五月晴れと恋文と
前編
「やあ、副長。相変わらずモテモテですね。」
「山崎。おちょくってんのか?」
「い、いえ違いますよ!!また文が来てたんですよ!」
山崎が差し出すのは、多分世間一般で『恋文』とか言われているものだ。
差し出されたので仕方なく受け取ると、綺麗な和紙の封筒に『土方十四郎様』とある。
裏を返しても、差出人の名前はなかった。
「ちゃんとチェックしてあんだろうな。」
「大丈夫ですよ。爆発物もカミソリも仕掛けてありません。」
「けど、これ。切手が張ってないぞ。」
「へ?」
「誰かがこの屯所まで来て、郵便受けに入れて行ったんだな。」
切手も消印もない手紙。
怪しいといえばこの上もなく怪しい。
今度は郵便受け周辺にも監視カメラをつけるようだろうか…。
そう考えている土方の目の前で、情熱的な彼女ですね。とか訳の分からないことを言っている山崎をとりあえず1発ぶん殴っておいて。
手紙を机の上にぽいと乗せた。
「え〜〜、読まないんですか〜〜?」
「いつものこったろうが。」
「そうですけど〜〜。」
もったいない。とぶつぶつ言う山崎にもう1発拳骨を落として。
仕事の話をした。
それから数日。
すっかりその手紙のことを忘れてしまっていたのだが。
とうとう雪崩を起こした書類を舌打ちをしつつ拾い集めていると、書類の間から再びあの手紙が出てきた。
「………。」
内容に期待なんかしない。
過去に幾度ももらったことはあるが、どれも本当の土方なんか見ちゃいなかった。
勝手に想像の中で土方を都合よくイメージし、それと少しでも違えば『そんな人だとは思いませんでした!』で終わりだ。
だからもうずっと、こういう文を開けたことはなかったのだけれど。
自分でも何で開けてみようと思ったのか…。
よくわからない。
綺麗な文字が、今までとは違うモノを期待させたのだろうか?
それとも文から漂う甘い香りが…?
それがあいつを連想させたからかも…。
封筒を開け、便箋を取り出す。
すると一層甘い匂いが強くなったような気がした。
『拝啓 土方十四郎様』で始まる文は、町で見かけて以来好きになったというようなことが書かれていて、特にこれと言って今までのものと違うものではない。
けれど、とても丁寧な文字や、選ぶ言葉の綺麗さから。幾分年齢は高いのかも…と思わせた。
まさか本当にあいつだって言うんじゃねえだろうなあ。
男のくせに甘党だと言い張り、糖尿病寸前だというのに一向に気にせず糖を取り続ける奴。
近寄れば、いつも何となく甘い香りがしていたように思う。
いつか勝ちたいと思い、会うたびに突っかかっては喧嘩ばかり。
気付いたら惚れてたなんて、思春期の餓鬼か…と己に呆れつつも。
惚れてしまったものはしょうがない。と半ばあきらめつつ。
けれど、男同士ではどうにもなりようもない。と、早々に心の奥底にしまいこんだ想い。
そういえば、あいつ。字も結構上手かったような…。
万事屋にかけられている『糖分』の文字も自分で書いたんだと、いつだったか得意そうに言っていた覚えがある。
まさか、なあ。
そして最後の一文を見て心臓がドキンと一つなるのが分かった。
『5月5日は、あなたのお誕生日ですね。その日に、贈り物を持ってまいります。お気持ちはその時にお聞かせ下さい。』
え、来る…のか?
いやいやいや、あいつだと決まったわけじゃねえ。
っていうか、あいつじゃない確率の方がずっと高いだろう。
男同士で、っていうか。
今さらあいつとの間で恋文だなんて冗談じゃない。
それに、あいつが俺の誕生日なんて知っているわけないし。
ってか、突然文を送られて返事って言われたって、文には手前のこと何一つ書いちゃいないのに、何をどう判断して返事をすりゃいいんだ?
どこの誰だかも分らないってのに。
そうだよ、どこのだれか。分からねえんだぞ。
その日屯所に来られたって、誰が恋文の差出人かなんてわからないじゃねえか。
土方の誕生日である5月5日は、いわゆるゴールデンウィークに含まれる。
休みに浮かれた連中で町は華やぐ。
そしてそんな時こそ忙しくなるのが、警察という因果な商売だ。
迷子だ、落し物だ、財布をすられた、痴漢にあった…etc.
それは真選組(ウチ)の管轄じゃありません!という案件が大量に持ち込まれるのがこの時期だ。
年々その件数は増え続け、連休中屯所は青い顔で駆け込む市民の応対に追われることを余儀なくされつつあった。
頼りにされることを嬉しく思うべきか、(管轄が違うのだと)理解されていないことを悲しむべきなのか…?
仕方なく去年から、それ専用に人員を割り当てなくてはならなくなるほどで。
そのごった返した中に紛れてこられたって、どの人物が文の相手か?なんて分からないし。
多分自分はその時市内巡回に出ていることがほとんどだろうし。
や、それがあいつだったなら。そりゃ、すぐわかるだろうけど…。
って、違う!
あいつのわけがねえ。
そうだろ。あいつが、こんな上品な文なんか書けるわけがねえ!
や、妙に古い言葉とか知ってたりするけど…。
いやいやいや、それはただあいつがオッサンなだけで!
そ、そうだ。こんな綺麗な和紙とかあいつが選ぶとは思えねえし。
きっと大人の女性なんだろう。
だったら、何で手紙に自分の年齢とか性別とか書いてねえんだよ。
って、普通性別は書かねえよ!
男に恋文出すのは女だって決まってるじゃねえか。
あいつだったらいい。と俺が期待してるから男かも…と思うだけで…。
って、俺期待してんのか〜〜!!?
ふと、カレンダーを見た。
5月5日までは、あと2週間ほどあった。
今日は5日だ。誕生日だ。
そして、あの手紙の主が現れる日だ。
とうとう来てしまったのだ。この日が。
つい、来る者来る者じっと見てしまう。
この人だろうか?それとも、こっちの人だろうか…?と。
だがどの人間も、落としものだとか、道に迷っただとか。土方には何の関係もない訴えをして帰っていく。
土方に、特に注意を払っていくものもいない。
そんな微妙な緊張をずっとしていたので、まだ半日しかたっていないというのにすっかり草臥れてしまった。
「………トシは…どうしたんだ…?」
「この間から挙動不審なんでさぁ。山崎、何かしらねえか?」
「知りませんよ。寝不足なんじゃないですか?夕べも遅くまで起きてましたし。」
先ほどから溜息をついたり、突然顔を真っ赤にしたり、あわてて首をぶんぶん振ったり。
その割には、屯所に駆け込む市民を嫌に真剣な目で見ていたり。
そんなんを繰り返している土方を遠目で見ている3人。
「え、今そんなに忙しかったっけ?」
「ヒマなのはストーカーしてるアンタだけでさぁ。」
「局長がストーカーしてられるってことは、それだけ副長が忙しいってことですね。」
「あ、はははは。」
「笑ってごまかしてもだめです。」
「あ、じゃあ、今日はトシは休みってことで…。」
「あんたが今日の隊士たちのシフトを把握してるって言うんならかまいやせんよ。」
「う。」
「内偵の報告を受けてくれて次の指示を下さるんなら。」
「あ〜。」
あさっての方向を向く近藤にこりゃ駄目だと二人はため息をついた。
「けど、トシに休憩取らせるくらいはできるよな。」
「…まあ。」
連休も終盤となり、そろそろ隊士たちにも疲れがたまってくる頃だった。
土方の組んだシフトで、それぞれ1日づつは休みを取れてはいたが。当の土方本人は1日たりとも休みがない。
連休が終わってからでいい。とは本人の弁だが、どうせ残務処理とかでなあなあになってしまうのは目に見えていた。
「お〜い。トシ。」
「何だ?近藤さん。」
「お前、ちょっと休めよ。ずっと休みなしだろ。」
「あんたこの状況を見てよくそんなことが言えるな…。」
屯所の入り口付近では、急ごしらえで作った受付に市民が殺到していた。
ちょうど1週間ほど前から、見回り組の派出所が襲われるという事件が多発していたため。多くの者が見回り組ではなく真選組を頼ってきたものと思われる。
慌ててこちらへの人員を多く割いたのだが、それでも捌ききれてない。
迷子になって泣き出す小さな女の子を、強面の男たちが焦ってあやす姿は何やら哀れを誘っていた。
本来ならこの時間外回りの土方も屯所に釘付け状態だ。
「まあまあ。1日休めと言ってやれなくてすまんが、1〜2時間くらいは休めや。時には気分転換も必要だぞ。」
「けど…。」
「そういやお前今日誕生日じゃないか。2時間くらい大手を振って休め。」
「…誕生日は関係ないだろう、この場合。」
『誕生日』の単語に激しく動揺した己に、内心舌うちをしつつ努めて平静な声で言った。
「今すぐどうこうってこともないだろうしな。休めるときに休んでおけって。」
「……ああ、そうだな。……まだ昼飯食ってないんだ。外へ食べに行ってくるが、いいか?」
「ああ、行って来い行って来い。」
内心本当に大丈夫だろうか?とも思ったが、確かにこのままここにいても仕事にならない。どうせなら食事を兼ねて市内巡回してこようと屯所を出た。
20090509UP
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