Lovesong 7
「分かっていたのね。だから、ずっと吉原にいてくれたのよ。せっかく土方さんが頑張ってくれているのに、その間に吉原で事件が起きてしまったら元も子もなくなってしまう。
直轄の話が決まって、何かあったら真選組を頼れるようになるまでは…って事だったのね。」
「………。」
勘違いをするつもりはなかった。
けれど、銀時が連日吉原にいてくれる。それが、月詠にとってどれほど心強かっただろう。
こんな日がずっと続けばいいと思っていた。
「今日ようやく直轄の話が決まって良かったです。このところ銀さんがほとんど仕事してない状態だったんで、家賃の方も結構たまっちゃってて…。」
えへへと笑う新八。
何でもない顔をしてくれていたからちっとも気がつかなかった。
主の銀時がずっと吉原に詰めていたということは、本来の万事屋としての仕事がほとんど出来ていないということなのだ。
「やっぱり少しお礼をした方がいいかしら。」
「いいんですよ。依頼されたわけじゃないんで。僕たちが勝手にやってたことですから。」
新八ににこりと笑われて、月詠は内心溜息をついた。
自分はこんな子供にも敵わない。
「それにしても、土方さんは友人…っていうよりまるで万事屋の家族みたいね。さっきもオムライスがどうとか…って言ってたし…。」
「へえっ?」
新八が変な声を出す。
「どうしたの?」
「い、いえ。」
「銀さんのことも、あなたたちのことも、まるで本当の家族のように思っているようだったわ。」
「あ、いや、ええと…。」
「?新八くん?」
挙動不審の新八に、日輪が首をかしげた時。
店の入り口の方から何やら言い争う声が聞こえてきた。
まさか、早速トラブルだろうか?
3人が慌ててその場へかけつけると。
「だから〜、明日でいいだろうがよ!!」
「駄目アル!!今日!!」
言い争っているのは銀時と神楽だった。
「…おい、お前らいい加減に…。」
「多串くんは黙ってて!」
「マヨラは黙ってるアル!」
二人同時に言い返されて、土方がはあっと溜息をついた。
「…どうかしたの?」
すぐそばで騒動を眺めている山崎に日輪がこそっと聞く。
「ああ、いえ、その〜。旦那と神楽ちゃんとどっちが先に土方さんを独占するか…って話で…。」
「え?」
「俺は明日もオフなんだから…。」
「駄目に決まってんだろ。お前携帯で呼び出されりゃ休みでもすぐ仕事行っちまうだろうが。」
「そうアル。」
「もういっそ土方さんの携帯預かっていくんで、どうかその辺で…。」
「「ジミーうるさい」アル。」
「ちょ!俺はジミーじゃなくて、山崎です!や・ま・ざ・き!!」
「そんなことはどうでもいい。」
「そうアル。」
「や、ちょ、何この親子!!」
「お前まで混ざるな、余計収拾がつかなくなるだろうが。」
「けど、副長〜。」
その時、銀時が。
「ああああ〜〜!!!もう!!!」
そう叫んで自分の髪を両手でガシガシとかき回した。
「お、おい?万事屋?………うわ!?」
一体どうしたのかと、一歩銀時に近づいた土方を銀時はそのまま肩に抱え上げた。
「日輪!上、借りるわ。」
「え?ええ。」
さっと自分のブーツを脱いで店に上がると、抱えた土方の靴も脱がせてポイポイっと投げてよこした。
「よ、万事屋!」
そのまま廊下をずんずんと歩いていく銀時に土方声を上げる。
「…ったく、何か月振りだってんだよ。…畜生。」
「………万事屋…。」
「…こんなに軽くなっちまってよ…。」
「………。」
トーンを落とした銀時の声に土方が黙り込んだ。
ドスドスドスと歩いていく足音がだんだん小さくなり、銀時が泊まり込む時にいつも使っている部屋の障子がタンと閉まる音がした。
「ち。マダオが!」
「銀さんにしては、随分お行儀よく待っていた方だと思うけど…。」
「だから下半身にしかとりえのない男はダメアル。」
「ちょ、神楽ちゃん女の子がそんなこと言っちゃダメ!」
「吉原の前に車停めてあるから、万事屋まで送ろうか?」
「すみません山崎さん。だったら僕の家にお願いします。神楽ちゃん、銀さんどうせ今夜帰ってこないだろうから家に泊まりなよ。」
「しょうがないアルな。明日はオムライスたくさん作らせるアル。」
3人が店を出ていこうとするのを、慌てて日輪が呼びとめた。
「ちょ、ちょっと待って!…何?これはいったい…。」
「あ、あの、もう1晩銀さんが御厄介になります。」
「それはいいのだけど、そうじゃなくて…。」
「あはは〜、だからですね。あの二人『友人』じゃなくて…。」
「恋人アル。」
「「はあ!?」」
「銀ちゃんが、マヨラを口説いて口説いて口説きまくって、お願いして付き合ってもらってるアル。」
「や、神楽ちゃん、そこまで言っちゃ銀さんがかわいそうだよ。」
「本当アル。マヨラがマダオに絆されたアル。」
「…まあ、銀さんがものすごく頑張ってたのは本当だけど…。」
「…頑張ってた…?」
そんな銀時が想像できなくて、月詠が首を傾げる。
「ええ。銀さんって割と『来るもの拒まず、去る者追わず』…って感じの人じゃないですか。けど、土方さんだけには態度が違ってましたから。」
「恋愛は惚れた方が負けね。」
「それもあながち間違いではないけど…。けど、副長だってちゃんと旦那のことが好きだよ。」
そうでなければ、今回のようなことはしないだろう。
ただ、銀時を、銀時が守りたいものを守るために、土方が一体どれだけの無茶をしてきたのか…。
神楽たちが帰った後。
静まり返った廊下で月詠はボソリと呟いた。
「…敵わないな…。」
「そうね。」
日輪が頷く。
もう、何もかもが敵わない。
月詠はそう思った。
銀時に守ってもらうことばかりで、銀時を守ることなど想像もつかなかった自分は、銀時を想うことを許されるスタートラインにすら立つ資格がなかった。
先ほど、土方と会談をした部屋へ戻った。
そこには土方が『資料』と称して置いていってくれた様々な書類があった。
シフトの組み方、警備体制の整え方、巡回ルートの決め方………。
結構な量がある紙の束を抱え上げた。
「早速勉強しないと…。」
「ええ、そうね。」
土方は今『吉原』に対しては何の価値も見出していないだろう。
彼はただ『坂田銀時』を万事屋の子供たちを守っただけなのだから。
けれど、いつか。
土方が、無茶をしてでも守るだけの価値があったと思ってもらえるような町にしなければ…。
それこそが『吉原』を守ってくれようとした銀時への、そして土方への最高の感謝の顕われとなるだろう。
「日輪。わっちはもう、変化を恐れない。」
「ええ、私も。」
月詠と日輪は、互いの顔を見合せて力強くうなずいた。
20091223UP
END