Lovesong 6
そして、月詠も心に引っかかるものがあった。
『変化を恐れるな』土方はそう言った。
そう言われて、ドキリとした。
自分たちは変わっていかなければならない。それは痛感していた。
けれども、その変化はゆっくりとやってくるものだと思っていた。
自分も日輪も、少しずつ自治に慣れ。それにつれて吉原の治安も良くなっていき。
いずれ、自分たちが、そして晴太たち次の世代が、安心して住める町になっていく。
そんな緩やかな変化を想像していた。
時に銀時の助けを借りれば何とかやっていける…と。
けれども土方は、今すぐに変われという。変わる努力をしろという。
そして変わっていくことを恐れるな。と。
自分は確かに変化を恐れていた。
この町が変わっていくことが、住人が変わっていくことが、そして自分自身が変わっていくことが…。
とても怖かった。
出来ることならこのままがいい。
治安が悪くなるというのなら、巡回の回数を増やしてもいい。休暇も賃金もいらない。だから、どうかこのままでいさせてくれ…。
喉まで出かかった声…。
「こちらからの提案は以上だ。」
重ねて土方は言う。
「真選組直轄の話は、承諾してもらえたか?」
「………。」
「………。」
二人ともとっさに声が出なかった。
「………今のままでは…ダメ…なのか…。」
絞り出すように月詠が言う。
「わっちらも今よりたくさん巡回する。犯罪者にはことさらきつく処罰を与える。治安の維持に努めると約束する。…だから…。」
必死で言葉を重ねる月詠。
その時土方がボソリと呟いた。
「……そうして、何かあったときにはまたあいつを引っ張りだすのか?」
「「え?」」
日輪と月詠が思わず顔を上げた時、タンと障子が開いた。
「マヨラ!!仕事は終わったアルか?」
「ちょ、まだ駄目だよ!神楽ちゃん。」
神楽と新八が入ってきて、部屋の中は一気に賑やかになった。
「遅いアル!」
「…チャイナ、もう少しだ。まだ外で待ってろ。」
「銀ちゃんが、ちょこちょこっと説明して書類交わすだけだから、1時間もすれば終わるって言ってたのに、もう2時間になるアル。」
「細かい話をしてたんですよね。…ほら神楽ちゃん、邪魔になるから外にでいていようよ。」
「むう。」
「神楽ちゃん。もう、終わるわ。…土方さん、直轄の話お受けいたします。」
「日輪?」
驚いて声を上げる月詠を目線で押さえ、日輪は丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
「あ、ああ。じゃあここに署名捺印を…。」
差し出された書類に判を押し、いくつかの事務的な話をする。
真面目な顔をして話をしながらも、日輪はつい顔が笑ってしまいそうになるのを止めるのに苦労していた。
なんてこと。
真選組の鬼の副長が、一番守りたかったのは『吉原』でも『地域の治安』でもなくて、『坂田銀時』だったなんて。
銀時と、万事屋の子供たちを守りたいがために直轄の話を持ち出してきたのだ。
『吉原』で何かあれば、銀時は文句を言いながらも手を貸してくれるだろう。そして勿論子供たちも。
先の鳳仙の件の時も、地雷亜の件の時も銀時はひどい怪我をした。
そのことに心を痛めていたのだろう。
『吉原にかかわるな』といって聞く銀時ではない。
ならば『吉原』が銀時を必要としなくなるよう自立させればいい。…土方はそう考えたのだ。
そして、自分たちで町を守れるようになるまでは真選組が後ろ盾になる…と。
最初から土方の目的は『銀時』で『万事屋の子供たち』だったのだ。
土方の目的が分かって、日輪の気持ちの隅の方にあった疑念はきれいさっぱり払しょくされた。
自分だって決して銀時を、子供たちを傷つけたいわけではない。
承諾する以外にどんな決断があっただろう。
取り決めが全て終わったとき、土方はほうとため息をついた。
「終わったカ?」
「ああ。終いだ。」
「じゃあ、万事屋に来てオムライス作るアル。」
「はあ?」
「前に来たときに約束したアル。」
「あ〜、ああ、そうか。そうだったな。」
「ああ、いいなあ副長のオムライスって、あれですよね。卵がトロってなる奴。」
「そう、アル。早く来るアル。」
神楽に引っ張られるようにして土方が立ちあがった。
「書類は俺が屯所に届けておきますんで。」
「ああ、頼む。」
「あと、近藤さんが土方さんは今日この後と明日はオフだと言ってましたよ。」
「オフ?何で…。」
「もう何か月休み取ってないんですか。とりあえずこれで一段落したんですから、1日位休んでください。」
「あ、ああ。」
「ほら、マヨラ。」
神楽に引っ張られて部屋を出ていく土方を苦笑しつつ見送っていた新八が、山崎を見た。
「山崎さん。銀さんから伝言があるんですけど…。」
「へ?万事屋の旦那が俺に?」
「土方さんのいないところで言えって言われてるんで、今言っちゃいますね。ええと…。
『今回はお前らにもずいぶん無茶させたみてえで、悪かったな』…ですって。」
「はああ。お見通しかあ。」
「なんか無茶したんですか?」
「ええとね、これを言ったことは副長には内緒にして置いてくれよ?」
「はい。」
「この間の屯所前の騒ぎの件で、一旦直轄の件を承諾した官僚の何人かが難色を示し始めたんだよ。曰く、『真選組は吉原に信用されてないんじゃないか。それで直轄統治なんて無理だろう』ってね。
まあ、そんなこと言うのは自分が利権のおこぼれを欲してるような輩なんだけど…。
で、この1連の騒ぎを起こしたのさ。副長がね。」
「一連…って、まさかこの2か月ほど大騒ぎになってた裏組織の内紛の連発や、それに伴って芋蔓式に表ざたになった政府の偉い方との癒着ですか!?」
「そ。どこかをつつけばこうなることは分かってたから、俺たちも手を出しづらかったんだよね。何か内部で騒ぎが起きた時にそれに乗じて乗り込もう…って腹積もりだったんだけど…。
吉原に手を伸ばそうなんて奴が、過去に何もしてない訳ないでしょう?騒ぎが持ち上がった途端吉原のことなんかすっかり忘れて己の保身に奔走し始めた…ってわけ。
未だに内心ヒヤヒヤしてる人もいるんじゃないのかなあ。」
山崎がのんびりとした口調で言うが、新八も日輪も月詠も開いた口が塞がらなかった。
土方の行動の大胆さに。目的を達成するためなら手段をいとわない無謀さに。そして、そこまでして大切な者たちを守りたいと思うその気持ちの深さに。
「じゃあ新八くん。万事屋の旦那に伝えておいて。もちろん副長のいないときにね。
『俺たち監察は、副長にやれと言われたことをするのが仕事なんで、旦那の気にすることじゃありませんよ』…ってね。」
「はい。………あれ?」
新八はいったんは素直に返事をしたものの、すぐに首をかしげた。
『俺たち監察は』……山崎はそう言った。
今までしていたのは、『真選組』の話だったのに?
一連のさまざまな事件で大変な思いをしたのは、『真選組全体』のはずだ。では、山崎がわざわざ『監察』と言ったのは…?
銀時がわざわざ伝言を頼んでまで、山崎に礼を言ったのは………?
「………まさか…。」
先に部屋を出て行った土方たちの後を追うように足早に部屋を出て行った山崎の背中をぼんやりと見送る。
「どうかしたの?新八くん。」
「や、いえ、きっと俺の思い過ごしです。…思い過ごし、じゃない…のかな……。」
「??」
「先ほど山崎さんが言っていた一連の捕り物の件。あれは、真選組がやったことです。けど、山崎さんは今『監察』と限定しましたよね。
……以前真選組の忘年会に万事屋が乗り込んでいった時があって…。その時に古参の隊士の方に聞いたことがあります。
真選組結成当時は、組の基盤が盤石ではなくて政府のお偉いさんから無理難題を押し付けられていた…と。汚い仕事の手伝いをやらされたり、要人暗殺をさせたれたり…。
当初そう言う仕事は土方さんがほとんど一人で請け負ってたみたいなんですが、そんな土方さんを心配して局長の近藤さんが監察っていう部署を作って土方さん付にしたらしいんです。以来、裏の仕事は監察が行うようになって…。」
「…では、まさか、今回も……?」
「ええ、恐らく。…おかしいと思っていたんです。『吉原』の利権が欲しい輩が、治安維持とかの正論だけで宝の山を手放すだろうか…?って。
多分『吉原』直轄の条件として、土方さんは裏の仕事を請け負わされたんだ。そして、それを山崎さんたち監察がやった…。
それを…銀さんは知っていた?」
「………。」
「………。」
「ふふふ。敵わないわねえ。」
日輪が小さく含むように笑った。
「日輪?」
「何もかもが敵わないわ。土方さんに、私たちは何も敵わない。」
「日輪さん…?」
3人も部屋を出て、店の入り口の方へ向かう。
「つまり今回の直轄の話はね、土方さんが私たちにこう言ってきた…ってことなの。
『坂田銀時を事件に巻き込んで怪我などさせたら許さない』『万事屋のみんなを事件に巻き込むくらいなら、真選組に頼れ』…ってね。」
「………。」
「私たちは銀さんに甘え過ぎていたわ。いずれ、自立できたら。と勿論思っていた。けど、何かあったときはまた銀さんに甘えてしまうかもしれない。銀さんに助けてもらいながら、少しずつ自立していけばいい。…とね。
けど、土方さんはそんな悠長なことを許してくれなかったのね。
『いずれ』…っていつなんだ?それまでに事件が起きたらまた銀さんに怪我をさせるのか?それくらいなら真選組が出た方がいい。」
「そして正式に真選組が関われるようにするためには、手段は厭わない。」
「銀時はそれを…。」
「分かっていたのね。」
20091223UP
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