「秋の誕生日満喫ツアー」

前編

 

 


ドスドスドスドス

万事屋の建物にある外階段を、ものすごい勢いで上がってくる足音がする。

なんだよ?誰だよ?

と思っていると、玄関の戸がガラガラガラと外れんばかりの勢いで開けられて、そのまま遠慮のかけらもなく乗り込んでくる足音。

「おい!」

その、乗り込んできた勢いのままに部屋の襖が開いて、顔を出したのは…。

「多串くん………?」

「手前だけか。」

「ああ、まあ。」

「なら、都合がいい。ほら、これを渡しておく。」

「???」

テーブルの上に放り投げられたのは、何かのパンフレットのようだった。

「紅葉まつりとスイーツ食べ放題ツアー???」

「10月の9日と10日で行くからな。」

「はい?」

「チケットは取ってある。出発時間とかはそこに書いてあるから。」

「はあ……。」

「じゃ。」

「うえええええ!?」

そのままくるりとUターンし、出て行こうとする土方を慌てて捕まえる。

「ちょ、多串くん?」

「は、離せ!」

ちらりと見える土方の耳は真っ赤で、多分この調子じゃ顔も真っ赤なんだろう。

「何の説明も無し?」

その耳に吹き込むように言えば、とたんに耳元で喋るな!とか怒鳴られる。

「〜〜〜〜お前が前に言ってたんだろうが。」

そりゃ言ったさ、『今度どっか旅行へ行きたいねえ。いいよねえ温泉。あ、幽霊が出るようなところはバツな。』…って。

だけど、土方の仕事が仕事だから実際は無理なんだろうな…って諦めてもいたのだ。

どうやら逃げられないと悟ったらしい土方が、溜息をついてソファに座る。

その隣に俺も座って改めてパンフを見る。

一泊二日で無理のない日程のツアー。

場所は、この近隣では一番最初に紅葉が始まるところで、温泉でも有名なところだった。

昼食のプランも、合間のスイーツ食べ放題も、泊まる宿も申し分ない。

「へえ、良さそうなツアーじゃねえか。」

俺がそう言うと、少しほっとしたように土方が小さく息を吐いた。

「で?9日と10日だっけ。」

「あ、ああ。」

「俺の誕生日じゃん。」

「……ここなら近いから割と早く帰れる。この時間に帰れれば、夜はチャイナやメガネと祝えると思って………。」

俺的には、せっかくの旅行だし二日間めいいっぱい二人っきりを満喫したいっていう気持ちもあるけれど。

毎年、祝ってくれる神楽や新八や下のババアとかの気持ちも無にはできない。

そういう俺の気持ちを分かってくれているから、土方もこういう日程のものを選んでくれたのだろう。

「そっか、今から楽しみだな。」

「首を洗って待っていやがれ。」

「え、ちょっと、俺何されるの?や、多串くんがやりたいんならどんなプレイも銀さん頑張っちゃうけどね。」

「馬鹿。………だったら、一日千秋の思いで待っていやがれ。」

 

 


そう言って。土方はニヤリと笑って帰っていた。

アレが2週間前。

ええ、ええ。

一日千秋の思いで待っていましたとも。

神楽に馬鹿にされ、新八に呆れられながら。ようやくこの日がやってきた。

男の一泊旅行なんて大した荷物なんかない。

最低限の着替えと、最低限の洗面用具だけを小さなデイバッグに入れて意気揚々と家を出た。

待ち合わせの時間にはまだずいぶん早いけど、もう家でじっとしてなんていられなかったのだ。

思わずスキップしてしまいそうな自分を、必死の理性で抑え。

それでもつい無意識に鼻歌なんか歌っちゃったりして…。

待ち合わせ場所の最寄駅が見えてきたとき、後ろから大声で俺を呼ぶ声がした。

「旦那〜〜、万事屋の旦那〜〜。」

んだよ、ジミーかよ。

土方じゃないことにガッカリしながらも、心の中に嫌な予感が広がっていく。

何でお前が来る?土方は?

「旦那、良かった。会えて。何ですかもう、まだ万事屋にいると思ったのに…」

はあはあと息を切らすジミーは、どうやら一回万事屋へ行き、俺が既に出かけたのを知って後を追いかけてきたらしい。

「………土方は?」

普段より低い声になってしまう。

そんな俺にジミーも表情を改めた。

「昨夜遅くに…てか、今朝って言ってもいいかもしれませんね。捕り物がありまして。……その、副長は、」

言いずらそうに口ごもる。

「何だよ。早く言え!」

「ハ、ハイ。あの、捕り物の際に斬られまして、その上ちょっと爆風にあおられたりしまして……。」

「で?」

「は、あの、現在大江戸病院に入院中です。ずっと意識不明だったんですが、先ほどほんの少しだけ意識が戻りまして。今日の旅行行けなくなったと旦那に伝えてほしいと。それだけ言って、又………。」

「………。」

生きてはいるんだな。

ほんの少しほっとした気分と。

それ以上に、体中に広がる冷たい感触。

俺の体内を流れる血液の温度が確実に下がっているのを感じる。

先ほどまでの高揚した気分など吹き飛んでいた。

俺は相当ひどい顔をしていたんだろう。ジミーが幾分おびえたような表情を見せる。

「………大江戸病院…っつったか?」

「は、はい。」

「………俺が見舞いに行ってもいいの?」

「あ、は、はい、どうぞ。」

 

 


大江戸病院につき、土方の病室へ案内される。

処置はすべて済んでいて、あとは土方の意識が回復するのを待つばかりなのだそうだ。

警備の意味もあるんだろう。個室をあてがわれている病室につけば、意外にも土方に付き添っていたのはハゲだった。

ゴリラやドS王子は、まだ現場で事後処理をしているのだそうだ。

「旦那、せっかくの旅行当日に、すみません。」

「………。何でお前が謝る?」

「副長も、今日の旅行を楽しみにしてたみたいなんですよ。」

苦笑しながらハゲが言った。

「だからどうしてもこの2日間の休みは確保するんだって言って、結構な仕事を抱え込んでましてね。

俺達だって、時間かけてやればできるんですけど、副長ほどスムーズにはできませんからね。自分でやった方が早い…って思ったみたいで…。」

「………。」

「この数日は、だいぶ寝不足で疲労もたまってたみたいで…。『急ぎじゃない仕事は回してください』って言ったんですが…。」

はあ。

期せずしてハゲとジミーと俺の三人の口から、同時に溜息が出た。

全くあの子は…。

「まあ、なんにしろ。俺達がもうちょっと使えれば、この人が一人で背負い込むこともなかったんで…。」

今日と明日を休むだけでなく、その間呼び出しなどがないように。と頑張ったんだろうけど。

「普段なら余裕で避けられました………とは言いませんが、やっぱり動きがいつも通りって訳には行きませんでしたからね。」

休み確保のためにどれだけ頑張ったって、結果がこれじゃあ正に本末転倒…って奴じゃねえの?土方。

 

 


ジミーもハゲも病室を出て行って、俺は土方の傍に一人残った。

静かで、まるで眠っているかのような土方。

容体は落ち着いていると聞いた。

まさか、このまま………。なんてことはないよな。

時計の音と、土方につながる機械のモーターの音だけが聞こえる部屋。

確かに幾分やつれたように見える土方に溜息が出る。

仕事背負い込んで、寝不足になって。

なのにその上、土方は多分又誰かを庇ったんだろう。

小さい怪我の時は、はっきりきっぱり本人のドジのせい…ってことが多いが、大きい怪我の時は、いっつも誰かを庇っている。

ゴリラかもしれないし、新入りの隊士かもしれない、もしかしたら暴走し過ぎたドS王子が無茶したのかもしれない。

けど、じゃあ。

土方のことは、いったい誰が庇ってくれるんだ?

土方自身は自分の大切なものを守れて満足だろうけど。

こいつが疲れているとき、誰が休ませる?

こいつの命が危なくなったとき、誰が守ってくれる?

決して真選組の奴らが、土方をないがしろにしてる訳ではないのは分かっているけれど。

俺のこの切り裂かれんばかりの胸の痛みは、俺自身が怪我したかのように感じる全身の痛みは。

一体どうしたら感じなくて済むようになる? 俺が、土方につきっきりで守る??

そうできればいいけど。

けど、それはきっと俺の自己満足なんだろう。

そうやって俺に始終守られていることを容認する土方は、たぶんもう『土方十四郎』じゃない。

あ〜あ、もう。

結局俺には、こうして何かあったときにヤキモキしてオロオロして、心配することしかできないんだろうなあ。

 

 

 

 

 


 

 

20091029UP

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もう少しお付き合いください…。
(20091030UP:月子



 

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