記憶の中のLovesong 3

 

 

「因縁の理由なんかどうでもいいんだよ。要は、今現在お前が命を狙われてる…ってことなんだ。

つまりな。名をあげたい一派がお前を捕まえて…あるいは斬って、高杉たちへ取り入ろう…って狙ってるんだ。」

「…俺…ってそんな価値あんの?」

「俺は高杉たちを直接は知らねえが…。まあ、俺が同じことをされたら逆に怒るけどな。」

「怒る?取り立てずに?なんで?」

「因縁のある相手だぞ?自分の手で追い詰めて斬りてえと思うもんだろうが。」

アラ、ソウデスカ。

綺麗な顔してるくせに、物騒なのね。

…そう思って、なんだか以前にもそんな風に思ったことがあったような気がして…。

………。

ああ、ダメだ。思いだせない。

なんかこう、もうちょっとなんだよな。

ほんのちょっと頭をコツンと殴ってくれたらポロリと出てきそうなところに、無くなった記憶はあるような気がするのだけど。

逆に、ちょっとの衝撃でもせっかく傍まで来た記憶が遠くに行ってしまいそうな危うさもあって。

ああ、もどかしい。

うんうんと唸る銀時をしばらくじっと見ていた土方は、とにかく。と言った。

「とにかく。奴らはまだお前を探してる。俺はどうにか奴らを逮捕か、最低でも国外退去出来るようやってみるから。」

「え…。」

「奴らさえいなくなりゃ、大手を振って表を歩ける。万事屋に戻っていつもの生活を始めれば記憶だってすぐに戻るだろ…。」

「や、そりゃ、ありがたい…のかも知んねえけど、…でも何で…。」

「そりゃ十四郎さんは銀さんの…。」

「桔梗。」

「お友達だものね。」

ふふふ、と笑う桔梗に、ち、と小さく舌打ちをした土方。

「あ、いや、そうじゃねえよ。どうしてそこまでしてくれるのか…ってことじゃなくて。」

そう言いながら、銀時はふと思う。

普通に考えれば、まずそこを思うはずだ。

どうして自分のためにそんなにしてくれるのか?自分たちの関係は何なのか?

けれど、今自分の胸の中にあるのはそんな疑問ではない。

土方が自分のために必死になってくれる。…そのこと自体には全く疑問を抱いていなかった。

友達だから。

知り合いだから。

市民を守る警察だから。

仕事だから。

たとえ土方がどんな言葉で取り繕おうと、ちゃんとそこに土方の気持ちがあることを知っている。

『そう、なぜかは分からないけれど、俺は知っている。』

銀時は、自分の中に確かにある土方への信頼を見つめる。

そして一緒に湧き上がってくるもう一つの思い。

「そうだよ、どうしてそこまでしてくれるのか…じゃなくて、どうして一人でやろうとするんだ…ってことだよ。俺の問題だろ、俺もやるよ。」

「駄目だ。」

「何で!」

「記憶がないんだぞ。以前と同じように剣が振るえるかどうか分からねえだろうが。」

「それにしたって一人より二人の方がいいに決まってんだろ。」

「怪しい奴を見つけた時に、お前に『見覚えがあるか』と聞いても、覚えてねえんじゃ証人としても使えねえ。」

「いや、それでもよう。」

なんでこんなに必死になっているんだろう。

銀時は土方に食い下がりながら、内心首を傾げていた。

記憶のない自分が土方と一緒に捜査なんて無理だし、それこそ下手したら足手まといになりかねない。

土方の言うとおりなのだ。それは分かっている。

それでも、土方を一人でやりたくない。

これは………心配…?

ああ、そうだ。

なんでだか。

土方は一人で無茶をして一人で傷ついて、そして一人でひっそりと死んでしまいそうで…。

「心配なんだよ…。」

ポロリとこぼれた本音に、土方が唖然とした顔をする。

クスクスクス。

すぐ隣で桔梗が笑う。

「はい、十四郎さんの負け。」

「桔梗…。」

「とにかく、今夜は少し休んで行けば?どうせ昼間もずっと仕事だったんでしょ?疲れてたらつまらないミスできっと後悔することになるわ。

奥の部屋にもう一組お布団を敷いてあげるわ。…それとも一組のままでいい?」

「おい…。」

「ふふ、ちょっと待っててね。」

桔梗が部屋を出て行くと、土方は溜め息をつきつつくいと酒を飲んだ。

「………なんか、俺、変なこと言った?」

「………。いや。」

きまり悪そうに顔をそらす土方。

記憶のある銀時だったら、土方が照れているのだと分っただろう。

ほんのりと頬が赤くなった土方をじっと見る。

美味そう。

自分の中に湧き上がった欲求に、銀時はぎょっとした。

いやいやいや、ちょっと待て!

だって土方は男だぞ。そして自分も男だ。

いくら美人で色っぽいから…って言ったって、あり得ねえだろうが。あり得ねえよ。イヤ、ナイナイナイ。

必死に消そうとすればするほど、興奮が高まってしまうようで…。

慌てて銀時も杯を傾けた。

 

 

「じゃ。ごゆっくり。」

なんとなくニヤケ気味な桔梗に奥の部屋へと押し込まれる。

はあ。と溜め息をついた土方は制服の上着やベストを脱いでハンガーにかけている。

そして用意された夜着に着替え、携帯電話や財布などを枕元に置くと、そのまま寝ようとする。

「いや、ちょっと待って!」

「んだよ?」

「お話ししようよ。」

「話だあ?」

「何でもいいよ。何かこう、もうちょっとで思い出せそうなんだよねえ…。何かヒントない?」

「…いいから、手前こそ休んだらどうだ?」

「1日ダラダラしてたって。」

「そんなのは手前の日常だろうが。そうじゃなくて…。」

一瞬迷うように土方の視線が揺れる。

「手前、顔色最悪だ。」

「え?」

「そんなに気に病むな。どうせ覚えちゃいねえだろうが、手前が記憶喪失になるのはこれで2度目だ。」

「は?」

「前回の時は人格まで変わっちまってたみてえだからな。それに比べりゃ今回はそれほど酷いようには見えねえ。何かのはずみで戻るだろ。」

「………。」

二度目…って…。

「俺の脳みそどうなってんの?」

「よほどサボりグセがひどいらしいな。持ち主に似て。」

「え、何、これってサボリなの?」

「とにかく寝ろ。ゆっくり休めば、何かきっかけが掴めるかも知れねえだろう。」

「う………ん。」

土方が布団に入るのを見て、銀時も渋々隣の布団に入る。

電気が消えた部屋の中は暗くて、目を瞑っているのか起きているのか自分でも分からなくなる。

知ってる人が誰もいない孤独。

自分のことすら分からない不安感。

なんだか、体の中央にちゃんとあるはずの芯のようなものが、すっぽりと抜けてしまったような心もとない感覚。

「………眠れねえのか…?」

寝がえりをうった銀時に、遠慮がちな声がかけられる。

「あ〜うん、まあ。…今日は一歩も外に出なかったから…運動不足かな…。」

「だから、それは手前の日常だっつったろうが。」

そう言いつつも土方は自分の布団を出て銀時の布団へとやってきた。

「…ちょっと詰めろ。」

「へ?」

「今夜だけ特別だからな。」

そう言って土方は銀時の隣に入ると銀時の頭を抱えるようにして横になった。

「寝ちまえ。俺はずっとこうしてるから。誰もいないような気がして不安になったらその手で確かめればいい。」

「っ。」

ヘビースモーカーな土方からは苦い煙草の匂いがする。

けれど、銀時の嗅覚はその匂いを『甘い』と感じた。

その胸元に鼻をこすりつけるようにすれば、くすぐってえよ、と笑った声が直に響く。

その声を聞いてようやく安心した銀時は、そっと目を閉じた。

 

 

銀時から規則的な寝息が聞こえてきて、初めて土方は体の力を抜いた。

銀時の誕生日の日。

夕方になって入ってきた情報に、土方は凍りついた。

宇宙海賊春雨の構成員が大挙して地球へやってくるというものだったからだ。

目的は、坂田銀時。

慌ててターミナルに手を打ち、入国できないように手配をする。

宇宙海賊という犯罪者の集まりなくせに、権力だけは持っている組織。

通常なら出入り自由のはずなのに、なぜ入国できないのか!と噛み付いてくる。

政府からも春雨の権力を恐れて、スムーズに入国をさせるようにと打診もされた。

けれど、彼らを入国させるわけにはいかなかった。

そんな事をしてしまったら、銀時の命が危ない。

本来なら不問に付すはずの過去の些細な犯歴をあげて、犯罪者は入国できないと突っぱねる。

松平が、『ほどほどにしとけや』と認めてくれなかったら、土方の方が更迭されかねないギリギリの攻防。

宇宙海賊の方も本来の春雨の仕事ではなかったせいか、それほど粘ることはせずに朝方には宇宙の彼方へと散って行ってくれた。

ほっとして、屯所へ帰ってきたところへ桔梗からの連絡が入る。

銀時が店の裏の川べりに打ち上げられているというのだ。

息はあるとの言葉に胸をなでおろしたものの、自分の詰めの甘さに歯噛みする思いだった。

銀時を狙っていたのは、宇宙から来るものばかりではなかったのだ。

すでに入国を果たしていた者、あるいは元々江戸に住んでいる地球人で春雨に属している者。

それらにまでは考えが及んでいなかった。

ふわふわの髪をそっとなぜながら、すまねえ。と呟く。

けれど、決して銀時を奴らに渡さない。

こうなると、銀時が記憶を失っているのは都合が良い。

もしも記憶があってこれは自分の問題だと彼が思ってしまったら、土方がどれほど止めようと、こんなところでおとなしく籠っていてくれる銀時ではない。

何故自分が狙われるのか?誰が狙っているのか?そのことで身の回りの人間に影響があるのか?

そんな事情が分からないからこそ、ここにいてくれているのだ。

 

記憶がないだって?

それがいったい何だというのだ。

銀時が土方のことを覚えていない?

そんなことは、どうでもいいこと。

いずれは戻るかも知れないのだし、仮に戻らなかったとしても再び一から関係を築いていけばいいだけのことだ。

たとえ、築き直した関係が今のような『恋人』というものにならなかったとしても、そんなことは大したことではない。

銀時を起こさないように注意しながら、その体を抱きしめた。

 

 

生きていてくれる。

それだけで、いい。

 

生きていてくれる。

それが一番、大切なこと。

 

 

 


 

20101104UP

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