時間の速度 3

 

 

 

閉鎖された車列の先頭ではゆっくりゆっくり前進が始まっていた。

「ようやく動きますね。」

「ええ。」

隣から掛けられた声でふと我に帰る。

「体調は大丈夫ですか?」

「はい。」

ゆっくりと走り始めた車。

その隣を、やはり原付がゆっくりと前進する。

後ろに座る女の子にヘルメットをかぶせた白い着物の男。

珍しい銀髪に思わず息をのんだ。

「じゃ、ね。副長さん。」

動き始めた車列を歩道から見ていた土方に、男が片手を上げる。

ニヤリ。

悠然と煙草をふかして笑みだけで答えたその顔は、先ほど『センセイ』へ向けたような作られた表情とは違う。

土方の生の表情だった。

 


 

思わず息をのんだ

あんな顔をする人だったろうか…?

確かに近藤の道場にいたころから、無茶をする人ではあった。

けれど、あの頃はもっと幼くて。もっと不器用だったように思う。

成し遂げたいことがあるのに、できないもどかしさを抱えて。

退屈な日常に埋没してしまうのを恐れるように、いつもギラギラとしていた。余裕がなかった。

けれど、今の彼はどうだろう。

多くの部下をかかえ、指示を出し、仕事をこなしていく。

近藤を立て部下を守り、市民には信頼されつつあり。

そこに迷いはなくて、自信にあふれている。

以前だったら、一も二も無く突っかかって言ったかもしれない権力者へのあしらいも覚え。

したたかに江戸で生きている。

ああ。

気付かぬうちに。

ずいぶんと時間がたっていたのだ…。

ミツバが実家で、ゆっくりと過ごしていた間に。彼の周りの時間は駆け足で過ぎ去っていく。

彼が武州にいたあの時は、自分たちの時間は一緒に流れていたはずだった。

確かな言葉は交わさなかったけれど、それでも心が通い合っていた。

それを、感じていた。

あの時、確かに自分たちはすぐ隣で並んで歩いていたはずだった。

けれど、今。

二人の距離は、こんなに遠い。

『江戸で一旗あげる』そう言ったのは総悟だった。

けれど、土方にとっては『一旗あげる』とか言うレベルのことではなかったのだ。

彼自身の命をかけ、生き方をかけ、魂のありようをかけた。

今日。

土方を見て、初めて自分の中で納得できたと思う。

なぜ、自分は置いて行かれたのか。

あの場所(真選組)に立つ彼に、自分は必要ない。

そんなことにも気付かずに。心の隅で、いつか彼が振り向いてくれるのではないかと待っていた。

『ようやく落ち着いたから、江戸へ来いよ』

土方本人からでなくてもいい。総悟の口からでも、江戸へ呼んでくれる日が来るのではないか…と。

だから、ただ、待っていた。

とっくの昔に彼のことを振り切ったって良かったはずだったのに。

もしかしたら、明日こそは…。そんな気持ちがあったから、何度か紹介してもらった見合いも断っていた。

そうやって、自分が一人でいれば、いつかこちらを見てくれるのではないか…と。

ぶっきらぼうだけれど、優しい人だ。自分を見捨てることなどできないのではないか…と。

一人でいることで、彼への気持ちがそれほどまでに強いのだと。絆されてはくれないか…と。

けれど彼は、そんな女の打算も未練も、何もかもを飛び越えたずっと先にいた。

ああ、自分は全然分かっていなかった。

あの時、はっきりと『知ったこっちゃねーんだよ』と言ってくれたことこそが彼の優しさだったのだと。

自分はとっとと彼を諦めて、いい人を見つけて幸せにならなければいけなかったのだ。

総悟が心配だから。

体が弱いから。

そんな言い訳でズルズルと今まで来てしまった。

それはただ前を見て走っていく彼との距離を広げるだけの行為。

江戸で生き、江戸で戦う毎日の中で、彼の中の『武州』はどんどん『過去』になっていく。

新しい人間関係ができ、その中で笑って怒って生きていく。

そんな彼から見て、自分はいったいどう見えるだろう?

ただその場に立ち止まり、自分が幸せになるための努力もしない。言い訳だけを繰り返す毎日。

こんなつまらない自分を彼が振り返ってくれるわけもなかったのだ。

もしも本当に振り返ってもらいたいと思ったのなら、彼が『惜しい』と思うほどいい女になって、幸せに笑って見せなければいけなかった。

そんなことをしたって、彼はきっと振り返ってなどくれないだろうけれど。

けど、せめて、『ああ、自分は昔いい女にホレてたなあ』とか『一緒に生きれなくて残念だったなあ』とか。

それくらいは思ってもらえるように。なりたい。

まだ、間に合うだろうか?

きちんと振ってくれた彼の誠意に、答えることができるだろうか?

隣に座る優しい人を見上げた。

 

 


 

 

江戸見物から戻り、また静かな毎日が始まった。

けれど、ミツバの周りは少しずつ動き始めた。

結婚の話が本格的に動き始めたのだ。

今までとは違う、少し慌ただしい毎日の中で、わずかに違和感を感じ始めていた。

自分の体の中に。

自分の体は、自分が一番良く分かる。そんなドラマの中のセリフのような言葉が頭をかすめる。

『だんだん良くなってきていますよ。』

そんな医師の言葉がただの気休めでしかないことも。

生まれた時から見守ってきた弟の、平静を装った顔が必死に取り繕った表情なのだということも。

分かってしまうほどの違和感。

けれど、結婚の話を進めた。

自分は幸せになります。

自分は幸せになる努力をしています。

だからもう、昔の女のことで心を痛めることはないのだと。ただ、彼にそれを知らせるために。

 

そして。

もう、最期かも。半ばそんな決意もしつつ江戸へ出てきた。

その時、弟の親友だと紹介されたのは、以前江戸見物に来たときに見かけた銀髪の人だった。

どこか土方に似た雰囲気を持つ人。

近藤とも総悟とも違う立ち位置で土方を見てくれる人。

『フクチョーを気に入ってるアル』

女の子の声を思い出す。

話してみたらとってもいい人だった。

ちょっとつかみどころがない感じがするけれど、それでもきっと。

この人がそばにいてくれるのなら大丈夫だと思った。

走り続ける彼が、時々休める場所になってくれると思った。

ミツバが倒れた時土方と一緒にいた山崎が入院中のベッドの下にいた。

いまさら土方がミツバの病状を心配して部下をつけたりするわけがない。だから、多分これは仕事がらみ。

それはつまり蔵場が何か事件にかかわっていたということ。

ミツバには優しい顔しか見せなかった蔵場には、裏の顔があったということか…?

幸せになろうとして、結局自分は土方に迷惑しか掛けられなかった。

なのに。

彼は気にするんだろう。

蔵場を捕えることで、せっかくのミツバの幸せを壊してしまった…と。

そんなこと気にしなくてもいいのに。

ありきたりの『女』としての幸せはかなえられなかったけれど。出会わなければ良かったなんて、思ったことはないのだから。

本当は土方本人にそう伝えられたらよかったのだけど。

どうやらその時間はないみたい。

心のホンの隅っこで、これで彼が私を忘れることはない。と、喜んでいるズルイ自分がいるけれど。

彼に幸せになってもらいたいって思っているのも本当だから。

 

 


だから、ね。

 

 



坂田さん。

どうか、お願いです。

いつも一人で走って行ってしまう、あの人の。

すぐそばにいてあげて。ね。

 

 

 



 

 

20090526UP

END

 


長々とお付き合いいただきありがとうございました。
ええと、今回ミツバを書くにあたって何度も原作のミツバ編を読みました。で。
月子なりの解釈でミツバを書かせていただきました。
ソラチの書く女性キャラは、同じ女として言わせるとううん?と思う時があるんですよね。
まあ、あちらは男性だし女性経験少なそうだし少年誌だし。で、男からみた理想の女性像ってこうなのかな…とも思いますが。
女ってもっといろいろ計算とかしてるよ!…とかまあ、生々しいことを考えつつ書いたもんで…。
原作のミツバのイメージが壊れたという方がいたらごめんなさい。
そして、「玉井」様。お待たせいたしました、漸くお届できます。いつも最後になってしまってすみません。
気に入っていただけましたら、どうぞお持ち帰りください。
いつものことですが、背景のお持ち帰りはNG.。文章自体を変えなければほかはいい感じでお楽しみください。
どこかに掲載してくださるという場合は隅っこの方にでも当サイト名と月子の名前をくっつけておいてください。
いつも難しいですがやりがいのあるリクエストをくださってありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
(20090528:月子)







 

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