君の背が負うモノ

前編

 

 

「ん…?」

巡回の途中。

和装で編み傘を目深にかぶり、あたりをはばかるように路地へと滑りこむ数名の男に目をとめた。

…怪しい。

本人たちはアレでも紛れているつもりなのだろうが、コソコソとした態度がいかにも怪しかった。

巡回ルートを反れ、そっと男たちが入った路地へと足を向ける。

一緒に巡回しているはずだった部下はとっくに姿を消していた。

事件かどうかの確信もないのに、応援を呼ぶのは憚られた。

様子を見るだけ。

多分、絶対。守れないのは自分でも分かっているけれど、心の中で言い訳だけして気配を消した。

多分こっちの方だろうと当たりをつけて路地をたどっていくと、つきあたりのあばら家から数名の人の気配がした。

「………攘夷戦争の……。」

「…天人を…。」

きな臭い単語が漏れ聞こえてきた。

そっと家の裏へと回り、隙間だらけの壁に耳を当てる。

「……その男が?」

「ああ、この江戸にいるらしい。」

「我等の攘夷活動を続ける上で、旗印は必要だ。何とか擁立できないだろうか?」

…桂のことだろうか?と一瞬思うが、あいつはすでに己の組織を持っている。

「とにかく剣の腕は確からしい。」

「らしい、では困る。」

「いやいや、攘夷戦争の折にはその腕で敵からも味方からも恐れられたと…。」

身体の中に、黒い不安が広がっていく。

「名は何と?」

「本名は分からん。ただ、当時は『白夜叉』と…。」

「おう、『白夜叉』か。うむ、聞いたことがあるぞ。」

「どうやら二つ名の由来は珍しい髪の色から、らしい。」

「髪の色?」

「ああ、白髪だそうだ。」

「老武者か?」

「いや、桂殿と同じくらいの年らしい。だから珍しいのだ。」

「なるほど。」

「確か、戦争当時は白髪を天人の血で真っ赤に染めて戦った…と。」

「なら、割合いと早く見つけられそうではないか。」

「少し前ならな。今は、天人もずいぶん入ってきておる。髪の色も容姿も雑多になってきてしまっている。」

「全く忌々しい天人どもめ。」

「けれど、それほどの剣の腕前なら、何かそれを生かすようなことを生業としているやも知れん。」

「その辺りから捜すか…。」

「そうだな。」

それから男たちは、それぞれが捜索する範囲などを話し始めた。

 

 


『白夜叉』

攘夷戦争当時に、そう呼ばれ活躍した男を知っている。

いや、多分、こいつのことなんだろう。と、あたりをつけている男がいる。

剣の腕や、桂との親交を考えておそらく間違いはないだろうと確信している。

けれど、本人に確かめたことは、無い。

真選組の副長としては、失格だろうか?

しかし、実のところ隊に『白夜叉』の手配書が回ってきたことはない。

『白夜叉』に限らず、攘夷戦争当時のめぼしい攘夷志士たちの手配書が回ってきたことはない。

変わった世の中にうまく対応して、平和に暮らしている者がほとんどだ。

幕府としても、それらを厳しく取り締まる方が返って反感を募らせてしまうとの判断もあるのだと思う。

そいつも…。

『白夜叉』だろうと思われる男も。

『万事屋』などという胡散臭い職業ながら。

あくせく働くでもなく。金がないの、メシがないの。糖分が足りないのと大騒ぎしつつ。ゆるゆると日々怠惰に過ごしている。

戦争当時が、どんなだったのかなんて、本人の口から聞いたことはない。

だから、噂や伝聞などから想像するだけだけれど。

辛くなかったはずはない。

多くの仲間を失ったろうし、多くの敵を斬らねばならなかったろう。

その心が、魂が、深く傷つかなかったはずはない。

そんなあいつが。

子供達との毎日を。

団子屋での平和な昼寝を。

居酒屋でちびちびやる1杯を。

階下の飲み屋の面々との、家族のようなかかわりを。

とてもとても、大切にしているのを知っている。

だからこそ。

そんなあいつを、戦争当時へ引き戻すような算段を許すわけにいかなかった。

あばら家の壁の隙間から、そっと中を覗いた。

全員とはいかないが、二人の男の顔が確認できた。

そして、土方はそっと後じさってその場を離れた。

奴らは、『白夜叉』が剣の腕を生かした仕事をしていると予想しているようだった。

『万事屋』という仕事が、奴らのいう『剣の腕を生かした仕事』に入るのかは分からない。

時々信じられない怪我をしているし、その剣の腕にモノを言わせるときもあるが。

普段は、ペットの捜索だとか、届け物だとか、壊れた屋根の修理だとか、店の呼び込みだとか…をやっていることがほとんどなので。

奴らの捜索網にすぐに引っかかるということはないだろう。

『白夜叉』を探しているのがこの場にいる者だけなら話は早いのだ。このまま切りこんで押さえてしまえばそれで済む。

しかし、奴らの後ろに何らかの組織が付いていたら…。

こいつらを捕えても、その本体にこちらの知らないところで動かれたら、止める手立てがなくなってしまう。

まずは、『白夜叉』を探しているモノがどれほどの規模で存在するのかを明らかにしないといけないだろう。

その規模によって、その後の対応が変わってくる。

真選組の隊士の殆どは、あいつが『白夜叉』だということを知らない。

出来れば、知る人間をこれ以上増やしたくない。

大きな組織がかかわっていれば、どうしても隊全体で動かなくてはならなくなるだろうが、その場合は違う罪名を見つけて検挙すればいい。どうせ、叩けば埃は出るだろう。

けれど、この場に居るメンバーだけか、多くてもあと数名くらいならば。

自分が切って捨てる。

できることなら『真選組』と『白夜叉』と『坂田銀時』が、奴らの中でつながらないうちに始末をつけたい。

事は急を要する。

屯所に戻ったら、早速確認した顔を手配書で探そう。と心に決めて、巡回ルートを早足でたどった。

 

ただの自分の我儘なのかもしれない。とも、思う。

確かにあいつの剣の腕はかなりのものだ。

戦場という場で名を上げたということは、戦況を見る力だってあったのだろう。

あいつの本来の才能は、そう言った場でこそ発揮されるのかも知れない。

けれど、一旦あいつが戦いの場に身を置いてしまったら。

自分はあいつを逮捕しなければならなくなる。真選組副長として。

それが、いやなだけなのかも知れねえな。

溜息ひとつ。

けれど。

それでも。

 

 


 

「ええええ!?」

『うるせえ。』

「明日休みって言ってたじゃん。」

『仕方ねえだろうが。今日1件案件が増えちまったんだから。』

「ジミーにやらせりゃいいじゃん。」

『犯人の顔見たのが俺なんだから、俺がやらなきゃ意味ねえだろうが。』

「犯人見たの?じゃあ、何でその場で逮捕しなかったんだよ。」

『うるせえな。いろいろと事情があんだよ。とにかくそういうわけだから。』

「そういうわけ…って、じゃ、明後日代わりに休んだら…。」

『しばらく、忙しい。』

「しばらく…っていつまで。」

『分からねえよ、この件が落ち着くまでだ。じゃあな。』

「あ、多串くん?………あれ、切っちゃったよ。…ったくもう、短気なんだから。」

恋人は相変わらず、何よりも何よりも仕事が大好きだ。

仕事と私と、どっちが大事なの?なんて、喚く女の気持ちがほんの少し分かった気がして溜息をついた。

それでも多分。仕事よりも銀時を優先するようになったら、きっとこの気持ちは冷めてしまうんだろうと思うから。

しょうがねえよな。やりたいようにやんなよ。と、最後には許してしまう。

それでも。それでも、だ。

今回は3週間ぶりの逢瀬だったのに。

そりゃ、町中で顔を合わすことはある。団子屋で、二言三言会話することも。行きつけの定食屋で鉢合わせすることも。

…けど、それだけじゃ足りない。と思うのは我儘だろうか?

あいつにも、自分と同じだけ求めてほしいと思うのは、贅沢なのだろうか?

あれ、それとも。

恋人と思ってるのは自分の方だけだったりして…。

なんて思いついたら、ずううんと気分が落ち込んだ。

「土方さん、お仕事なんですか?」

「…だってさ。…ったく。」

「働き者ですよね。銀さんもちょっとは見習ったらどうです!…今月、厳しいんですよ。…って、厳しくなかった月なんてないんですけどね!!!」

「うへえ、藪蛇。」

「そう思ったら、仕事探して来い!」

「へえへえ。今日こそ、当てるわ。」

「パチンコは、仕事じゃねえ!!!!」

新八の声を背中に受けて、銀時は玄関の戸をガラガラと開けて外へ出た。

 

 

 

 


 

 

20090426

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