年上の彼女と年下の彼氏 2
「人の金だと思って…。」
本当に定時までに仕事を終えたマスタングが、付いてきた2人を見て苦笑した。
「あんたと2人で歩きたくないの。」
そう言うティナは荷物をハボックに持たせ、ホークアイと並んで立っていた。
「おいしいお店ね。」
「分かったよ。」
先にたって歩くマスタングの後をずらずらと付いていく。程なくしてバーに着いた。
「夕食ではなかったのですか?」
「こいつの夕食は酒だ。」
「強いんスか?」
「まあね。」
席に案内されると、夕食を兼ねるだけあってアルコールやつまみだけではなく、お腹に溜まりそうなメニューも沢山頼み、程なくしてテーブルがいっぱいになった。
主に、マスタングとティナが互いの近況を話したが、合間に昔のいたずらや失敗談なども披露されたのでハボックもホークアイも楽しく会話に加わることが出来た。
「そう言や、ティナさんって仕事は何してんスか?」
「あ…うん。作家。」
「は?作家?…って、どんなの書いてるんスか?」
「ミステリー。」
「へえ…。」
「知らないかな、『スカーレット・シャーリー』っての。」
「う…嘘っスよね。『密室の足音』とかって…。」
「えー、嬉しいな。知ってるの?」
「何だ、お前本読むのか。」
「失礼っス、大佐!…って、マジっスか?」
「マジ、本当よ。」
「『情報屋カイルシリーズ』とか?」
「あら、本当に良く知ってるのね。」
にこりと笑い返すティナ。その手をガシッとハボックが握り締める。
「…!?」
間近で見つめられ、ドキリとする。
「サイン下さい。」
「え…。」
「ファンです。今、『3つのドア』を読んでるんスよ。」
「あら、本当に?」
「はい。」
ハボックは、幾分薄手の春物のジャンパーのポケットから文庫本を1冊引っ張り出す。
「ほら。」
「うわー、凄いわ。」
「休憩の時とかに読むんで、中々進まないんスけどねー。」
「あ、ここまで読んでるのね。」
栞の挟まっているページを開いて、ちらりと見る。
「ふっふっふっ、犯人教えてあげましょうか?」
「作者がそれをしちゃいかんでしょう!うわっ、絶対止めて下さい!」
尚も言おうとするティナの口を大きな手でふさぐ。冗談と分かっていても、つい必死になってしまう。…と、先程ガシッと握ったようにティナに手を握り返された。
「何か、感動よ。ファンだって言う人に実際に会ったのは初めてよ。ありがとう。」
「い…いえ。」
それから2人、作品の話をあれこれ話し楽しそうに笑い会った。
「盛り上がっているようだな。」
溜め息をつきつつマスタングが言う。
「そうですね。」
聞こえていない様子のティナとハボックの変わりにホークアイが頷いた。
「君は?ちゃんと食べているか?」
「はい、頂いています。」
それは嘘ではないようで、彼女の周りの皿も杯も随分と空いているようだった。
「では、帰るかな。」
「よろしいのですか?私、少尉と先に失礼しようかと話していたのですけれど。」
「あれでは無理だろう。」
目で前の2人を示す。
「久しぶりなのですから、お2人で話などあるのではないですか?」
「特には…。どうせ数日居るのだろう。それにあいつは時々電話してくるしな。」
「そうなのですか?」
「ああ。故郷はのどかで小さな街でね。そんなところで殺伐とした小説を書くのは大変なのだと言ってね。言えない話はしないが、時々事件のあらましを話すと仕事がはかどるらしい。」
「…大丈夫なのですか?」
「あいつの作品は1冊目しか読んでいないが…、まあハボックが何も言わないのだから大丈夫だろう。」
いくらなんでも、自分が係わった事件がそのまま使われていればおかしいと思うだろう。
「信用なさっているのですね。」
ホークアイの言葉にマスタングはまじまじと見返した。
「な…何ですか?」
「疑う事何て思いつかなかったな。」
「…そう、ですか。」
「自分自身を疑わないのと一緒だな。あるいは家族。」
「家族…ですか。」
「そう、あいつは私の家族も同然だ。」
「………。」
「誕生日も近かったしな。性別が違わなければ取り違えられていただろうと思われるくらい2人一緒くただった。
何しろ、互いの家に相手の家族の寝室があったんだ。自分たちには何で家が2軒あるのか不思議だった。もう少し大きくなってからは、何故ファミリーネームが違うのかと2人で悩んだものだった。」
思い出したのか小さく笑う。
「そうですか。」
思わずホークアイも小さく笑った。
「兄弟とも幼馴染とも違う。まかり間違っても女性じゃない。家族…としか言い様が無いんだ。」
「…何となくですが。お2人を見ていると分かるような気がします。」
2人の間に和やかな空気が流れたとき。
「ティナさん?」
ハボックの声がして、2人が前を見るとティナが店の反対側を険しい表情で見ていた。困ったようなハボックの様子に、マスタングとホークアイがそちらを見ると、1人の女性に3人の男性客が絡んでいるところだった。
「…っ止めて下さい!」
「良いじゃねーかよ。」
「こんな店で1人で飲んで、ヤケ酒かい?」
「ああ、彼氏と別れたとか?」
「それとも、すっぽかされたのかなぁ?」
何か当てはまる事があったのか、ぎゅっと口をつぐんだ女性の目に涙が溜まる。
はっきり言って、このような店に女性1人で来るのはどうかと思う。増してや比較的露出の激しい服を着ていれば、声をかけてくれといっているようなものだと曲解されても仕方が無いのかも知れない。しかし、だからといって嫌がる女性に絡むのはどうかと思われた。
「俺らと楽しく飲んで、嫌なことなんて忘れようや。」
「そうそう、ぱーっとね。」
「離してっ!」
腕を捕まれ引っ張られる。女性がぎゅっと体を固くしたとき、男性たちと女性のちょうど中間の壁にビィーンと突き刺さったものがあった。
『フォーク?』店内が凍りついた。
「はあ。」
マスタングが特大の溜め息を付いた。
「お前なあ。」
「何よっ!」
「…はぁ、いや…いい。」
「誰だ!これを投げたのはっ!」
男の1人がフォークを壁から引っこ抜き店内を見回した。
すっとティナが立ち上がったとき、その姿を隠すようにハボックが立ち上がった。
「!?」
ティナは唖然と目の前の高くて大きい背中を見つめる。
「…ちょっと、行ってきます。」
誰に言うとも無くそう言うと、ハボックは男たちの方へ気負った風も無く歩いていった。
ティナは、じっとその背中を見つめていた。
「あいつの尻拭いをするのは、私の役目だと思っていたのだがな。」
ホークアイにしか聞こえぬような小さな声。ハボックが立ち上がったのとほぼ同時に、やはり立ち上がろうと身じろぎしたマスタング。その動きに気付いていたホークアイは、その少し寂しそうな、けれどどこかほっとしたようなマスタングの声に小さく笑みを漏らしたのだった。
正規の軍人であるハボックにただのチンピラがかなうわけも無く、男たちはばたばたと店を出て行った。
「ありがとうございました。」
「あ、いやぁ。」
むしろ礼はティナへ言うべきだろうとハボックが肩越しに後ろを見ると、マスタングとホークアイはこちらのことなど気にした風も無く2人で話していた。ティナは相変わらず立ち尽くしたままこちらを見ている。
何だろうと思ったが、取り敢えずフォークを投げたのはあの人だと伝え、さてどうするかと考え込んだ。
このままこの女性を帰して、もしも店の外で待ち伏せされていたらどうしようか?家まで送っていくべきだろうか?…やっぱ俺が…だよなぁ。食事も酒もそこそこ頂いたし、後は上官に任せて自分はこの子を送りそのまま帰るか…。せっかく憧れの作家と知り合いになれ、話が盛り上がったところだから少しもったいない気もするが、これっきりということも無いだろう。サインは又今度もらえばいい。
『送っていくよ。』そう声に出そうとしたとき、店のドアが開いた。奴らが戻ってきたのかと一瞬身構えたが、入ってきたのは男女6・7人のグループで、
「あれ〜?あんた1人で何やってんの?」
どうやらこの子の友人たちらしい。
「えっと…。」
気まずそうに視線をそらす彼女。
「あんたそう言や、彼と別れたんだって?」
「う…うん。」
「あいつ酷い奴だよ、別れて正解。」
「そうそう。」
「おいで、一緒に飲もうよ。」
「今日は奢ってあげるよー。楽しく飲もう。飲んで嫌なこと忘れちゃおう。」
「あ…うん。」
その子が頷くのを見て、じゃっとハボックは背を向けた。
「あ、ありがとうございました。」
「いいって。」
ヒラヒラと手を振って席に戻った。
「………。」
ティナにじっと見つめられる。
「?」
「ハボック、格好良かったぞ。」
「止めて下さいよ。」
行きたくて行ったのではない。じゃあ見てみぬ振りをしたかというと、そうはならなかったろうが。
「?ティナさん?」
「…ごめんなさい。私…何か…余計なことした…かも…?」
「あ、いや。」
「まさか、あなたが行くとは思わなくて。」
「は?」
「聞き捨てなら無いな、ティナ。私には迷惑をかけて良くって、ハボックならどうして『ごめんなさい』なのだ。」
「だって、あんたはロイだけど。…ハボックさんはハボックさんだし…。」
「はい?」
さらに分からないという風にハボックは首を傾げたが、先程のマスタングの言葉を聞いていたホークアイにはティナの戸惑いが良く分かった。
計算で動いた訳ではないが、ティナ自身も自分をフォローするのはマスタングだと思っていたのだ。もう無意識に。
それが、実際に絶妙なタイミングで動いてくれたのがハボックだったものだから、驚いてしまったのだ。そして、自分の行動で他人に迷惑をかけてしまったと困惑しているのだ。
「え…と、何か良く分かりませんが…。いいんスよ。この辺りは色々物騒で、今までにもこんなことが何回かあったし。…俺も一応軍人っスから。…まあ、こういうときの対処には慣れてるって言うか…。」
「その慣れてるついでにな」
マスタングが口を開いた。
「はい?」
「ロイ?」
2人が同時にこちらを向く。
「この後彼女をホテルへ送っていってやってくれないか?」
予約したのはここだ、とポケットから出したメモをハボックに渡す。
「送るのは良いっスけど、…大佐はどうするんですか?」
「中尉を送って帰るが…。」
「私は大丈夫です。」
「先程のような輩がいても困るからな、送っていくよ。」
「…ありがとうございます。」
「え?大佐がホテルに行くんじゃないんですか?」
「方向的にも私が中尉、お前がホテルの方がいいだろう?」
「う…そりゃまあ。」
いわゆる高級住宅街の一角に住んでいるマスタングが、自宅へ帰りがてらホークアイ。を送っていく。繁華街に程近いところにあるアパートに住んでいるハボックがティナをホテルに送って帰宅。…の方がコース的に無理はない。…が。
「でも…。」
尚も言い募ろうとして、
「ああ、ハボックお前は明日、休みだったな。」
「は?そうですが…。」
「悪いが、ティナの不動産めぐりに付き合ってやってくれないか?」
言葉は聞いているが、決して聞いていないのがこの上司のあざといところだ。
「ロイ!」
言葉が出ないハボックのかわりにティナが声をあげた。
「何言ってるのよ。ハボックさんお休みなんでしょ?そんなの悪いじゃないの!」
「でも、案内がいたほうが心強いだろう?」
「それはそうかも知れないけど…。それとこれとは別よ。あんたのことだからどうせ普段から部下をこき使ってるんでしょ?ハボックさんだってお休みの日はちゃんと体を休めないと!」
「いや、まあそうだが。」
「そうでしょ。ごめんなさいね、ハボックさん。ロイが変なことを言って。気にしないで明日は休んで?あ、…でも今夜はホテルまで送ってもらえるかしら?」
「あ、はい。それは勿論。」
「良かった。」
にっこりと笑われて、又ドキリとする。
クールで才女なのかと思えば、意外に血の気が多くて、傍若無人なのかと思えば案外優しい気遣いをしてくれる。大人っぽいかと思えば笑った顔は妙に無邪気で幼くて、つかみどころのない人だなあ…と思った。
20050531UP
NEXT
大佐とティナは、やっと互いに親離れ?
ハボックの背中に守られてみたいと…思いません!?
ティナの作品のタイトルは適当。読みたいと言われても書けません。題名だけ必死に考えた。
実は、ハボックの前の前位の彼女が読書好きで、その影響で「スカーレット・シャーリー」の
小説にはまったという裏設定あり。