その距離をゼロにする方法
前編
交通事故にあった土方の怪我も治り、遅れていた勉強もようやく追いついてきて。
まあ、もともと頭のいい子だしね。
先日行われた追試では、彼本来の成績をキープしたんで…。
受験生だけど、1日位息抜きも必要じゃねえ?
頑張ったから、ご褒美だよ。…なんて、ちょっと強引に誘ったのには、実はこっそり訳があったりもしたんだけど。
とにもかくにも、いわゆる『初デート』ってものにようやくこぎつけたのだった。
一応、教師と生徒。んでもって男同士。
バレるのは外聞が悪いので、待ち合わせは二人の家からは少し離れた駅前。
車の方がバレないって。そう言ったら。
「先生、車運転できるの?」
とか、素で聞いてくる土方。
「出来るから言ってんだろ。ただし、車は持ってないからダチの借りていく。」
「…ん。」
ようやく嬉しそうに笑った顔は、凶悪に可愛くって。
ああ、幸せだ。と、いるのかいないのか分からない神様に感謝したくなる。
彼を俺の元に返してくれてありがとう。
ニヤニヤとそんなことを思い返していたら…。
ん?
街中に美人発見!!!!
す、すげえ。………って、あれ?土方?
…じゃ、ねえよな。土方より大人っぽい。年齢はたぶん20代半ばくらい。
けど、あり得ないくらいそっくりだ。
兄か?とも思ったけど、彼には姉しかいないし。そのお姉さんにも会った事あるが、美人だけどタイプが違う。親戚とか?
多分俺はじーっと凝視していたんだろう。
視線を感じたのか、彼がくるりと振り返った。
や。マジ、激似だ。
黒い着物(着流しというんだろうか?)に黒い瞳と髪。すっきりと伸びた背中は、いっそすがすがしいほどに姿勢が良くて。
「………っ。」
鋭いその視線が飛んでくる。
まるで心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受ける。
なんだよ、目線だけで殺されそうだよ。
すると、驚いたことに美人の兄ちゃんがこちらへ歩いてきた。
カツカツと運転席の窓をたたくから、幾分唖然としながらも窓を開けると少し腰をかがめてこちらを覗き込むように見つめてくる。
や、ちょっと、はだけた胸元がやばくね?
「てめえ、胡散くせえメガネかけやがって。まさか、『坂田銀八』か?」
「え…ちょ、何で俺の名前…。」
「ち、やっぱりか。……あ…。」
目線を上げた彼につられて、俺も車の後方を振り返ると。ちょうど土方が来たところだった。
「土方さん!」
はい?土方?
「トシヤ!」
はい?トシヤ??
俺の頭の中がクエスチョンマークでいっぱいだというのに、二人はガシッと抱き合い。元気だったか?とかそちらこそ。なんて会話を交わしている。
「今日はどうしてここに?」
「それがさっぱりだ。」
「銀さんはどうしたんですか?」
はい?俺???
「あいつは…どうなんだろうな。目の前にいたはずなんだが…。」
「あ、あのね。多串くん。」
「何ですか?」「多串じゃねえ。」
二人同時にこちらをくるんと振り返る。や、あのね。
「あ、先生。え…と、こちらは…。」
「こいつがいつも世話になってる。」
ペコリと頭を下げる大人土方。
「え…。」
「あ、えと、俺の兄です。」
少し照れくさそうに、けどとっても嬉しそうに土方が言う。
君には兄なんていないでしょうが。そう突っ込めない雰囲気だったから、仕方なく俺も『いやこちらこそ』ともごもごと答えた。
「どっかへ行くのか?」
「あ、ハイ、えっと。」
初デートです。とは言いづらかったのか、口ごもる。ああけどそういえば、行先は秘密だと教えてなかったっけ。
「海に行こうかと…。」
「そうか、邪魔したな。」
「え、もう、行っちゃうんですか?」
「あのバカを探してみる。一緒にこっちへ来てるかも知れないからな。」
「え、でもどうやって。」
「あいつのことだ、絶対になんか騒ぎを起こしてる。警察に迷子の届け出も出してみる。」
「迷子…ですか?クスクス…あ、けど駄目です。」
「何でだ?」
「だってソレ、…警察なんかに行ったらあなたがつかまっちゃいますよ?」
「ち、面倒くせえな。」
盛大にしたうちして、顔をしかめた大人土方。信じられねえ。そんな顔まで美人だ。
すると、駅前のロータリーの向こう側で、何やらわっと人の声が上がる。
「………なんか俺いやな予感すんですけど…。」
「奇遇だな、俺もだ。…お前らは海へ行くんだったな。気をつけて行けよ。」
「え、土方さん?」
車から離れていく大人土方を唖然と見送る土方。
「…乗れば?」
「あ、ハイ。」
俺の声に我に返ったように助手席に納まる。
「あのさ、今の人…。」
「兄です。」
「でも…。」
「実の…ってわけじゃないですけど。ああなりたいっていう、俺の目標です。」
「そっか。」
ゆっくりと車を出すと、わいわい言う人の声が大きくなってきた。
「わあっ。」
不意にロータリーの真ん中に植えてある木立の中から男が飛び出してきた。
「銀さん!!?」
「はああ?」
白い着物になぜか 黒いズボンをはいた男が手に長いものを持って振り回している。
銀髪で天パの頭が何やらデ・ジャ・ビュ。
「万事屋!てめ、早々騒ぎ起こしてんじゃねえよ!!」
さっきの美人の大人土方もその後ろから飛び出してくる。手にはやはり長いものを持っている。
「や、だってさ。あいつら俺の話きかねえんだもんよ。」
「てめえの話に聞く価値があるとでも思ってんのか!」
「あら、やだ、多串くんたらヒドイ。」
「ち。」
そんなことを言い合いながら、その合間に追いかけてきた男たちをその長いもので打ちすえていく。
や、ちょっと。追いかけてきた人たち、警官だよね!?
手に持ってるそれ、木刀だよね。……って、美人大人土方の持ってるのってニセモノじゃなければ真剣だよね!?
「相変わらず、むちゃくちゃだなあ。」
助手席からは、こんな時なのに、少し呆れたような…けど嬉しそうな土方の声がする。
「ねえ、あの二人…って…。」
土方は窓を開けると、外に向かって声をかけた。
「銀さーん。」
「お、あれ、学生の多串くんじゃん。」
「乗ってください。土方さんも。」
「ええええ?」
「お、助かるよサンキュ。多串くん、乗せてくれるって。」
「悪いな。」
「ええええ?」
何が何やら訳が分からないうちに二人が後ろの席に乗り込んでくる。
「先生、早く出して。」
「あ、ああ。」
あたりを見回せば、後ろの二人を追いかけてきた警察官は全員道路に転がっていた。
「し、死んでるの?」
「気絶させただけだ。早く出せ。ナンバー控えられたらどうする。」
「あ、ああ。」
転がっている人間をよけて、ロータリーから出る。
どこへ向けて走って良いのやら分からず、何となく当初の予定通り海の方向へと走る。
「よう、学生の多串くん。元気だったかあ?」
「はい。銀さんは相変わらずですね。」
助手席の後ろに乗り込んだ、銀髪の男はわしわしと土方の頭をかき交ぜている!
なんだ!そのなれなれしさは!!
「いや、本当にそっくりだな。」
「でしょう?」
「そうでもないよ、俺の方がいい男だ。」
多分俺と後ろの銀髪の男のことを言っているのだろう。
確かに、メガネや服装以外は似ているような気がするけど…。今朝鏡の中にいた顔とほぼ同じって気がするけど…。
「や、俺の方が若いね。そいつ、加齢臭がしそうだもん。」
「んだと、銀さんはまだ加齢臭なんかしません〜。俺の方がずっと若いもんね。」
「いいから、前見て運転しろよ。」
頭のすぐ後ろから、大人土方の声がして。
や、なんかね。もちろん俺の土方の少年らしい声もいいけどさ。こう、何つーの。ぐっと色気が増した声っていうかね。
それが、頭のすぐ後ろ。ちょっと耳元に近い感じで言われるとさ…。
「言っとくけどな。」
後ろから俺のそっくりサンが憮然という。
「それ、俺んだから。」
「へ?」
「大変だったんだから、口説き落とすの。今日初デートだったんだからな。どうしてくれんだよ、なんだってこっちへ来てんだよ。いつになったら帰れんだよ。」
「は、初デート!?」
助手席で土方が声を上げる。
「そっちもか…ってことは……。…はあ。今度は結構下らねえ理由だな。おい。」
大人土方がため息をつく。
「何?」
「だから、俺たちも初デート?お前が言うところの。…で、こっちの二人も初デートだったんだろ、今日。」
「あ、えっと。はい。」
「あっちとこっちで俺らが同時に初デートだったから、混じっちまったってこと?」
「たぶんな。」
「じゃあ、どうやったら帰れるんだよ?」
「知らねえよ。デートが終われば帰れんじゃねーの?」
「んな、投げやりな。」
「ばかばかしくて真剣に考える気にもならねえよ、ったく。」
大人土方がため息をつく。
そんな顔も美人だけど…、そろそろちゃんと事情を話してくれよ。
「あのさ、多串くん。俺、何がないやらさっぱりなんだけど…。」
「あ、ああ、そっか。」
それから 土方は以前彼が事故った時の話をしてくれた。
彼以外の口からこんな話が出たら即座に笑い飛ばしていただろうけど…。俺と彼のそっくりサンという物的証拠もあるので、どうにも信じざるを得ない感じだ…。
まあ、詳しくは『隣同士の距離』参照…ってことで。
「で、二人の持ってるのは木刀と真剣だよな。」
「ああ。」
「こっちでそんなの持ってたら捕まるよ?」
「それでさっきモメたわけ。こっちにこんな木刀ないだろ?」
「…普通の木刀に見えるけど…。ただ『洞爺湖』って書いてあるだけじゃねえか。」
「ばっか、おめえ何言ってくれちゃってんの!これはなあ、『妖刀 星砕き』って言ってなあ!」
「通販で売ってんじゃねえか。」
「あはは、通販の木刀でも銀さん強いからすごいですよね。」
「学生の多串くん、それ、褒めてんの?貶してんの?」
3人でワイワイ始まる。
や、いいんだけどさ。
俺のことはかたくなに『先生』と呼ぶ土方が、どうしてそいつのことは『銀さん』とか呼んでるわけ?
や、ってかさ、初デートなんだけど…。
二人でドライブしてさ、普段ゆっくり話できないからいろんな話してさ、ちょっといいムードとかなったらチュウとかしちゃってさ…そんな甘〜〜〜いの想像してたのに…。
なんかこれじゃ俺ただの運転手じゃん?
「なあ、ちょっとのど渇いたんだけど…。」
「コンビニでも寄りますか?」
「そうだな。…お、あったコンビニ。そこに入れ。」
………はいはい、もう。その声には逆らえないから、耳元で喋るのやめてくれ大人土方。
20081010UP
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