アンサー
人には1年に1回、誕生日という日がある。
俺にだってある。10月10日。元体育の日だ…ってなことを知らない世代も増えてきたんだろうなあ。
実際はこの日に生まれたのではないんだろうと思っている。
物心付いた頃っていうのをほとんど覚えていない。
朧に憶えている一番初めの記憶は戦場、なのだと思う。
何でそこにいたのかは分からない。
恐らく親が戦争に巻き込まれて死んだとか、そのあたりに捨てられたとかそんなんだろう。
生き延びるために、死体から兵糧を頂いて食っていた。
時には人のいい奴が食料を分けてくれることもあったけど、たちの悪いのになると非力な子供だって平気で襲ってくる。
戦場を離れてのどかな村へ行ったこともあるけれど、他所者は追い払われる。
結局、居場所は戦場にしかなかった。
戦場で身を守るために、刀を手に入れそれを使うことを覚えた。
見よう見まねで使っていた刀だったけれど、それが自分の身を守る唯一のものだと片時も離さなかった。
そんな子供の噂は戦場の外にまで流れていたらしい。
興味を持った大人が、わざわざ戦場のど真ん中まで俺を探しに来た。
私塾の先生をしているというその人に引き取られてしばらくたったある日。
「今日はお前の誕生日だからね。」
そういわれて、いつもより少し豪華な晩飯を食って。初めて人には『誕生日』というものがあるのだと知った。
以来、何回か誕生日というものを祝った。
当時はまだ、一般庶民の家庭にケーキなんてものはなかったから、甘味が好きな俺のために羊羹や大福なんかを食わしてくれた覚えがある。
そして、戦いを繰り返し生きのびるのに必死で、誕生日などというものを祝うどころじゃない時もあった。
一人になってからは、10月10日はほかの364日とあまり変わらない日になっていき、過ぎてから『アレそういえば誕生日過ぎてたなあ』なんて気が付いたり。
多分過去二十数回あった誕生日の内、ちゃんと祝った誕生日の方が少ねえんじゃねえかな。
だから俺にとって誕生日というのは、気が付かないうちに過ぎ去っていくもの。気づいたときは多少感慨を抱きつつも特に何もせずまったりと過ぎていくもの。という認識だったのだ。
それが今年は激変した。
あるときたまたま誕生日の話になり。
「10月アルか?もうすぐアル!」
「お祝いしなけりゃいけませんね。」
なんて子供達がはしゃぎ始めた。
もうすぐ三十路になろうかというのに、今更めでたくもねえよ。とか。
まあ、思ったりも言ったりもしたんだけど。
『誕生日』イコール『祝うもの』と自然に思う子供達を見て、なんだか良かったなあ。と思えた。
新八は幼いころに両親を亡くしている。
神楽は、今は家族バラバラの状態だ。
けど、この子たちは『誕生日とは祝うもの』と無条件に認識できるような今までを過ごしてきたということだ。
そして、俺の誕生日を祝うために何やら張り切って準備をしてるらしい。
楽しそうな子供達に水を差すつもりもないし、まあ、美味いもの食えるんならそれでいいか、とか思ったり。
プレゼントは何がいいか?と聞かれても特に思い浮かぶものもなく、ちょっと子供達をがっかりさせたりもしたが。
だったらたくさん人を呼んで大きなパーティーを開くんだ、と超前向き。
お前ら俺の誕生日を口実に騒ぎたいだけなんじゃねの?とも思ったりもするが、純然たる好意が元にあるのだから文句を言うことでもないんだろう。
万事屋なんてことを生業としているので、確かに顔は広いって自負はある。
仕事は一応ちゃんとやるけれど、基本的にはのらりくらりと生きているから、そんな俺を快く思っていない奴だってきっといると思ってた。
だって、ツケがある店なんて数えきれねえほどあるし、正直どれくらいツケがたまってるのかも良く分かってない。
だというのに、今日は万事屋にものすごい人が入れ代わり立ち代わり集まったのだ。
子供達が折り紙で作った、ちゃちだけど心のこもった飾りで飾り付けられた事務所だけでは入りきらず、襖をあけ放ち隣の和室まで人があふれかえった。
来る人来る人みな何か持ち寄ってくれて、食い物も甘味も酒も途切れることはなかった。
行きつけの団子屋の親父からは山ほどの団子の差し入れもあった。
俺のストーカーの女忍者は、子供達には見せられないような大人のおもちゃをたくさん持ち込んだので早々にお帰り願った。
お妙のダークマターは全力で拒否したものの。お妙にくっついてきたゴリラから、『今日は誕生日なのか!おめでとう!坂田!』と屈託なく豪快に言われ、少し面喰ったり。
ゴリラがいるもんだから、なんか変な変装をしたヅラは「攘夷活動の手引き」と書かれた分厚い冊子を持ってきた。
手書きだろこれ、どんだけ暇なんだよお前。速攻ビリビリに破ったけど。
長谷川さんは、ちゃっかり料理だけ食っていった。まあ、この人から何かもらおうとは思わないけど。
とにかく万事屋は1日お祭り騒ぎだったのだ。
そして。
「銀ちゃん、お誕生日おめでとうアル。」
「おめでとうございます、銀さん。」
という子供達からの『おめでとう』を筆頭に、朝から何度も『おめでとう』と言われた。
中には『いくつになったら家賃はため込むもんじゃないって学習すんのかねえ。』なんて半分呆れたような言葉に翻訳されたババアからの言葉もあったけど。
(でも、いつもなら決して飲ませてくれないレア物の純米酒の一升瓶を持ってきてくれた。)
幾分照れくさい気持ちもありつつ『おう』とか『どうも』とか返していたんだが、あまりにも1日中言われ続けたんで、そのうち訳が分からなくなってきた。
「何で皆『おめでとう』っていうのかな?俺の誕生日ってそんなにすげえ?って言うか…何で俺に『おめでとう』って言ってんのに言ってる人のほうが嬉しそうなんだろう?」
「………。」
子供達がいるんで、大騒ぎも9時ごろにはそろそろ収まってきた。
大勢が入り乱れ、物凄い事になった部屋は明日片付けることにして、新八は家に帰り、神楽は風呂に入った後疲れたのかそのままソファで寝てしまったので押入れに放り込んで。
10時を過ぎたころ、俺は家を出て夜の街を歩きここへやってきた。
今日疑問に思ったこと。
多分階下のババアとか源外のじいさんとかに聞けば、年の功から出るありがたい言葉で答えをくれるのだろうと思う。
お妙なりヅラなりに聞いても皮肉交じりでも何か答えてくれるだろう。
けれど、なんかそれは違うんじゃないかな…と思ったのだ。
答えが間違っているとかそういうことじゃなく、俺の心にストンと落ちるぴったりの言葉じゃない気がしたのだ。
何でか分からないけれどこいつなら、俺にぴったりの俺が納得できる答えをくれそうで…。
そう思ったらいてもたってもいられなくて、夜の屯所に忍び込んだ。
以前屯所で起きた幽霊騒ぎの時に一度中は見ているので、大体の配置は分かる。多分この辺りが幹部たちの部屋だろうと見当をつけて奥へと進む。
明りのついている部屋はいくつかあったけれど、奥まっている部屋を覗いたら、そこが目的地だった。
夜中だというのに仕事中だった土方は、突然現れた俺に、ひとしきり『どこから入ってきた!』とか喚いていたけど、不意に黙ると筆を置いた。
文机の上には大量の書類が山積みになっている。
制服の上着を脱ぎYシャツの袖をまくりあげている土方は、なんか今夜は徹夜なのかな?ってな雰囲気を醸し出している。
けど、筆を置いてくれたってことは話を聞いてくれる気があるって事だ。
俺は先ほどからの自分の生い立ちや誕生日の話を、言えない部分はちょっとごまかしつつ話した。
土方は、俺のほうを向き胡坐をかいて座っている。そして、文机に左肘をつき煙草をふかしつつ話を聞いていた。
普段の、会えば喧嘩ばかりの俺達からすると信じられないくらいに静かな時間。
ってか、なんで喧嘩しかしたことのないこいつに、俺は聞きたいと思ったのだろう?
土方だって、なんで自分のところに聞きに来てんだこいつは。とか思ってんだろうに、なにも言わずに聞いてくれている。
「ね、分かる?なんで皆のほうが嬉しそうなんだろう?」
話し終えて土方を見れば、仕事を邪魔されて不機嫌な顔をしているかと思えば、意外と柔らかい表情で。
思わず食い入るように見つめてしまう。
「珍しく神妙な顔してるから何かと思えば…。」
「…え?」
「そりゃあ、お前。みんながお前のことを好きだからだろ。」
「へ?」
驚いた俺の顔を見て、クククっと笑うとすっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「みんながお前のことを好きだから。お前が生まれてきた日を祝いたいと思ったんだろ。」
「………。」
好き?好きって…みんなが?俺を?
「お前だって、餓鬼どもの誕生日は祝ってやりたいと思うだろうが。」
「そりゃ、そうだけど。あいつらは子供だしさ。誕生日祝ってもらうなんて子供の特権みたいなもんだろ。」
「まあ、確かに大人になりゃ、そんなに大騒ぎするもんでもねえけど。」
「だろ、だろ。それに多分俺その日に生まれたわけじゃない…。」
「普段ちゃらんぽらんに生きてるくせに、どうでもいい所には拘るんだな。」
「…え、どうでもいい事、かな…?」
「じゃあ、お前の本当の誕生日はいつなんだよ?」
「いや、そりゃ分かんねえんだけどさ。」
「だろう。誕生日はいつか?って聞かれて答えるのは『10月10日』なんだろ?」
「まあね。身分証明書類もそうなってるし。」
「じゃ、その日が誕生日でいいじゃねえか。他に該当する日がねえんだし。」
あれ、そんなもの?
「お前を拾ってくれた人がなんでその日にしたのかは知らねえが、その人なりに何か考えがあって決めてくれたんじゃねえの?だったら、その日がお前の生まれた日でいいじゃねえか。」
「………そっか。」
「その人との出会いがあったから、今のお前があるんだろう?今日お前に『おめでとう』を言ってくれた人たちはそれを祝いたかったってことだろ。」
「ああ、………そっか。」
勿論今日万事屋へ来た人のほとんどは俺の生い立ちなんか知らない。…けれど、あの人との出会いがあったから今の俺があるってのは本当。
その今の俺を…土方が言うには、みんなが、す、好きって思ってくれてるから、祝いたい。っていうこと…?
全然難しい言葉じゃなかった。ありがたい言葉でもなかった。
普通の当たり前の言葉しかなかった。
けど土方からもらった答えは、俺の胸の真ん中にストンと落ちてなんだかほこほこと温かい。
心が納得してほっとして、ふと部屋にかかっている時計を見るともうすぐ今日も終わろうかという時間だった。
そんなつもりはなかったけれど意外と長居をしてしまったようだ。
土方はまだ仕事が山積みのようだし、そろそろ帰るか。
時計を見た俺の目線で土方も俺が帰ろうとしているのが分かったのだろう。
おもむろに文机の引き出しを開けると、その中から小さなものを1個取り出し、ひょいと放り投げてきた。
「やる。」
「へ?チロルチョコ?」
「おめっとさん。」
やわらかい笑顔と言葉に、一瞬息ができなくなる。
「…って、お前甘味嫌いじゃなかったっけ…。」
「好んでは食べねえが、疲れたときにたまに…な。」
そりゃこんな夜中まで仕事してんじゃ疲れもするだろう。徹夜の仕事にチョコや飴は必需品なのかも。
今夜だってこれを食べながら頑張るつもりだったのだ、きっと。それを俺にも分けてくれた。
「サ、サンキュ。」
こんな小さなチョコレートが、なんだかものすごい宝物のように思えた。
屯所を出て、家へと戻る。
貰ったチョコの包み紙を開けて口へ入れる。
「うめえ。今まで食ったチョコの中で一番うまいかも…。あれ、ちょ、なんで?」
今日もらったたくさんの『おめでとう』もプレゼントもすっごく嬉しかったけど。
誕生日の最後にもらった『おめでとう』とプレゼントは、なんだか特別な気がした。
「………!」
さっき土方はなんて言った?
今日俺に『おめでとう』と言ってくれた人たちは、俺のことが好きだから………って…。
じゃ、さっき奇麗に笑って祝ってくれた土方は…?
えーと、あ、あれ…。
20131013UP
END