ある晴れた日に
「あれ、多串くん。」
「多串じゃ、ねえって言ってんだろうが。」
盛大な溜息をつきつつ、更に盛大に眉間にしわを寄せて。土方はこちらへと近付いてきて銀時の隣に座った。
制服を着ているから仕事中だろうに、こんなにスムーズに腰を下ろすのは初めてじゃないだろうか?
珍しいこともあるもんだ。と銀時が半ば唖然と見ていると。
「んだよ。俺の顔に何かついてるのか?」
「いやいや、女にもてそうな顔がくっついてますけどね。」
「そうか。じゃ、いつもの通りだな。」
「認めたよこの子!!あっさり流したよ!!驚きだよ!」
「うるせえな、俺は徹夜明けなんだ。でかい声でわめくな。」
「へえ?徹夜明け?じゃ、屯所で少しでも寝た方がいいんじゃね?」
「少し気分転換にな。…一回りしたら休む。」
「うんうん、そうした方がいいよ。疲れた顔してるしね〜。」
「お前こそ。相変わらずだな。」
「仕事なくてね。」
「そうじゃねえよ。……消毒薬の匂いがする。また怪我したのか?」
「う………。」
タダの人間の分際で。夜兎の男と闘った体は確かに傷だらけだった。
「相変わらずだな。」
もう一度言って、出された茶をズズとすする。
「………。や、あのね。」
「そういや知ってるか?吉原に穴があいたらしいぜ。」
「………。」
「まあ、金のないお前にゃ縁のない場所だろうがよ。」
「ああ、うん。縁もゆかりもねえけど。…何だよ。お前は縁があるわけ?」
「馴染みの女がいる訳じゃねえが…。まあ、ああいう場所でしか手に入れられない情報ってのもあるからな。」
「ふうん。」
「その吉原の件で、夕べは徹夜だよ。」
「え?」
「乗り込んでいって、大暴れして、吉原をぶっ壊した奴がいてな。」
「………。」
「一応、表むき俺達は手を出せないが、内々に手配書も回ってきやがったし。ったく面倒くせえよ。」
「………。」
「あそこだって、春雨が元締めなんだぜ。自分たちの不始末は自分たちでケツ拭きやがれよ。いちいちこっちに振るなっていうんだよ。」
「………。」
「どうかしたのか?変な顔して。」
「いや、あのね。多串くん。」
「多串じゃねえと何度言えば分かるんだ。」
「ちょ……あのね。問題はそこではなく。」
「何か問題でもあるのか?……ああ、もう金をためても吉原へはいけないのが残念か?大丈夫だぞ。以前よりもずっと敷居は低くなったらしいしな。ほぼ顔パスで入れる男もいるらしいしな。」
「………あ〜〜〜〜。」
ばれてる。ばれてるよ、完全に。
銀時は体中からいやな汗がだらだらと流れているのをリアルに感じた。
回ってきた手配書には、ほぼ間違いなく銀時の顔が書かれていただろう。
もしかしたら神楽や新八の分も回ってきたかもしれない。
事の顛末や、その後神楽の兄のとった行動などから推測される現状。そういうものも、おそらく正しく理解している。
その上で、たぶん、銀時に会うために徹夜の体を押してここまでやってきたのだ。
「………。」
「ああ?何だよ?変な声を上げたかと思えば黙り込んで。顔パスの男が羨ましいのか?」
「いやいや、そうじゃなくてね。」
「吉原に顔パスで入れても、春雨に命狙われてんだぜその男。…それでも羨ましいのか?」
「いやいや、あのね。」
「まあ、モテねえお前じゃ、羨ましく思うのも仕方ねえかもな。俺としては命がけで女のケツ追いかけるのはどうかと思うが…。」
「や、ちょっと。」
「ま、でも、そうしたらこれからは少しは、モテるようにでもなんじゃねえの。」
なんだ、なんだ、なんだ?
土方は一体何が言いたくてここへ来たんだ?
「お前、何しにここへ来たんだよ?」
「気分転換に。…さっきそう言っただろうが。」
「いや、そうだけど。」
「事件の報告書や手配書は近藤さんあてに届くんだが。お偉いさんが書く文章ってのはどうしてああ、小難しいのかねえ?意味が分からねえっていうんで、いちいち解説してやらなけりゃいけねえし。総悟は隣で茶々入れるし…全く。」
「あああ、そう。それで徹夜に…」
手配書が回ってきたということはつまり、真選組は銀時を捕まえなければならないわけだ。
土方はそれでここまでやってきたのだろう。
できれば穏便に済ませたいと思っているのか?それとも、土方なら抵抗しないと思っているのか?
正直銀時だって迷う。
手配書が出て、幕府が捜査を始めた以上はおとなしく捕まるべきなのだろうか?
そうすればおそらく神楽や新八へは捜査の手が伸びることはないだろう。
「…手錠をかけに来たんだ?」
半ばあきらめた声になってしまったのは仕方がないと自分でも思う。
が、銀時がそう言ったとたんに、土方は盛大に嫌そうな顔をした。
「手錠?………お前、そういう趣味が…。」
「ち、ちげえよ!!!」
あれ、何だ?何かがおかしい?
「そういうのは、同じような趣味を持っている奴とやってくれ。こんな昼日中から話題にすることじゃねえぜ。」
「違うって言ってんだろーが!!」
ぜいぜいと叫ぶ銀時に、うるせえって言ってんだろうが。と土方は顔をしかめる。
「なあ、俺……じゃなかった。その手配書の男の逮捕を命じられたんじゃねえの?」
「いやだから。お偉いさんの文章は難しくてなあ。事の顛末は何とか解読したんだが…、手配書の男を泳がしとくんだか逮捕するんだか…はっきりしなくてな。」
「はあ?…でも手配書も来てんだろ?誰だか分かってんだろ??」
「総悟の奴がな、『こういう重要な書類ってのは何か特殊な手段で見るようになってるんでさあ』とかっていいやがり始めてな。」
「特殊な手段?」
「おお、あぶりだしだって言って聞かねえんだよ。んで、あぶってみたんだがなあ。黒い服に黒い着流しをひっかけてて、黒い髪の天パ野郎だったんだ。…お前、心当たりねえ?」
「心当たり……って…。」
…ってかそれって、あぶりだしをしたから手配書が焦げただけじゃねえ?
「ああ、そういや頬のところに根性焼きもあった。」
「それ、アレだよね!煙草の火を押し付けたよね!?やったの多串くんだよね!?」
「ああ?俺が?するわけねエだろ。」
そういいつつもおかしそうにクスクス笑っている。
その場には近藤もいたらしい。
ということは、つまり。
『文章が難しくて意味がよくわからなかった』
『(あぶりだしで見た)手配書の人物に該当する人間はいなかった』
ということにして真選組のトップ3がこの案件は見なかったことにする。と、そう決めたということだ。
「その仕事。ほかの部署にも回ってんのかな?」
「いや、真選組だけだ。以前春雨とはいろいろあったからな。点数稼げってことだろう。」
つまり真選組がなげだしてしまえば。おおっぴらに銀時を探すものはいなくなるということだ。
いつまでも犯人を上げられなかったら、幕府内の真選組への心象は今以上に悪くなることは避けられないだろうに。
「まあ、実際に事件にかかわった奴はその男の顔を見てるだろうから、俺らが探せなかったからと言って、大手を振って安心できるわけでもねえだろうがよ。」
「うん。けど。」
ありがとう。
手配書の銀時の顔を見たとたんに、たぶん3人とも迷いもせず、黙認の方針を決めてくれたのだろう。
どんな事情があったのか?
事件の真相や顛末が本当はどうだったのか?
そんなことは2の次3の次で。
銀時がこういう手段を取ったのなら、それしか方法はなかったのだろうと。
銀時なりの信念を持って、動いた結果だろうと。
ただ、銀時を信じてくれた。
そして、彼らに許された裁量の範囲内で、最大限の便宜を図ってくれようとしている。
「多串くん。大好き。」
「はッ、頭わいたか。真昼間から何言ってやがんだ。」
「なら、夜ならいいの?」
「馬鹿そうじゃなくて…。」
「ね、この後休憩するんならさ。夜は?久しぶりに飲まねえ?」
「………。」
「あれ、今夜も仕事とか?」
「いや、今日の午後から明日の昼まで非番だが…。」
「じゃ、いいじゃん。」
「………お前…、吉原へ行くんじゃねえのか?」
言外に『顔パスなんだろう?』とのニュアンスを込めて土方が言う。
「えええ?いや、あのね。」
「良かったな。今度はモテそうじゃねえか。」
そう言って、代金を長いすの上に置くと歩き出した。
「や、ちょっと!多串くん!美人100人より多串くんの方がいいから!銀さんぞっこんだから!むしろ多串くんの方が美人だから!!!!」
銀時も慌てて追いかける。
「ねえ、多串くん!待ってってば!!」
腕を掴んで引っ張って、すぐ脇の路地へと引っ張り込む。
「多串くんに、聞いてもらいたいことがいっぱいあるんだ。真選組の副長さんじゃなく、銀さんの恋人の多串くんに。」
「………多串じゃ、ねえってんだよ。」
「ってことは、『恋人』ってのは否定しないんだ。」
「ちっ。」
「へへ。夜まで待てないから、今ちょっとだけ頂戴。」
ずいぶんと久し振りの唇を堪能する。
甘く漏れる吐息に、理性が吹き飛びそうになるが、今土方が疲れているのは本当なので、何とか夜まで我慢!と自分に言い聞かせる。
「ありがとうな。心配してくれて。」
「てめえの心配なんか誰がするか、馬鹿。」
「うん。ありがとう。」
抱きしめる銀時の腕から逃れようとしていた土方が、ふと動きを止める。
土方の腕がそっと銀時の背にまわされて、背中をそっとなぜる。
「………っ、馬鹿。」
小さな小さな声。
「うん、ごめんね。」
自分はこういう人間で、もう、これ以外の生き方なんか、どうしたってできないだろうから。
多分今後もたくさんたくさん心配をかけてしまうと思うけれど。
「大好きだよ。」
「ばーか。」
20081207UP
END
吉原編のコミックスを読んでいて、ぶわ〜と出来上がったお話。
原作の方は神威がすべて被って、とりあえずは不安をかかえつつの様子見…という感じではありますが。
アレだけの出来事ですからね。人の口に戸は立てられないといいますし、以前春雨とはもめてるんで。
表立っては動かなくとも、春雨の一部では銀時を探し出して秘密裏に処分しようという一派があってもおかしかないと、思ったわけです。
ま、実を言いますと、一番に思いついたのは真選組のトップ3が顔突き合わせてあぶりだししてるシーンだったわけですが…。
(20081209:月子)
おまけ「トップ3会談」へ