時間魔法 1

 

 


ふと目を覚ますと。辺りはざわざわとしていた。

「お、目ぇ覚めたか。」

「………万事屋…?」

「今サービスエリアに停まったとこ。トイレ休憩だってさ。外出るだろ。」

「ん、ああ。」

そっとあたりの様子を探ると、他のツアー客もぞろぞろと観光バスの外へと出ているところだった。

バスに乗ってしばらくしてからの記憶がない。

「悪ぃ、寝ちまってた…。」

「いいって、どうせ今日明日の休みを確保すんのに無理してたんだろ。バスの中では寝てりゃあいいよ。」

銀時が親切で言ってくれているのは分かっている。

けれど、この一泊二日のツアーには銀時と土方との二人で参加しているのだ。

土方が寝てしまったら、銀時だって時間をもてあましてしまうだろうに。

そんな土方の思考を読んだかのように銀時はにと笑った。

「なんか女の子らはたくさんおやつ持ってきてるからね。いろいろおすそわけ貰ったりしてるよ。あ、多串くんの分も俺食っちゃってるからね。」

「それは構わねえけど…。」

「今はゆっくり寝てろよ。そのかわり、夜は頑張ってもらうから。」

「ば、馬鹿。」

慌てて辺りを見回す。

割と後部の方に位置する二人の席のまわりのツアー客は、もうすでにバスを降りてしまっているようで誰もいなかった。

「大丈夫だって。…っていうか、そんな可愛い顔されたら夜まで待てねえ。」

そう言って銀時は土方の唇に触れるだけのキスをする。

「だ、だから手前、こんなとこで…。」

「だから大丈夫だって、誰も見てねえし。」

そう言って立ち上がった銀時は通路へと出た。

「あ〜、体バキバキ言うぜ。」

肩を回しながら前方の出口へ向かう銀時。

その背を追うように土方も立ちあがった。

 


………浮かれている…。

 

 


2年前に計画した一泊旅行は、残念ながら行くことができなかった。

それは土方のせい。

2日間の休みを確保するために必死になって働いて、挙句の果てに疲れて鈍った動きのまま捕り物の最前線に出て大怪我をしたのだ。

入院していた病院で知人を集めて銀時の誕生日会をしたものの、心の中では申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

翌年こそ。と思っていたのだが長期出張の仕事が入り、早々に諦めなくてはならなかった。

そしてようやく今年。

念願かなって決行できた一泊旅行。

ツアーバスが走り始めた時は、本当にほっとしたものだった。

そんな土方を苦笑しながら見ていた銀時は、明らかに浮かれている。

そうでなければ、見ている人がいないからといってこんな場所でキスなんて普段ならあり得ない。

………あれ、そうか?ありえ……ないか…?いや…奴なら遣りかねねえかも…。

「あ。坂田さ〜ん。」

トイレへ向かう銀時を、数名の若い女の子たちが呼び止めた。

お菓子をくれると言っていた人たちなのだろうか。

少し前は、女性といる銀時を見れば一々不安になったりイライラしたりしたものだが、最近は流石にそんな事もなくなった。

あんなに必死にこっちを向いて、一心に好きだという気持ちを伝えてくる銀時を疑い続けるのは失礼だと思ったから。

本当は信じきれないのは銀時ではなく自分自身に対してなのだけれど…。

自分は本当に銀時を幸せにできているのだろうか?

時々不安になる。

しかし、いつも自分に向けられる力ない銀時の眼の奥の柔らかい色を見るたびに、少しずつ自分の不安が消されていく気がするのだ。

「多串くん。見てこれ、また貰っちゃった!」

振り返った銀時の手の中には、このサービスエリア限定のお菓子が入ったレジ袋。

「……どれだけ食うつもりだよ。」

大体このツアーは『老舗旅館に泊まる紅葉狩りと限定スイーツ食べ放題の旅』なのだ。

ツアー自体にスイーツがたくさん盛り込まれているというのに…。

「俺は食うよ!体中が糖分で満たされるまで食いつくすからね!」

そういう銀時を見てクスクスと笑っていた女の子たち。

「多串さんもどうですか?」

「………いや、いい。」

銀時が『多串くん』と呼ぶのですっかり『多串』と認識されているらしい。

複雑な気分はするものの、これで良いのかもとも思う。

『土方十四郎』はそれなりに有名だ。

ツアー参加者の中に土方や真選組を良く思わない者や、攘夷思想を持った者がいないとも限らない。

多串某という一般人だと思ってくれている方がトラブルを避けられそうだ。

最も。帯刀はしているので、政府関係者か警察関係者だろうくらいには思っているだろうが。

「多串くんは甘いの苦手だから。」

「え〜、じゃあどうしてこのツアーに参加したんですか?」

「別に…適当な一泊ツアーなら何でも良かった。」

「………え。」

幾分投げやりに聞こえる土方の答えに若干女の子たちが引き気味になる。

「…まあ、旅館の料理が楽しみなのもあるが…。」

「ああ、あの旅館、料理が美味しいことで有名ですものね!」

「老舗の旅館で、あまりツアーに組み込まれることはないんですよね。」

「かといって、個人で泊まるには高すぎるし…。」

「そうそう、だからあの旅館が組み込まれるツアーっていつも倍率が高くてなかなか取れないんですよ!」

「今回ラッキーだったよね〜!」

幾分興奮気味にはしゃぐ女の子たち。

「え、そうなんだ?知らなかった。」

「手前は甘いもののことしか考えてなかったんだろう。」

「まあね。……っとトイレトイレ。」

そういって女の子たちと別れる。

「…つったって、マヨネーズまみれになるのに…。」

「当たり前だ。マヨネーズをかけてこそ料理の旨味が引き立つってもんだ。」

「うえええ。………夕食って各部屋で食べるんだよな。」

「ああ、確かそうだったはずだ。」

「そうか、あの子たち、マヨネーズまみれの料理見なくていいんだな。」

「何だよ?」

「いやあ、お前にドリーム見てるみてえだからさ。さっきだってバスの中でかっこいいって喜んでたから。流石にマヨネーズ山盛りかけるお前見たら引いちまうんじゃねえかって思ってさ。」

「別に引かれようが何しようが構わねえが…。」

「モテる男の余裕ってやつかねえ。」

ヤダヤダ。という銀時に呆れて溜息をつく。

お前がいるから女性からどう思われようとどうでもいいんだって、どうして思わねえのかねえ?

 


 

『別に…適当な一泊ツアーなら何でもよかった。』

ぼそりと言われた土方の一言に一瞬銀時は体の中心が冷え切るような錯覚を覚えた。

2年前に行けなかった一泊旅行。

そのことを土方がとても申し訳なく思っていることは分かっていた。

確かに楽しみにしていたのに叶えられなかったことに関しては残念に思っていたけれど、そんなに気にすることないのに…とも思っていたのだ。

そりゃあ、土方との一泊旅行は楽しいだろう。

けれど、そんなことより土方が生きて自分の隣にいるというそのこと自体がとても大切なことだと気付いたから。

だから、今年また土方が一泊旅行を計画してきたときは、銀時の気持ちとしてはそれで土方の気が済むなら付き合ってやろう…位の気分だったのだ。

なのに適当なツアーなら何でもよかったなんて…。

土方にとって、とにかく旅行に行ければいい…という程度のものになってしまっていたのだろうか?

朝から土方と会い、並んで座ってバスに揺られる。

それが思ったよりも楽しくて浮かれていた気分が一気に冷めた気がした。

けれど、そのあとの旅館の料理が楽しみだという言葉で救われた。

土方はちゃんと分かっていたのだ。

スイーツは銀時のため。

旅館の夕食は土方のため。

ちゃんと二人がそれぞれ楽しめなければ一緒に旅行に行く意味なんかないんだって。

トイレを済ませてサービスエリアの売店に向かう。

女の子たちからもらったお菓子があるから、買うつもりはなかったけれど、こういうのは眺めるだけでも楽しいものだ。

地元色あふれるお菓子や漬物などを見て感心していると、トイレを終え煙草を吸い終えた土方がやってきた。

「なんだ。まだ買うのか?」

「見てるだけ。ほれ、これ。見てみろよ。」

面白く思ったものを示すと、苦笑しつつ『美味えのかな?それともウケ狙いかな?』と首を傾げる。

「そろそろ出発の時間だろ。バス戻るぞ。」

「分かった。」

二人並んでバスへと向かう。

うわあ。

二人で売店を冷やかし、二人でバスへと向かって歩く。

当然バスでは二人で並んで座るし、宿の部屋だって一緒だ。

二人でツアーに参加したのだから。誰も二人が一緒にいることに疑問などもたない。

これが明日の夕方まで続くのだ。

スイーツがどうの、宿の飯がどうの………なんて、そりゃあ美味しい方が良いけど。そんなことではなく。

 


 

二人でいられるこの時間こそが、何よりの誕生日プレゼントだ。

 


 

最初の目的地は、山だった。

山といってもそれほど奥深いものではなく、自然の形を生かした広い公園内を散策するというメニュー。

木材で作られた遊歩道は一回りおよそ30分弱というところか。

45分ほど設けられた自由時間の間に回って来いよと言うことらしい。

年配の参加者の中には、5分ほど歩いたところにある見晴らし台でしばらく紅葉美しい景色を眺めた後駐車場近くにある売店へ戻る者が多いようだ。

銀時たちや、若い女性グループは一周回ってみることにし、上ったり下ったりする遊歩道を歩いていた。

「ほんと、紅葉がきれいね〜。」

きゃぴきゃぴとはしゃぐ女の子たちの声に内心、情緒も何もねえなと苦笑しつつも男二人で紅葉を愛でても仕方ないので、何となく引率者のように集団の先頭を歩いていた。

「お。」

土方が何か見つけたように木のほうへと手を伸ばした。

「どうした?」

「これ、食える。」

「へ?」

赤と紫の中間のような色の小粒の木の実を手に取ってためらいもなく口に含んだ。

「お、おい?」

「美味え、ほら食ってみろ。」

銀時にも一つもいでくれる。

「………へえ、美味い。」

「え〜、多串さん?」

「食べられるんですか〜?」

途端に女の子たちが寄ってくる。

そして土方にならって木から実をもいで口にする。

「あ、ほんとだ〜。」

「甘〜い。」

一番後ろにいた女の子が待ちきれなくなったのか、少し離れたところにある違う木から実をもいだ。

「あ、そりゃ駄目だ!」

「え……?でも…同じ実ですよ?」

「見せてみろ。………ああ、そうだ似てるけどこれは違う。」

「え、違うんですか?」

「ああ、これはあまり美味くない。食ってみろ。」

そういって銀時に実を差し出す。

「なんで俺が毒見役?」

そういいつつも口に入れると、すっぱくて口の中がキュウとすぼんだ。

「〜〜〜〜。」

「な。ほらこっちを食え。」

銀時の渋い顔を見てきゃっきゃと笑いながら女の子は土方が新たにもいだ実をもらって食べた。

「ひでえよ、多串くん。」

「一見似てたって種類の違うもんはたくさんあるんだ。むやみに口にするんじゃねえよ。」

や、それ俺じゃないし。とは思ったけれど、銀時に向けて言っているようで実は女の子たちに向かって言っているのは明白なので黙って拝聴する。

「これは不味いくらいで済んだけど、中には毒のあるものだってあるんだ。腹を壊すぐらいですみゃあいいが、場合によっては命にもかかわる。」

「…そういえば、キノコとか間違えて死んじゃったってニュースも聞きますよね。」

「ああ、知った奴がいないときは下手に口にしないほうがいい。」

「はい。」

神妙に女の子たちがうなずいたところで、また遊歩道を先に進む。

歩きながら銀時が言った。

「詳しいね。」

「田舎…っつうか山育ちだからな。」

「ふうん?」

「山は食い物の宝庫なんだぞ。」

そういって笑う土方。

その笑顔にキュンとしたのは銀時だけじゃなかった。

その場にいた女の子たちはみな『多串さんファン』になったのだった。

 


 

「そういや、こういう公園内の植物ってとっちゃいけねえんじゃねえの?」

「黙ってればばれねえ。」

「………お前…本当に警察官かよ……。」

 

 

 

 

 

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