『誕生日満喫ツアー』
後編
しばらくして、ゴリラやドS王子やらがやってくる。
事後処理ってやつが終わったらしい。
俺は、たぶんこいつらが来たら、1発殴るくらいしてしまうんじゃないだろうか?と思っていた。
でなけりゃ、嫌味の一つや二つや三つくらい言ってしまうんじゃないだろうか?とか。
お前らいっつも土方に守ってもらってばっかりじゃねえか。
土方の命なんてどうだっていいんだろう。………そんな風に。
けど、顔じゅう涙でぐちゃぐちゃにした汚ねえゴリラと、平静を保ちきれなくていつもの半笑いを引っ込めてむしろ無表情になっているドS王子を見たら何も言えなくなってしまった。
多分、こいつらだって無理をする土方を止めようとしたはずなんだ。
もしかしたら、土方が死なずに命を取り留めたのはこいつらのお陰かもしれないのだ。
現場を知らない俺に口出す権利なんかなかった。
「悪かったなあ。坂田。」
「へ?」
「今日は旅行だったんだろう?トシを無事送り出せなくて、申し訳ない。」
………。
何で真選組の奴らは、土方が怪我すると俺に謝るんだ……?
「奴ら、三途の川も渡れねえように両足ぶった切って来やした。」
「………ははあ。」
それはご愁傷様と、顔も分からないどっかの誰かに思う。
この世で一番目厄介なドSに目をつけられたらしい。
こいつは俺と違って、執念深いからねえ。そいつらにはこれから生き地獄が待っているだろう。
そんな二人も、しばらくして帰って行った。
休むはずだった土方から引き継いだ仕事が山盛りらしい。
病院の要所要所に、真選組の隊士が護衛についていたが、病室にいるのは俺一人だけだ。
そこいら辺は、みんなが気を使ってくれているのかもしれないが。
なあ、土方。
そりゃ、土方と二人っきりでず〜っと一緒にいたいなんて思ってたけど。
こんな状況で二人でいたって、ちっとも楽しくねえよ。
時々便所へ行ったり、売店で弁当買って食ったり。
それ以外はずっと病室にいた。
なんだか、誰もいない間に目を覚ましたら、土方が寂しく思うんじゃないか…と思ってしまったら、離れるに離れられなくなってしまったのだ。
病室が夕焼けで赤く染まり、薄暗闇に覆われて。
室内の電気をつけたら、眩しくて目を覚ますんじゃないかとドキドキしながら灯りをつけた。
けど、相変わらず土方は微動だにしない。
時々看護師さんが来て、土方の様子や機械の様子を見ていくが、それでも起きない。
なんなんだよ、お前、もう。
心配がイライラに変わり始めたころ。
ふと、土方が目を開けた。
それは、朝、目が覚めました。というのとなんら変わらない静かな目覚めだった。
「………。」
「お、気がついたか?」
「………万事、屋……?」
「はい、あなたの銀さんですよ。」
「………っ、旅行!!」
「ああ、はいはい、詳しいことは後で。とりあえず医者呼ぶから。」
ナースコールで土方の目が覚めたことを伝えれば、バタバタと医師と看護師が駆けてきて、ついでに真選組の奴らまで押し寄せて。
先ほどまで静かだった病室は、とたんにものすごい喧騒に包まれた。
冷静に土方の様子を探る医師。
むせび泣く隊士や、喜んで奇声を発するもの。
それらをさらに上回る大声でしかりつける婦長。
俺は半ば唖然としながら、部屋の隅でそれらを見ていた。
現状で特に異常は見られない。明日、精密検査をする。それまでゆっくり休むようにと言って医師は出て行った。
しばらく騒いでいた隊士たちも出て行った。
病室内には、元の静けさが戻ってきた。
「………全く祭りか…ってくらいの賑やかさだね。」
そう言った俺に、土方は何か言いたげに口籠っている。
「………済まない。」
しばらくしてポツリと言ったのはそんな言葉。
「あのね、無理したって…。」
「お、俺だって、楽しみにしてたんだ…。」
俺の言葉をさえぎるように言う土方。
楽しみだったから無理して仕事をこなすことも苦じゃなかったんだろう。それゆえ、自分の疲労を見逃した。…多分そういうことなんだと思う。
疲れを自覚していれば、とる行動や作戦などいくらでも変更出来ただろうから。
「まあなんだ。二人っきりは二人っきりだし、旅館じゃねえけど一緒に外泊だし。ま、これはこれで悪くねえんじゃねえ?」
と俺が言えば、んな訳あるか。と言いながらも小さく笑った。
「所で今何時なんだ?」
「夜の11時………ああ、もうすぐ日付が変わるね。」
「じゃ、間に合ったな。」
「?」
「今回の旅行で、俺がやろうとしてたこと。いくつかは駄目になっちまったけど、これは出来そうだ。」
「??何?」
部屋の時計を見上げていた土方は、長針と短針が真上で重なった瞬間。俺を見た。
まっすぐに見つめてくる瞳。
その眼に魂ごと持って行かれそうになる。
「誕生日、おめでとう。」
一番にお前に言いたかった。
そういう土方を、思わず抱きしめた。
土方。
土方。
土方。
奪うように唇を合わせて、舌を絡ませて。
そのまま貪り続けると、土方の腕が俺の背中に回ってきたのが分かる。
そうなってようやく、土方が帰ってきたのだという実感がわいてきた。
「………お帰り。」
「…ああ。」
気づけば視界の中の土方がぼやけている。
「………ったく、馬鹿だな、お前は。」
ひどく優しい土方の声。
そっと頭を抱え込まれて、髪を優しくなぜられる。
「万事屋…、ありがとうな。」
「…それは……、俺が言うセリフじゃねえ?」
「…俺は、お前が今までどんなふうに生きてきたかなんて全然知らないし、多分これからも知る機会なんかねえと思うけど…。」
「土方?」
「けど、お前が生まれてきて、そして今まで生きることを諦めなかったことに感謝する。」
「………。」
戦争に参加していたころ、何度も『もう駄目だ』と思ったし、何度も命の危機を感じるほどの怪我もした。
けれども、今までなんとか生きて来たから、土方に出会えた。
今、土方を抱きしめることができている。
土方が生きていることが、俺が生きていることが『嬉しい』と感じられる。
こんな風に感じたことは初めてだった。
今まで『おめでとう』と言われて礼は言ってきたが、心のどこかで『そんなに目出たいことかね?』と思っていた部分もあった。
今日、土方の意識が戻ったことが嬉しかった。
それは生を諦めなかった土方に感謝したということだ。
その実感の後の言葉だったからこそ、それは俺の心にダイレクトに響いた。
土方が笑んだ。
「今夜はゆっくり眠っておけ。」
「ん?」
「お前、相当ひどい顔してるぞ。」
「さっき生き返ったばかりの奴に心配されるなんて…。」
「ふん、何とでも言え。俺はたっぷり休養を取ったからな。」
「…って、意識不明だったんだからね。睡眠じゃなかったんだからね!!」
「まあ、大差ない。」
「違うだろ、全然。」
「手前は、俺が死ぬんじゃないかと疑ってるからそうやって不安になるんだ。」
「え、………そ、かな………?」
「ああ。俺は99歳まで生きて、布団の上で大往生ってのが目標だからな。」
「…何?99歳って言う微妙な数字。」
「お前も付き合えよ。そんときは一緒だからな。」
「…っ、俺に100歳過ぎまで生きろってか!?」
「軽いだろ。」
ああ、もう。敵わないなあ。
「ともかく、夜が明けてからは忙しくなるから。」
「はあ?………ああ、検査とかで…?」
「まあ午前中はな。午後は、お前の誕生日会をする。」
「へ?」
「餓鬼共呼んで、あと、階下の女将たちも呼んで盛大にやるぞ。」
「…って、お前まさか退院するつもりじゃねえだろうな。駄目だからな。」
「俺だってまさかそこまで無茶はしない。ここでやるんだよ。」
「無理に決まってんだろ。さっきのおっかねえ婦長が、目を三角にして怒るに決まってる!」
「許可を取りゃいいだけじゃねえか。」
「許可〜?」
「ああ。必ずやるからな。」
「………。」
唖然とする俺に。
「だから言っただろうが『首を洗って待っていろ』…と。」
そう言って、あのときと同じ顔でニヤリと笑った。
そして土方はやったよ。
なんと言って病院を丸めこんだのかは知らないが、病室を使用する許可をとり、デリバリーで料理や酒を運ばせ。立派なケーキもあった。
神楽や新八、下のババア達、お妙、それにくっついてきたゴリラ、真選組の主だった隊士たち。あ、あと長谷川さんも。
相当な人数が、さして広くもない土方の病室に集まる。
そんなメンバーが集まれば、大騒ぎになるのは必至。
あっちで戦うモノあれば、こっちでミントンするものあり。気付けば何人かで飲み比べが始まり…。
みんながワイワイやっているのを、ベッドの上に座って土方は楽しそうに見ていた。
騒ぎの合間を縫って、土方のベッドに腰かけた。
「ありがとう、な。」
「ん。」
俺が、俺自身が生まれたことを感謝する日が来るなんて思いもしなかった。
「多串くん。」
「多串じゃねえよ。」
「大好き。」
「な………。」
唖然とする土方にチュッとキスをする。
………あれ?
あれほど騒がしかった室内がシーンと静まり返っている。
恐る恐る振り返れば、みんなが俺たちに注目していた。
「いい加減にするアル、このバカップル。」
低く言った神楽の声を皮切りに、馬鹿だの恥知らずだのと一斉に声が上がる。
すぐ隣からは、土方の声。
「馬鹿か、お前は。」
『ありがとう』
俺は生まれて初めて、見たこともない俺を生んでくれた人に感謝した。
あんたがどう思ったのかなんて、知りようもないが。
あんたがいて、俺を生んでくれたからこそ今の俺がある。
俺は生まれてきてよかった。
確かに今、そう言える。
20091029UP
END