月明かりで酒を。4
盆の上にぐい飲みとつまみを乗せたものを右手に持ち、左手には一升瓶。
土方の部屋の障子を足でスーッと開けた。
「お〜い。邪魔するぜ。」
「…本当に邪魔なんだが…。」
「可愛くないこと言うなよ。」
「つか、足で開けるな。」
「しょうがないじゃん、両手が塞がってるんだから。」
銀時が酒を見せれば、小さく溜息をついて手元に広げていた書類を片付けた。
土方はすでに私服に着替えていた。
なのに書類整理かよ。
公私混同どころじゃない。生活のほとんどが仕事で成り立っている。
そんなんでは息が詰まるのではないか、と思うが。どうやら土方にとってはそれが普通のようなのだ。
やだねえ、ワーカーホリックってか。
「こっち来いよ。」
銀時が縁側に誘う。
土方の机の周辺は書類の山が築かれている。
ヘタに触って崩そうものなら土方の怒号が響くこと請け合いだ。
「ほら、月が綺麗だぜ。」
「………意味、分かって言ってんのか?」
「意味?意味も何も本当に綺麗だぜ。今夜は満月だな。」
「………。」
確かに月明かりに照らされてほんのり明るくなっている縁側。
土方は銀時の隣に座って空を見上げ、奇麗な満月に目を細めている。
二つ貰って来たぐい飲みに酒をなみなみと注いだ。
銀時が真選組に入隊する前にも、何度か居酒屋で顔を合わせたことがある。
確かにそれは偶然なのだけど、お互いがお互いの行きそうな店を探っていたような気がする。
初めこそ意地の張り合い喧嘩腰の言葉の応酬がメインだったが、いつの間にか穏やかに酒を酌み交わすようになって…。
なんか俺、こいつに惚れちゃってんじゃね?と銀時はいつの間にか芽生えていた自分の気持ちに戸惑っていた。
こいつはどうなんだろう。
土方が男に…ましてや自分に告白されて喜ぶかどうか?予想もつかない。
先ほど『月が綺麗だぜ』なんて、どっかの作家に習って告白をしてみたけれど。
まさか土方がその意味を知っているとは思わなかった。
ふだんから自分のことを『学のない田舎侍』と公言してはばからないくせに、変なところで教養があるんだな。と、慌てて誤魔化してはみたけれど。
考えてみれば、そのまま告白しても良かったんじゃね?
あの時土方は驚いてはいたようだったが、嫌そうな顔はしていなかったし…。
クスリ。
土方が笑う。
その顔にドキリとしつつ。どうした?と聞けば、澄ました耳に聞こえてきたのは楽しそうな宴会の声。
時々幼い声も聞こえてくるから、神楽も楽しくやっているのだろう。
こんな時思う。
土方は本当に真選組が大事なんだな…と。
近藤が近藤らしくいて、そして隊士達がそのまわりでワイワイやっている。…それを見ているのが楽しくて仕方ないのだ。
今はその隊士達の中に自分や神楽、新八が含まれているのがなんとも不思議な気分だ。
月明かりの下。
ポツリポツリと言葉を交わす。
隊士の話、
仕事の話、
先日迷い込んできた猫の話、
新しくできた店の話。
他愛もない話を静かにしていると、ふと土方が黙り込んだ。
「…多串くん?」
「………。」
ことり、と土方の頭が寄りかかってきた。
「ちょ、おおおおお多串くん…!?」
裏返った銀時の声にこたえたのは穏やかな寝息。
「………寝ちゃったの…?」
一気に身体の力が抜ける。
同じ副長とはいえ、銀時は期間限定の副長だ。
多少の権限は与えられているけれど、実際のところは土方からの指示を受けて仕事をすることになる。
事務作業にしたって、土方がこなす膨大な書類整理に比べて自分に回されるのは割と簡単に処理できるような書類ばかりだ。
それでも土方副長は助かる…って言ってますよ。
書類を抱えて銀時の部屋に来た山崎はそう言っていたけれど…。
土方の机の上に山となっている書類をちらりと見る。
「おいおいおい、仕事、大丈夫なのかよ?」
けれど、本当に忙しかったらいくら銀時が誘ったって絶対に酒など飲まなかったろうから、特に急ぎの書類はないのだろうと勝手に判断して。
寄りかかってきた土方の肩をそっと抱く。
いつもは正面から突っかかって来る土方だが、銀時が真選組に入った途端、隣に並ぶ存在となった。
そうして同じ方向を見て歩くのもいいけれど…。
「やっぱり俺は、真正面からお前を見る方がいいな…。」
ふと見上げれば少し場所を移した月が変わらず空を照らしていた。
「ほら、多串くん。やっぱり綺麗だよ、今夜の月は。」
大事な大事な真選組のためにいつもキリキリと張りつめている土方が。ほんの一時休めるのが自分の腕の中であったらいい、のに。
目を閉じたとたんに幼く見える土方の米神にそっと唇を落とした。
奥の部屋に延べられた土方の布団にそっと眠ってしまった身体を横たえて、起こさないようにと部屋を出て行った銀時。
意気地なしめ。
その背中に呟かれた小さな声には気づかなかった。
万事屋で、自分のペースで仕事ができるのんびりした生活とは一線を画した慌ただしい日々を過ごし、1ヶ月が経った頃。
神楽の入国手続きの書類が整った。
「ここに名前を書け。」
「ここ、アルか?」
「………よし、あとはこの書類を提出すれば手続きは終了だ。」
「土方さん。それが通らない…ってことはないんですか?」
「ああ、大丈夫だ。知りあいの職員に頼んである。提出すればすぐに受理されることになっている。」
「そうですか。…なら安心だね、神楽ちゃん。」
「これで、そよちゃんに会えるアルか?」
「とりあえずは城に上がれるようになる。城の係の人間に顔を覚えてもらわないとな。」
「…そう、アルか…。」
「あと少しだ。」
「うん。」
少しさびしそうに頷く神楽。
普段の神楽を思い返せば、1ヶ月も良く辛抱したといえるだろう。その上まだ時間がかかるとは…。
見かねた銀時は、子供たちのいないときに土方を呼びとめた。
「なあ、多串くん。」
「多串じゃ、ねえ。」
「城に上がるの、少し早められねえの?」
「ただ、城に行って、そよ様の顔を見るくらいならもう出来る。」
「何だよ!じゃあ…。」
「けど、神楽はそれで満足するか?遠くから顔を見るだけで?」
「………ああ〜。」
「大勢の前ではなくて、できれば二人でゆっくり合わせてやりたい。…それにはまだ時間がかかる。」
「…そうか…。あ、あともう1個。ずっと気になってたんだけど、俺の身上書、どうなってんの?」
「ぷ。」
銀時が聞いた途端噴き出す土方。
「ちょ?」
「俺のをほぼ写しといた。」
「はあ?」
「お前の免許所が使えねえと不便だから生年月日とか本籍とかは変えてねえけど…。住所は俺の実家の番地の1番違いで他は全部俺と一緒だ。」
「…それって…。」
「よろしくな。お隣さんの幼馴染み。」
ぷくくくと笑う土方。
ああ、これは。
悪戯が成功して喜んでるガキと一緒だ。
多分そのいい加減に作った書類が正式に通ったのが痛快で仕方ないのだ。
型物でまじめな仕事人間なのかと思えば…。
こもってやってる書類整理の時に、こんな悪戯を思いついて内心ほくそ笑みながらこなしたかと思うと、何やってんだか…と呆れるやらその余裕に感心するやら。
ついでにと、もう一つ気になっていたことを聞く。
「ねえ、神楽のために何でこんなに親身になってくれるの?」
「親身?そんなものになった覚えはねえ。近藤さんが請け負っちまったから仕方なく、だ。」
「うん、けどさ。それこそ顔見せて、ハイ約束を守りました。…でも嘘にはならねえだろ?」
「…俺は、そよ様も知ってるからな…。向こうも神楽のことをとても気にしている。会わせてやれるもんなら会わせてやりたいと思う。それだけだ。」
「………そう、か。」
「ちょうど、人手も足りてなかったしな。」
「げ、やっぱりそういうことか!このところなんか捕り物に出動することが多いと思った!!」
この間など、隊士を数人付けられて、銀時が指揮して捕り物に臨んだのだ。
あり得ない!!
「やっぱり場数が違うよな。」
そつなくこなした銀時を、笑いながら見る土方。
や、そこは笑うところじゃないだろ!!
思ってないからね!笑い顔が可愛いとか!
20100524UP
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