記憶の中のLovesong 1

 

 

 

 

ハア、ハア、ハア…

 

 

 

 

どこへ行きやがった。

 

捜せ!

 

くそ、あの銀髪野郎!

 

 

 

物陰に隠れて追手をやり過ごしながら、どうにもおさまらない呼吸を必死で抑えつける。

一瞬『年かなあ』なんて思いが頭をよぎり、イヤイヤイヤとぶんぶんと首を振った。

年のせいなんかじゃないからね。

ついでに運動不足でもない…ハズ。

やっぱこれは酒のせいだ。

先ほどまで飲んでいたアルコールのせいにして、銀時は、はああああ、と溜息をついた。

一体何がいけなかったのか?

明日は久々に土方の休みが取れる…ってことで、行きつけの飲み屋で待ち合わせをした。

けど、結局土方は来なかった。

『悪い、仕事が入った。』

店にかかってきた土方からの電話。

『しゃーねーな、家にいるから来れたら来て。』

相当ガッカリした気持ちを抑えてそう言えば、もう一度『すまねえ』と謝る声。

『その代わり、次に会った時はきっちり埋め合わせしてもらうからな。』

冗談まじりにそう言えば『ああ』と、笑って声が返る。

『3倍にして返してやる。』

『やめて、一気に3つ年とりそうだから。』

『じゃあ、……と、ああ、そうだ。』

『何?』

『誕生日おめでとう。』

『う、おう、ありがと。』

会えなくて残念だけど、それはもう本当に残念だけど。

でもいっか、みたいな気分になって受話器を店の親父に返した。

『今日は土方さんの奢りらしいから、存分に飲んで行ってよ、銀さん。』

誕生日なんだって?そういう親父の言葉に甘えて、しこたま食べて飲んだ。

良い気分で店を出て、少し歩いたところで男にぶつかった。

…で、これだ。

確かに自分は酔ってはいたが、前に突っ立っている男にぶつかるほどの千鳥足ではなかったはずだ。

アレは明らかに向こうがぶつかってきた。

しかも、こちらの顔を確認した途端にバラバラと10人ばかりの男たちが現われたのだ。

なんとか逃げ出したが、何で自分が追われているのか?

さっぱりわからない。

しかも、アルコールのせいか、先ほどから息が上がってもうこれ以上は走れないと体が訴えていた。

奴らは家まで突き止めているのだろうか?

いや、だったらまず家を襲撃しているはずだ。

けど、もし、このまま帰って家を突き止められたら…?

ああ、もう、どうするか…。

やっぱり『木を隠すなら森の中』…なんで木を隠さなくちゃいけないのか銀時にはさっぱり分からなかったが、とにかく人を隠すなら大勢の人の中が一番…ってことになるのだろうか?

繁華街をブラつくか…?

辺りに人の気配がなくなって、それでも用心のためにしばらくその場に身を潜めていた銀時だったが、漸くゆっくりと立ち上がった。

気配を探りながら、そっと歩を進める。

後少しでかぶき町でも最も華やかな地区へたどりつく…というとき。

「いたぞ!!」

「こっちだ!」

ち。

思わずしてしまった舌うちに、や、なんかちょっと多串くんに似て来ちゃった?なんて自分に突っ込みを入れながら、駆け出した。

「あの銀髪だ!」

「間違いない!」

や、銀さん特定されてんの?

心当たりがないようで、たくさんあるような己の所業。

自分のこれまでを振り返りつつ、追い詰められて橋に逃げ込む。

あれ、ヤベ。

この橋は…この先は…。

かつての吉原と相壁をなすといわれる花街。

所謂一般に『かぶき町』の歓楽街といわれる地区とは一線を画す地域。

『かぶき町の花街』。

客を選ぶというこの町が、怪しい男たちに追われている怪しい男なぞ入れてくれるわけがない。

橋の向こうには、門番のような役割の男たちが待っていて、強行突破などすれば、今度はあちらの手の者に追われることになるだろう。

うわあ、どうする!?

迷いが足に出た。

すぐに追いつかれ、もみ合いになる。

「いい、どけ。無傷でなくてもいい、足を止める。」

「や、銃火器は駄目だ。」

「なら刀で!」

どうやら意思統一はできてないようだ、その隙に…と銀時が橋の欄干に足をかけた。

もう、川に飛び込んで逃げるしかない。

大分涼しくなって来ていて水泳という時期ではないが、この際そんなことは言ってられない。

「逃げるぞ!」

「こいつ!」

川に乗り出したとき、ガツンと頭に衝撃がきた。

殴られた…らしい。

ぐらりと揺れた体は、それでも本人の意思どおり川へとダイブした。

「追え!」

「けど、こう暗くっちゃ見えねえぜ!」

「ち、明かりを持ってこい!」

「探すんだ!」

水の冷たさに身を縮ませながら、それでもどうやら逃げることができたとほっとした途端、銀時の意識は遠のいていった。

 

 

 

ボソボソと声がする。

男と女の声だ。

ただ、何を言っているのかは分からない。

ぼんやりと目をあけると、豪華だが落ち着いた部屋の中央に敷かれた布団に寝かされていた。

「………。」

「あら、気がついたの?」

女が顔を覗き込んでくる。

美人だ。

「相変わらず、寝汚ねえ奴だな。」

こちらに背を向けて座っていた男も振り返った。

こっちも美人だ。

「え、………俺……。」

慌てて起き上がろうとして、後頭部がズキンと痛んだ。

「なんか、頭殴られてるみたいよ?」

痛む頭に揺れる視界。

なんとなく自分の姿を見れば、夜着代わりの浴衣を着せられていた。

「無理して起きなくていい。」

男の方に再び布団に戻される。

「で?何があった?」

「何…って…。」

さっぱり訳が分からない。

「あなた、川岸に流れ着いてたのよ?」

「昨夜、かぶき町で男が一人、十数人の男たちに追われていたのが目撃されている。」

「…それが、俺…ってか…?」

「………違うのか?」

「………さあ?」

そう答えたとたんに男の方の眉間に、きりきりと皺が寄る。

ああ、美人が台無し。

殆ど無意識で、そっとその眉間に指を伸ばした。

「………しわ。」

「………っ。」

唖然としたように見返してくる男。

「………ちょっと、ちょっと、何いちゃついてるのよ。」

女の方が呆れたように言って。………はあ?いちゃつく?

「おい、万事屋…?」

「万事屋?…何?何でも屋?」

そう言った途端に、部屋の空気がビシっと固まった。

「………手前…。」

「………あらあら、困ったわねえ。」

「え、…ちょ…。」

「……記憶喪失かよ……面倒くせえ…。」

男の方が、がっくりと肩を落とした。

や、なんだろ。この脱力した雰囲気。

記憶喪失…ってのが本当なら。

これって、もっと大変なことなんじゃねえの?

 

 

 

 

 

 

20101102UP

NEXT

 

 

 

2 へ