Lovesong 1
「ああ~、いい天気だなあ。」
「吞気だね、銀さん。」
晴太が呆れたように銀時を見る。
大火があった吉原では、そこかしこで建物を修理する音がしていた。
材木を運ぶ者、足場を組む者、働く者たちに食べ物を配って歩く者………。
慌ただしく働く者たちを、ぼんやりと眺めながら茶をすすり、饅頭をほおばる銀時。
「銀さんも少し働いたら?」
「報酬くれんなら、少しくらい手伝ってもいいぞ。」
そう言う銀時は、少し前まで体のあちこちに包帯を巻いていた。
今は見えるところに包帯は見えないが、どの程度回復しているのか晴太には分らない。
「あたし手伝うアル。」
「え、神楽ちゃん、それは破壊するの間違いじゃ………いて!」
ものすごい量の饅頭をあっという間にたいらげた神楽が、立ち上がって店を出て行こうとするのを新八が止めて殴られた。
「あら、銀さん。いらっしゃい。」
店の奥から日輪が出てきた。
「お茶のおかわりは?救世主様。」
「やめろよ、その呼び方。もう勘弁してくれよな。面倒事はごめんだぜ。」
幾分憮然としながらも、残りが少なくなった湯呑を指し出す。
「あら、つれないわねえ。」
そう言いながらも、何かあったらまた助けてくれるのだろうと思う。
この頃割と吉原に頻繁に立ち寄ってくれるのは、まだこの町が落ち着かないからだ。
利用する、というつもりはない。
けれど、結局何かあったらきっとまたこの人に頼ってしまうんだろう。
そう思うと、申し訳ない気分とともに、ひどく安心できる自分を自覚する。
あの子もきっと同じだろう。
心の中で、いつも肩肘を張る妹分を思い浮かべる。
と、その時。
町の中がざわめいた。
勿論、元々復興作業で賑やかではあった。
けれど、そう言う活気ある賑わいとは別の、どよめき。
町の中に動揺が広がっていくのが分かる。
「あれ、何かあったかな?」
銀時が首を傾げると、少し先の角から黒い服を着た男たちが5人ほどやってきた。
「あ。」
「…真選組!?どうして!?」
「真選組だって?警察じゃん!」
日輪と晴太が驚いているうちに、早足で歩いてきた男たちは店の前で止まった。
「万事屋、ここにいたのか。」
「多串くんどうしたの?」
「多串じゃ、ねえ。」
「土方さん、お仕事ですか。お疲れ様です。」
新八が小さく笑うと、土方は小さく『まったくお疲れ様だ』と呟くと、銀時に向きなおって声を張った。
「少し前にあった吉原の大火と、吉原での麻薬密売の重要参考人として坂田銀時の事情聴取を行う。」
「え~、俺?」
「そうだ、お前だ。明日、屯所へ来い。」
そう言って真選組副長、土方十四郎は1枚の出頭を命じる紙を提示した。
「は~い、わっかりました~。」
ごねるかと思った銀時が素直に頷いたので、日輪も晴太も驚いて銀時を見た。
「お茶菓子は出るんだろうなあ!」
神楽が土方にすごむ。
「チャイナ、お前はいい。出頭は万事屋一人だ。」
「へえへえ。」
「じゃ、伝えたからな。」
「はいはい、お勤め御苦労さん。」
「お前に言われると、本当にムカっ腹が立つな!」
そう言うと、土方は踵を返した。
「じゃ、万事屋の旦那、明日お待ちしてます。」
付いてきた隊士たちも、ペコリと頭を下げて帰って行った。
「………ちょ、銀さん!何だよ!あれ、警察だろ!この間の件…って!!」
「ああ、うん。まあ、ちょっと行ってくるわ。」
「ちょっと銀さん。そんな、あっさり…。」
心配げに言う日輪に、銀時はヘラリと笑った。
「全然大丈夫だから。」
「銀ちゃんずるいアル。私もお茶菓子食べたいネ。」
「銀さんは別にお茶菓子食べに行くわけじゃないよ?」
「どうせ、おいしいお茶菓子を独り占めしたいだけアル。」
「向こうが俺一人って言ってんだから、仕方ねえだろうが。」
全く危機感なく話す万事屋3人に、晴太がイラついたように声を荒げた。
「何吞気に言ってんだよ!重要参考人って言ってたぞ!事情聴取って!」
「うん、だから事の顛末話してくっから。」
「けど、この町で麻薬の取引があったのは本当だし、今だ治安が落ち着いてないのも本当なのよ?」
「ああ、まあ、そこら辺はいい感じで…。」
そんないい加減な話を、警察が信じてくれるわけがない。
ましてや相手は武装警察真選組だ。
「そんなの、怪しんでくれ…って言ってるようなもんじゃないか!」
「大丈夫だって。」
「大丈夫なもんか!」
「大丈夫、大丈夫。」
相変わらずヘラヘラと笑いながら銀時はズズズっとお茶をすすった。
大丈夫な訳がない。
それが吉原の一致した意見だった。
厄介事を押し付けて、その後の後始末まで銀時一人に被せるなど。
「…出来るわけがないな。」
「ええ。」
「助けに行こうよ。母ちゃん。」
「助ける…って言ってもねえ。…どうしたら…。」
「真選組に文句を言いに行ったらいいんだ。」
「文句…って晴太…。」
「いや。案外、良い手かもしれぬ。いくら無茶ばかりする真選組とは言え、吉原の人間が赴いて抗議をすれば、耳を傾けざる負えぬだろうし。」
「そう…そうね…。」
月詠の言葉に頷きながらも、火の輪の心の片隅にかすかな疑問がくすぶる。
銀時が重要参考人として真選組への出頭を命じられたというのに、新八も神楽もこれっぽっちも慌てた様子はなかった。
真選組の出頭命令自体には驚いていたようだが、二人ともそれほど心配はしていないようだった。神楽にいたっては本気でお茶菓子を食べられると思っていたようだ。
それでも銀時のことは心配だ。
『大丈夫』と笑った顔に、無理をしている様子はなかったけれど、いつだって本当に大変そうな顔はしない人だから…。
「明日、出よう。」
「ええ、そうね。」
銀時の出頭命令の時間に合わせて、日輪と月詠が屯所へと向かうとこになった。
『茶菓子を食べるアル!』と粘る神楽を何とか振り切って、銀時は屯所へとやってきた。
なんだか賑やかだなあ。
普段はそれほど人通りのない場所だというのに、何やらざわついている。
屯所への角を曲がって、銀時は唖然と足を止めた。
屯所の門の前には、日輪や晴太、月詠、そして百華が数十人集まっていたのだ。
その上、物見高い野次馬が集まりだしてきていて、屯所前はものすごい人だかりとなっていた。
「お、お前ら…いったい何して…。」
「あ、銀さん!」
銀時に気がついた晴太が駆けよって来る。
「俺たち、銀さんを助けるから!」
「はあ?」
「銀時。」
「月詠?何やってんだ?日輪…あんたまで…。それにこの人数…。」
「はじめはわっちたちだけで来るつもりだったのだが、百華の皆が心配だと言い出してな。」
「当たり前です、日輪様方の身に何かあったら………!」
「………。」
あまりに予想外の事態に銀時が言葉を失った時。
門番の報告を受けたのだろう、屯所の奥から土方が出てきた。
「………何の騒ぎだ、これは…。」
「あ、多串くん…。」
「万事屋…、何事だ。」
「や、………あはは、あのね。」
土方は、静かにあたりを見回した。
静かではあったが、その迫力は平素の怒っているときの数倍もあって、あたりはシンと静まり返った。
「お、おお前、銀さんを逮捕しようとしてるんだろ!!」
沈黙に耐えられなくなったのか、元々の自分の目的を思い出したのか。晴太が声を上げた。
「や、晴太違う…。」
「何が違うんだ!こいつら、警察だろ!」
「俺は『事情聴取』と言ったはずだが。」
土方が、腕を組んで晴太を見返した。
「そ、そんなこと言ったってごまかされないぞ!そのまま銀さんを逮捕するつもりだろ!」
「……つまり、万事屋は警察に捕まるようなことをしたわけだな。」
「や、いやいやいや、多串くん~。」
ようやく、晴太たちは何となく話の風向きがおかしいのを感じる。
「おい、そこの餓鬼。」
「餓鬼じゃねえ、晴太だ。」
「そうか、じゃあ、晴太。お前は何をしにここへ来たんだ。」
「銀さんを、助けに来たんだ!」
ふんぞり返って得意そうに行く子供に、土方の表情が微妙に変わった。
「つまり、こいつはお前らに助けられなきゃならねえ状況だってことだな。」
「あ~~、や、こいつ勘違いして。」
「勘違いじゃねえ!この間の麻薬の件だって、大火事だって…。」
「晴太!!!!」
「っ。」
「黙ってろ。」
「つまり、麻薬の件にも、付け火の疑いの件も、万事屋は無関係じゃねえ…ってことか。」
「う、あ~~~。」
「関係ねえよ!」
「じゃあ、何でお前らはこんなに大挙して屯所へ押しかけて来てんだ。」
「だから、銀さんを助けようと!」
「………。」
「……あれ…?」
しん。とその場が静まり返った。
20091223UP
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