Lovesong 5

 

 


「邪魔をする。」

「いいえ。わざわざ来ていただいて…。」

「お前を屯所へ呼びだしたら、またぞろぞろとたくさん付いて来そうなんでな。」

反論できない。

けれど、土方からは日輪をやり込めようとする雰囲気は感じられなかった。ただそれが事実だからそう言っただけ、と言った感じだ。

部屋へ通し、茶を勧めるが土方は手をつけようとしなかった。

「…別に毒など入っていませんよ。」

「今は仕事中だ、終わってからなら頂く。」

「…そう、それでは冷めてしまいますね。話が終わってから改めて淹れ直しましょう。」

日輪はお茶を下げさせると、土方を真っ直ぐに見た。

「先日は失礼いたしました。」

「………。先日?」

「銀さんの事情聴取の時に…。」

「ああ。別にいい。それよりこれからの話だ。」

土方は大きめの書類入れを山崎から受け取ると、袋を閉じてある紐を解いた。

「鳳仙がいなくなった後、だいぶ治安が悪くなっているようだな。」

「ええ。お恥ずかしながら…。」

「こちらからの条件は4つだ。」

そう言って土方は袋の中から一枚の書類を取り出した。

「伺いましょう。」

「まず一つ目、吉原の入口に真選組の派出所を設置する。」

「ええ?」

「入口と言っても、真正面に作るつもりはない。ただ、吉原内部で何か事件事故が起きた時には一番に真選組が駆け付けられる体制にしたい。

だから事件事故が起きた場合、そちら側からもウチへ一番に報告をあげてくれ。」

「…それは…。」

「事件の事後処理の監督的立場にあると思ってくれればいい。」

「え?」

「それはどういうことじゃ?」

「今まで吉原内での決まりごとがどうだったかは知らねえ。犯罪者や、掟を破ったものなどをどう処断していたか。そこまで追求するつもりはねえ。

ただ、鳳仙が生きていたころはその力で外部の干渉を撥ね退けていたが、今後はそうはいかなくなるだろう。

何か起こったときは、その事後処理を俺たちがやる。外の法律にのっとって処理する。」

「…土方さん。今、『事後処理』とおっしゃいましたね。…『事後』でよろしいのですか?」

「基本的な自治は尊重するつもりだ。吉原内のことはできれば吉原内で処理してもらいたい。事後処理についても、何度か経験するうちに吉原ですべて出来るようになるだろう?」

「ええ、まあ…。」

「大体、真選組は男ばかりだ。吉原内に駐在なんかさせたら、すぐにお宅らに骨抜きにされちまうだろうよ。

吉原の入口にいて、何かあったときだけ関わる。…そのくらいが多分丁度いい。」

内心はその手を考えていた日輪は、どきりと土方を見る。

「お前らがどう思っているかは知らねえが、ウチは結構忙しい。『真選組直轄』と言ったって、別に細かくどうのこうのと口出しをするつもりはねえ。

…ただ、どこかに所属していれば。そしてそれが警察組織であるなら尚更、犯罪者たちにとって吉原は敷居が高くなるんじゃないかと思っただけだ。」

「…それは…けど…。」

「逆に警察がバックについているとなれば、客入りの方にも影響が出るかも知れねえ。吉原内に派出所を作らないのはそれもある。

ただ、ウチが内部の細かいことにまで口出しをしないとわかれば、普通に楽しみたいだけの客は逆に安心して戻ってくると思うんだが…。」

「ええ……ええ、そうね。」

しかもその場合、戻ってくる客は上質の者が多くなるだろう。

確かに土方の申し出は吉原にとって都合がいい。

ただ、あまりにも都合がよすぎて、俄かに承諾はしがたかった。

「二つ目は、自警団の整備だ。」

「それは、わっちの管轄でありんす。」

「そうか。今吉原では百華という自警団があるらしいが…。」

「ああ。女ばかりだが…。」

「別に性別はどうでもいい。要は優秀かどうかだ。組織はどうなっている?パトロールや、仕事のローテーションは?休暇や賃金はどうなっている?」

「……え…。」

今まで、みんな一丸となって吉原を守ってきた。

班などを決めてはあるが、それほど明解に役割が決まっているわけではない。一斉行動の時に指示が出しやすいという程度のものだ。

人数が少ないというせいもあるが、皆吉原にしか居場所がない者たちばかりだ。自分たちで吉原を守らなければ、自分の居場所がなくなってしまう。

だから、皆体調が悪いときでもない限り夜ごとパトロールをしていた。

それに賃金という賃金はない。本来なら吉原を追われるはずだった女たちだ。衣食住が賄えれば別に不満も出なかった。

「…そうか…。」

月詠の説明を聞き、しばらく思案していた土方は百華の人数などいくつかの質問をすると、こう提案してきた。

「まず百華を4つに分けろ。それぞれにリーダーを決めてまとめさせる。そして各班が交代で8時間づつ勤務する。」

「え?」

「そうすれば定期的に1日休みが取れるだろう?」

「そ、それは…そうだが…。」

「昼間と夜間では、おのずと仕事の種類も変わってくるだろうが、その辺は自分たちでうまいこと調整して行ってくれ。

それらを統括するのがお前だ。自分の手ゴマを数名集めて、それぞれの組との連携を図ったり、何か問題が起きた時にどう対処するのかを決めたりしたらいいだろう。」

「真選組での俺たちみたいなモンですね。」

山崎はそう言って、自分は副長直属の部署であることや、他の隊には属していないことなどを説明した。

「一応参考にと思って持ってきたんだが…。」

そう言って土方は書類袋からさらに書類を出した。

「ウチのシフト表だ。ウチは隊が10あるからちょっと複雑になってるが、シフトを組む時の参考にでもしてくれ。…あとは賃金か…。」

「そんな…報酬なんて、そんなものを要求する子たちじゃありません!」

「要求しないからやらないのか?」

「そうではなく!」

「まず、言っておく。」

土方は声を改めた。

それまでも低くて通る声だと思って聞いていた日輪だったが、ゾクリと背筋に何かが走った。

それはもしかしたら、怖れというものだったかもしれない。

土方の迫力に気圧されたのだ。

「お前たちにとって、戻りたいのは鳳仙がいたころの吉原なのか?」

「いいえ。」

「そんな訳はない。」

「ならば、変化を恐れるな。今までがどうであろうと、これからはお前たちが吉原を統べていくのだろう?

百華だって、今の人数じゃ町ひとつ守るのには絶対的に不足している。その上で4つに分けるんだ、更に人手不足は深刻だ。いずれ外から人を雇い入れることになるだろう。

その時に、今までやっていなかったからと言って、元吉原のものには無報酬で、外から来たものには報酬をやるのか?

それともまさか、無報酬で自警団に入ってくれと言って来てくれる者がいるとでも思っているのか?」

「………そ、れは…。」

「外からなんて…。」

「聞けば、百華は顔に傷ができるなどして吉原で遊女として働けなかった者が多く入っていると聞く。

俺は…できればもう、そう言う理由で百華に入るものはいなくなればいいと思う。

それに、世間にはいわゆる警備会社というものがいくつもある。そう言うところから人材を引き抜き警備のノウハウを取り入れるのも、警備強化の一つの手だと思う。」

「っ……。」

『吉原』という小さな世界の中で様々なことを完結させるには、その中で人をまわしていくしかなかった。

遊女として使い物にならないなら、武装をさせて百華へ。

他に生きていく手段のなかった者に否という選択肢はなかった。

けれど、もしかしたら。武器を振るうことがとてつもなく嫌だと感じたものも中にはいたかもしれないのだ…。

日輪も月詠も、それ以上の反論ができなかった。

「で、賃金の話をするが…いいか?」

「…ええ。」

賃金の相場や、その財源などの話をして。

さらに、真選組がどの程度吉原にかかわっていくのか、とか。情報の共有や交換の話などが進んでいった。

「条件としてはこんな感じだが。」

「……そう…。」

話を聞き終えて、日輪の中には釈然としない思いが燻ぶっていた。

土方は自分が思っていたよりは、ずっと良い人だと思った。

始終こちらの立場を尊重し、分からないといえば懇切丁寧に説明してくれる。

そして、提示された条件も破格のものだった。

つまり、吉原が自力で自分の街を守れるようになるまで、真選組が後ろ盾になってくれるということのようだ。

外からの犯罪者への牽制役、事件が起きた後の事後処理、そして利権を奪おうとするモノの排除。

さらには、自立が出来るまでその指南役まで買って出てくれるという…。

何かあったときに逐一真選組に報告をしなければいけないのが多少煩わしいくらいで、日輪にとっては、肩透かしとさえいえるほどの好条件。

そして。だからこその不安がある。

吉原にとっては多大なメリットがありそうなこの直轄の話だが。では、真選組のメリットは何なのだろう?

彼らがこれだけの条件を出してまで、吉原を直轄として守りたいと思ってくれるのはなぜなのか?

そもそも、先日の大火の件にしても麻薬密売の件にしても。あのとき土方は明らかに真相を握りつぶそうとしていた。(自分たちが台無しにしてしまったが…)

…それはなぜなのか?

以前に、新八に聞いてみたことがある。

「ええと…割と万事屋と真選組って因縁があって…。あ、因縁…って言っても良い方の…ですけど…。」

「良い方の因縁?」

「ええ、まあ。協力し合う…って程じゃないんですが、なんて言うか…認めてる…っていうか…。すみません、分かりずらいですよね。

あ、えっと、銀さんと土方さんってなんて言うか、ちょっと似てるとことがあって…。

だからでしょうか?なんか相手のやろうとしていることが分かる…っていうか…。」

「………。」

「だから多分。僕たち万事屋がこの『吉原』を守りたいって思っているのを分かってくれて、警察の立場から出来ることをしてくれてるんだと思います。

あの、すみません『守りたい』なんておこがましいことを…。」

「いいえ、そう思ってくれるのは嬉しいわ。」

それでも、たったそれだけのために?…そう思ってしまう。

相手を認めている。…それはいい。

銀時は凄い人だと思うし、彼と似ているというのなら土方にだってそう言う部分があって、それを互いに認め合っているのだろう。

けど、だからといってここまでしてくれるものなのだろうか?

新八の口調に何か含む者を感じた気はするけれど、それが何かはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

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5話目。いよいよ会談の始まりです。
(20091230UP)





 

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