君の脊が負うモノ
後編
昨日。街中をうろついていて、馴染みのジジイから庭木の剪定の依頼があり。
今日の仕事を何とか確保できた俺たちは、3人で広いジジイの家の木によじ登っていた。
「こら、神楽!その枝を切るんじゃねえ!」
「バッサリ切って良いってさっきジジイも言ってたアル。」
「いらねえ枝をバッサリ切れって言ったんだよ。そんなに切ったら、みすぼらしくなっちまうだろうが。」
「これが芸術ってもんアル。真の芸術はなかなか人に理解されないものアル。」
「だからって神楽ちゃん、そんなに切ったら木が弱っちゃうよ。」
「ああ、もういい。神楽、お前はジジイと縁側で茶でも飲んでろ。」
「いいアルか?出してくれたお団子も全部食べていいあるか?」
「いいわけねえだろうが、俺の分はちゃんととっておけよ。」
木をするすると降りていく神楽。
新八がため息をつきつつ『いいんですか?』と聞いてくる。
「しょうがねえだろうが。これ以上あいつに切られたら、報酬貰えなくなるぞ。…それにな。」
「はい?」
「あのジジイ、隠居を宣言してからずいぶん老け込んじまったからな。」
「ああ、そうですね。神楽ちゃん、いい話相手ですよね。」
もとはバリバリと家を仕切ってやっていたジジイ。
そのあとを継いだ家人の苦労は相当なものだろう。
だからと言って、仕事にかかりっきりになってしまい、ジジイを一人放っておく言い訳にはならないのかも知れないが…。
しばらくは、無難にこなす新八と順調に仕事を進めていった。
半分くらい終わったときだろうか。
「あれ。」
高い木の上から道の向こうを歩く恋人発見。
「多串くんじゃん。………私服?」
だって今日は仕事って言ってたのに。
けれど様子を見ていると、どうやら数メートル前を歩く男をつけているようだった。
真選組とばれないように私服でいるのだろうということは分かった。
けれど、普段そういう仕事はジミーがしてるんじゃねえの?
『顔を見たのは俺だから』と言っていたけれど、ある程度特定できたんなら、ジミーにスイッチしたっていいはずなのに…。
今度事情を聞いてみようか?…ああけど、仕事のネタばらしなんて絶対にしてくれないよな。
…まあ、何しろ、犯人とやらが特定できたのなら、この案件もすぐにカタがつくだろう。
そうしたら、今日の逢瀬を反故にした分、次の時に…。
「銀さん。」
「お?」
新八が間近で銀時の顔を覗き込んでいた。
「銀さん、鼻の下伸びてます。キモいんで、やめてください、その顔。」
「う、おう。」
今日こそは、と町中で会った時に声をかけてみれば。
相変わらずそっけない声で『仕事だ』と返される。
すぐに終わるんじゃなかったの?と聞けば。
「そんなこと言った覚えはねえ。」
ああ、ううん。そうだけどさ。すぐに終わると勝手に思っただけだけどさ。
で。
結局それから1週間ばかり、放置状態。
その前だって会えてなかったから、なんだかんだいって1か月ほったらかしだ。
「うう、多串くんが足りない…。」
「やめてくだせえ、旦那。団子がまずくなりやす。」
「総一郎くん何なの?お宅の副長さんは?仕事しすぎじゃね?」
「総悟ですぜ、旦那。まあ、土方さんは、仕事大好き人間ですからねぃ。もう、本当。旦那よりも、よっぽど好きだと思いやすぜぃ。」
「ちょ、そんなこと分かってんだよ。分かってたって、認識したくねえ事実ってもんがあるだろうがよ。」
「現状を打開するには、事実確認が必須ですぜぃ。うちの副長が良く言ってやす。」
「うううう。」
「ところで旦那。」
「んだよ。」
「団子、もう一皿もらいやすぜぃ。」
「………。」
沖田がこう言うときは、何かしらの情報がある時だ。
「…おれ、万年金欠なんだけど。高給取りの公務員さん。」
分かってはいても、一応渋る。
ここで飛びついたりしたら、絶対にはぐらかされるからだ。全く面倒臭い男だ。
「何事もギブ&テイクですぜぃ。俺はタダでは動きやせん。俺の口もね。」
「ち。」
「いただきます。」
たっぷりと時間をかけて、団子一皿をたいらげたドS王子はにやりと笑った。
「本当は、今ウチは割とヒマなんでさぁ。」
「はあ?」
「忙しいのは土方さんだけで。」
「ちょ、それ、どういうこと?」
「あの人は、何か個人的な案件で動いてるってことでさぁ。」
「個人的な案件…。」
この間あとをつけていた男は…?
「まさか、浮気?」
「あははははは(棒読み)、笑えねえ冗談いっちゃいけやせんぜ。」
「笑ったじゃん。」
「1週間ばかり前、巡回から帰ってきた土方さんは、資料室に文字通り駆け込みやしてね。指名手配犯の人相書きを夜中までひっくり返してやしたよ。」
「………。」
「で、次の日から。仕事の手が空くと、一人で出かけていくんでさぁ。」
「じゃ、やっぱり仕事…。」
「元々土方さんは、そうやって一人で突っ走るタチでした。
一人で、敵のアジトに切り込んでいくことなんてざらだったんで。そんなあの人を心配して、近藤さんが監察って部署作って副長直属につけたんでさぁ。」
「………。」
「山崎をはじめ、監察についた人間が思いのほか使い勝手が良かったんでしょうねぃ。それ以来スタンドプレーは少なくなってきたんですが…。
どうやらここへきて、また単独行動を始めたらしいんでさあ。
山崎が一度後をつけたらしいんですが、撒かれたらしいんでね。」
「撒かれた…って。」
「土方さんが今抱えてる案件。どうやら真選組にすら知られたくないらしいんでさぁ。」
「………。」
「それと、土方さんは、今日も非番ですぜぃ。」
それだけ言うと、沖田は『じゃ、ご馳走様』と言って行ってしまった。
組にすら知られたくない事件?
なんだ?それは?
非番だって?
今日も、先日見かけたあの男を付けているのか?
さっぱり訳が分からない。
分かったのは、今日本当だったら非番である土方と会えていたはずなのに。
また、俺は一人にされている…ということだけだった。
けど。
非番だというのなら、町のどこかで会うかも知れない。
もしも解決までに時間がかかるというのなら、手伝ったっていい。…ってか、手伝わせてください。
もう、放置プレイは終わりにしてほしい。
銀時は、団子屋の店先の長いすから『よっこいせ』と立ち上がった。
いねえよ。
偶然見かけるときは、日に何度も会うときだってあるのに。いざ、探し始めるとまったく会わないとはどういうことだ?
溜息をつきつつ、土方の居そうなところをめぐる。
そして、ハタと気付く。
そうだよ、あいつは何かの事件の犯人を追ってるんじゃねえか。
普段の土方がいそうなとこ探したって居る訳ねえよな。
そんな当たり前のことが思いつかないくらい、内心は穏やかではなかったらしい。
銀時は、普段なら決して足を踏み入れない方向へ足を向けた。
いくつかの攘夷浪士たちのアジトがある一角。
いつか壊滅してやる。と土方が息巻いていた場所。
細い路地の入り組んだ道を、気配を消しつつ足早に歩く。
と。
キィン。
刀がぶつかりあう音がする。
当たりか?ハズレか?
急いでそちらへ駆けよれば、むせかえるような血の匂いが充満していた。
…この角を曲がったところだ。
土方がいれば加勢。いなかったら巻き込まれないように、全速力で逃げる。
どちらの行動も即座にとれるように、肩の力をふっと抜いて。
意を決して角を曲がった。
ザシュ!!
「ぐあああ。」
盛大な血しぶきとともに、男が一人倒れた。
銀時の目に飛び込んできたのは、刀を構える土方の背中と。土方と対峙する男だった。
これは、加勢の方だ。
「お、おのれ〜。」
「お前で、最後だぜ。」
「多串くん。」
背後から近付いて、うっかり切られても困るので一声かける。
加勢するぜ。という前に。
「出てくんな。引っこんでろ!!」
…って。そんな肩透かしな…。
とっさに動けなかった銀時を、男が見る。
「う、あ、ああ。」
驚愕に見開かれた目。
なんだ?こんなおっさん知らねえけど…。
「し、し、白………。」
「ち。」
「うわあ、多串くん!?」
間合いも呼吸もなく、土方が男に突っ込んでいった。
そして、ざん。と刀を振るう。
「う、ぐ、ああああ。」
胸から腹にかけて、ざっくりと切りつけられた男は、呻きながら崩れていった。
辺りには、いくつもの屍が転がっている。
「………。」
「………。」
ぽたりぽたりと血が滴り落ちる刀をしまうこともせず、ゆうるりと振り返った土方は、瞳孔が完全に開いていた。
「…なに、しに来やがった。」
「ああ、うん。多串くんを探して…。」
「………。」
「怪我は?」
「こんな奴らにやられるか…。」
ならば、これは返り血なのか。
身体のいたるところに血を浴びている土方。
白い頬についた血をそっと指でぬぐった。
そして、そのまま土方を抱きしめる。
「バ、汚れる!」
「いいよ。」
だってこれは、本当なら、自分が被るべき血なのだ。
先ほど男は「シロ…。」と言いかけた。
銀時を見て驚いたところといい。たぶん奴らの狙いは『白夜叉』であった銀時だったのだろう。
銀時を討とうと思ったのか、仲間に引き入れようと思ったのか?
土方は、その情報を得て単独で動いていたのだ。
銀時を、銀時の大切にするモノたちを守るために。
そして土方は、全くの秘密裏に事を収めるつもりだったのだ。
そう、こうして偶然居合わせなければ、銀時にすら知らせることなく…。
「多串くん。…これで仕事は終わり?」
「多串じゃ、ねえ。……そうだな。この場所を組に連絡すれば仕事は終わりだ。」
「だったら。」
土方が銀時に知らせるつもりがなかったというのなら、知らないふりくらいしてやる。
礼だって言わない。
だから、ね。
「だったら、おいしいものをいっぱい食べて。んで、俺には多串くんを食べさせて。」
「馬鹿、何言ってんだ。」
「1か月もほっとかれたんだからね。」
「……ああ、…そうか、そうだな。」
「銀さんは、多串くんが足りなくて、足りなすぎて、多串欠乏症で倒れそうなんです。」
「何だその馬鹿馬鹿しい病名は。」
呆れたようにそう言って、土方はようやく綺麗な笑みを浮かべて見せた。
20090428UP
END
土誕小説第1弾です。
土方は本気でやったら監察よりも、情報収集活動が上手かったりしたらいいいと思いました。
このお話はリクエストをくださった『沙茶』様のみフリーでお持ち帰りできます。
気に入っていただけましたなら、どうぞお持ち帰りください。
いつもの通り、背景のお持ち帰りはNG。文自体を変えなければほかはいい感じでお楽しみください。
そして、もしもサイトなどをお持ちで掲載してくださるという場合は、隅っこの方にでも月子の名前と当サイト名をくっつけておいてください。
素敵なリクエスト、ありがとうございました。
(20090501:月子)
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