時間の速度 2
しばらくすると。
店内から連行される数人の男と、コンビニの制服を着た若い男性と、突入した隊士たちが続々と出てきた。
「終わったアルか?」
「ああ、多分な。」
捕まえた犯人たちを数台のパトカーに乗せ、店長と思しき男もパトカーに乗せる。
近藤をはじめとした半数ばかりがパトカーに分乗し、走り去って行った。
恐らくは事情聴取などを行うのだろう。
土方や現場に残った隊士たちは、店の前に「立ち入り禁止」のテープを張り、歩道や車道の上に散らばっためぼしい瓦礫を片付け始めた。
その間総悟は風船ガムを膨らましながら、退屈そうにガードレールに座っているだけだったが。
もう、総ちゃんったら。とやきもきするミツバに気づいた様子はない。
そして、漸く道路の閉鎖が解かれようとしたとき。
「おい、お前ら!」
車列の間から、黒いスーツを着た男が近付いてきた。
「うちの先生を一体いつまで待たせる気だ!!とっとと封鎖を解除しろ!」
土方がその声に振り返った。
怒る!!
とっさにミツバはそう思った。
彼らだって、別に遊んで道路を封鎖していたわけではない。
身内のひいき目を差し引いたって、作業は手順良く進んでいたと思うし。周りの車からも『早くしろ』との文句は出ていない。
明らかにその言は理不尽だ。
だから、彼は絶対に怒ると思った。
下手したら刀を抜くかも知れない…とも。
だが。
「ああ、今閉鎖解きますんで。」
何でもないように返した土方を思わず凝視する。
「だから、それが遅いと言っている!!」
「そりゃあ、すいませんでしたね。」
これっぽっちも頭は下げていないけれど、曲がりなりにも謝罪の言葉を口にしている。
「これから城で会議なんだぞ。遅れたらどうしてくれる!!」
「ははあ、じゃあ、パトカーで送りますか?」
「いらん!うちの先生は犯罪者じゃない!」
「そりゃ失礼。」
「いいからウチの先生の車を先にお通ししろ!!」
「あ〜、そりゃ無理ですね。」
「何だと!!」
「一体どこを通る気です?」
二車線ある車道は足止めを食った車で埋め尽くされていた。
ミツバの乗る車の数台後ろにある、黒塗りの高級車だけ先に通るなど不可能だ。
「他の車をどければいいだろう!」
「どける場所がありません。」
「だったら、歩道でも何でも通せばいいだろうが。」
確かにここの歩道は車1台通れそうなほどの幅はあったけれど。
「っかりました。じゃ、歩道の方へ誘導します。」
「分かればいいんだ。」
「じゃ、少しお待ちください。これから車が通れるように瓦礫を全部どかしますんで。」
歩道の瓦礫も大まかに片付けられてはいたが、車を通すとなれば隅に寄せてある瓦礫も完全に撤去しなければならない。
クスリ。
つまり車道で順番を待つより遅くなるということだ。
「ああ、先生の車は車幅がありますねえ。こりゃ街路樹も切らなきゃ駄目ですね。」
「っ。」
「早急に作業しますんで。おい山崎、のこぎり調達してこい。そうだな10本くらいか。」
「はいよ!」
「あ、あと、木を運びだすのにクレーン車と大型トラックもだな。大丈夫だ、経費は全部コチラが持ってくださる。」
「はい!」
言いつけられた隊士は嫌に元気よく返事をするとその場を後にしようとした。
「おい、山崎。のこぎりなんかいらねえぜ。」
「沖田隊長?」
「このバズーカーで街路樹根こそぎふっ飛ばしゃいいんでさぁ。」
「おいおい総悟。そんなことしたら破片がまた散らばるだろうが。それに衝撃で枝とかが周りの車の窓を突き破ったりしたらどうするんだ。」
「そんなことかまいやしませんや。ねえ、勿論そんなことになったら先生が責任とって下さるんでしょう?」
「っ。」
「それにそちらのお人が黙って順番を待っててくれりゃあ、とっくに道路閉鎖は解除できてたんですぜぃ。」
「そりゃそうだが、一応そこは言わないでおくもんだろうよ。」
「この際はっきりさせた方がいいんでさぁ。」
「はっきりって何か?この人が来なきゃとっくにこのあたりに停まってる車は皆さばけてた…ってことか?いやいや、それを言っちゃこの人が気まずいだろうがよ。」
土方はそう言ってあたりを見回した。
だらだらと続く言葉の応酬に、周りの車のドライバーがイライラし始めているのが空気で分かる。
「人が悪いねえ。」
白い着物の男がニヤリと笑う。
「何、アルか?」
「あいつ、わざとだぜ。言うこと聞くふりして、時間かけてる。そうすりゃ、気が短い江戸っ子のことだ…。」
『早くしろ!』『いつまで待たせるんだ!』と、あたりの車から罵声が飛び始める。
「っ。」
スーツの男が、大きな舌うちをする。
「覚えておけ!」
「何のことです?こっちはそちらの要求どおりにしようとしたんですがねえ。」
そんなやり取りを、白い着物の男はクククと楽しそうに聞いている。
スーツの男がその場を去ろうとしたとき、羽織袴の恰幅の良い男が進み出た。
「あ、先生。」
「おい、いつまで待たせるんだ。」
ふんぞり返ったまま、怒鳴るように言った。
「御大のご登場だぜ。」
「ただのジジイアル。」
小声でぼそぼそというこちらの声は聞こえた風もなく、『先生』とやらは偉そうにふんぞり返った。
「わしはこれから城へ向かわねばならんのだ。早く通せ。」
「はい、早急に…。」
「ったく、この田舎侍が!何が『真選組』だ!お前らごとき、松平のテコ入れがなければとっくに潰してやっているものを!」
「はあ。」
「武装警察だなどといい気になりおって!ただのチンピラではないか。小さな事件ひとつ迅速に解決できない脳なし共め。」
「…面目次第もございません。」
幾分目線を下げた土方は全くの無表情だっった。
「ふん。無能者は、そうやって頭を下げて媚びへつらっておればいいんだ。」
「…何、アルか?ちょっと、おっさん!」
「こら神楽黙ってろ。」
「けど、銀ちゃん!」
「言われてる本人が一番悔しいに決まってんだろ。何しろ骨の髄まで真選組がしみ込んでる男だからな。その本人が我慢してんだ、それを無駄にすんな。」
土方のそばで、むっとした顔で男を睨みつける総悟を山崎がそっと後ろから抑えていた。
そんな二人をも自分の背にかばうようにして、土方は立っていた。
「早速この後の城での会議にかけさせてもらう。今度という今度はお前らを解散させてやる。」
「……はあ、恐れ入ります。」
これ以上何を言っても無駄だと思ったのか、ふんと鼻を鳴らして車の方へと戻って行った。
スーツの男も慌てて後に続く。
ところがその時。
「おい、お前たちのせいでいつまでたっても道路閉鎖が解除されねえじゃねえか!」
「そうだぞ。どうしてくれんだよ、おっさん。」
辺りの車から、十数名のドライバーが車を降りて来ていた。
「う、な、何だ。」
「黙って順番待つことも出来ねえのかよ!」
「そうだそうだ、今どき幼稚園児だって『順番を守りましょう』って出来るぜ!」
「センセイ様は、こんな簡単なことも出来ねえのかよ!!」
「こ、こら。失礼だろうが、先生に向って。」
「失礼だあ〜〜?てめえの勝手で俺たちを待たせてるそっちは失礼じゃねえってのかよ!」
「俺たちだって急いでんだよ!」
「まだ配達残ってんだぞ!!」
「こっちだってこれから商談へ行くところだったんだ!」
上がった声にさらに車を降りてくる者が加わり、更に混乱する。
「あ〜あ、どうすんの?これ。」
「…面倒くせえな。」
すぐ近くから聞こえた声にドキリとする。
「あのジジイ、組結成当初からあんな奴だからな。胸糞わりい。」
「ふうん。」
「見廻り組の方が優秀らしいぜ、あのおっさんに言わせると。」
「見廻り組ってあれだろ、武家の後を継げねえ奴らの就職先。この間、チンピラに派出所を襲撃されてたっけ。」
「見廻り組がなくなって困るのは、お武家さんの実家だかならな。」
「なんか貰ってんのかねえ?」
「さあな。」
「…にしても、相変わらず敵が多いねえ『真選組』は。」
「ふん。」
「それとも鬼の副長さんの敵が多いのかねえ?」
「ちゃ〜んと大人しくしてるぜ。」
「そおかあ?」
何を言われても暖簾に腕押し、糠に釘。
全く堪えた様子も見せないしたたかさこそが、気に入らない第一条件ではないのか?
きっと偉い人たちに怖れおののき、ひれ伏していれば目の敵になどされはしないのだろうが。
「けどあれだね、結構愛されてんじゃね?お宅ら。」
「ストレス発散にはもってこいだな。」
「それだけでここまで怒らねえだろ。お宅らが生活に浸透してきてるってことじゃねえの?」
「『先生』が気に入らねえだけだろ。」
「あんなおっさん。誰だって気に入らないアル。」
「…いやな思いさせたな。」
悪かったというように、女の子の頭をポンポンとなぜる。
「フクチョーのせいじゃないけど。悪いと思うなら、また何かおいしいもの食べさせるアル。」
「ああ、また今度な。」
「んなことより、多串くん。ちゃんと寝てんのか?」
「多串じゃねえ。……寝てるぞ。」
「何だよ、今の微妙な間は。目の下、クマ出来てんぞ。」
「……ち。」
「あれやだよ、また舌うちしたよこの子は。とにかく、あんま徹夜とかすんなよ。」
「………。まあ、善処する。」
白い着物の男が『しょうがねえな』と呆れて首をすくめるのが見えた。
「副長。道路閉鎖解けますが、どうします?」
「今ドライバーを戻す。全員が車に戻ったのを確認したあと、前からゆっくり誘導しろ。ゆっくりだぞ。」
「はあ、ゆっくり…ですか?」
「ああ。そろそろ城の会議が始まる時間だろうが、このうえ事故になってもいけねえしな。安全第一だ。」
「はい!了解しました。」
走り去る隊士を見送る。
「会議に出席させない気?」
「さてね。遅刻した奴の議題なんて、誰がまともに取り上げるよ?」
「ふうん?」
「あいつ、俺らが将軍の警備が長引いて会議に遅刻したら、クソミソにけなしやがって。今日は自分がけなされりゃいいんだ。」
「お前らは行かなくていいの?」
「今日は俺らは関係ない。もっと偉い奴らの会議だ。遅刻なんてご法度だろ。」
そう言ってふふんと笑うと土方はさらに混乱をきたし始めた車道の真ん中へと悠然と歩いて行った。
「転んでもただで起きねえなあ。」
「そう言うところも気に入ってるアル。」
「ん?」
「銀ちゃん、フクチョーのそういうとこ、気に入ってるアル。」
「ああ、かもな。」
土方が近寄り、何事かとりなすように言葉をかけると、ドライバーたちが大人しく車へと引き上げて行った。
自分ではなだめられなかった市民たちを、あっさりと解散させた土方をどう思ったのか?
それでもどうにか体面を保ちつつ自分たちの車へと帰って行った。
あのセンセイが我に返り時間を確認して真っ青になるのは、さてどのタイミングか?
20090526UP
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