「月明かりで酒を。」3

 

 


「…一番小さいサイズなんだがな…。」

そう言って、土方は神楽の袖を織り込んでやっている。

「…お前ら誰か裁縫できるか?」

「…まあ、普通にボタンつけくらいならねえ。」

「この袖とズボンの裾、直せねえか?」

「裏に折り返して縫い付けるくらいなら出来るけど…。」

「じゃあ、やってやってくれ。折り返しただけだと、いざという時にどこに引っ掛かるか分からねえからな。」

「ああ。」

過去にそういうことが理由で怪我をした隊士でもいたのかもしれない。

「一応隊内に通達は出してある。正式に紹介するのは明日の朝議のときだ。食事は今夜の夕食から食堂で食って良い。

チャイナ、明日からメシは大量に用意するが、今夜は多少遠慮してくれ。

基本的なシフトの時間や、食堂が使える時間とか風呂の使用時間とかはこの紙に書いてあるから確認しておけ。」

「神楽ちゃんのお風呂は…?」

「大浴場の隣に小さい風呂がある。入口のカギをかけてしまえば貸し切りで使える。」

「分かったアル。レディの玉の肌は誰にも見せないネ!」

「…なんか、すみません。いろいろと便宜を図ってもらって…。」

「…近藤さんが言い出したことだしな…仕方がない。ただし、明日から仕事はちゃんとしてもらう。」

「はい。」

元気よく新八が返事をし、神楽も何やらやる気満々だ。…まあ、元はといえば彼女の希望を叶えるためなのだが。

そんな二人を見ながら、銀時は頭の隅の方に何かが引っ掛かっているのを感じた。

何かがおかしい………ような気がする。

…けれど、何がおかしいのか?いくら考えても思いつかないのだ。

首を傾げる銀時をよそに、『じゃあ、俺は仕事が残ってるから』と言って土方は部屋を出て行ってしまった。

 


 

翌朝、皆に紹介された後に3人が割り当てられたのは庭掃除だった。

「…庭掃除…って……ねえ。」

意気込んでいただけに新八は気が抜けたらしく溜息をつく。

「こんなことじゃ私の実力を発揮できないアル。」

神楽も不満そうだ。

元々どんな仕事だって真面目にやるつもりもなかった銀時は、鼻をほじりながらそんな二人を見ていた。

「ちゃんとやってるか?」

「…土方さん。」

「私にはもっとハイクオリティな仕事が似合うアル。」

「………神楽。『何でもやる』んじゃなかったのか?」

「………。」

「志村。」

「ハ、ハイ。」

「庭掃除が不満なら便所掃除もあるが?」

「いいいいいいえ!」

「外から見たら派手な部分しか見えねえんだろうが、庭掃除も便所掃除も各隊が持ち回りでやってることだ。午後からはほかの仕事が入ってる。午前中に済ませろよ。」

「はい。」

「分かったアル。」

「坂田。」

「へ?」

「曲がりなりにも副長なら、庭掃除くらいちゃんとこなせよ。その幹部服は伊達か?」

「…っ。」

多分3人がちゃんとやっていないのを分かってて様子を見に来たのだろう。

言うだけ言ってその場を去ってしまった。

「………僕、初めて『志村』…って呼ばれました。」

「私も『神楽』…って。」

「俺だってびっくりだよ。『坂田』とか呼ばれちゃったよ。」

「真選組の隊士になったから………ってことなんでしょうか。」

そういうけじめはきっちりつけそうだよなあ。銀時がそう考えていると、目の前で二人が真面目に作業を始めた。

「…やるの?お前ら。」

「ええ、お給料をもらう以上はちゃんとやらないと。」

「女に二言はないアル。」

仕方ねえか。

城に上がりたいと希望した神楽のためだ。

給料を貰えるっていうんなら、普段の仕事と同じだと思えばいい。

働いて、報酬をもらう。

そこにちょっと真選組という肩書がついただけだ。複雑な心境をそう割り切って誤魔化そうと思った。

 


 

それから数日。

初めのうちは庭掃除だの道場の掃除だの資料整理だのがメインだったが、そのうちに見回りのローテーションにも加えられるようになった。

「で、何でゴリラと一緒なんだよ。俺は調教師じゃねえっつうの。」

「坂田〜、ナチュラルにゴリラとか呼ばないでくれよ。」

「…ってか、珍しいねお前。ストーカーしてないなんて。」

「ストーカーじゃない。お妙さんのボディガードだ。…お妙さんは今旅行中だからな。」

「ああ。」

ではお登勢と一緒に本当に旅行に行ったのか…。

先日ちらりと見せてもらったパンフレットによれば、温泉もグルメも結構いい所らしい。保養所ということで、普通の旅館の半値以下の値段で泊まれるらしい。

どうせなら。と飛びつく気持ちも分かる。

決められたコースをぐるりと回り。大したトラブルもなく屯所へ戻ってくると、別ルートで見回りに出ていた沖田と新八が戻ってきた。

ゼエ、ハア、と呼吸を乱し疲労困憊している新八の隣では涼しい顔の沖田。

「やあ、新八くん。総悟を逃がさず回ってきたか!優秀優秀!」

わははと近藤が笑いながら、新八の背中をバンとたたいた。

「…ち、どこへ行っても付いてきやがる…。」

沖田が口の中でぶつぶつ言っている。

「近藤さん。屯所の入口で何を…。…ああ、志村。ちゃんと回ってこれたか。」

やるなあ。と感心したように言うのは、神楽と一緒に巡回に言っていた土方だった。

上機嫌で帰ってきた神楽の手には白い封筒が握られていた。

「そよちゃんからお手紙貰ってきてくれたアル。」

「へえ、良かったな。」

そう言って神楽の頭に手をやりつつ、銀時は土方のアメの使い方のうまさに驚いていた。

『何でもやる』と神楽は宣言したが、そこはまだ子供。

少し経つと、すっかりやる気をなくしていたり。ほかに興味のあるものがあると、全く仕事の話を聞いていなかったりすることがある。

そのたびに土方は、そよ関連のネタを小出しに出す。

今回のように手紙であったり、神楽が会いたいと言っていることを伝えたら喜んでいたというそよの様子であったり…。

そのたびに神楽は強要されるのではなく、自発的に仕事へのやる気を取り戻す。

その辺はさすがに、多くの人間を束ね使ってきた経験がものを言うのかも知れない、と思った。

 

そうして、徐々に仕事にも慣れていき。

2週間も経つ頃にはいわゆる『捕り物』というものにも3人は参加するようになってきた。

新八と神楽は主にコンビニ強盗などに。

銀時は麻薬密売だの武器密売だの主に犯罪組織の摘発に。

土方は『経験の差で担当を分けた』と言っている。

確かにそれもあるだろうが、銀時から見ればまだ子供の二人を陰惨な現場に連れて行きたくないと思っているように見える。

甘いんじゃない?…そう思うこともあるが、その甘さも悪くないと思う。

それに期間限定の隊士であることを思えばこんなもんか…とも思ったりする。

 



 

その日の夕刻。

銀時が巡回から帰ると、屯所の大広間が賑やかだった。

「あ、銀さん。お帰りなさい。」

気がついた新八が寄ってきた。

「なに、又飲み会かよ。」

「ええ。僕らの入隊祝いですって。」

「………おいおい、それいったい何回目のだよ?」

「あ〜はは、3回目のですねえ。」

隊士たちはしょっちゅう飲み会をやっている。

理由は適当で、誰かが言い出したものを勝手に使う。

曰く。『近藤局長がお妙さんに1000回殴られた記念』とか『沖田隊長の作った落とし穴に10人まとめて落ちた記念』とか『原田隊長の頭でハエが滑った記念』とか。

入隊祝い、誕生祝い。何でも理由にする。

何も思いつかない時は、『屯所に野良猫が迷い込んできた記念』…なんてのもあったらしい。

要は理由などどうでもよくてみんな酒を飲んで騒ぎたいだけなのだ。

未成年である沖田が公然と飲酒しているので、最初の飲み会の時に新八もしこたま酒を飲まされたが。酔った新八が大声で歌を歌い始め、場が阿鼻叫喚に包まれてから誰も彼に酒を飲ませようとはしなくなった。

新八も翌日の二日酔いが相当答えたらしく、こんな飲み会の時は世話役に徹している。

「神楽は?」

「土方さんが大量のコロナミンCを差し入れてくれましたから…。」

見れば、隊士たちにコロナミンCを酌させ、上機嫌だ。

その傍には裸で踊る近藤と、ハイペースで酒を開けていく沖田。

沖田は万事屋3人の入隊にあたって、絶対に屯所内で神楽と闘うなと近藤からきつく言い含められているらしく、いくぶん不完全燃焼気味だ。

時々小競り合いがあるくらいなのだが、この二人の小競り合いはそれなりに壮絶だ。今までに襖を10枚。畳を13畳分駄目にしている。

が、二人を知っている土方はこの程度で済んでいるのなら…と大目に見ているらしい。

「そういや、多串くんは?」

「土方さんなら、さっき厠に行く…って…、あれまだ帰ってきてませんね。……もう抜けたのかな…?」

こういう飲み会の時、土方はごく一部の時間だけ参加して、あとは抜けてしまう。

付き合いの悪い奴…と初めは思ったが。単純に抱えている仕事が多すぎて、ずっとは付き合えないのだと分かってからは、少し考えが変わった。

なんとなく想像はしていたが、予想以上に苦労人なんだよネエ。

「俺も着替えてくるわ。」

「ああ、ハイ。」

離れに設けられた自室に戻り、私服に着替える。

そして向かった先は、酒宴が行われている大広間ではなく食堂だった。

「あれ、新人さん。」

「おばちゃん、なんか食えるもの頂戴。」

「あっちで酒飲んでくりゃいいのに。」

「まずは腹に入れないとね。」

そう言って、つまみの残りや残りごはんで作った握り飯などをもらう。

「ああ、やっぱり酒も頂戴。」

「そっちの棚の中に秘蔵の純米酒があるよ。………副長さんに持って行ってやんな。」

「…あれ…。」

「あの子もさっき握り飯だけ食べて行ったからね。今頃部屋で仕事だろ。」

そう言っておおらかに笑う食堂のおばちゃんたちは、まるで母親のような笑みを浮かべていた。

この人たちから見れば、世間で恐れられ眉をひそめられる真選組の隊士たちも、腕白坊主と変わらないのかも知れない。

礼を言って酒と簡単なつまみを持ち、土方の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

20100524UP

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3人がとうとう入隊しました。
調教師は土方?
猛獣3頭を使いこなします。
(20100529UP:月子)




 

 

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