君の言葉をきかせて 2
銀時が土方を背負ったまま屯所へつくと、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
こんなとき、なんやかや言ったって皆に慕われている風なのに微笑ましい気持ちになる。が、同時に苦労してんだろうなあ、とも思う。
局長までもが取り乱して真っ青になるのを怒鳴りつけて、何で俺が…とか思いながら山崎に布団を敷かせる。
土方の私室に延べられた布団に土方を寝かせて、ほっとしたところ。沖田が外回りから帰ってきた。
「何の騒ぎでィ。」
「あ、沖田隊長。副長が…。」
「トシが…トシが…。」
「ヤローがどうしたって?…あれ、何でィ勝手にくたばって。」
「や。まだくたばってないからね。」
「万事屋の旦那が運んできてくれたんですよ。」
「へー、で?何があったんでィ?」
「いやー。それが分かんねーのよ。目の前でふらーっと倒れてね。…疲れてんじゃねーの?」
幾分非難を込めて言ってみる。
「え…、けど夕べは結構早く寝てたよな。」
沖田が山崎を見る。
「はい。書類整理も一段落したからって、結構早くにお休みになってましたよ?」
「そうだなあ。今朝も疲れてる風じゃなかったし…。」
近藤もあごに手をやり思い出しながら応える。
「…あ、少し顔色が良くなってきたみたいですよ?」
どれ、と銀時が額に手をやる。
「…ああ、さっきはなんか異様に冷たかったけど、体温戻ってきてるみてーだな。」
そんな銀時を山崎が恨めしそうに見る。
「…?なんだよ?」
「いえ…。」
「旦那ぁ、随分気安く触るじゃねえですかィ。」
「はあ?」
本当はもっと、あんなことやこんなこともしているのだが、多分土方は沖田にだけは知られたくないんだろうな、と思う。
「何つまんねーこと言ってんだよ、倒れたこいつを背負ってきたのは俺だっつーの。」
「ああ、そいつは面倒かけやしたねえ。」
「あれ?今の、全然気持ち篭ってないよね。棒読みだよね。」
「どうせなら、とどめさしてくれりゃあ良かったんでさあ。…ああ、いや、やっぱり自分の手でやったほうが…。」
途中からぶつぶつと口の中で不穏な事を呟き始める沖田。
「そうだったな、坂田。トシを運んできてくれてサンキューな。」
「いや、いいけど。たまたま通りがかっただけだし…。ってか、コレって報酬出たりしない?」
「旦那ア。喧嘩ばかりしてるとはいえ、知らない仲じゃないんですから…」
山崎が呆れたように声を上げた。
「あはは。まあ、トシも真選組の外に友達が出来て良かったよ。」
おおらかに笑う近藤。
自分を『友達』だなどと言われたら全力で否定するだろう土方を思い浮かべて、銀時は内心げんなりとした。
「…土方さん?」
「え、気がついた?」
慌てて全員で土方の顔を覗き込む。
ピクリと動いた瞼がゆっくりと開いた。
「トシ!」
「土方さん?」
「大丈夫ですか?副長?」
「多串くん?」
次々にかけられる声に驚いたようにそろりとあたりを見回す。
そしてゆっくりと体を起こした。
「トシ!良かった!気がついて。」
ガバリと、おそらくはいつもの調子で土方に抱きつこうとして…。
「きゃーーーっ、ゴリラーーっ!!」
「「「「え?」」」」
近藤を避けるように反対側に居た銀時の腕にしがみついた。
「ト…トトトトシ?」
今にも泣き出しそうな近藤。
その隣に座っている沖田。
布団の反対側に居る山崎。
最後に自分がしがみついている銀時を順にゆっくりと見回す。
そして、自分の顔を確かめるようにペタペタと触る。
「あ、あの…多串くん?」
土方は、幾分はだけた着流しの胸元に気づくと慌ててかき寄せ、真っ赤になって銀時にビンタをくらわせた。
「キャー、エッチー!!」
「ぶっ。」
………。
銀時は殴られて赤くはれた頬を押さえて、呆然と土方を見た。
他の三人も目を丸くして土方を見つめる。
「「「「………はあ!?」」」」
再び四人の声がハモった。
それから五人の間でワタワタと言葉のやり取りがなされ、ようやく事態が明らかとなってきた。
「何、つまり君は幽霊な訳?」
「あ…、まあ、そんな感じです。」
「で、土方のヤローに取り憑いた…と。」
「まあ、取り憑いただなんて、人聞きの悪い。…え、いえ、この場合は『霊聞き』…?かしら…。」
「や、その辺の細かいところはいいから…。」
「あ、はい。取り憑いたわけではありません。しばらくの間、身体をお貸しいただいただけです。」
「それを、取り憑いたって言うんじゃねーの?」
「え…けど、きちんとご本人様から許可を頂きましたもの。」
着物の袖口で口元を隠しうふふ、と上品に笑う。
顔も声も土方のものなのに、話し言葉もしぐさも紛れも無く女性のものだから…。
『『『『ものっそい違和感!』』』』
「で?それっていつまでなんですかィ?」
「それは分かりません。私の望みをかなえるまで、です。」
「望み?」
「それが叶えば、あんたは出て行くって?」
「ええ。」
「なんだよ?その望みってのは?」
「そんなことは…この場では言えません。だって、恥ずかしくて…。」
照れたように頬を押さえるしぐさは可愛いが…。整っているとはいえ、元々きつめな土方の顔でされると実に微妙だ。
「まあ、なんだ。」
近藤が、気まずげにゴホンと咳払いをする。
「万事屋の旦那。後はヨロシクたのみますぜィ。」
近藤の意を汲んだように、沖田が言葉を継いだ。
「はあ?俺?」
「頼むよ、坂田。」
「や、ちょっと待てよ。」
「今、何か他に仕事でも抱えてんですかィ?」
「いや、ねーけどよ。」
「じゃあ、仕事として依頼する。このおじょうさん…ええと…。」
「瑠璃です。」
「お瑠璃さんの望みとやらをかなえてやって、1日も早くトシを元に戻して欲しい。」
「つったってよう…。」
「このところ一応落ち着いているとはいえ、俺たちはこの人無しで仕事をこなさなけりゃならねえんですぜィ。何が望みか知りやせんが、そっちに裂く人手なんてねえんですよ。」
「その点、旦那なら時間の自由も利きますし、事情も分かってるわけですし…。」
確かにそろそろ家賃の催促があってもおかしくない頃合いだった。
昨日だったか今朝だったか、新八が『もう、お金ありませんよ!』とか言っていたような気もする。
「…分かったよ…。」
そう、答えるしかなかった…。
それから、イロイロと取り決めをした。
土方は体調不良で数日休むことを隊内に知らせ、土方の部屋には事情を知っている者以外近寄らないようにする。
これは、銀時に背負われて屯所へ戻ってきた土方を数名の隊士が見ているので、特に怪しまれるようなこともないだろう。
瑠璃は、土方の親類で、江戸見物に田舎から出てきたということにした。
本来は土方が面倒を見るはずだったが、体調不良でそれが無理となったために、居合わせた万事屋に瑠璃の相手を依頼したことにすれば、瑠璃や銀時が数日屯所を出入りしても不自然ではないだろう。
瑠璃には、銀時が一緒でない限り外出を禁じ、単独行動などしないことを約束させた。
「ま、こんなとこでしょうかね?」
そう、沖田が締めくくる。
それぞれが頭の中で設定を反芻するが、違和感はないようだった。
「あの…。」
話がまとまるのを待ちかねたように、瑠璃が口を開いた。
「なんですかィ?」
「服はこんな感じのものしかありませんの?」
「…と、いわれても…。」
「やはり、殿方の着物には違和感が…。」
先ほどからずっと胸元をきっちり合わせて、そこをぎゅっと手で握っている。よほど、はだけた胸元が気になるらしい。
まあね、その胸元は俺も気になってたけどさあ。と、どこかぼんやりとしたまま銀時は思う。
サービスしすぎだろう、世間に対して。
いっそ、胸元をはだけると見えるところにキスマークをつけてやろうかと思ったこともあった。
けれど、それで怒った土方が二度と抱かせてくれなくなったらイヤなので、今までずっと我慢していたのだ。
「…殿方の着物がいや…って、女装する気ですか!?」
「おもしれーじゃねえですかィ。山崎、変装用の女物の着物あんだろ?持って来いよ。」
「ええ!?」
「大丈夫だ。トシは美人だから、何を着ても似合うぞ!」
「…はあ…。」
すみません副長。俺は上司に言われただけっスから。とか、ぶつぶつといいながら、山崎は部屋を出て行った。
しばらくして戻ってきた山崎は、女物の着物と着る為の道具一式と補正用の数枚のタオルと、ロングヘアの鬘を持ってきた。
「随分本格的だねえ。」
「いえ、思ったんですが…。女装でも何でもしてもらって、副長だと分からない姿で出歩いてもらうほうが返っていいんじゃないか…って。」
「ああ、そうか。多串くんのそっくりさんの親戚より、全くの女になったほうが安全か…。」
もとより攘夷浪士からは狙われている身だ。
女の幽霊が取り憑いた状態で、普段どおりに戦えるのか分からない。
外出時は銀時が一緒に付くことになって入るが。『真選組副長』とは全くの別人になった方が、狙われる確立はぐっと下がるだろう。
「じゃあ、土方女装けってーい。」
沖田が実に、実に、楽しそうに笑った。
20080624UP
NEXT