『文句ばっかり言ってるけど、この人もやっぱり大佐が好きなんだろうなぁ。』

 ハボックは内心そう思って、目の前で楽しそうに笑う美しい女性を溜め息をついて見つめたのだった。

 出会ったその日に好きになって、その日のうちに失恋か……。

 

 

 

年上の彼女と年下の彼氏

 

 

 

 その見目麗しい女性が東方司令部の前に現れたのは、すっかり春めいて暖かくなったある日のことだった。

 赤い髪の色も鮮やかな割と派手なタイプの美人だ。けれど、清楚な服装と穏やかに澄んだグレイの瞳が知性の高そうな雰囲気を醸し出していた。

「ロイ・マスタングに取り次いでいただけます?」

 にこりと笑って門番を務める憲兵に言う。

「し…少々お待ち下さい。」

 門番たちは慌てた。つい先日にも『会いたい』と怒鳴り込んできた女性が居たからだ。全くここの司令官の女性トラブルにはうんざりさせられる。しかし相手は自分たちと比べると雲の上のような人だ。文句など言える訳が無い。

 取り合えず受付に連絡を取り、必要な書類に記入をしてもらい持ち物の検査と身体検査をする。

「面倒くさいのね。」

 溜め息を付きつつも従ってくれる。

『これは…。』

門番は女性を見る目を変えた。苦情を訴える者は大抵この段階で逆上する。文句をいい、抵抗する。本当に関係者かも…と思い直す。ならば、丁重に扱わねば。検査した荷物をきちんと直し、女性には椅子に座ってもらう。

そのうちに受付から連絡が来て、中へと案内する。

「悪いわね。荷物まで持ってもらっちゃって。」

「いえ。」

 美人ににっこり笑いかけて貰えれば悪い気はしない。

 受付にはマスタングの護衛官が待っていた。

 

 

「へえ、大佐の幼馴染なんスか。」

 飾らない口調に好感を抱く。

「母親同士が仲が良いの。腐れ縁よ。」

 さっぱりとした話し方が良いと思った。

 

「ジャン・ハボック少尉です。」

「ロイの馬鹿がいっつも迷惑かけてんでしょうね。」

「…はは……。」

「ティナ・モネリーよ。よろしくね。」

 にこっと笑った顔は年上とは思えない程かわいらしかった。

「あなた背が高いわねー。ロイより頭一つ分位高い?」

「そんなには…。10cmとか15cmとかそん位じゃないスか?」

「そう?…ああ、分かった。あなた随分鍛えてる感じだものね、筋肉付いてるから大きく見えるんだわ。」

「そんなもんスかね?」

 そんな話をしているうちに執務室へ着いていた。

 マスタングはサボりにサボったツケが溜まり、ホークアイに監視されつつ仕事をしている筈だ。

「…ね、ハボックさん?」

「はい?」

「ロイの奴、……サボったりする?」

「はは。…ええ、もうしょっちゅう。」

 それを聞いて納得したように、うんうんと頷いている。

「カツ入れとかないといけないわね。」

「…はい?」

 もうドアをノックしてしまったので、そのまま開ける。

「ハボック少尉っ。こちらが返事をしてから開けろと何度…ティナ!」

「久しぶり。」

「何しに来たんだ?」

「ご挨拶ねっ!おばさんに頼まれて様子を見に。」

「あいつがそんな事を気にするタマか。一人でせいぜい楽しくやっているのだろう。」

「まあねー。良いじゃないの、私だってたまには都会に出たいのよ。」

「だから、出てくれば良かっただろうが。」

「近々出てくるつもりよ。これ以上あそこに居たら、何時までたったって結婚できないわ。」

「何だ、まだ諦めて無かったのか。」

「…あんた、殺されたいのっ。」

「…冗談だ。」

 顔を合わせた途端の言葉の応酬。最後はさすがに表情を歪めたものの、これが普段の二人なのだと知れる。

「大佐、そちらは?」

「ああ、ティナ・モネリーだ。母親同士が仲が良くてね。」

「はじめまして。」

「はじめまして、リザ・ホークアイ中尉です。」

「よろしく。こいつのお守りは大変でしょ?」

 にこりと笑いあいながら握手を交わす。

「今、お茶をお持ちしますね。」

「ありがとう。」

「どうぞ、こちらに掛けてください。」

 ハボックに促され、応接用のソファーに座る。

 ハボックはその脇に運んできた荷物を置いて、彼女の正面に座ったマスタングの後ろに立った。本来、来客中にはこのように後ろに立って護衛するのは基本だ。

ただ彼女にはマスタングをどうこうしようという雰囲気は無いし、仲も良さそうなので退出しても良いかとも思った。だが、そんなことをしたらマスタングに何となくうまい事を言って逃げられそうなので、この場に残る。今日こそはこの山積みの書類をどうにかしてもらわなければ。

「元気そうね。」

「まあな。」

「ついでに、忙しそうね。」

「ああ。」

「…でも、それはサボってたからよね。」

 目で机の上の書類の山を示す。マスタングは、それには答えず肩を竦めて見せた。

「相っ変わらずねー。」

 ティナが溜め息を付く。

「昔からそうだったんスか?」

 思わず声が出た。

「サボるって言うのとは違うんだけどさー。」

 割り込みにも全く気にした風も無くティナは続ける。

「夏休みの宿題を最後の2・3日で片付けるタイプ?」

「ああ、なるほど。」

「お前は、夏休みの初めに早々に終わらせるタイプだったな。」

「その方が休みを思う存分楽しめるでしょ。ところがさ、こいつが『手伝え』って来る訳よ。残り少ない貴重な時期に。」

「手伝ったんスか?」

「2・3度ね。」

 そこへホークアイがお茶を持って戻ってきた。

「何だか散々奢らされたな。」

「当然でしょ。何が悲しくて同じ宿題を2回もしなきゃならないのよ。来年こそは自分でやるって言うからさ、仏心を出して手伝った訳。」

「仏は見返りを求めないと思うが…。」

「うるさいわね。ところが、喉元過ぎれば何とやらで次の年も大量に持ち込むわけよ。」

「はあ」

「仏の顔も三度までって言うじゃない?」

 思い出したのかクスクス笑う。対してマスタングは苦虫を潰したような顔になった。

「え…?何したんスか?」

「こいつ、答えを全部デタラメに書いたんだ。しかも、レポートでは教師批判までして!」

「え゙!」

「口うるさい教師に呼び出しは食らうわ、判定を下げられるわで大変だった。」

「いやー。あの時奢ってもらったパフェの味は今でも忘れられないわ。」

「は…あ…。けど、自業自得っスよね。」

「そうでしょー、私を責めるのは間違ってるわよねー。あなた良いね、話せるわ。」

「はあ。どうも。」

「次の年から私の所へは持って来なくなったわ。」

「じゃ、それ以来真面目に…?」

「まさか。」

「今まで、2日前に始めていたのを3日前に始めるようにしただけだ。」

「救いようないよね。」

 けど私に迷惑かけないなら何でも良いわ、と笑う。

「そういえば先程、こっちへ出てくるような事を言っていたが?」

「うん。始めはセントラルにしようかと思ったんだけどさ、家の母親がそれじゃ心配だって言うから。…であんたがイーストシティに居るのを思い出したからそう言ったら、それならOKって言うんでね。」

「…そうか…。おばさんの体の方は?」

「あ、平気平気。無理しなきゃ大丈夫なのよ。ただほら、ああゆうはじけた性格だからじっとしてられないのよね。それで時々体調崩すんでさ。

私がこっち来るって言ったら、あんたの面倒見てくれるんなら、家の母親見てくれるっておばさんも言ってくれたし。」

「そうか…。…って何だ、家に来るのか?」

「冗談でしょ?」

 むっとしたように顔を曇らす。

「あんたの家に居候なんてしたら、私の婚期がどんどん遅くなるじゃない!」

「…ああ、諦めてなかったんだな。」

「もう本当いい迷惑よ!どっかの誰かがロイの本命が私だなんて噂を流したもんだから、あの街じゃ誰一人私に声かけてくれないのよ!女には目の敵にされ、男には敬遠され!」

「ほう。」

「『ほう』じゃないわよ。あんたなんかと仲が良かったせいで、花の20代がもうすぐ終わっちゃうじゃない!」

「お前、都会に出てきて一体何をするつもりだったんだ。」

「男あさり!」

「…煩悩の固まりか。欲求不満だな。」

「ほっといて。…というわけで、今夜のホテルとって。あんたいいとこ知ってんでしょ。」

「一泊くらい家に泊まったって…。」

「真っ平ごめん。ここでまで変な噂流れたら大変だから。」

「そうか。」

 クツクツと笑う。

「…勿論今夜の夕食は、あんたの奢りよ。」

「それは構わんが…。ホテル代もか?」

「私にホテル代が払えないとでも言うつもり?」

「…いや、先生のご活躍は良く存じておりますから。」

「むかつく言い方ね、国軍大佐。いいから、あんたはとっとと定時までにその仕事を上げて、ホテルに予約を入れて、私に夕食を奢るの。」

「…っ、仕事を上げて?」

「当然。それとも何?私、手伝おうか?」

「い…いや、いい。」

「じゃあ、とっととやりなさい。部下の皆さんに迷惑かけるんじゃないわよ。」

 

 

 鶴の一声というのだろうか?

仕方ないなという風に立ち上がったマスタングはそのまま机に向かい、ホークアイとハボックが目を見張る中、物凄いスピードで仕事を処理し始めた。

「…私、お邪魔ならどこか別室にでも行ってようか?」

 何でもないことみたいに笑ってティナは言った。

「…それでは、隣の指令室の方へ。そちらに有る大佐の机が空いておりますので、そこで良よろしければ。」

「ありがとう。…この紅茶おいしいね。もう1杯もらってもいい…?」

「勿論です。」

 来客用の紅茶の上にお茶菓子まで付いて、それからはもろVIP待遇だった。何せあのマスタングに仕事をさせてくれたのだ。

「凄いっスね、ティナさん。」

 すぐ傍の自分の机で煙草をふかしつつハボックが言うと、ふうふうと紅茶を冷ましながら『何てこと無いわ』と笑った。

「きっかけがあればスイッチが入るのよ。餌で釣るとか、叱咤激励、何でも良いの。」

「へえ。」

「ダラダラやってるくせに締め切り過ぎた事無いんじゃない?」

「ええ、まあ。」

「もう締め切りだからやらなきゃー、ってのもスイッチね。」

「なるほど。」

 でも、ある程度なだめてすかして餌で釣るのもたまにやるが、割と逃げられる事が多い。そう言うと。

「あ…考え方の違いね。私なんか昔から見てるから、どれだけためようが結局間に合わせるって分かってる訳。だから、あきれながらもほおっておけるのよ。…せっつかなくたって結局間に合わせるんだから。」

 ホークアイが唖然としたようにティナを見た。ならば今までの自分たちの苦労は…?

「けど、俺ら手伝わされますよ?」

 迷惑被ってます。と、ハボックも主張する。

「だから、君らに頼む分も計算してある訳ね。」

「な…何て悪どい。」

「まあ、あれね。リザさん真面目そうだし、積みあがっていく山をどうしても見過ごせないって言うんなら、対策は2つね。」

「「「ぜひ教えてください!」」」

 マスタングの仕事が溜まってきてホークアイがピリピリしだすと、いても立ってもいられなくなるほど指令部内は気まずい空気に包まれるのだ。

「1つ目は、手伝わないと意思表示すること。」

 私を見習ってデタラメを書くことにしました、とか言っておけば。とクスリと笑う。

「もう1つは、3日くらい早めの締め切りを伝えておくの、そしてそれが本当のようにせっつく。そうすれば3日早く出来上がるから。」

「マジっスか?」

「マジよ、マジ。溜まってきたからってぎりぎりまで待っちゃ駄目。先に先にやらせなくっちゃ。」

「ありがとうございます。」

 ホークアイが丁寧に頭を下げた。

「いいのよ。おいしいお茶を頂いたし。」

 と、笑む。

「ね、皆も夕食、一緒しましょうよ。」

「え、お邪魔じゃないっスか?」

「正直、あれと2人で歩きたくないのよ。」

「そこまで…。」

 よほどのトラウマがあるのか?仲が悪いわけでは決して無いだろうに、この警戒の仕方は何なのだろう。

 ブレダは夜勤、ファルマンが休み、フュリーは友人と先約があるということで、結局ハボックとホークアイがお供することとなった。

 

 

 

 

 

 

20050531UP
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「年上の彼女と年下の彼氏」です。
年下なせいかここのハボックは、弟っぽい?
ハボックとの絡みはまだ少しですが…そのうち…。(本当か?)

 

 

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