朝日のあたる場所 (「Lovesong」おまけ)
「おはようございまーす。」
店先で声がするので月詠が出てみれば、昨日土方と一緒にやってきた男だった。
確か名前は…………ジミー?
「先ほど副長から電話がありまして、『服を持ってこい』とのことだったんで持ってきました。」
抱えていた風呂敷包みを示す。
「あ…ああ。」
「はい、あとこれ草履です。ここへ置いておきますね。副長の靴は持って帰るんで。」
「あ、ええ、草履?靴?」
「副長は私服はいっつも和装なんで、さすがに靴では合いませんので…。」
「そ、そうか…。」
「じゃ、よろしくお願いします。」
強引というのとはまた別の、有無を言わさぬ段取りの良さで月詠に風呂敷包みを押し付けると、山崎はあっという間に帰ってしまった。
………わっちは…、もしかして貧乏くじを引かされた…?
そう気づいたのは、銀時がいつも使っている部屋の襖の前に立った時だった。
所謂『恋人同士』であるらしい二人が一夜を過ごした部屋の襖を、ノックするのは非常に気まずい。
かといって今持っているものが土方の着替えである以上は、彼らが中から出てくる前に届けるべきだろう。
意を決して襖を叩こうと手を上げた時、スッと襖があいた。
「え?」
目の前に立っていたのは、銀時の白い着物を身につけた土方だった。
「着替え、だろう?」
「あ、ああ。」
「さっき山崎に言いつけたからな。」
風呂敷包みを差し出して、改めて土方を見上げて少し驚く。
銀時と背格好が同じくらいか…?
昨日は何となく線が細いような気がして、勝手に銀時よりも小柄なイメージを抱いていたが。
見上げた感じは銀時と同じ感じだし、良く見れば体だって(細身ではあるが)意外とがっしりしている。
「…?何だ?」
「いや、…意外と鍛えているのだな…と思っただけだ。」
「?そうか?…まあ、俺たちはもともと田舎の出だ。後ろ盾がある訳でもねえし。頼れるものは自分の腕っぷしだけだからな。」
「…そう、か。」
『幕府側の組織』との先入観があったから、何とはなしに近寄りがたい印象のあった真選組が一気に身近になったような気がする。
「多串く〜ん。」
その時、部屋の奥から銀時の幾分不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「多串じゃねえって言ってんだろうが!」
振り返って怒鳴る土方の向こうに、銀時が見えた。
部屋はすっかり整えられて、窓もカーテンも開けられて朝日がさしこんでいる。
畳の上にごろりと横になった銀時は、土方に貸した着物以外の黒い服で身なりを整えていた。
「何、フェロモン垂れ流してんだよ。」
「んな妙なもの垂れ流すか!!」
「い〜や、垂れ流してるね。その調子で『吉原』もあっさり陥落するんじゃね?」
「だから、何を訳の分からないことを…。」
「お前が吉原にかまけてるこの数カ月の間、かぶき町の花街が大変な騒ぎだったの知らねえの?」
「?」
「『吉原に土方を取られた』ってんで、殴りこみに行くの土方を取り返しに行くの…って。」
「はあ?」
「ほら、お前が贔屓にしてる子いるじゃん。あそこら一帯で一番売れっ子の…。」
「ああ。」
「あの子の周りの子たちが騒いじゃってね。」
「………。」
「あ、信用してねえな。本当だぜ。あの子、名前確か…桔梗だっけ?彼女がみんななだめて抑えてくれてたけど…。」
「…そうか…、今度一度行っとかねえとな…。」
「何ですか、それは。堂々浮気宣言ですか!?」
「はあ?あいつはそんなんじゃねえ。いろいろと情報を貰ってるだけだ。」
「へえええ。」
「そうだ、お前も今度一緒に行くか?」
「はいィ!?」
「会えば絶対にお前も気に入る。」
幾分得意そうに笑う土方を、銀時も月詠も唖然と見返した。
『まったく敵わないよねェ、この子にはさあ』銀時が口の中でもごもごという。
これが計算なら、これほどたちの悪い男もいないだろうが。たぶん天然だ。
だからこそ、違う意味でたちが悪いのかも知れないけれど…。
自分で客を取ったことはないが、月詠だって『吉原』に長年いるのだ。男女の機微や駆け引きなど嫌というほど見てきた。
所謂『遊び上手』という男たちも多く見てきたけれど、土方はまた別なのだと分かる。
これだけの整った容姿で、全く計算のない行動を取られれば百戦錬磨の花街の女だって一発で陥落してしまうだろう。
『真選組を取り込んでしまえれば』
真選組直轄の話が出た時に日輪がそう考えたことは知っている。
他の隊士はどうか知らないが、土方だけは無理だろう。
むしろ、『彼のためなら命も惜しくない』という女が出かねない。
それも多分一人や二人じゃなく。
敵にはまわしたくないな…。頭の隅でそう思う。
幸いにも土方は吉原の味方となってくれそうだが、それもこれも根本にあるのは『銀時のため』『万事屋の子供たちのため』なのだ。
………なんだかな。
小さくため息をついた。
「どうかしたか?」
「ああ、いや。では届けたからな。」
「ああ、悪かったな。」
タンと襖がしまった。
しばらくして二人が出てきた。
白と黒、だな。
いつもの通り白い着流しを着こんだ銀時の隣には、黒い着流し姿の土方。
きっちり隊服を着こんだときとはまた印象がガラリと変わる。
かなりだらしない着方のはずなのに、だらしなく見えないのが不思議だ。
案の定、奥の方からは女の子たちの嬌声が上がっていた。
「………これは違う意味で注意が必要ね。」
小さく日輪が溜息をつくのに、全くだと頷きながら月詠は銀時の顔をそっと伺った。
土方の隊服が入っている風呂敷包みを持って歩く銀時は、昨日までのどこか焦燥感を漂わせていた表情とは全く違う。
お腹いっぱいになった猫が満足そうに喉をゴロゴロ鳴らしているような、穏やかな表情だ。
思い返してみれば、そんな銀時の表情を見るのはいつ以来だったろう?
『吉原のことを心配してくれている』からこその険しい表情だと思っていたけれど。
多分銀時はずっと土方の無茶を心配していたのだ。
『やめろ』と言いたくても言えなかったのは、それが『吉原』の、そして『銀時』『万事屋の子供たち』、のためだったからで…。
ああ、本当に。
この二人の男たちに守られるだけの価値が『吉原』にあるのだろうか?
いや、それだけの『価値のある吉原』にしていかなければいけないのだ。自分たちで。
「腹減ったなあ。」
銀時がぼやく。
「何か食べるものを持ってこさせよう。」
「ああ、いや、いいよ。」
「?いいのか?」
「うん。多串くんのオムライスが待ってるからね。」
「あ、ああ。」
そう言えば昨日神楽がそんなことを言っていたか…。
「スーパーに寄って行かなきゃなんねえな。どうせ万事屋の冷蔵庫には何にも入っちゃいねえんだろう?」
「えへへ。」
「…ったく。」
肩をすくめて溜息をついて、けどそれ以上仕事をしろだのと言わなかったのは銀時が仕事を出来なかった理由が分かっているからだ。
………なんだかなあ。
別に意味ありげに触り合っているわけでも、それらしい睦言を吐いているわけでもない。
ただ並んで歩いているだけなのに。
なのに、周りがなんとも居たたまれないような居心地の悪い思いをしてしまうのは何でだろう。
「………あてられるわね…。」
苦虫をかみつぶしたような顔で日輪がつぶやいた。
「そう、だな。」
付き合いたての初々しいカップルのような気恥かしさと、熟年夫婦のような気心知れた感じとが共存する二人。
これでは万事屋の子供たちもたまらないだろうな…と思う反面。
こんな二人だからこそ、真選組の皆は土方の計画に乗ったのだろうとも思う。
ビクリと逃げ腰になった晴太の頭に、土方はポンと手を載せてぐしゃりと髪をかきまわす。
「じゃあな、晴太。」
煙草の煙を吐きながらにこりと笑う土方をポカンと見上げる晴太。
「………やれやれ、たらしこむのは女だけじゃないのかい…。」
「一番にたらしこまれてるのが、アレだろう。」
銀時を示せば『それもそうね』と肩をすくめた。
明るい朝の太陽が銀時と土方を照らす。
『じゃあ』と手を振って遠ざかっていく二人の背中。
『吉原』を守る二つの背中。
二人だからこそ、より、頼もしく感じる。
自分たちもいつかあの二人の正面に立って、『自分が吉原を守っている』と胸を張って言えるようになれるだろうか。
いや、考えているだけでは始まらない。
今から走り始めなければ二人との距離は離れるばかりだ。
これ以上離されるわけにはいかない。
月詠と日輪は、顔を見合せて頷き合った。
20100125UP
END