Lovesong 2
シンと静まり返ったその場に、銀時の困ったような声が響いた。
「俺、大丈夫だって言ったろ。」
「けど、銀さん!」
「てめえの『大丈夫』にゃ、相当信用がねえらしいな。」
「あ〜はは〜。」
「普段から調子のいいことばっかり言ってやがるからじゃねえのか。」
「え、へへ。」
「とにかく。これだけの大騒ぎを起こされちゃ、『何もありませんでした』で済ませることは出来ねえ。」
「うん。ごめんね。」
「なぜ銀時が謝る。元々は吉原からの依頼だったはずだ。」
「ええ、最後まで銀さんに責任を負わせるわけにはいかないわ。」
土方は、その場に集まった者を順に見た。
晴太を見、月詠を見、百華を見、そして車椅子に座っている女に目をとめた。
「あんたが日輪か。」
「そうだよ。」
「切れ者だと聞いてたんだが、そうでもなかったようだな。」
「っ。」
方々からクナイが飛んでくる。
「あぶねえ!」
銀時が土方を庇ってその身でクナイを受けた。
「銀時!何故だ、何故そんな奴をかばう!」
月詠が叫ぶ。
「…おお痛て…。」
ダラダラと血を流す銀時を、土方が何か言いたそうな表情で見返したけれど、結局は何も言わなかった。
と、そこへ。
「マヨラ〜〜!お茶菓子〜〜!!!」
弾丸のような勢いで神楽が飛び込んできた。
クナイが突き刺さったまま土方に懐いていた銀時を押しやる勢いで土方に飛びつく。
「こんなとこで何やってるアルか?早く中に入って『ジジョーチョーシュ』するアル!そんでもって早くお茶菓子を出すアル!………あれ、何で銀ちゃん血だらけアルか?」
「あ〜、いや、いろいろと手違いがあって…。」
「ちょ、神楽ちゃん、邪魔しちゃダメだって!!………あれ?」
神楽を追いかけてきたらしい新八も唖然とあたりを見回した。
「いったい何事ですか?………わあ!?銀さん〜??」
血だらけの銀時を見つけて、ぎょっとする。
吉原の面々が銀時を傷つける訳がない、これは土方に向って投げられたのだろう。そしてそれを銀時が庇ったのだ。と、すぐに事態を察した新八は銀時に突き刺さっていたクナイを1本づつ引っこ抜く。
「何があったか分かりませんけど、ここで土方さんに怪我を負わせたら、公務執行妨害ですよ。」
では、銀時は土方ではなく本当は自分たちを庇ってくれたのか……?
日輪たちの表情が少し落ち着く。
やっぱりこの人は吉原の救世主なのだ。
「マヨラ、『ジジョーチョーシュ』しないアルか?」
土方の首ったまにしがみついたままの神楽が無邪気に尋ねて、ゆるみかけた空気がもう一度ピンと張りつめた。
「………今日は、無理だな。」
幾分疲れたように土方が呟いた。
では、自分たちは銀時を守れたのだ。
吉原の面々の顔が、晴れやかなものとなる。
「………日輪。数日中に、吉原に家宅捜索に入る。これだけの騒ぎを起こしたんだ、無罪放免ってわけにゃいかねえからな。」
「え。」
「え〜、じゃあお茶菓子は〜!?」
不満げに頬を膨らませる神楽に、小さく苦笑して。土方は自分の後ろに向って『山崎』と声をかけた。
かけられた方は『はいよ』と返事をして奥へ引っこんでいった。
「あ〜。本当、色々とごめん。」
「知らねえ。」
むっと黙り込む土方を、相変わらず土方になついたままの銀時が困ったように見つめている。
「万事屋にも家宅捜索に入る。」
「ああ〜、うん、ごめん。」
「ともかく、伝えたからな。」
未だなついたままの銀時の腕の中から無理やり逃れ、しがみついたままの神楽をそっと下ろすと、そのまま屯所の中へと入って行ってしまった。
「はああ〜。」
「どうしましょう、銀さん。」
銀時と新八が肩を落とす。
奥から山崎が戻ってきて、手にした白い包みを神楽に差し出した。
「はい、お茶菓子だよ。」
「ひゃっほう〜い。」
………本当にお茶菓子があった…。
一同が幾分唖然としたときに、屯所の奥からバズーカーを持った沖田がのっそりと現われた。
額には、ふざけたアイマスクがある。
「ふあああ、何の騒ぎでィ、うるさくて昼寝ができねえじゃねえか。騒いでるのはどこのどいつでィ。」
「沖田隊長、昼寝…って、まだ午前中です。」
「うるせえな山崎、昼間に寝れば昼寝なんでィ。」
そんなことを言いつつ、沖田がバズーカーをおもむろに構えた。
うわああ、一番隊隊長のバズーカーが出た!!
付近の住人にとって、沖田のバズーカーは相当の脅威のようだ。
野次馬で集まっていた者たちが、脱兎のごとく散って行った。
「あれ、万事屋の旦那じゃねえですかィ。」
「総一郎クン。」
「総悟ですぜ、旦那。それより何ですかィ、この騒ぎは。」
「あ〜〜、いや。」
「そういや、今日は旦那は事情聴取じゃなかったんですかい?」
「あ…ははは、後日になったわ…。」
「へえ…。ははあ、なるほどねィ。」
集まった者たちが吉原の人間であると気付いたらしい沖田は、現状を把握したようだ。
「最近吉原は出入り自由になったらしいですが、中の方はどうなんでィ?ちゃんと外の事情って奴を把握できてんですかねえ?」
「………。」
沖田は日輪を見た。
「吉原内部だけのことを考えてるだけじゃ、吉原は守れやせんぜィ。世間知らずも大概にしなせえよ。」
「…何を…。」
「日輪様に、なんてことを!」
「やめな!」
気色ばむ月詠と百華を、日輪が制止する。
そんな様子を見て、沖田は大きな溜息をついた。
「………だから吉原なんかほっとけばいいって言ったんでさぁ。」
「総一郎クン?」
「鳳仙が倒れた後の利権を巡ってどれだけのお偉方が動いてたと思ってんですかィ?」
「………。」
「何かきっかけがあれば首突っ込んであわよくば自分も甘い汁を吸おうと思ってる輩なんかたくさんいるんでさぁ。
そこへ今回の大火と麻薬密売事件。
奴らが涎が出るほど欲しがってた『きっかけ』が大量の砂糖を抱えて向こうからやってきてくれたんでさぁ。舌舐めずりした蟻の大群が我れ先にと群がおうとする浅ましさと言ったら…。
それを、全部押さえて真選組が今回の捜査権を一括して獲得するのに、土方のバカヤローがどんだけ苦労したと思ってんでさぁ。
その上、今回の件が丸く収まれば、その後吉原は真選組の直轄にしてもらえるように根回しまでして…。」
「え…。」
「その後も…なんて、何でアル。」
「本来、吉原は春雨の管轄下にある。今、吉原を仕切ってるのは本来お前の兄貴である神威なんだろう?
今は吉原に興味はないようで放置しっぱなしみたいだが、何かある度に報告があれば奴だってこちらに興味を引かれるかも知れねえ。…しばらくはそうはならねえ方がいいんじゃねえのかい?」
「………だから、アルか?」
「それに曲がりなりにも真選組の直轄ってことになってしまえば、お偉方だってそう簡単には抜けがけはできねえ。」
あんたらがどう思ってるかは知りやしませんがねぃ。
沖田はそう言って日輪を見ながら言葉を続けた。
「鳳仙は暴君だったかも知れねえが、奴なりに吉原に執着して『吉原』って世界を守ろうとした。だから誰も手が出せなかった。
その枷がない今、新たに吉原を手に入れた奴が、『吉原』って世界を守ってくれるとでも思ってるんですかぃ?
あんたら全員薬漬けにされ、麻薬の売買に加担させられたり。武器の密輸や、その他の犯罪に巻き込まれたりするかも知れねえ。
土方のバカヤローは、それを見越して真選組を吉原にかかわらせようとしたんでさあ。多大なリスクをしょってね。」
実際に土方がどういった手段を取ろうとしたのかは分からない。けれども、土方なりの考え方と手法で吉原を守ろうとした。
それを当の吉原の面々が台無しにしてしまったようなのだ…。
「リスクを負ってまでも守るだけの価値が、本当に吉原にはあるんですかねぃ?」
「………っ、だけど、お前らが銀さんを事情聴取しようとしたのは本当じゃないか。」
晴太が納得がいかない様子で叫んだ。
「ともかく今は帰るぞ。ほら、解散解散!!」
「銀さん…。」
渋々という表情ではあったが、銀時に即されて皆静かに吉原へと戻って行った。
「吉原は店舗数も多いですから。一斉家宅捜索なんてことになると揃えなきゃならない書類だけでも膨大なんで…。準備に数日はかかりますんで…。」
山崎が言った。
「分かった。………あれ、じゃ、もしかして多串くん、またしばらく書類にかかりっきり?」
「ええ、まあ。」
「今までだって、ずいぶん会えてなかったのに…。」
「今回の件は、はっきりくっきり旦那のせいですから。」
「…だよね…。」
銀時ががっくり肩を落とした。
そんな様子を、その場に残っていた日輪、月詠、晴太がそれぞれの表情で見つめていた。
「おい、お前。マヨラにお茶菓子ありがとうって伝えろよな!」
神楽が大事そうに包みを抱きかかえた。
首をすくめて沖田が奥へ戻って行った。
「僕らも帰りましょうか、銀さん。」
「ああ、だなあ。」
銀時は最後まで、屯所の奥を見つめていた。
20091223UP
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