Lovesong 3
「だからな。事情聴取ってのは、一応形式だけのもんだったんだよ。大体、大っぴらな証拠なんてねえんだ。俺が知らぬ存ぜぬで通しちまえばそれですんだ話なんだよ。」
「じゃあ、何でわざわざ吉原にまで来たんだよ。」
「俺をこっそり呼び出して、内々に事情聴取して、何もありませんでした。なんて報告誰が信じるよ。だから、わざわざ吉原にまで足を運んで、大勢の人が見てる中で呼び出したんだ。いかにも俺を疑ってるって風を装ってな。」
「それでも、証拠が出なければ何もできませんもんね。」
「ああ。多分何か上手いことでっち上げて、辻褄合わせた報告書作って提出して。それで終いにしてくれようとしてたんだよ。」
「なのに、あれだけの騒ぎを起こしてしまった。」
「一応首謀者と目されてる俺の事情聴取に対して、吉原の人間が抗議しているのをみんな聞いている。吉原からの依頼だとか、俺を助けるんだとかな。けど、それじゃ『何もなかった』としようとしてくれてた土方にとってはものすごく都合が悪い。」
「つまり、銀さんが何らかの形で関わっているんだ…って僕らが認めてしまったってことなんですよ。」
「お、お、俺…、こんなことになるなんて…。」
「すまなかったね、あんたの『大丈夫』…って言葉を信じなくて。」
「銀時が、わっちらにもきちんと説明してくれれば良かったに…。」
「こんなこと、言葉に出来ることじゃない。どこで誰に聞かれてるか分からない。たとえ悪意じゃなくても『真選組が吉原を助けようとしてくれている』なんて一言が不用意に漏れて、真選組に対抗しようとしている誰かの耳に入ったとしたら…。」
「計画自体が潰されるでしょうね。真選組の出した報告書自体も意味のないものとして破棄されてしまうかも知れません。」
「本当言うと、真選組だって中央の中ではそれほど大きな力を持ってるわけじゃねえ。あいつらの存在自体を煙たく思うお偉いさんだって大勢いる。あいつらは今までそう言う権力闘争の中、上手いこと周りと均衡を図りながら力を付けてきたんだけど…。」
「今回は相当無茶してくれましたよね。」
「ああ、多分影では相当無茶な条件とか押しつけられたんじゃねえのかな…。」
「何でそこまでして………。」
多分自分たちのためだ。と銀時は思う。
銀時たちが守りたいと思ったものを、自分も守りたいと土方は思ってくれたのだ。
多分隊内では反対意見もあっただろう、それでも土方はそれらを押し切り近藤を説得して行動してくれた。
土方が吉原に来たときに、銀時には土方がしてくれようとしていることが分かった。
真っ直ぐに銀時を見た目。
あの目が大丈夫だと言っていた。
土方が銀時を逮捕しようとすることなど無い、と無条件に信じられた。
だから今日の出頭に、微塵も不安など無かった。
事の仔細は置いておくとしても、きちんと日輪たちにも説明はしておくべきだったのかも知れない。
そうすれば、面倒事はすっかり終わり。今頃は土方とのんびり過ごせていたかも知れないのだ。
はああ。
溜息をつきつつ銀時は自分の手を見た。
クナイから庇って抱きしめた体は、記憶にあるものより痩せていたように思う。
無理をさせてしまったんだろう。
そしてその無理も、土方の気持ちも、綺麗さっぱり踏みにじってしまった。
ごめん。なんて言葉じゃ追いつかない。
今日の土方の様子に心が塞ぐ。
怒ってくれれば良かったのだ。
お前、俺の気遣いを無駄にしやがって!
そう言って怒ってくれたらよかったのに………。
『銀さんを助けるんだ』そう言った晴太の言葉に僅かに歪んだ土方の顔。
………傷つけた…。
まるで土方が銀時の敵だと言わんばかりの言葉に、傷付き悲しんでいた。
クナイから守ったときだって。
とっさに動いたのは土方に傷をつけたくなかったからだったのに。
勿論あの場で土方に傷を負わせれば公務執行妨害か傷害罪になっただろうけど、そんなのは後からくっつけた理由で。
新八は勿論その辺りは分かっていて、その上で吉原の者たちを抑えるためにあえてああいう言い方をしたのだろうけど、でも。
あの場で自分は『ごめん』以外の言葉を言えなかった。
それ以上の言葉を言ってしまったら、土方のやってくれようとしていることをさらに台無しにしてしまうかもしれない。
自分のことだけだったら、自分で何とかする。といえる。
けれど、『吉原』をこれからも自分が守っていけるのかは正直分からない。
それしか方法がなかったとはいえ鳳仙を倒した後、これほど早く中が荒れるとは思わなかったのだ。
何かあって助けを請われれば勿論応じるつもりはある。
今後も『吉原』を気にかけていくことになるだろう。
けれど、それでも。
一人の人間の出来ることには限界がある。
増してや銀時はなんの力もない一般ピープルだ。
『吉原』という町を今のままの形で守っていくには、今後いわゆる『権力』というものが必要になってくるのは目に見えていた。
そして、『権力』の中にいる土方からも、それは見えていたのだろう。
だから、土方の側から出来ることをしてくれようとした。
一体どれだけの労力を払ったのだろう?
町で見かける回数もこの頃減っていたが、そんな中でも時折すれ違う時に血の匂いがしたことはなかったろうか?
捕り物があったのだろうと、あまり気にしていなかったが、もしかしたらやりたくもない暗殺稼業をやらされたりしたのかも知れない。
プライドの高い土方が、いったい何人の人に頭を下げて回ったのか…?
たくさんの厭味を聞き流しつつ、やりたくない仕事を請け負い。けれど、目的のためにぶれない視線。
ああ、もう。かなわねえな。
どれだけ俺をメロメロにさせるつもりだよ…?
数日で家宅捜索に入ると真選組は言っていた。が。
「さすがにこの後あいつがどういう手で来るのかまでは分からねえよ。」
銀時にもこの先は予想がつかない。
今この段階で銀時と土方が接触してしまったら、すべてが水泡に帰してしまう可能性が高いので、聞きに行くこともできない。
「とりあえず、今まで通り復興作業しとけばいいんじゃね?」
他に出来ることもねえだろう?と言われればそれまでで、復興作業が淡々と続けられていた。
数日中と言っていたがいつくらいだろう?2・3日くらいだろうか?それとも1週間後位か?
吉原内がそわそわとおちつかない。
「はっきりするまでは仕方ないのかねえ?」
日輪が溜息をつく。
「まあ、………あれ?」
日輪の店に来て退屈しのぎに新聞を読んでいた銀時が、ある記事に目をとめた。
「どうかしたのか?銀時?」
「ああ、うん、いや。真選組が夕べ武器密売組織を抑えたらしい。」
「へえ?」
「あんま大きな組織じゃねえ見てえだな。こんなに小さな記事だし。今日明日は事後処理があるだろうから、捜索はその後くらいかな…。」
「そうか…。」
頷きながらも月詠は釈然としない気持ちが残る。
なぜそんなに真選組の事情に詳しいのか?
土方がここへ来たときもそうだ。
月詠はその場にいなかったが、聞いた話では『事情聴取をするから出頭しろ』『分かった』程度の会話だったという。
事情を説明してくれたときの話し方からしても、事前に打ち合わせがあった感じではない。
なのに、信じていた。
真選組の鬼の副長、土方十四郎。
無茶を通す真選組を象徴するかの様な存在の男。
無罪の人間でも、罪をでっち上げて逮捕してしまいそうなイメージすらある男だというのに…。
銀時も、そして神楽も新八もかけらも彼を疑っていなかった。
『吉原』の中から見る真選組と彼らが見る真選組は、違うのだろうか?
『世間知らずも大概にしなせえよ』
これも世間を知らないからこそのズレなのだろうか?
あれ以来日輪は数社の新聞をとり、丹念に目を通すようになった。
月詠も、百華の者を外へ出して情報収集をすべきかとも考えた。
けれど、百華には顔に傷を持つものが多い。彼女たちに外へ出ろとは言いずらかった。
ならば信用できる者に外を探らせるべきだろうが、まだ吉原にはそれほどの手駒はない。
自分たちでこの吉原を守っていく。それが『理想』なのは分かっている。
つい先日まではそれが可能だと思っていた。いつかは可能になると信じていた。
時には銀時の力を借りることになるかも知れないが、復興が終わり町が落ち着けばまた元に戻る…と。
けれど、先日沖田が言っていたようにいつ誰に乱されるか分からないのだ。
現に先の地雷亜の件の時に、そうなりかけた。
日輪が早く気づいたことと、銀時の助けで町全体に麻薬が広がることはなかったが、次の時にも上手く抑えられるとは限らない。
ふるり。と月詠は身震いした。
吉原の自衛は自分に任されているはずだった。
以前自分がやっていたのは、鳳仙の作った『吉原』という箱庭の中だけの自衛ごっこでしかなかったのではないか…?
外との交流が始まり、たくさん流れ込むようになった情報や人から、自分は本当にこの町を守っていけるのだろうか?
そっと、銀時を見る。
新聞を読むのに飽きたのか、それを布団がわりに腹にかけて居眠りをしている。
しまりのない顔。
けれど、この人がとても頼りになるのも知っている。
まだもうしばらくは、その手を煩わせてしまうかも知れない。
そのことを申し訳なく思いつつ、こうして銀時が吉原を気にかけて足繁く通ってくれることを嬉しいと思った。
20091222UP
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