「月明かりで酒を。」5
「ねえ、銀ちゃん。」
「何だ?」
「ババアがまだ帰ってきてないアル。」
「………ああ〜、ババア怪我してたしな。療養してんだろ。怪我にいい温泉とかなのかも知れねえなあ。」
「お登勢さんはともかく…実は姉上も帰ってきてないんです。さすがにもう1ヶ月以上経ちますよ?おかしくないですか?」
「お前、保養所のパンフ見た?」
「いいえ。」
「結構いいとこらしいぜ。温泉のほかにもプールとかフィットネスクラブとかエステとかついてるらしいし。」
「へええ。」
「で、宿泊費がだいぶ安いらしいんだ。」
「だからこの機会に…ってことですか?…でも1ヶ月は長くないですか?」
「女の考えることなんて俺にゃあ分からねえよ。…けど、あの4人なら悠々自適に過ごしてんじゃねえの?むしろ可哀想なのは向こうの従業員だろうよ。」
「……あ、……はは、それもそうですね。」
子供たちの手前なんでもないように言ったが、銀時もこの頃おかしいと思っていたのだ。
お登勢はいい。
怪我のこともあるし、ここいらでゆっくり休むのは体にも悪くないはずだ。
あちらで人間ドックに入ってみようかねえなどとも言っていたから、どこか悪いところが見つかってそのまま治療している…ってことも考えられる。
なんにしろ、キャサリンとたまの二人が付いていれば心配はないだろう。
だが、お妙まで1ヶ月も………?
ストーカーのいない生活が意外と快適で帰りたくなくなったのかも知れないが、こちらには新八もいるし、仕事もある。
1回くらい戻ってきてもいいはずだ…。
「副長!!やりました!」
山崎が声を弾ませて駆け込んできたのは、深夜だった。
静まり返っていた屯所のあちこちで隊士たちが、起きだしてきた。
「かかったか!」
「はい。」
「よし、出るぞ。総悟!原田!起きろ!行くぞ!」
土方の声で、それまでのユルかった屯所内の空気が変わる。
「10番隊!早く出ろ!」
「お〜い、1番隊〜、仕方ねえから行くぞ〜。」
隊長たちの声に、バタバタと隊士たちが身なりを整えて出てくる。
今まではたとえ捕り物でも、きちんと事前に計画を立て、地道にやってきたのに。それとは一線を画す空気。
「…何事?」
否応もなく起こされた銀時がのっそりと顔を出すと。
「…お前も来るか?」
弾む土方の眼は嬉しそうに輝いていて、瞳孔は全開だった。
ああ、これは相当機嫌がいい。
「…じゃあ、行こうかな…。」
「じゃあ、僕たちも…。」
「お前たちは残ってろ。」
「ええええ!?銀ちゃんだけずるいアル。」
「すべての戦力を外へ出してしまって、その間に屯所が狙われたらアウトだろうが。何かあってもここを守れるだけの戦力は取っておかないと安心して出られねえんだよ。」
「ただの留守番じゃない…ってことですね。」
「そうだ。」
「分かりました。残ってます。」
「安心して行って来るアル。」
「ああ、行ってくる。」
詭弁を弄そうとも、留守番には変わりない。相変わらず、子供の気持ちを持ち上げるのが上手い奴だと思う。
パトカーに分乗して着いたのは埠頭の隅にあるさびれた倉庫だった。
「原田。倉庫の周りを固めろ。」
「はい。」
月明かりのみの闇の中。
指示を受けて半分の隊士たちが静かにバラバラと散っていく。
いつもどこか抜けていて陽気な隊士たちからはかけ離れた様子を唖然と見る。
「旦那は出入りは初めてでしたっけね。」
沖田の幾分ひそめた声。
「出入り…って、何回か捕り物はしたけど…。」
「あんなのは出入りじゃありやせんぜぃ。『取締り』ってえ奴です。」
「…違うの?」
「全然違いやすよ。何しろ、ほら。土方さんの瞳孔が開ききってるでしょう?」
そういう沖田だって、いつもの無気力さはどこへやら楽しそうにニコニコ笑っている。…ちょっと怖い。
しばらくして、原田から連絡が入る。
「裏は固めました。」
「よし、一人たりとも逃すなよ。」
「はい。」
「行くか。」
土方の一言で、あっけなく戦いの火ぶたは切られた。
うおおおおお。
と隊士たちの雄叫びが上がり、入口の扉が破られる。
「真選組だ!御用改めである!」
「うわあ。」
「何でばれたんだ!」
なだれ込んだ大使たちと、中にいた6・70人ばかりの男たちが入り乱れての乱闘となる。
刀で切りかかるもの、銃を取り出すもの、爆弾を投げるもの。
混乱を極めた中、銀時も何人もの男たちを打ち伏せる。
「………あれ?」
そんな中で、ふと気付く。
こいつらのうちの何人か、見た事ある…。
どこでだっけ…。
「ボケッとしてんな!」
土方に怒鳴られて、思いだした。
団子屋で理不尽に銀時たちを襲った奴らだ…。
この組織の人間だったのか…。
「お、おい、こいつら…。」
「話は後だ!油断するな!」
「お、おう。」
振り向きざまに背後に立つ男を打ち、もう一人もなぎ払う。
そうやって戦いながら、ずっと抱いていた小さな小さなとげのような違和感を思い出した。
そうだ。
真選組に入隊するにしたって、何も屯所に住むことないだろう?…そう思ったんだった…。
「………何なの?こいつら。」
捕えられ、連行されていく男たちを見送りながら銀時が聞いた。
「元々は小さな組織だったんだが、華陀に取り入ることで、大きくなっていった奴らだ。」
懐から煙草を取り出して、土方が答える。
「…華陀…?…って…おい…。」
「麻薬や武器の密売で資金を得、組織を大きくして行った。そして元締めの華陀は失脚し、目の上のたんこぶだった次郎長も引退した。
ここで一発のし上がってやろうと思ったんだろうが…。もう一つ目障りなたんこぶがあったのさ。…それが…。」
「………まさか、俺……ってんじゃねえだろうな。」
「お前ら万事屋と女将だ。」
「っ、ババアまで!」
「先の大騒ぎで、かぶき町の勢力図は大きく塗り替わった。どいつがどこの組織に属しているのか?どの組織とどの組織が手を組んだのか?日々事態は変わっていく。
この組織だって表だけならすぐに判明したが、頭は誰になったのか…?どの程度の組織になってるのか?根城がどこになったのか?すぐには分からなかったんだ。」
「…で?」
「かなり荒っぽい手段を取る組織だったからな。お前たちを襲ってくる奴をそのつど捕まえててもきりがない。…だったら、一網打尽にしてやろうと思ったまでだ。
その間に、お前らが襲われちまったんじゃ寝覚めが悪いから…。」
「…で、屯所暮らし…?げ、まさかババアたちの旅行も!?」
「ああ、お前らが荷物運びだしてる間に事情を説明して、女将たちと、お妙さんと、保養所で保護することにしたんだ。」
「保養所…ってだって、あのとき偶然言い出したことで…。」
「場所を伝える前にお前が戻って来たからな…。」
お登勢もそのつもりで旅行へ行くという話題を切り出したということか…。まさかこの二人が共闘するとは思わないからまんまと騙された。
万事屋周辺をひそかに見張っていた所、何度か怪しい人間が中の様子を探って行ったらしい。
その都度あとをつけ、数か所のアジトを見つけ、組織の全体像を探っていったのだとか。
そして、ニセの情報を流し、組織全体がこの場所に集まるよう仕組んだのだという。
「ちょ、待て。神楽が将軍の妹に会いたいって言い出したのは偶然だろうが。」
「ああ、いい理由ができて良かった。お前たちが襲われて、その賊の中に手配書の奴がいた時にはどうしようかと思ったが、いいタイミングで言いだしてくれた。」
あの場で神楽が言い出したことをとっさに利用したというのか?
「………っ、だって俺たちが襲われてから万事屋を引き払うまで、2時間もたってねえ…ってのに…。」
さらに言うなら。神楽がそよの名前を出してから、土方が『屯所へ来い』というまでの時間などほんの数分だぞ!?
「ゆっくり考えさしたらお前がこの話の矛盾に気がつくかも知れねえだろうが。」
「…屯所暮らしをしなくてもよかった…ってこと?」
「ああ、やっぱり気が付いてたか…。
神楽を隊士としてある程度周りに認識させるには、正式に入隊しておく必要もあったし、隊士としての仕事をさせる必要もあった。けど、城で顔を覚えさせるのだけが目的なら通いだって大差ない。」
「………はあ…。」
「これで、神楽が城に上がれるように段取りをつけることができる。あと数日、黙っておいてくれよ。」
…つまり、約2ヶ月というのは、神楽が城に上がれるようになるまでの期間ではなく、組織の詳細を調べ、全員を捕まえることができるまで…という期間だったのだ。
「………はあ。」
表の理由『神楽の希望をかなえるため』を存分にちらつかせることで、裏に隠された本当の目的を悟らせない。
武装警察の副長が心配するくらいだから、本当に危険な組織なのだろう。
だが、普通に『狙われていて危険だから、屯所へ避難しろ』と言われたところで自分たちは決して頷かなかったろう。
そして銀時たちがあの家に住み続けている限り、お登勢だってよそへ行くなんてことを承諾はしなかったはずだ。もちろん、お妙も。
月明かりの下。
背筋を伸ばしてスッキリと立つ土方は綺麗だ。
まるで、神楽の気持ちを利用したようなことを言っておきながら、二人を会わせてやりたいと思ってるのも事実で。
ああ、好きだなあ。
「………てめ、何笑ってやがる。」
「ああ、うん、そのさあ。」
「…何だ…?」
土方の腕をグイっと引き寄せて、その口から煙草を取り上げて唇を奪う。
うわあああああ!?
辺りで事後処理や現場検証などをしていた隊士たちから、悲鳴とも怒号ともつかないような叫び声が上がった。
「結婚してください。」
「はあ!?」
「そよちゃん!」
「神楽ちゃん!」
私的な謁見の際に使われる広間で、二人はギュッと抱きあった。
改めて城に来てみて思う。
神楽を城に入れるだけなら割と簡単だが、こうして将軍の妹を私室から連れ出し神楽と二人だけの時間を作るのはとても大変なのだ。
土方がどんな手段を取ったのか分からないが、ただ3人を屯所へ移すだけにしては相当リスキーな『口実』だったのではないだろうか。
嬉しそうな二人を見る土方の眼は優しい。
銀時たちは神楽とそよを残して、そっと廊下へと出た。
しばらくはこの部屋に誰も入れてはいけない。
警護を装って扉の前に立った。
「なあ、多串くん。」
「多串じゃ、ねえ。」
「ありがとうな。」
「…手前に礼を言われる筋合いはねえ。」
「うん、そうかも知れないけど、でもありがとうな。神楽が嬉しそうだ。」
「…以前の時は、俺も後味が悪かったからな。」
神楽とそよが出会った時に、無理に引き離さなければならなかったから。
「ねえ。」
「んだよ、うるせえよ。」
「プロポーズの返事は?」
「はあ!?…あんとき昏倒させられたので察しろよ!!…ノーだ、ノー!!」
「ええええ!?」
「何だよその意外そうなリアクションは?まさか俺が受けるとか思ってたのかよ!」
「ああ〜うん。だって俺、お前のこと好きだし。」
「っ。」
「じゃあ、結婚はちょっとだけ諦めることにして〜。」
「ちょっと…?」
「一段落したら、酒飲まねえ?美味い居酒屋を見つけたんだ。」
「…ああ、それは、いいな。」
穏やかに笑う土方。
月が綺麗な夜はまた一緒に酒を飲もう。
その時もう一度好きだと言ったら、君は頷いてくれるだろうか?
20100525UP
END