どいつも、こいつも。
前編
「俺ねえ、10月10日が誕生日なんだよ。」
「へえ、もうすぐじゃねえか。」
「うん。でさ、その日。多串くんは仕事休み?」
「…んなわけねえだろ。3連休の中日の日曜じゃねえか。」
「忙しいか…。」
「ああ、多分な。」
「あ〜、じゃあ、昼間はいいから、夜は?」
「まあ、特に大きな事件がなければ…。」
「じゃ、ここで会おうぜ。」
「いいぜ。」
「OK?やった!」
何がそんなに嬉しいのだろうか?
やったやったとはしゃぐ銀時を土方は不思議そうにみやった。
そう言えば…。
後になってふと気付く。
誕生日だって言うんなら何かプレゼント的なものを用意すべきだろうか?
知らなかったのならともかく、知ってしまったのだから…。
けど………。
と改めて思いなおす。
銀時とはこの頃よく居酒屋で鉢合わせすることが多くなり、何となく並んで飲むようになった仲だが。
格別に仲が良いのかといわれれば、そういう訳でもない。
時に言葉が過ぎて掴み合いの喧嘩になることもあるし、
けれど、ふと、流れる静かな沈黙が全く負担ではなく、心地良いものだということに気づいてからは、一緒にいることがなんだか当たり前のように思える時もあって。
互いにフィールドの違う二人、並び立てる訳もないけれど。
ほんの時々。
肩書きも、背負いきれないほど背負った荷物も、ちょっとだけ忘れて素の自分でいる時間を共有するくらいなら。
他愛もない言葉遊びを楽しみ、愚痴をこぼし、まあ、喧嘩もして。
そんな風に過ごせる相手は、他にいない。
友人とか、っていうとなんか違う気はするけれど、ただの知り合い…というのもちょっと遠すぎるような、不思議な距離感。
誕生日の飲み代は奢ってやるか。
自分たちの間なら、それくらいが妥当だろう…と、土方は頷いた。
「土方さん。」
総悟が土方の部屋へやってきた。
ニヤニヤと笑う顔に嫌な予感がしつつ、律儀に答える。
「さっき万事屋の旦那に会ったんですがねぃ。10日は旦那の誕生日だそうじゃねえですかぃ。」
「ああ、らしいな。」
「おや、知っておいででしたか。」
「何だよ、もったいぶって。」
「旦那、浮かれまくってやしたぜ。『誕生日は恋人と過ごすんだ〜』…ってね。」
「へえ。」
「もちろん土方さんは10日は休みを取りなさるんでしょう?」
「はあ? 3連休の中日の日曜日だぞ。俺が休める訳ねえだろうが。」
「………あれ?じゃあ、あの恋人…ってのは誰のことなんですかい?」
「はあ?知らねえよ!」
自分が銀時の女関係など知っているものか!
「あれ、おかしいですねぃ。」
「おかしいのは手前の頭だ。」
「あ、れえ〜〜?」
首をかしげながら部屋を出て行く。
全く何なのだ、と、土方は大きなため息をついた。
万事屋の誕生日が何だってんだ?
恋人?恋人と過ごすのか?…ってか、あいつ恋人いたのか?
……そう言えば。
少し前に一緒に飲んだ時に、妙に銀時のテンションが高い時があった。
その時、好きな人がどうのこうのと話してはいなかったろうか?
確か、ちょっと目つきのきつい美人で、性格もきついんだけど、まっすぐのところがすごく可愛くて…とか何とか…。
ノロケかよ手前。ウゼエんだよ!
と、怒鳴りつけようかと思ったが、好きな人のことを話す銀時の顔が、とっても幸せそうだったから…。
ああ、本当にそいつのことが好きなんだなあ、と思えて。遮ることもできず最後まで聞く羽目になった。
とはいうものの、人のノロケ話など聞いていてもちっとも楽しくない。
うんうん、それで?と相槌を打ちつつも、話はほとんど覚えていない。
きれいさっぱり聞き流していたのだが。
「ね。どうかな?」
話の最中に突然意見を求められ、焦る。
ええと、確か好きな人に告白するとかって話だったよな…。
『付き合いたいんだけど』
そう、確かそう言っていた。
聞こえてきていた音を、何とか思い返して、『いいんじゃねえか』と返すと。
「え、本当!!!?やった!!!!」
飛び上らんばかりに大喜びする銀時に、店中の視線が集中する。
「お、おい、お前…。」
「じゃ、これからヨロシクネ、多串くん。」
「多串じゃねえ…って、ヨロシク?」
訳もわからず差し出された手を握り返せば、満面の笑みの銀時がいる。
なんだ?相談に乗ってくれとでも?ああ、それともまたノロケ話を聞け…ってことか?
面倒くせえな。
そう思うが、嬉しそうな銀時には言えずに、頷いたのだった。
ああ、あのときの女に告白して、OKを貰ったのか…。
喜んでやるべきことなのに、なぜかあまり嬉しくない。
きっと、ノロケを聞かされることになるからだ。きっとそうだ。
そう自分を無理やり納得させた。
誕生日当日。
昼間は新八の家で、神楽や新八、妙、それに集まってくれた何人かが盛大に祝ってくれた。
盛大に…とはいってもそれほど豪華にやったわけではないが。
九兵衛がちょっと立派な料理を持ってきてくれて、ようやく体裁が取り繕えたという程度だ。
けれど、なんとか祝ってくれようとする子供たちや、皆の気持ちが嬉しかった。
そして、夜は土方との約束もある。
嬉しくて、沖田に漏らしてしまったが、屯所でからかわれなかったろうか?とちょっと心配したものの。
脳内で、照れて反論する土方を想像することも楽しかった。
妙につられてやってきた近藤に、今夜ちゃんと土方を送り出せというと、実に複雑な顔をしやがった。
「ついでに、明日は休みとかにしてくれると助かるんだけど。」
「うちの娘がとうとう…。」
や、土方はお前の娘じゃねえから。
まあ、明日休めるくらいなら、今日休みを取ってくれてるだろうから、1日は無理だろうけど、半日位は何とかならないだろうか?
だって、だって、漸くこの間告白して。
告白の返事は『いいんじゃねえか』なんて言うそっけないもんだったけど、男同士ならそんなもんかも知れないし。
本当はすぐにでもホテルに行きたかったけど、金もなかったし。
それに、何かがっついてるとか思われるのも格好悪いかな…と思って、その日はそのまま別れた。
いつでもレッツゴーのつもりでいたけれど。
飲んる途中で土方が仕事で呼び出されたりとか、知り合いが混ざってきたりとかしてどうにもタイミングが悪くて、手も握れてなかった。
けど、いよいよ今夜なのだ。
土方の色っぽい痴態のアレコレを思い浮かべて、思わず下半身が反応しかける。
「ちょっと、銀さんやめてくださいよ。神楽ちゃんもいるんですからね。」
「そうアル、汚いもの見せるんじゃないアル。」
「銀さん、新ちゃんに大人の爛れた恋愛の片鱗を見せつけるのやめてくれません!?」
周りの人間から浴びせられる非難の言葉。
半ば逃げ出すように新八の家から出る。
やっぱり今夜も金のない銀時は、飲み屋で飲んだ後は万事屋へ土方を連れてこようと思った。
一度万事屋へ戻り、家の中をざっと片付け、いつもより緊張しながら布団を敷いた。
シーツのしわが1本もないように、ピッ端を引っ張る。
こんなに気を使って布団を引いたことなんて過去にあっただろうか?
そわそわと待ちきれなくて、約束の時間よりずっと早くに万事屋を出た。
「おおい、トシ。」
「近藤さん?………ってか、あんたまた殴られて…。」
顔に青タンを作っている近藤にため息が洩れる。
「あはは、いやさっきお妙さんの家でな、坂田の誕生日会をやってきたんだ。」
「へえ。」
昼間恋人と会うものだと思っていたのだが、そうではなかったのだろうか?それとも、集まったメンバーの中にいたのか?
「この後、坂田と会うんだって?」
「…ああ、まあ。」
「………うううう。」
「ちょ、近藤さん!?あんた泣いて…?」
「ト、トシが…。」
「近藤さん???」
「あ、うう、いや、反対してるわけじゃねえんだ。坂田と会うようになってから、トシはなんか穏やかになったっていうか、落ち着いた…っていうか、うん、いい感じになってきたと思うし…。」
「………はあ?」
「ああ、何だ、夜会う…って話だったんですかぃ。」
「総悟?」
「で、だなあ。明日は、朝ゆっくりでいいから。…何なら、昼からとかでもいいから。」
「はあ?」
「どうせ、朝早く起きるなんて無理でしょうしねぃ。」
「何を言ってるんだ…?」
「だから、せっかくの坂田の誕生日だから、ゆっくりしてこいよ。…ってことだ。」
「………あ、ああ、じゃあ少しくらいは…。」
二人が何を気にして、朝寝坊を推奨するのかさっぱりわからない土方は、首を傾げていたが。
確かにせっかくの誕生日だ。
そんな日に『明日仕事だから』と早く切り上げるのは悪い気もするし、奢る飲み代をケチっていると思われるのも業腹だ。
誕生日で土方の奢りとなれば、銀時はしこたま飲むだろう。
そうなれば、負けられねえと自分も対抗して、深酒をする確率は高そうな気がする。
朝寝坊ができるのなら、確かにありがたいかも知れない。
「じゃあ、明日はゆっくりにさせてもらうわ。」
「お、おう、ト〜シ〜。」
「だから何で、泣くんだ…。」
途方に暮れる土方をニヤニヤと笑いながら沖田が言う。
「あんた、いろいろと準備とかしてあるんですかぃ?」
準備?
プレゼントのことか?
「特にはねえけど…。まあ、ちょっと考えてはいるけど…。」
「こういうことは考えたってダメなんでさあ。旦那は詳しそうだから任せておけば大丈夫でさあ。………多分。」
「あ、ああ。」
任せる?…まあ、どのくらい飲むのか…っていうのは今夜は銀時任せになるだろう。
その場で何か欲しいと言われたら、それを後日用意してやってもいいか…とも思うし。
それにしても…。
実は心の隅ではほんの少し行きたくないという思いがあって、土方は内心溜息をついた。
それは、奢ってやるのが嫌だとか、そういうケチ臭いことではなく。
多分また、ノロケられるのだろうな…と思うから…。
その恋人は、誕生日会に来たのだろうか?
それとも、今、会っているのだろうか?
多分、その恋人の様子だの、どんな会話を交わしたのかを延々聞かされるのだろう。
冗談じゃねえ。
そうは思うが、また、あの、幸せそうな顔をして話されたら、自分はとことんまで付き合ってしまうのだろう。
だって、本当に幸せそうに話すから。
ああ、本当にその人のことが好きなんだなあと、思えるから。
ふつうなら。たとえば近藤とかなら。
そんな幸せそうな様子を見ていれば、土方も幸せな気持ちになる。上手く行ってくれればいいな、とも思う。
けれど…。
銀時の幸せそうな顔を見ると、心の奥がズキンと痛む。
上手く行ってくれればいいと思う気持ちも確かにあるのだけれど、どこかで素直に喜べない自分がいる。
………なんでなんだ…。
銀時の幸せを素直に喜べないなんて…自分はそれほどに性格の悪い人間なのか…?
先ほど近藤は、「いい感じ」になった…と言ってくれたけど…全然よくなんかないじゃないか…。
少なくとも自分は…人の幸せを妬むような人間ではなかった……はずだと思いたい。
ぐるぐるとそんな事を考えているうちに、待ち合わせの時間が近くなった。
20101016UP
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