりました。『土方の親戚の者です』と言えばいいんですね。」
「お願いします。」
「お瑠璃さん、こちらです。」
山崎に案内されて瑠璃は出て行った。
これから屯所の裏口からこっそり外へ出て表へ回り、改めて土方の親戚の娘として屯所を訪ねるのだ。
そうすれば、現在寝込んでいる土方とは別の『訪ねてきた親戚の娘』を作り上げることが出来る。
「茶菓子かなんかねえの?」
「ああ、そうか。おい、誰か…。」
「だめですぜ、近藤さん。」
「え、何で?」
「今隊士を呼んだら、ここに土方のヤローが寝てねえことがバレちまいやすぜ。」
「あ、ああ、そっか。」
「仕方ねえな。じゃあ、あの子が戻ってきたら『客』なんだから茶菓子くらいだすだろ。そん時俺にもくれよ。」
「そんなら大丈夫でさあ。」
そんなことを話しているうちに廊下を急ぎ足でかけてくる隊士の足音が近づいてきた。
「近藤さん。お願いします。」
山崎の声だった。
裏口から首尾よく瑠璃を外へ出した山崎は、大急ぎで屯所の正門へ向かい、自分が瑠璃の取り次ぎ役となってここまで知らせに来たのだ。
「どうだ、みんなの様子は?」
「へい、美人の親戚が居るってんで皆瑠璃さんに興味津々です。副長本人だとはばれていません。」
「分かった。」
近藤が立ち上がって部屋を出て行った。
「んじゃあ、俺も行くとするか。」
「旦那?」
「帰ろうとしたときに偶然会った。…んで、江戸の案内を依頼された…。で、いいんじゃねえ?」
「で、一緒に茶菓子を貰おうって魂胆ですねィ。」
「よく分かってんじゃん。」
近藤が瑠璃と挨拶を済ませ、土方が具合が悪いのだと説明を終える頃合いを見計らって顔を出し。
今、初めて会ったような顔をして、シナリオどおりに話を持っていって、見事茶菓子もゲットして…。
順調に役柄をこなしながら。けど、心のどこかが麻痺したような、妙なイライラがある。
そんな自分をもてあましながら、土方を見舞うという瑠璃と一緒にもう一度元の土方の私室へと戻ってきた。
戻ってみると、部屋に延べてあった布団には、こんもりと人が寝ているようなふくらみが作ってあった。
「とりあえず、副長が寝ているように偽造してみました。」
残っていた山崎と沖田でやったらしい。
「じゃあ、俺たちは仕事に戻るから、後よろしく頼むな、坂田。」
「あ〜、はいはい。」
近藤、沖田、山崎が出て行って、銀時と瑠璃の二人が残された。
部屋の中央、布団から少し離れたところにどかりと銀時が座った。
「あんたも座れば。」
「…はい。」
銀時の傍にちんまりと瑠璃は正座した。
「…で?あんたの望みってなんなわけ?」
「私…婚約者がいたんですわ。」
「はあ?」
「家同士で決めた結婚でしたが、とっても素敵な方で私はお慕い申し上げておりました。」
「…ああ、そう。」
「けれど、結婚できないうちに私は病に掛かってしまいました…。」
「………。」
「元々体は弱かったんです。幼い頃からあまり外にも出られませんでしたし。…友達と遊ぶなんて…ましてや殿方と言葉を交わすなんて…。」
「………。」
「そんな欠点ばかりの私ですけれど、あの方はとっても優しくしてくださいました。実際にお会いしたのはほんの二回だけでしたけれど…。」
「…二回?」
「ええ、お見合いの時と、結婚が決まっての宴席の時と二回だけです。」
「………。」
「…そんなものではありませんの?」
「いやいやいや、どこの深窓のお嬢様よ。」
「ああ。それはもう、由緒正しい深窓の令嬢ですわ、私。」
「はあ?」
「家は大きな商家ですし。お相手の方も商家のご子息でしたから。」
「………言いたくねえけどさ、…政略結婚…ってやつ?」
「…そうかもしれません。…けど私はそれでも構わなかったんです。あの方のお嫁さんになれるのなら…。」
「………、そっか。」
そんな出会いもあるのかもしれない。
たとえ周りの事情はどうでも、本人たちが気持ちを通じ合わせられればそれに越したことはない。
「で?あんたの希望…って?」
「………。私、あの方にきちんと自分の気持ちをお伝えしていなかったんです。」
「………。」
「お見合いの返事は親を通じて、でしたし。お会いしているときは緊張してしまってほとんどしゃべれませんでしたし…。」
先ほどまで、どこか頼りない表情を浮かべていた瑠璃が、決意をみなぎらせたように拳を握っていた。
「きちんとお伝えする前に、病で臥せってしまったんです。」
そして、死んでしまったということなのか…?
「結局結婚の話も流れてしまいました。それはそうですよね。こんな私ではあの方を支えていくことも、子供を生むことも出来ません。…ですから、結婚のことは、もういいんです。けれど、せめて最期に私の気持ちをきちんとあの方に伝えたいんです。
…この想いは…もう、あの方には迷惑なだけなのかも知れませんが…。」
「………。」
「ですから坂田さま。あの方を探して欲しいんです。探し出して、私と会わせて欲しいんです。」
「…で、気持ちを伝える…って?それがあんたの望み?」
「はい。」
人探しは万事屋の仕事の範疇だろう。…けど、それっていつの時代の人間?…ってか、瑠璃は死んでからいったい何年たっているのだろう?
普通に探して探せるものなのか?
「なんか手掛かりはないの?相手の名前とか。」
「実は…私…。」
瑠璃は言いづらそうに言葉を濁した。
「なんだよ?」
「こうして、他人の身体に入らせていただくのは…実は初めての経験でして…。その………、ショックで…といいますか…。あの…慣れていないもので…。」
「だから何だって!」
「以前のことが…その…。記憶が朧で…。」
「覚えてねえの!?」
「自分のことは割りと覚えています。」
「けど?」
「あの方のことが…。その…お名前とお顔しか…。」
「いいじゃん、名前が分かれば。で、なんて名前?」
「…『統一郎』さん。」
「はあ?総一郎くん?」
「違います。統一郎です。」
「ああ、統一郎ね。…で、苗字は?」
「………それが…。」
「分からねえのか!?」
「す、すみません!」
「あ、いや、…いいけど…って、良かないけど…。参ったな、苗字が分からねえとなると…。」
「探せませんか…?」
「商家なんだよな、結構大きな…?」
「はい。…ただ、何の商いをしていたかまでは…覚えてなくて…。すみません!」
険しくなった銀時の顔に、慌てて瑠璃が頭を下げる。
頭を下げたのは瑠璃なのだが。銀時から見ると、まるで土方が頭を下げているようにも見えていたたまれない気分になる。
土方が自分に頭を下げる!?ありえねえ!
「あ、あの。多分ですけど…、私の家は、この方に入らせていただいたお寺からそんなに離れていないと思うんです。あの方の家は…隣町…位の感じだと思います。」
きちんとした知識とかではなく、感覚で覚えているようだ。
それもそうか…と銀時は思う。
もしも彼女が攘夷戦争以前に亡くなったのだとすると、町の様子や町名だって随分と変わっているだろう。
「あんたの記憶が頼りだ。とりあえずあの寺へ行って見るか。あのあたりの大きな商家で統一郎って人間を知っているか聞いてみればいい。」
「はい。」
手掛かりが少ない以上、そのあいまいな記憶にでもすがっていかないと、いつまでたっても見つけられそうになかった。
瑠璃の婚約者なる人物を見つけ出せず、彼女の希望をかなえることが出来なければ土方の魂はずっと戻ることが出来ないのだ。
20080703UP
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