魔法時間 2
次に回ったのは、その地方のお菓子を作っているメーカーの工場だった。
「工場」とは言っても、外観は城を模しており旅行パンフレットには『スイーツ城』と紹介されていた。
工場内を見学し。
そのメーカーが賞をとったという地元産のリンゴを使ったアップルパイをいただき、土産物販売スペースへGOというコースだ。
おいしいスイーツを食べた後だけに、みんなの財布のひもは緩い。
友人へのお土産だと箱を山積みし宅急便で送ってもらう強者のおばさんもいる。
「手前は買わないのか?」
と土方が聞いてくる。
「土産買うのは明日にするわ。荷物になるし。」
「そうだな。」
「お前は?屯所の皆に買わねえのか?」
「あいつらなら菓子より酒だろう。旅館の近所に有名な酒蔵があるんだが…。」
「ああ、いいよ。付き合っちゃる。」
旅館についてからの自由時間に買いに行きたいということなのだろう。
美味い酒なら自分用にも買いたいし、階下への土産としても相当だろう。
「悪いな。」
「いいよ俺も飲みてえし。………っと、試食!」
ここでは買わないけれど、たくさんの試食が出ていた。
ただで食べられるのだ、これを逃す手はない。
ツアーの『スイーツ食べ放題』はこれを指すのだとばかりに銀時は、その場にある試食を端から全種類踏破していく。
「………良く入るな。」
呆れたように土方は溜め息をついた。
そして銀時のほうも。
『多串さん』と群がる女の子を適当にかわす土方を横目で見やりつつ。
「…こんなに差が出るとはねえ。…ま、多串くんは美人だから仕方ねえか。」
と、すっかり土方ファンになった女の子たちに苦笑した。
それから予約6か月待ちというケーキを作る有名パティシエがいる洋菓子店へ行き。
おいしい紅茶とそのフルーツたっぷりのケーキをいただく。
お土産に特製のラスクをもらってみな大喜びだ。
ラスクなんて乾いたパンじゃねえか。という感想を、懸命にも口にはしなかった土方だったが、とにかく店内に充満する甘い匂いに閉口する。
相当つまらなそうな顔をしていたのだろう、銀時が苦笑しつつ教えてくれた。
「ここのバターの入ったラスクは甘くないよ。なのに美味いんだってさ。」
「へ?」
「俺もまだ食べてみたことはないんだけど、何でもバターの塩味が程よくきいてて酒のつまみとしても人気らしい。」
「へえ?」
かわいらしくラッピングしてあり、一人一袋もらったラスクを無造作にあけて1枚食べる。
「……あ、本当だ。」
今までとにかく甘いものばかりだったので、バターのほんのりした塩味がまた格別にうまく感じる。
気に入ったらしい様子に銀時は内心苦笑する。
ラスクは甘いものとバター味のものと2種類の中から好きなほうを選ぶようになっていた。
スイーツのツアーとはいえ『たまには甘くないものも』と思う人は結構いたらしく、銀時や土方が選ぶ頃にはバター味のほうはだいぶ減ってきていた。
土方ファンとなった女の子たちが、土方の順番が来るまでバター味を残しておいてあげようと全員が甘い方を選んだことに気づいたかどうか…。
けど、そうやって土方がちょっとした優しさの恩恵を受けるのを見て、銀時まで嬉しい気持ちになる。
続けてもう1枚食べようとした土方の手を止めた。
「残りは夜の晩酌の時にしようぜ。」
「ああ、そうだな。」
頷いてから、土方は『そうか』と思う。
今日は夜まで一緒なのだ、この後のバスでもその後宿についてからも。
酒蔵にも一緒にいく。
食事も、温泉も。
同じ所へ行って、同じものを同じ目線で見る。
それは普段ではあり得ないことだ。
同じ場所で同じものを見ていても、決して目線は一緒ではない。
それぞれに一番大切にしたいと思うものが違うから…。
だからこそ。
ようやく手にすることができたこの二日間という時間を、大切にしたいと思った。
ついた宿は確かに高級旅館という名に恥じない旅館だった。
趣あり、なおかつ年代も感じさせる重厚な建物。
そして手入れされ美しく整えられた広い庭園。
料理と並んで、その庭も有名なのだという。
川が流れ池があり、小さいながらも滝がしつらえられている。
四季折々に目を楽しませてくれる木や草花。
ところどころに庵があり、旅館で配られる浴衣(もちろん数種から選べる奴だ)を着た客たちが思い思いに休んでいた。
銀時たちのツアーもロビーでそれぞれの部屋へと案内されるのを待っていた。
「では、お夕食は19時ごろにそれぞれの部屋へお運びしますので、それまではご自由にお過ごしください。
明日の朝食は7時から8時半の間に1階にありますお食事処でご用意させていただきますのでそちらへお来しください。」
ツアコンからの説明があり1日目は解散となった。
客たちは仲居さんに案内されてそれぞれの部屋へと散っていった。
銀時たちの部屋は庭がよく見える2階にあった。
「へえ、いい眺め。」
「ああ。」
短くそう言った土方はさっそく部屋の中の戸という戸を開けて中を確認し始める。
「………ここには別に盗聴器とかねえと思うけど。」
「そんなことは分かってる。」
それでもどこに何があるのか、どこがどうなっているのか。自分の目で確認しないと落ち着かないのだそうだ。
そして、部屋の中を一通り見終わった土方は廊下に出て非常口まで確認しに行く。
元来の性分…じゃ、ねえよな。
職業病に近いのだろう。
非常口のカギを開けて外の階段まで確認して、ようやく土方は満足したらしい。
「酒蔵に行くか。」
「いいけど、…ねえ、浴衣で行かねえ?」
「………旅館内ならともかく…外にまでか?」
「さっきバスから見たけど、ここの浴衣着た人結構歩いてたろ。」
「…まあ。」
そういえば、提携するいくつかの旅館の風呂に入れるというサービスもあるといっていた。
その際にはこの旅館の浴衣と、ロビーで発行される入浴券がパスになるといっていたか。
「時間があったらついでにどっかそばの風呂に入ってもいいじゃん。」
「…そうだな。」
それぞれロビーにいるときに選んだ浴衣に袖を通す。
銀時は濃いあずき色。
土方はどうしても銀時がそれにしろと言い張った濃緑の浴衣。
そしてそれぞれ渋いカラシ色の丹前を羽織る。
相変わらず旅館内の構造を頭に入れるかのようにあちこちに目をやる土方を半ば引きずるようにロビーまで行く。
入浴券と地図を発行してもらっていると、ツアーで一緒の女の子たちもやってきた。
「多串さんたちも温泉めぐりですか〜?」
「いや、酒蔵にな。」
「時間があったら温泉にも行ければいいなと思って。」
そういうと女の子たちは少し残念そうな顔になる。
「いや、あのね。一緒に温泉行ったって一緒には入れないっしょ。」
銀時が冗談めかして言えば、キャーと楽しそうに笑う。
それでも女の子たちの目線が土方にくぎ付けなのが分かる。
そりゃそうだろうさ。
普段の黒一色もいいけれど、土方の白い肌を際立たせるのは濃緑だと常々思っていたのだ。だから無理矢理にそれを選ばせた。
俺の見立てに狂いはない。
ただ、その時『ならお前はこれにしろ。』とあずき色の浴衣を示された時には少し驚いた。
銀時としては、いつもとあまり変わらない感じで白地に黒か白地に薄い青あたりのを選ぼうとしていたのだが。
それでもいつも着ない色の服というのも何となく楽しい。
せっかくの旅行だし。
いつもと違うってのを楽しんでもいいんじゃね。
それほど大きくない酒蔵だった。
大量に購入した土方に喜んだ店主が、さまざまな酒を試飲させてくれたのだが。
そのどれもが美味しかった。
確かにこれなら名前が通っていてもおかしくはない。
銀時も、手ごろな値段の酒を購入し、配送してもらうことにする。途中で割ってしまっては泣くに泣けないからだ。
自分がいないときに届いてはきっと残さず飲まれてしまうだろうから、帰った次の日を指定する。
土方は今夜飲む用にとさらに1本購入した。
純米吟醸酒。しかも極上品だ。
「え。」
「まあ、誕生日だしな。」
「あの旅館ならうちからも酒を納めてるけど…。まあ、ここで買ってったほうが安いな。ロビーでその酒渡しな、冷やしてくれるように頼んでおいてやる。その酒は冷で飲むのが一番美味えからな。」
店主も笑う。
そんなサービスも土方が隊用に大量購入したからこそだろう。
礼を言って店を出る。
試飲を存分に楽しんでしまったので、よその温泉に寄って入っている時間は無くなってしまった。
「温泉は旅館で入ればいいか。」
「さっと入るくらいなら食事前に一っ風呂入れそうだな。」
「だな。」
そうと決まればまっすぐに旅館に戻るのみ。
ロビーに寄ると、話が通っていてすんなり酒を預かって貰える。
「…ただ今…、少し大浴場が混んでおりまして…。」
「…そ…か。」
「よろしければこの時間は内風呂を楽しんでいただいてはいかがでしょうか? もう少し遅い時間か朝でしたら大浴場もゆっくりご利用いただけると思いますが。」
「内風呂も面白かったな。」
室内を残らず見て回っていた土方が言う。
「へえ?」
「半分露天風呂だった。」
「半分?」
良く分からない。
実際に見てみるとなるほど、屋根はあるものの風呂の壁のところが全面開けられるようになっていて眼下の庭がよく見える。
檜の香りが漂う湯船に源泉を引いているらしい湯をため、銀時は土方を呼んだ。
「一緒に入ろうぜ。」
「なっ。」
そういったきり赤面して絶句した土方の手を引いて脱衣所まで連れて行く。
「すぐ夕食なんだから、変なことしねえって。」
「………本当だろうな。」
「ほんとほんと。一緒に入ったほうが時間短縮でいいだろうが。」
若干疑っている様子の土方だったが、確かに夕食の時間は迫っている。溜め息をつきつつ浴衣を脱いだ。
『変なこと』をしたいのはやまやまだけども、まだまだ今夜は時間があるしね。
そう自分に言い聞かせて銀時も浴衣を脱いだ。
ざっと体を洗って湯船につかる。
二人並んで湯につかり、外を眺めた。
眼下の庭も見事だけれど、その向こうに見える色づいた山もきれいだ。
秋らしいさわやかな風が入ってきて、これなら結構長い時間入っていてものぼせることはないだろう。
「いい景色だねえ。」
「そうだな。」
どうやら本当に銀時は不埒なマネをする気がないらしいと、土方もリラックスした様子で湯船の中で足を延ばした。
「なあ。」
「なんだよ?」
「『変なこと』はしねえけどさ、これ位なら良いよな。」
「は?」
土方の頭を抱き寄せて幾分強引に唇を奪う。
今日1日、ずいぶんと無防備にかわいい顔を見せてくれちゃって!
ほんとは抱きしめたいのをずっと我慢していたのだ。
一瞬体をこわばらせた土方もすぐに力を抜いた。
ここはようやく手に入れた二人きりの空間だ。
ずっと二人一緒にいられるのは嬉しいし、自分だって浮かれていたと思う。
それでも、人の目があるときには保たなければならない距離がある。
土方だって別に手をつないで歩きたいなどと思ったわけではない。『友人』という距離は守っていたつもりだ。
むしろ、銀時がいままでよく我慢した…と言うべきなのだろう。
バスの中で軽くキスされて以降は特に濃い接触はしてこなかったのだから。
銀時の腕が背中に回り、湯の中で直に背中を抱かれるという少しくすぐったい感触。それを銀時にも味あわせてやりたくて、自分の腕も回す。
何度も角度を変えて、戯れるようにキスを繰り返していたけれど。
「これ以上はやべえ。」
という銀時の呟きで、そっと離れた。
『友人』の顔から『恋人』の顔になっている土方。
きっと自分もそうなのだろうと銀時は思う。
「…上がるか。」
「ああ。」
これから土方が楽しみにしていた夕食だ。
昼間は散々自分が楽しんだのだから、これからは土方の番。
それを自分の欲で台無しにしてしまうわけにはいかなかった。
二人が体を拭き、浴衣を着ると。
まるで図ったかのようなタイミングで襖がノックされた。
「夕食をお持ちしました。」
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