Lovesong 4
それから2週間ほどたっていた、けれど未だ家宅捜索は行われていない。
「…ちっくしょう………。あいつ……。」
新聞の1面トップに大掛かりな捕り物があったことが伝えられていた。
それを苦々しい顔でみやる銀時。
計算ずくだ。
ようやく銀時にも土方の計画の全貌が見えてきた。
初めは小さな武器密売組織の摘発でしかなかった。
それは普段から真選組が普通に行っている業務だ。全く違和感がなかった。
だから、それが終わったら吉原に来るのだろうと思っていたのだが…。
多分その組織はいくつもの組織と密接なかかわりを持っていたのだろう。
それまでは危うくても保たれていたパワーバランスが、真選組の摘発によって崩れた。
そして、いくつかの組織で内部抗争や、組織同士の抗争が起き始め。それらを抑えれば、また次の抗争が………。
そんな具合で、この数日真選組の名前が新聞紙面に躍らない日はなかった。
そしてさらに事は巨大化し、数名の政界中央のお偉方との癒着すらささやかれ始めている。
そちらの捜査まで…となったら、あと1〜2か月くらいはかかりっきりになるだろう。
そして多分、土方はこうなることが分かって最初の摘発を行ったのだ。
『吉原』に手を伸ばして甘い汁を吸おうなんて奴が、今まで清廉潔白だったはずがない。
今頃は己の保身のために躍起で、吉原のことなんか忘れているだろう。
それが土方の狙いだ。
そうやってお偉方の目や世間の目を吉原から逸らし、忘れられている間に吉原の件を終わらせてしまおうというのだ。
はあああ。
銀時はため息をつく。
これだけ連日捕り物が続いているのだ。
隊士たちは疲労困憊しているだろうし、怪我人だって出ただろう。
そんな彼らを見て、土方が自分を責めないわけがない。
これが吉原を助けるための最良の手段だと分かっていても。これしか打つ手がないのだとしても。
元は自分が言い出したこと…と、苦しんでいるはずだ。自分が怪我するよりも、隊士たちが傷つく方がよっぽど堪える奴だから…。
「会いてえなあ…。」
多分この間よりもずっと痩せているんだろう。
きっとすべての捕り物で、まず自分が一番先頭を切っているんだろう。
土方自身も、怪我をしているかも知れない…。
会いたい。
会って、もういいよ。と言ってやりたい。
けれど、言えない。
たとえ銀時が『もういいよ。もうやめていいよ。』と言ったとしても土方はやめないだろう。
『俺が勝手にやってることだ。お前の指図は受けない。』
ああ、口調まで正確になぞることができそうだ。
そして銀時が『もういいよ。』ということで土方はさらに傷つくのだ。
自分のやったことは余計な世話だったのか…と。
ああ、もう!!
イライラと頭をかきむしる。
銀時が今土方にしてやれることはほとんどない。
けれど、自分が出来るだけのことはしようと思った。
せっかく土方が世間の目を吉原から離そうとしてくれているのに、今ここで吉原内部から大きな事件事故を出すわけにはいかない。
新八や神楽と話し合い、二人が出来る範囲で万事屋の仕事を受けて食いつなぎ、銀時は吉原へ詰めることにした。
「土方さん、顔色が悪いようでしたよ。」
「マヨラ疲れてるみただったアル。」
町で土方を見かけたという二人の言葉に、胸が塞ぐ。
むっつりと口を閉じた銀時を、日輪と月詠が心配そうに見ていた。
初めの出頭命令から優に2か月は経った頃。
吉原の一斉家宅捜索が行われた。
身構えていた日輪が、こんなものでいいのか?と心配になるほどあっさりしたものだった。
ほぼ復興作業を終えた建物を図面と確認し、いくつか消防法に引っ掛かるから改善せよとの指摘はあったものの、大したトラブルもなく終了した。
「だって大火を出したことの家宅捜索なんだから、そんなもんだろ?あとは消防団を作れ…だっけ?」
「ええ。麻薬売買の方はどうなったのかしら。」
「さっきちょっと聞かれたんで一応事の顛末は伝えておいた。最終的にどうするかは分からねえけど、たぶん地雷亜の単独犯ってことで被疑者死亡で終わりじゃね?あいつほら元将軍家の御庭番だって言ってたじゃん。だから多分上もそうそう強くは出られないんじゃねえかな…。」
「では、これで終わりなのか?」
「後日、真選組直轄の話で来るって言ってたぜ。」
「ああ、そうね。それがあったわね。」
「それはつまり、鳳仙が真選組に代わるってだけなのではないのか?」
「さすがにそれはねえだろ。真選組は一応警察組織だぜ。」
「…それはそうかも知れないけど…。『吉原』のすべてを真選組が決めていくことになるんだったら、やっぱり大差ない気がするのだけど…。」
「銀時、直轄の話の時は立ち会ってもらえないだろうか?」
「えええ?俺〜?……やあ、そう言うのは面倒くさくてさあ。」
「けど…。」
「…いえ、そうね。私たちのことだもの、私たちでやらなくてはね。」
「…それはそうだが…。」
けれど月詠は不安があった。
確かに自分たちは世間知らずだったかも知れない。
だからこそ、真選組の頭脳と言われている土方にいいように操られてしまうのではないか?
自分たちにとって不利な取り決めを持ちかけられても、気づくことができないのではないか…?
『外』を知り『吉原』を知ってくれているのは銀時だけだ。
銀時がその場にいてくれればこれほど心強いことはない。
「ええ〜、銀さん一緒にいてくれねえの?」
晴太も不満げだ。
屯所の前に言った時に土方に睨まれたのがよほど堪えたようで、『土方は怖いやつ』と思っているようだ。
「細けえ話は苦手なんだよ。…大体俺、多分平常心ではいられねえと思うし…。」
「銀時?」
ずっと会ってねえしさ…。
心の中でぼやく。
家宅捜索の時、麻薬事件のことで少し事情聴取は受けたが、はっきりくっきり事務的な話しかしてない。
あんなの会ったうちに入らない。
土方の傍にはずっと山崎が付いていたから、触れることも抱きしめることもできなかった。
案の定すっかり痩せていた土方。
『ちゃんと食ってるか?』
『ちゃんと寝てるのか?』
『怪我とかしてないか?』
聞きたいことはたくさんあったのに。
最後に二人っきりで会ってからいったい何か月たったんだ?
吉原に詰めていて。時には泊まり込んだりもしたけれど。
女性の香の匂いよりも、誰かさんの煙草の匂いの方が恋しいなんて思う自分が何だかかわいそうになってきた。
その時、吉原の空気が動いた気がした。
土方が山崎を連れて、吉原にやって来たのだ。
彼の言動が今後の吉原のあり方を決める。
吉原中がその姿を見つめた。
「ふ、副長。見られてます!見られてますよ!」
「気にすんな。」
「ふえええ、体中に穴があきそうです〜。」
「存在感のない感じは大して変わらねえじゃねえか。」
「ひ、ひどいっス!」
土方にだけ聞こえるような声でボソボソと文句を言っていた山崎だったが、そこは普段から土方に鍛えられているだけあって、傍から見ている分には土方同様落ち着いているように見えた。
「大体お前は何度かここに足を運んでるだろうが。」
「それはそうですけど…。」
山崎はこれまでに何度か変装してこの町を探っていた。
町の中の様子はどうか?
改善すべき問題点はあるか?
『監察』として入るときは平気なくせに。と思うと少しおかしい。
『万事屋の旦那は今日も吉原に詰めてるようでした。』
そんな報告をしたのも山崎だった。
多分土方の狙いが分かってやってくれていたのだろうと思う。
土方の計画で、一番の不確定要素は『吉原』だったから。
せっかく世間の目を吉原から離そうとしているのに、そのまっ最中に吉原から大きな事件を起こされたら全てが水の泡だ。
それを阻止してくれようとしてくれているのだ。
理解してもらえてる。嬉しく思う一方で心の中は不安が渦巻く。
…けれど本当に、それだけだろうか?と。
銀時自身が何よりも吉原を大切に思っているからなんじゃないか?
世間から、利権をむさぼろうとする奴から、そして、真選組からも吉原を守ろうと思っているんじゃないだろうか?
銀時を思ってまっすぐに土方に噛みついてきた少年。
銀時が心配だと不自由な足で屯所にまで来た日輪。
そして、何のためらいもなく『銀時』と彼の名前を呼んだ月詠。
土方がそう呼びたいと思い、けど結局一度も呼ぶことができない名前。
それをアッサリと呼んだ月詠に対する複雑な思い。
土方から見れば、まるでそれは銀時に許されているようだ。
『銀時』とその名を呼ぶことを。その隣に並び立つことを。
「ち。」
だからと言って、自分が銀時の隣に並ぶ気はさらさらないのだから、そのことについてとやかく言う権利はないのだ。
自分が立つ場所は『真選組』だと決めている。
その隣に並び立ちたいと思うのは近藤だ。
それはいつだって揺るがない。
たとえ互いに想い合っていたとしても、決して交わらない二人の未来。
それが嫌になったのかも知れねえな。
土方は心の中で溜息をついた。
二人っきりで会ったのは一体何か月前だっただろう?
アレは吉原に大火が出たすぐ後のことだった。
銀時はひどい怪我をしていて、体中に包帯を巻いていた。
訳を聞いてもはっきりとは答えない銀時を見て、土方は確信した。
『また、吉原か。』
以前鳳仙の件の時にも大怪我をしていた。
解放された吉原に、雑多な人間が入り込んだのは知っていた。
大分治安が悪くなっているようで、気にはしていたのだがこんな風にその実態を知ることになろうとは……。
なんだかんだいって、一度懐に入れたものを見捨てることができないのが銀時だ。
吉原でまたなにかあったら、きっとまた手を貸すんだろう。
そしてまた大怪我をするのか?
怪我ですめばいいが、もしかしたら…?
そう考えたとたんブルリと体が震えた。
「多串くん?寒いの?」
「多串じゃ、ねえ。」
「ほら、布団に入りなよ。」
「…何にもしねえからな。」
「分かったって。」
全くしょうがねえなあ、とぶつぶつ文句を言う銀時。
「しょうがねえのはお前だ。」
そんな包帯だらけの体では抱きしめ返すこともできないではないか…。
その夜は、ただ布団の中で身体を寄せ合って眠った。
消毒薬の臭いに、泣きたくなった。
そしてその時土方は心に決めたのだ。
余計な御世話だと言われてもいい、自分は自分の出来ることをしようと。
「あ、副長、その先の店です。」
「ああ。」
その総仕上げが今日なのだ。
20091223UP
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