OH! MY GIRL!!
前編
土方は来ない。
約束の時間からもう1時間はたっているけど、待ち合わせ場所の公園に土方はまだ来ない。
まあ、こんなんはしょっちゅうだから、俺は気にしないけどさ。
そんな義理はないけど、けど、彼のために一言言っておくなら。
彼は別に時間にルーズなわけじゃない。
むしろ俺なんかよりきっちりしてる人間だ。時間だけに限らず、生活、すべてにおいて。
そんな彼が何で約束の時間に遅れるかっていうと…。それは彼を取り巻く環境にある。
たとえ時間に間に合うように出かけようとしたって…。
『副長!すみません、この書類急ぎなんで出かける前にチェックしてください!!』
だとか。(←ギリギリに出すんじゃねえよ)
『攘夷浪士たちのアジトを見つけたんですが、どうしたらいいでしょう?ご指示を!』
だとか。(←たまには自分で判断しろよ)
『俺が仕事だってのに、何で非番なんだ土方コノヤロー』
だとか。(←や、君は仕事中だろうが非番だろうが休んでんだろ)
『トシー、聞いてくれよ〜〜。またお妙さんが………(とノロケに入る)』
だとか。(←っていうかお前はストーカーやめて仕事しろ)
そんなんに足止めされてしまうのだ。
いつも待ちぼうけを食らわされているけれど、実はこの時間が俺は嫌いじゃない。
なぜなら、律儀な彼はこんな時必ず申し訳なさそうな顔して走ってきてくれるから。
…今日だって、ほら。
視界の隅に見えた、黒い着流し。
必死で走ってくるその姿は、もう、かわいい。
……あれ?かわいい。うん、猛烈にかわいいけど…。…いつもより、小ぶり?
「わ、悪い。万事屋。出がけに総悟が…。」
「あ、ああ、うん。多分そんなんじゃないかと思ってたからいいけど…。」
い、いいいいい、いや、ちょっと待て。
はだけた胸元からちらりと見えた…ふくら み?
「万事屋?」
こっちを見て、猛烈にかわいらしく首をかしげた土方。
俺は。
俺がしたのは…。
ものも言わずに手を伸ばし、ガバッとはだけた着流しの胸を合わせ直した。
自分の体を見て、唖然としたのは土方もいっしょだった。
今まで気がつかずにここまで走ってきたらしい。
畜生、道中絶対にこいつの胸見やがったヤローいただろうな。
公園にあったトイレの中で自分の体を検証した彼は真っ蒼な顔で出てきた。
「女になってた…。」
「…あのさ、言いづらいけど…。」
「下もだ…。」
「………。」
体は女になってたって潔いのは変わらない。実に男らしくきっぱりと教えてくれた。
「何で…。」
「たぶん総悟の野郎だ。」
「なんか薬飲まされたとか?」
「いや。あいつの今の愛読書が『呪いの四十八手』っていうので。」
「…はあ?」
「その中に、『憎いやつの性別を変えてしまう呪の呪文』ってのが載ってた。」
「何、お前も見たの?」
「当たり前だ。あいつが呪うって言ったら俺だろう。どうやってかける気なのか知っておかなきゃ防御もできないだろうが。」
「防御って…呪い返しとか?」
「ちげーよ。呪い成就の手段として、変なものを食わされたり、変なもの持たされたりすっから。」
「…ああ、そういうこと。で?性別を変えるのはどんな方法なわけ?」
「一番害がないと思ってたんだけどな。ただ、呪文を唱えるだけだから。」
「まさか…それが効いたっての?」
「こうなっちまった以上、そう考えるのが妥当だろうな。」
苦虫をつぶしたような顔で腕を組む。
や、そんな顔まで凶悪にかわいい。
「いつ、戻るの?」
「確か…、それなりに修行した奴は結構な長時間効き目を持続させられるらしいが…。総悟みたいな素人じゃ…せいぜい1日ってとこじゃねえか?」
「ふうん?…じゃあ、さ。」
俺がことさらに明るい声を出すと、土方の目がまっすぐ見返してくる。
「せっかくだから、女の子を楽しんじゃいなよ。」
「…別に俺は女になりたかったわけじゃねえんだけど…。」
「まあま、こんな経験滅多にできないよ。」
「したくもねえ。…けど、そうだな。俺を困らすのが総悟の本意なら、それに乗っちまうのは業腹だ。」
「そうときまれば、まずは着るものだね。着物貸してくれるところ知ってるから行こうぜ。」
「別に、このままでいい。」
「そういうわけにはいかねえよ。体全体が縮んでるからサイズ合ってないし、すぐに胸はだけちゃうし。」
俺が気が気じゃないの。といえば。さすがに柔らかく膨らんだ胸を見せて歩くのはまずいと思ったらしい、幾分しぶしぶながらも着替えを了承してくれた。
「………。てめえ。」
「いや、あのね。そういう趣味じゃないからね。バイトだよ、バイト。」
「バイト?」
「どうにも金がない時にね。水商売だからさ、まあ、割はいいし、日払いでくれるから助かるんだ。」
「女装、すんのか?」
「そりゃ、『かまっ子クラブ』だから…。」
「今度見に来ていいか?」
や、何で目をキラキラさせてんの。駄目に決まってるだろうが。
男ならこういうの、気持悪がるのに…。喜んでる…って、体だけじゃなくて感覚も少し女の子っぽくなってんじゃねえの?
そのせいか。
店の裏から中に入り、女物の着物を見つくろってもらうと。思いのほか文句も言わずに着こんでいる。
「あらあ、奇麗じゃない!私には負けるけど〜〜。」
化け物みたいな連中にそう囃し立てたれても、楽しそうに笑っている。
ああ、なんか『彼女』ができたみたいだ。
店を手伝っていけだの、飲んでいけだのの誘いを断り店を出た。
「おもしれえ人たちだな。」
「冗談。化け物ばっかだっただろ。」
そういえば、実に楽しそうにクスクスと笑っている。
ああもう何だ。このむず痒い感覚。
「どこ行こうか?」
「とりあえず、ちょっと休むか?」
「えええ?土方ったら積極的!昼間っからホテ……ゲフっ。」
「その休むじゃねえ!」
思いっきり腹にパンチが決まる。
けど、いつもほどの力が入ってないのはたぶん女の子の力だから。だからどうにもじゃれつかれてるような気分にしかならない。
とりあえず目についたファミレスに入る。
注文したものが届いて。俺の前にはコーヒー。土方の前にはチョコレートパフェ。
二人して同時に顔をしかめて自分の前に置かれたものを相手の方へ押しやって、ウェイトレスにドン引きされる。
「で?どこへ行く?」
「あ…ああ、…買い物…かなあ?」
「買い物?珍しいね。なんか欲しいものあるの?ちなみに俺は金無いよ。」
「んなこたあ分かってる。お前はないのかよ?欲しいもの。」
「俺?何で?」
「誕生日なんだろ?今日。」
「ええええ?」
「あれ?違うのか?……ち、総悟の奴。」
「あ、いいい、いや。誕生日だけどさ。今日誕生日だけど…なんで知ってんの?俺、言ったっけ?」
「だから、総悟が…。…そういや、あいつ訳の分からないこと言ってたな。」
「何?」
「てめえには何かと世話になってるから、プレゼントを用意したから、俺に届けろ…とかって…。けど、別に何も渡されてないんだよな。」
「っ、ちょっ、ま。」
「なんだよ?何言ってんのかわかんねーよ。」
「それって何?俺がもらっちゃっていいってこと?俺へのプレゼントなわけ?」
「はあ?だから、何がだよ。俺は何も渡されてねえって…。」
眉間にしわを寄せる土方を指差した。
「プレゼント。」
「はああああ!?俺?………お、俺かアアア?」
「てことだろ。」
「そ〜う〜ご〜〜〜。」
「…ってことは、俺の好きにしていいのかな。」
思わず声が弾むと、とたんに警戒心いっぱいで見返してくる。
「じゃあ、誕生日のリクエスト。」
「な、何だ。」
「デート、したい。」
「はあ?」
「腕組んで歩いて、道端でいちゃこらして。はい、あーん。とかして。周りの人間が顔背けたくなるようなデート。したい。」
「………。」
多分想像もしていなかったのだろう。あんぐりと口をあけて固まっている。
「誕生日のプレゼント、くれるんだろ?」
そういうと、苦虫をつぶしたような顔して。けど男らしく頷いた。
「上等だ。」
「…で、デートって何すんだ?」
「…いや、俺もそう詳しいわけじゃねえけどさ。………土方。」
「ああ?なんだよ?」
なんだよ?じゃねえよ。やる気を出してくれてんのは嬉しいけど、競歩じゃねえんだからそんなに早足で歩かなくったっていいだろうが。
「お前はこっち。」
腕を引いて体を引き寄せて、俺の腕につかまらせる。
「〜〜〜っ。」
「腕組んで歩こ?」
「………ぉぅ。」
真赤になってうなずく。
その初々しい反応に、こっちまでつられて赤面してしまう。
「さあて、と。どこへ行くかな。…公園、じゃつまんねーか。」
「映画は?」
「いいけどね…。暗くて土方の顔が見れないのは詰まんないかな…。」
「ばか、何言ってんだ。」
「とりあえず、この間オープンしたショッピングモール行ってみっか。」
「ああ。あそこか。」
「知ってるの?」
「将軍が見たいとか言うんで、警備でな。あの人、この頃ハメはずしすぎだと思う。そのたびに警備に駆り出されるこっちの身にもなれってんだ。」
「中どんなだった?」
「建物の平面図とか非常口とかしか覚えてねえよ。松平のとっつあんと近藤さんと将軍と3人で馬鹿みたいにはしゃぎやがるから、抑えるのに必死だった。とにかくたくさんの店が並んでた…ってことくらいしか…。」
「あああ。御苦労さん。じゃ、二人とも初めてみたいなもんだ。楽しもうぜ。」
「そうだな。」
ニコリと土方がかわいらしく笑った。
20080926UP
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