五月晴れと恋文と

 


後編

 

 

はああああ。

馬鹿みたいだ。と思う。

あの手紙の主が銀時であるかどうか?分かりもしないうちからあれこれ考えてどうする?

ただの悪戯の可能性だってある。

もしそうだったら、そいつはどこか物陰から見ていて落ち着きのない土方を嗤っていたかも知れないのだ。

ああ、もう、いい。もうたくさんだ。考えるのに疲れてしまった。

ふっと肩の力を抜けば、そよとそよぐ風は温かく気持が良かった。

見上げれば、五月晴れという言葉に負けない良い天気だ。

少し気分が上昇した土方は、一旦止めていた歩を再び進めようと1歩踏み出した。

「あれ、多串くん。」

「多串じゃねえ。……って、万事屋!?」

無意識のうちにいつもの巡回ルートをたどって、銀時が贔屓にしている甘味所の前まで来ていた。

「はい、銀さんですよ〜。しかし珍しいね。こんなそばに来るまで気がつかないなんて。」

「ち。」

「あれ、舌うちですか。……って、ちょっと顔色悪いんじゃね?休んでけば?」

「は?」

はて、顔色が悪い?

確かにこのところ寝不足気味ではあったが、それほどひどい状況ではなかったはずだが。

そう思ってハタと気付く。

こいつが今ここにいるってことは…。

ああ、何だ。やっぱりあの文はこいつのじゃなかったんだ…。

だからこいつの訳はないってあれだけ言い聞かせたのに。自分の心はいったい何を期待してたんだ?

男同士だぞ。かなうはずなんかないんだぞ。

それを、差出人不明の恋文を貰ったからって、その文から甘い香りがしてたからって、それだけでこいつかもと思うなんて…。

なんと己は浅はかなんだろう。

自分自身の情けなさに、思わず唇をかむ。

すると、目の前の男が眉をひそめた。

「ちょ、多串くん。どうかした?さっきから百面相して。ああ、もう。いいからここに座れ。」

腕をぐいと引かれて甘味屋の長椅子の隣に座らせられる。

「何すんだ!」

「ぼんやりと呆けていたかと思えば、途端にむっとして眉間に皺寄るし。そうかと思えば急に唇かむし…。」

どうやら考えていたことが、すべて顔に出ていたらしい。

情けないやら恥ずかしいやらで、椅子に座ってすぐに出された茶をズズズっとすすった。

「あ、お姉さん。柏餅1つね。」

「は〜い。」

注文する銀時の声をぼんやりと聞く。

柏餅か…。そうか、今日は端午の節句だったな…。

視界の隅ではためく鯉のぼり。

そうか、もう5月なんだな…。

このところ、ずっとあの恋文のことを考えていて、変わっていく季節などに全く気がつかなかった。

「はい、柏餅。お待ちどうさま。」

店員が持ってきた柏餅が1つ乗った皿。

「はい。これは、多串くんに。」

「へ?」

「銀さんの奢り。」

「………何をたくらんでやがる。」

「あれ、何だよ。人聞きが悪いな。」

「万年金欠病の手前が俺に奢るって?しかも甘味を?あり得ねえだろうが。」

「いやいやいや。人の好意は素直に受けときなよ。」

「手前なら、金が許す限り自分のために甘味を買うだろうが!そう言う奴だろう、手前は。」

「あら、結構俺のこと分かってんのね。」

「さっぱり分からねえよ、手前の考えてることなんて!」

何で突然柏餅を奢ってくれようと思ったのかも、土方のことをどう思っているのかも。

間髪入れずに返した言葉がおかしかったのか、クスリと笑った銀時は『まあまあ』と言った。

「今日は素直に奢られろよ。多串くん、なんかお疲れみたいだしね。疲れてる時は甘いもの食うといいんだぜ。…それに…今日はいい天気だし…。」

「…それ、関係あんのか?」

「ん〜、それに…。多串くんの誕生日じゃん。」

「っ。てめえ、何で知ってるんだ?」

「前に自分で言ったんだろうが。俺が『10月10日が誕生日だ』って言ったら、『俺はその半分だ』…って。」

「言った…か?」

「言った言った。5月5日なんて1回聞けばそうそう忘れないしな。だから、まあ。何だ。そんなもんで悪いけど…。ま、お祝だな。」

言外に、だから素直に食べろ。と言われて、土方は恐る恐る柏餅に手を伸ばした。

柏の葉を剥いて、パクリと1口食べる。

「うめえか?」

「甘え。」

けど、確かに疲れには良いかもしれない…と思った。

まだ昼食をとっていない腹はそこそこ空腹を主張していたし、いつもなら甘くて顔をしかめただろう餡子の味も、疲れた脳に染みいるようにすら感じた。

「うめえだろ。」

「…そう、だな。」

素直に認めるのはほんの少し癪だったけれど、せっかくくれた誕生日のお祝いにケチをつけたらさすがに罰が当たる気がした。

ほどなく食べ終わり、土方は煙草に火をつけた。

ふう、とはいた煙が5月の風にふわりとさらわれる。

「そういや多串くんは、今仕事中?」

「昼休みを2時間貰った。…あと、1時間半ってとこか…。」

「そっか。」

それからしばらく二人とも無言だった。

ここへきて、漸く土方の気持ちは落ち着いた。

あの文は銀時じゃなかった。

それはほんの少しガッカリすることではあるが、元々分かっていたことじゃないか。

男同士で文を交わすなんて…。

自分でもそう思ったはずじゃないか。

元々どうにかなるはずもないと、心の奥底に閉じ込めた想いだったのだから、何が変わるわけでもない。

むしろ。

土方自身ですら忘れていたような、何気ない雑談を覚えていてくれて。そして、こうして(柏餅1個だけど)祝ってくれようとしている。

それは、とっても素晴らしいことだろう?

心の隅っこに、小さくチクリと痛む痛みには気づかないふりをして。

土方は、長椅子に手を付き体重をかけた。そのまま顔をあげて空を見上げれば、プカリプカリと何隻かの宇宙船が浮いている。

あの宇宙船からは、鯉のぼりはどんなふうに見えるのだろう。とぼんやり考えていると、ふと、長椅子の上についた手が温かくなった。

「っ!」

土方の手の上に、包むように置かれているのは銀時の手だった。

「………あ〜、あのさ。まだ休憩時間あるんなら…、一緒にメシでも食わねえ?」

「っ、万事屋…?」

「あ、あれだから。メシは奢れねえけど!」

いつもポーカーフェイスで何を考えているのか分からない銀時の顔が、ほんのり赤くなっている。

あの文には何と書いてあった…?

『お気持ちはその時にお聞かせ下さい。』

そうだった。

屯所に来るとも書いてないし、付き合って下さなんて、どこにも書いてなかった。

ただ『気持ちを聞かせろ』と書いてあるだけだ。

それはつまり、土方が誰を好きなのか。はっきりさせろと、そういうことか…?

誰かが土方を見ていたのだろうか?そして、気づいた?

成就など願わない、その思いに…。

そして、もしかしたら。

土方にはかけらも見えない、目の前のこの男の気持にも…。

そう思いついたら、重ねられた手のから一気に血が昇ってきた気がする。

「っ。」

一瞬息をつめた銀時が、『代金おいとくね!』と店の奥へ声をかけ着物の袂から小銭を何枚か長いすの上に放り投げ。

土方の手をつかんだまま立ちあがった。

「おい?」

引かれるままに立ちあがった土方を強引に引っ張ったまま路地へと駆け込む。

「あ、あのさ。割とダメもとでも、って思ってたんだけど。え…っと、俺、お前のこと、好き…だ。…その、期待して、いい、のか……な?」

「〜〜〜〜〜。」

顔があげられない。

なかなか答えない土方に、銀時がやきもきしているのが気配で伝わる。

『贈り物を持ってまいります。お気持ちはその時にお聞かせ下さい。』

文のフレーズが頭の中をぐるぐる回る。

贈り物…って、まさかこいつのことじゃねえだろうな。

ようやく土方は顔をあげて、銀時をまっすぐに見返した。

「ん?」

ほんのり赤い顔のまま、銀時はじっと土方の返事を待っていた。

こいつ自身?それともこいつの気持ち?

どっちにしろ、大したものを贈られてしまった。

ならばやはり、返さなければならないのだろう。

『気持ちを聞かせろ』というのなら、それに答えなければならない。

「俺も、……手前が好きだ。」

「うん。」

嬉しそうにうなずく銀時の顔が近付いてきて、そっと唇が触れた。

いったん離れて、再び深く重なる。

ん。と漏れた吐息は土方のものか銀時のものか…。

「…じゃ、気持を確かめあったってことで、メシ食いに行くか。」

「手前は、だから、モテねえんだ。」

ムードぶち壊しだ。

「多串くんの顔色が悪いのは本当だからね。どうせまた寝不足かなんかだったんだろ。メシだけでもちゃんと食っとかねえと体力持たねえぞ。」

「ああ、そうだな。」

思い出したら、急に空腹が襲ってきた気がする。

「いつもの定食屋でいいか?」

「ああ。もちろん。」

 

 



 

並んで歩いたことなら今までだって何度かあった。

かちあった飲み屋の帰り。偶然出会った定食屋から競うように出た時。

けれど、今はぐっと二人の距離が近づいたような気がする。

実際の距離も、もちろん縮んだのだろう。

けれど何より、気持の距離が近づいたのだ。

そしてきっと。

これからは、もっともっと近づくことが許されるのだ。

「その、ありがとうな。」

「へ?あ、ああ。誕生日プレゼント?や、柏餅1個で悪いけど…。」

そうじゃない。

貰ったものは、絶対に手に入らないとあきらめていたモノ。

けれどたぶん。

土方がこの世で一番。

欲しかったものだ。

 

 

 

 

 

20090509UP

END

 


「土誕企画」小説第2弾です。
恋文の差出人は銀さんでも銀さんでなくてもOKとのことでしたので。あえて誰だか分らないようにしてみました。
本当は銀さんかも知れないし。全然別の女性かも?
そして、土方が想像したように二人の気持ちに気づいた誰かかも…?
もしかしたらユミコ様かも。いやいや実は月子が…。
そんな風に楽しんで見るのも一興かと…。
誕生日までの土方の悶え(!)がちょっと足りなかったか…?とちょっと反省。
ユミコ様。こんなお話ですが気に入っていただけましたらどうぞお持ち帰りください。
いつもの通り背景のお持ち帰りはNG。文章自体を変えなければその他はいい感じでお楽しみください。
もしもサイトなどをお持ちで掲載してくださるという場合は隅っこの方にでも当サイトの名前と月子の名前をくっつけておいてください。
楽しいリクエストありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
(20090512:月子)








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