俺の立ち位置

前編

 

         ※W副長設定です。


 

パアーーン

 

道場に竹刀の音が響いた。

 

「ち。」

「は〜い、おしまい。」

「流石ですねぃ、坂田の旦那。これで対戦成績は49勝1分けでさぁ。」

「いやもう、いっそその1分けはなかったことにして良くない?」

言外に、どうせ勝てっこないんだからさあ、というニュアンスを含めて笑えば。ギンと鋭い視線が飛んでくる。

相変わらず負けず嫌いだねえ。

確かにいつも自分が勝つけれど、決して手を抜いて勝てる相手ではない。

集中力を必要とする土方との対戦は結構疲れるし、終えれば全身汗だくだ。

『あとから入ってきて副長に納まった俺に、剣の腕では絶対にかなわない…ってこと、どう思ってるんだろうねえ。』

顔の汗を拭きつつそんなことを思っていると。

「坂田副長!流石っす!」

「凄げえや、坂田副長!」

隊士たちが寄ってくる。

真選組の隊士たちは、割合いオツムの弱い者たちが多い。

けれど、常に命の危険にさらされる仕事をしているため、強い者を見極める目だけは鋭いものを持っている。

組織の形が出来上がってから入隊した銀時を、初めは敬遠するようなそぶりも見せた隊士たちだったが、一度道場で腕を見せたらすっかり懐かれた。

そして、二人となった副長を隊士たちは『智の土方副長』と『剣の坂田副長』と区別している。

『智』…って言ったってよう。

隊士たちのシフトを組んだり、規律だのなんだのとうるさいことを言ったり、大量の書類整理をしていたり…。

ああ、あとはゴリラ局長の世話とかな…。

ともかく、隊の雑用係…とまでは言わないが。幕府からの面倒臭い要求だとか、市民からの陳情だとか、隊の予算だとか…面倒臭いアレコレを処理してくれる便利な人…くらいの認識しかない。

なのに、隊士たちの中に土方を軽んずる者がいないのが不思議だ。

銀時に負けたら、じゃあ副長職は銀時に譲って土方は降格させてはどうか…という議論が出たっておかしくはないのに。

あの沖田でさえ(自分が代わりに副長になるのは良くても)銀時と副長を代れとは言わなかった。

銀時自身も別に副長になりたくて真選組に入った訳ではないし、今土方がしている面倒臭い仕事を自分が引き受けるつもりもないので、『副長二人』という現在の組織形態に文句があるわけではないが。

『何があるんだ?こいつに…。』

不機嫌そうに汗を拭き、からかってくる沖田にムキになって何事か返している土方をそっと盗み見た。

 

 

面倒な仕事もあるが、懐いてくれる隊士たちを可愛い奴らだと思うし、沖田と一緒に土方をからかうのも楽しい。

近藤は煩いことを言うわけではないから、居心地としては悪くない。

けれど、何とはなしに自分だけが浮いているような気がする。

後から入ったからだろうか?

それとも、二人目の副長というどこか取ってつけたように作られた役職だからだろうか?

銀時は、皆と寝食を共にしながらも、何となく現実感のない毎日を送っていた。

 

 

 

その日。

始終、銀時は不機嫌だった。

「どうしやした、旦那。」

「だって何でアイツが指揮取ってんだよ…。」

要人の身辺警護という仕事自体も気に入らないが、主な不機嫌の理由はそれではない。

最低限の警備だけを残して、真選組がほぼ総出での警護だ。

銀時は当然近藤が指揮を執るものだと思っていたし、副長である自分が現場に出る以上土方は留守番組になるものだと思っていたのだ。

けれど、いざ配置についてみれば、指揮を執るのは土方で近藤はその隣で黙って立っているだけだ。

「近藤さんに指揮は無理でさあ。」

「…まあ、それはちょっと分かるけどよ。」

おおらかといえば聞こえはいいが、要は難しい話の苦手な近藤。

だったら自分がやればいいか…と思っていたのだが。

普段の取り締まりは、『この場所へ行ってこいつを捕まえる』といった大雑把なことしか聞かされずに現場へ向かう。

言った先で銀時自身がその場に合った人員を配置して作戦を行うのだ。

もう何度もやってきたこと。

大きな失敗はないし、自分でもその成果には満足していた。

「計画書通りのやればいいんだろ。」

今回は大掛かりなせいか、前もって計画書が渡されていた。

「その計画を立てたのは土方さんでさあ。」

「え…。」

大勢の隊士たちを、効率よく配置し、不測の事態に対する対処、逃走経路の押さえ方など事細かに書かれている計画書。

実は、あまりにも多岐にわたって書いてあったので、大まかな流れを把握する程度にしか読んでないが…。

「それに、普段の捕り物だって、ちゃんと土方さんの指示で俺たちは動いてんでさぁ。」

「へ?だって俺指示なんかされたことねえぜ。」

「されてるじゃねえですかぃ。どの隊を連れていくかを、あんたが決めてるわけじゃねえでしょう。」

「…その時空いてる隊だったんじゃねえのか?」

「違いやすよ。それぞれの隊には特徴があるんでさぁ。どういう作戦が得意か…とかね。2つ以上の隊を組み合わせる時は、それぞれの得意不得意を組み合わせたり。その案件にむいてる隊を向かわせるのは土方さんの裁量でさぁ。」

「………。」

「ついでに、いろいろと下調べして、今日あたりに襲撃があるだろうと予想をつけたのも土方さんでさぁ。」

「………。」

さらに不機嫌に黙り込んだ銀時に、沖田は仕方ねえなあとばかりに溜息をついた。

「誰だって死にたかねえんでさぁ。」

「はあ?そんなん当たり前じゃん。」

「そりゃあね、旦那は強ええから。」

「お宅だって相当だろう。」

そりゃ、どうも。ニヤリと笑った後。

「俺だってそれなりに腕には覚えがありまさぁ。隊長クラスならまあ、それぞれそれなりにね。…けど、普通の隊士たちが死にたくねえと思ったらどうしたらいいと思いやすか?」

「…どうすんの?」

「優秀な指揮官にくっついていきゃあいいんでさぁ。」

「それが土方だって言うのか?」

「まあ、別に信じなきゃそれでもいいですけどねぃ。…あんた、どうせ計画書ろくに読んでねえんでしょう?悪いですけどねぃ。そんな人についていくのは怖くて怖くて仕方ねえんですよ。」

「………。」

「あんたの腕は称賛にあたいしやすよ。マジで。けど、あんたにくっついていって、自分が生き残れる自信が奴らにゃねえんでさぁ。

あいつらバカばっかりですけどねぃ、そう言う鼻は聞くんでさぁ。」

土方の指示のもと、あっちにこっちにと配置につく隊士たちを眺める。

 

 

自分にあって土方にないモノ。

土方にあって自分にないモノ。

 

銀時は気がつかなかったけれど、隊士たちには見えていたということか?

だから副長二人という体制に誰も異議を唱えなかったのか…?

 

 

「おい、総悟、坂田。配置を確認する。」

「へいへい。」

面倒臭そうに歩く沖田に、銀時は苦笑いを禁じえない。

アレだけ土方のことを認めているくせに、あからさまに渋々という態度を隠さない沖田。

どれだけ屈折しているのだ。

「屋敷が広いからな、それぞれの担当分は確実にこなせよ。」

「はい。」

「それから、原田。」

「はい。」

「山崎と一緒に外の担当だ。」

「はい。」

「外…って?」

「中から手引きする奴がいるにしても、敵は外から来るもんだろう?」

「そうだけど、あのジジイを守ればいいんだろ?ジジイのそばにくっついてりゃいいんじゃねえの?」

「…まあ、それはそうなんだが…。」

守るのは実に守りがいのない、爺さんだ。

政府要人。なんか『重鎮』と呼ばれる爺さんらしいが、その尊大な態度を見て銀時は1発でこの老人が嫌いになった。

「大人数で屋敷の周りを警備してたら、お前ならどうやって侵入する?」

「それより大人数をそろえるか、俺一人でいく。」

「そうだな。大人数で来られたら、いくらジジイのそばにいたって屋敷破壊されてしまいだ。

逆にごく少数で来られても、見張る目が多ければ早くに発見できる確率は高くなる。」

「…まあ、そうね。」

「ただし。」

と言って、土方はひどく楽しそうにクククと笑った。

「トシ、楽しそうね。」

近藤が呆れたように溜息をつく。

「これを楽しまずして何を楽しむんだよ、近藤さん。」

「何?」

「ジジイは、俺たちに仕事を持ってくるときにこう言ったんだ。『どんな手段を使ってもかまわないから、とにかくワシを守り抜け』…ってな。」

途端にその場にいた隊長たちの目がキラリと光る。

「へえ、それはそれは。」

「どんな手段を使っても…って?」

「ああ、どんな手段を使っても、と言った。俺はちゃんと確認してきたからな。『本当にどんな手段を使ってもいいんですね』とな。」

「ほう、そりゃ、豪気なジジイじゃねえですかぃ。」

「特に制約は?」

「されなかったな。屋敷を壊すなとも他の家人に怪我をさせるなとも言われなかった。とにかくジジイを守れ…とさ。」

「こりゃやりがいがありますね。」

「どうりで『要人警護』なんて普段土方副長が大して乗り気にならない仕事のはずなのに、ノリノリで指揮してると思いましたよ。」

皆それまで、どこかだるそうにしていたのに急に顔つきが変わった。

「バズーカーを出しても?」

「隊士には当てるなよ。」

「分かってまさぁ。」

「え、ちょ、おい、バズーカー…って。」

「敵が襲ってきたら、仕方ねエだろ?」

土方の顔は実に楽しそうで、決して『仕方ねエ』という感じではない。

ドキリ。

心臓が一つ鳴った。

あれ?何だ?これ?

いやいやいや、思ってないからね!!!!

物騒に光った眼が綺麗だとか。

楽しそうに笑った顔が可愛いとか。

そんなこと全然思ってないからね!!!!

 

 

打ち合わせを終えて、それぞれの持ち場へ戻る。

自分の持ち場へ戻ろうと踵を返した銀時のそばに、すっと沖田がやってきて、ボソリと呟いた。

「旦那、それは恋でさぁ。」

「っ!!!…ちょ、総一郎くん!?」

 


 

 

 

 

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