あなたが私にくれたモノ 前編
「トシ、お前今日休みだから。」
「…はあ?」
土方の記憶が正しければ、今の時期は黄金週間特別警戒中のはずだ。
「このクソ忙しいときに何言ってんだよ、近藤さん。」
「や、あのね。ホラ、今日5日じゃん?」
「…それが?」
「それが…って。トシの誕生日じゃん。」
「………だから?」
この世に誕生日だからって休める社会人がどれほどいると言うのだろうか。そんなの運良く土日に引っかかった者くらいだろう。
「だって、トシずっと休んでないでしょうが。ちゃんと前後に休暇をとってんなら俺だって何にも言わないよ?けどさあ…。」
「…本当のことを言ってみろ。」
長年の親友の勘と言うのは侮れないものだ。
大体、この男が言い訳がましく言葉を重ねるときにはその裏にちょっぴり情けない真実が隠されているのが常なのだ。
「…うう、お妙さんのお店につぎ込んでしまったのでプレゼントを買うお金がありませんでした。」
「………はあ、そんなのはハナから期待しちゃいねえよ。つうことで、休みは落ち着いてから貰うから。」
「ダメダメダメ!このところ休んでないのは本当なんだから!今日は休み!いいね!」
「近藤さん…。」
「そんなくたびれた姿で仕事なんて無理だから。」
「………これは総悟の奴が…。」
土方は朝一番に食らわされた大型バズーカーを思い出して舌打ちをした。
すんでのところで自身はよけたものの(制服がボロボロになるだけですんだ)、部屋は見事に大破した。
普段見事に周りには被害が出ないように加減する総悟には珍しいと驚愕する土方に、にっこり笑って『ハッピー・バースディ、土方死ねコノヤロー』と。この世のどこかにあるらしいドS星の王子はそれはそれは愛らしく笑って言った。
誕生日プレゼントが部屋の大破だなんて…らしすぎて文句も出なかった…。
もっとも、何をされたっていまさら本気で腹など立ったりしない自分を自覚してもいるが。
「…総悟の愛情表現も相変わらずだなあ。」
「気持ち悪いこと言うなよ。」
苦虫をつぶしたような顔の土方にあっはっはと豪快に近藤は笑った。
あの屈折した王子が、それでも近藤には父に対するような愛情を、土方には兄に対するような愛情を抱いているのは、(当人は絶対に認めないだろうが)回りで見ている大人たちにはバレバレだったから。
「ま、とにかく今日一日は休み。これが俺からのプレゼントだ、受け取ってくれよトシ。」
そう言われてしまっては、いらないとも言い辛く。
しぶしぶ頷いて自室へと戻った。
大破したのは仕事用に使っている部屋の方で、二間続きになっている私物の置いてある部屋の方は何とか無事だった。
考えてみれば、この有様では仕事なんかできなかったかも…。
そう思うと、近藤と沖田が二人そろって土方に休みを取らせようとしているように思えて。はて、そんなに休んでいなかっただろうか?とカレンダーを見れば。前回休んだのがいつだったのか、思い出せない自分に唖然とした。
黄金週間特別警戒中とはいえ、シフトはすでに組んであるし。大きな事件が起きれば、たとえ休みとはいえ連絡が来るようにはなっているし。
仕方がない今日一日のんびりするかと隊服を脱ぎ着流しへと着替えた。
突然降って沸いた休日。何の予定もない。
………。マヨネーズでも買いに行くか…。
自分はそんなにつまらねえ人間か…とため息をつきつつ部屋を出た。
「あ、副長。」
「なんだ、山崎。」
「今日、お休みになったんですよね。」
近藤に聞いてきたのだろう、いくつかの連絡事項や確認事項を交わす。
「…で、どこへ行かれるんですか?」
「…いや…。」
せっかくの休みなのにましてや黄金週間な上、誕生日なのに。『マヨネーズを買いに行く』とは言い辛かった…。
「あの、ですね。」
すると山崎も少し口ごもりつつ言葉を重ねた。
「副長、お誕生日じゃないですか。」
「…だから?」
「で、…ですね。昨日、スーパーで特売があったんですよ。」
「…だから?」
ち、特売は昨日だったのか。と内心舌打ちをする。
「一応ですね。俺らとしては、もう少し副長には煙草を控えていただきたいなと思ってるんですよ。」
「……ああ?」
話が見えない。
「そんな訳で、煙草にしようかマヨネーズにしようか皆で協議した結果マヨネーズにしようということに落ち着いたので…。」
「……山崎?何を…?」
「隊士たち皆でお金を出し合って大量にマヨネーズを買い込んであるので、もう好きなだけ使ってください。一応、お誕生日のプレゼント…ということで…。食堂の冷蔵庫に入ってますんで…。」
「………。」
「あ、でも賄いのおばちゃんたちには副長が怒られてくださいね。あんまり大量だったんで冷蔵庫がマヨネーズでいっぱいになっちゃいました。」
あはは、と笑ってもう足は逃げ始めている。
「山崎っ!」
怒鳴りながらも、気分は良かった。
いったいどれほどの量を買ったのかは分からないが、特売のマヨネーズの値段などたかが知れている。皆で出し合えば、一人頭の金額なんてたいしたことはなかっただろう。
自分たちに負担が少ない上(無理な負担を負って手に入れたものなら、土方がそれ以上に気を使うのを知っているから)残らないもの…って言うのが奴ららしい。
物だけが残ってしまう悲しさを誰よりも知っているから…。
それでもその大量のマヨネーズがきちんと消費される未来も信じているのだ。
自分を追い抜いて走っていく子供たちの楽しそうな声。
稼ぎ時とばかりに声を張り上げる呼び込みの声。
連休で浮き足立つ町は嫌いじゃない。
はためくこいのぼりに、そういえば自分のこいのぼりを上げてもらったのは幾つの頃までだったろうと思いをめぐらす。
それなりに裕福な農家だった実家。近所の子供のものよりは立派なこいのぼりだったような記憶がある。
そんな実家を半ば家出のように飛び出してから、何年たっただろう?
その後、近藤と出会って沖田と出会って。上げるこいのぼりといえば沖田のためのものだったように思う。
ののしりあい取っ組み合いつつ作業を進める土方と沖田。二人を見て笑う近藤。そんな三人を楽しそうに縁側に座ってみていた優しい人。
何とかこいのぼりを上げ終わって、彼女の作った柏餅を食べれば…。中の餡子は激辛で三人そろって吐き出した覚えがある。
「あら、土方さん。」
声を掛けてきたのは、近藤の思い人だった。
直接は何の関係もない人だが、近藤の姿が見えないときには大概この人の店かこの人の家かこの人の数メートル後ろにいるのが常なので…尚且つ結果的に意識を失う近藤を回収するのも己であることが多いので、顔を合わせることは多い。
「珍しいですね、隊服じゃないなんて。お休みですか?」
「…ああ、まあ。」
「そういえば、お誕生日なんでしたっけね。」
「…なんで、あんたが知ってるんだ?」
「ゴリラが言ってました。」
「………。」
口説こうって女に親友の誕生日の話をしてどうすんだよ?
土方から見れば好ましく思えるおおらかさも、女性には伝わりにくいだろうと思うのはこんなときだ。
「…ああ、なんつーか。悪いな、いつも。」
「お店に来てお金を落としていってくださるのは一向に構いません、ってか通帳と印鑑を置いていけ…って感じですけど。」
ピクリとも表情を動かさず、張り付いたままの笑顔で言うところが怖い。
内心ひるんでいると、『そうだ』と持っていたポーチから何かを取り出してきた。
「これ、差し上げます。」
「………。あんた…これ……。」
彼女が差し出したのは、朱色のかわいらしいお守りだった。…だが…。
「俺の目に間違いがなければ、『安産祈願』と書いてあるが…。」
「ええ、安産のお守りです。」
男の自分に?というより、何故彼女がこんなものを持っているのか?
「数日前店に来たゴリラが置いていきました。殴るのには相応の理由だと思いますけど?」
「あ…。」
数日前、彼女の店で近藤がKOされたと店長から連絡が入り迎えに行ったのだ。
自宅やその他の場所ならいざ知らず、店では気絶するほど殴られることはまれだ。(意識を失ってしまってはお金を使うことができないからだろうと思われる)代わりに、身包みはがされ『金がない』とのSOSが入ることはあるが…。
だから先日迎えに行ったときは、内心珍しいなと思っていたのだが…。
「何を考えているんだ、あの人は…。」
二十歳そこそこの未婚の娘に『安産祈願』のお守りなんて…。
取り様によっては、『遊んでいる女だと思っている』と受け取られても仕様のないことだ。
「私には必要のないものだから、差し上げます。」
「………。」
近藤が原因では受け取らないわけにはいかないではないか。…彼女以上に自分には必要のないものだけれど…。
しぶしぶ受け取った土方の表情で考えていることが分かったのだろう。小さく笑ってカラリといった。
「何事も考え方次第ですよ、土方さん。『案ずるより産むがやすし』って言うじゃないですか。」
「………安いの下に木がねえけどな。」
近藤を殴っておきながら、その場でこのお守りを突っ返さず、数日とはいえ持っていた彼女の気持ちなど所詮男の自分には分かろうはずもないけれど。
ずっと肌身離さず持っているほどのものではない…ということなのだろう。
本人すら計りかねているのであろう複雑な彼女の感情と、決して悪意などなかったはずの近藤の想いと。
今はすれ違っている二人の気持ちを、とりあえず自分が預かっておくのも悪くない。
20080410UP
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