年上の彼女と年下の彼氏 3

 その場はそのままお開きとなり、店の前で二手に分かれた。

「ね、そのホテルってここから近いの?」

「えっと…いや、少し歩きますね。」

「そう。」

 ふふっと笑ったティナ。遠いことを嫌がっている風ではない。

「ホテルについたらさ。」

「はい?」

「少し飲む?私奢るよ。」

「え?」

「ホテルにバーかレストラン付いてるよね。そこで。…ほら、さっきは中途半端に終わっちゃったじゃない?せっかく盛り上がってた話も途中だったしね。」

「あ…はあ。」

「…あっ、ごめん。何か用事あった?」

「え…いえ。」

「あ、でも一日仕事したんだもの早く休みたいよね。ごめんね、無理言って。」

 慌てるティナをかわいらしいと思う。

「本当、ごめん。私、ほら、自分が自由業でしょ。つい何でも思いついたらほいって言っちゃうけど、決まった時間に拘束される職業の人間も居るんだって、ロイに言われるのよね。」

「あ、でもあの人遅刻なんてしょっちゅうっスよ。」

「何ー!?それで、私に偉そうに説教したの?…うう、何か仕返ししてやる。」

「『何か』って?」

「これから考える。」

「ぷっ、あははは。」

 この人いいなあ。

「奢りっスね。」

「勿論。こちとら夢の印税生活だから。その何%かはハボックさんのおかげでしょ?」

「あー、ナルホド。」

「あ、ちなみにさっきの作品の犯人はー。」

「うわー、止めて下さいってば!」

 あははっ…と、2人で笑いあった。

 その後、ホテルにチェックインし部屋へ荷物を置いてから、バーであれこれ話した。

 主な話題はティナの作品のこと。そして、ロイ・マスタングの話。

「あいつはねー。」

 そう言って楽しそうに話すティナ。『文句ばっかり言ってるけど、この人もやっぱり大佐を好きなんだろうなぁ』ハボックは内心苦笑いだ。

 そして、少し考える。じゃあ、自分は?

ティナの事、いい人だと思う。憧れの作家でもある。美人だしスタイルも良い。つかみどころのない辺りが又、魅力的だと思う。…好き…なのかな…。今日会ったばかりだけど。

…という事は…会ったその日に好きになって、その日に失恋?どこまで、女運が悪いのだろう。

「どうかした?」

「うわっ。」

 気付けば顔を覗き込まれていた。

「いえ。…大佐の話ばっかりだなあ…と。」

「ああ、仕方ないわよね。今のところハボックさんとの共通の話題って、あいつ位だもんね。」

「あ…ああ、そうか。」

 ちょっと卑屈になっていたかも。彼女、取られすぎか?

「けど、ティナさんは本当は大佐のことを好きなんじゃないんスか?」

「ハボックさん、あなたまで〜〜〜。」

 ティナは少しうんざりとした顔になる。

「それが嫌で、あの街を出ようと思ったのに。」

「すんません。でもですね。」

「好きよ?」

「!」

「けどね、男性としてじゃないの。」

「………。」

「生まれた頃から一緒なのよ?子供の頃は、何でファミリーネームが違うんだろうって2人で悩んだのよ?向こうにとったって私は女じゃ無いわよ。」

「そ…スかねー。」

「今日見てて分かったわ。あいつ、リザさんを狙ってる。」

「はい?」

「絶対よ。あいつはね、昔からそう。分かりやすい美人には平気で声かけられるけど、ああいう気が強くてしっかりしててクールな感じの人には弱いのよね。」

「へ…へー。(この話、俺聞いて良いのか?)」

「おばさんがそういうタイプだもの。」

「まさか、マザコン?」

「そういうのとは違うけど…。強烈だからな、あの人は。」

 どんな母親なのか…とちょっと思うが、考えてみればあの大佐の母親だ。普通の良妻賢母型ではないのは確かかも知れない。

 ああけど、それなら当日失恋はナシかな…。

「さて…と。そろそろお開きにしましょうかね。」

 軽快なピッチで杯を重ねていたティナも、頬がほのかに赤くなっている。

「酔いました?」

「少しね。ハボックさんは強いねー。」

「ティナさんこそ。」

「あはは、大抵これで男の人は引くんだよねー。」

「え、そうなんスか?楽しく飲めて良いじゃないですか。」

「あなた、本当にいい人ねー。背が高いし顔良いし、モテるでしょ。」

「まさか。俺、女運悪いんスよ。」

「うそお。」

「本当スよ。大佐にもしょっちゅう取られてるし。」

「あ゛ー。あいつは分かりやすい美人好きだから…っていうことは、ハボックさんも分かりやすい美人が好きな訳ね。」

「俺にはその『分かりやすい美人』ってのが分かりません。」

「『分かりやすい美人』は『分かりやすい美人』よ。」

「ははあ、良く分かりませんけど…。ティナさんだって美人っスよ?」

「きゃー。」

 ばしばしと肩をたたかれる。

「何言ってんのよー。」

 単純に喜んで照れている様子につい笑みが漏れる。ヤバイこの人、本当かわいい。

 ああ、こりゃ、マスタングもこの人を1人故郷に残していくのが心配になる訳だ。

十中八九、『ロイ・マスタングの本命はティナ』と噂を流したのはマスタングだろう。ティナがそれを知っているかどうかは知らないが。

ああそうか、それで『明日、ティナに付き合ってやれ』になる訳だ。

上機嫌のティナの後に続いて店を出た。

「じゃ、今夜はありがとうね。」

「いえ、こちらこそ。ご馳走様でした。…あの、…明日…。」

「あ、大丈夫だから。ロイが変なこと言ってごめんね。気にしないでちゃんと休んで。」

「あ、はい。本当に大丈夫ですか?」

「うん。」

「………。」

「…疑ってる?」

「少し。」

「んー、じゃあ。電話番号教えて?」

「はい?」

「これは、危ないかな…と思ったら電話する。」

「…分かりました。」

 ティナが差し出した手帳に自宅の電話番号を書く。

「じゃ、おやすみなさい。」

「はい、おやすみなさい。」

 

 

 翌朝、ハボックがホテルのロビーで待っていると、ティナが出てきた。

 黒いTシャツにジーンズのパンツに、春物のカーディガン。やっぱりこの人かわいいよ。こちらを見てグレイの瞳が大きく見開かれた。

「ハボックさん!?」

「俺、給料日前なんで…昼メシ奢って下さい。」

「………。ぷっ、クスクス。喜んで。でもお昼まで時間があるから、少し歩くわよ?」

「お供しまっす。」

 それから2人で不動産屋へ行き、色々と物件を見せてもらった。

 ティナが気にするのは、セキュリティと書斎に使う部屋の環境。そして。

「え、誰か泊めるんですか?」

「うん、出版社の担当の人。」

「…はあ。」

「だから客間も…。」

「ちょっと、待って下さい。」

「うん?」

「それって、女の人?」

「うん。1人はね。後の2人は男の人。」

「何人もいるんですか?」

「うん。必ずしも全員一緒になるわけじゃないから、客間は1つでいいかな。」

「…あ、今まで実家だったんですよね。」

「そうよ。」

「お母さんがいらした?」

「うん。」

「………。」

「………。…あ、まずい?」

「と、思いますけど。」

「うーん。」

 そんな2人のやり取りを不動産屋の人は面白そうに見ていた。

「寝室に鍵をつければ宜しいのでは?」

「あ、そうしよう。」

「………。」

 まだ不満げなハボック。

「…まだ心配?」

「はあ、まあ。」

「…そうだ!じゃあ、その時はハボックさんも泊まりに来るということで。」

「はい?」

「ね、安心。」

「俺、夜勤の時もあります。」

「じゃ、その時はリザさん。」

「2人ともということも…。」

「そのときは…ホテルとる。」

「じゃ、最初からホテルとって下さい。」

「あ、そうか。」

 ぷっ。一応悪いと思うのか、背を向けているが肩が揺れている。

「な、仲が良ろしいのですね。」

「はあ、まあ。昨日会ったばっかりなんですけどね。」

「いい人でしょー。」

 この物件お勧めですよーの口調で笑う。それでも母親が来るだろうからと客間は欲しいらしく、そんな条件をあれこれ並べながらいくつか回った。

「アセって決めるつもりはないから。」

 と、昼食の後は違う不動産屋へと向かった。

「けど俺、明日は仕事っスから。」

「ああ、そうね。…私、ハボックさんに頼りすぎ?」

「いや、ここって結局『東方司令部のある街』なんですよね。軍人がいればボラレたり、騙されたりすることもないし」

「う…ん。それならロイでもいいのよね。う…でもあいつと家見るのイヤ。」

「何で?」

「あいつと2人で物件探ししてるなんて分かったら、絶対にあらぬ噂を立てられる。」

「あー、かも知れませんねえ。」

「本当はね、ロイの家に泊まったっていいのよ。絶対にどうにかならない自信はあるしね。」

 たとえ同じベッドに寝たって、ただ普通に寝られるわ。と胸を張る。

「けどねー。他の人はそうは思わないでしょ。」

「ああ、まあ。」

「ロイの事だから、ここでも女の人に声掛け捲りでしょ?せっかくこれから新生活始めるのに、そういう人たちにいらない言いがかりつけられたくないしね。」

「ナルホド。」

「ハボックさんは?」

「俺?俺はさっぱり。こっちが振られる方なんで…。」

「…イーストシティの女の人の目って節穴?」

 こんなお買い得物件。

「お買い得…っスか?」

「恋愛ってのは中々うまくいかないものね。私みたいに結婚したいって思ってる女に彼氏はいなくて、ロイみたいに本命以外はどうでもいいと思ってる奴には女が群がる。」

「群がる…って…。」

「そうかと思えばハボックさんみたくいい人は、振られちゃう。」

「はは…。」

 

…そして。

「ここに、しよっかな。」

 昼食後。3件目の部屋を見ていた時、ティナがボソリとつぶやいた。

「気に入りました?」

「…うん。」

 そこは今までに比べると、幾分小ぢんまりした感じだ。しかし、日当たりと窓からの眺めは最高だった。きらきら光る川と橋。すぐ脇には公園も見える。

「人の声とか、大丈夫ですか?」

「うん、平気。」

 3LDKの部屋は寝室と書斎を確保しても、女性の一人暮らしには充分だろう。…充分過ぎるくらいだ。

「何か、…凄い妄想しちゃった。」

「…どんな?」

「ナイショ。」

 ふふふ、と笑う。

 不動産屋へ戻って契約を済ます。

 明日は改めてクリーニングが入るということで、明後日からの契約となる。

「ティナさん、一旦地元へ戻るんでしょう?」

「うん、1本コラム入ってるから。それを済ませて荷造りしてから又来るから。」

「じゃ、その日から契約したら?」

「家具とかどんどん入れちゃおうと思って。」

「…ああ、そういうのは持ってこないんですね。」

「母親は残ってるから。根こそぎ持ってくる訳にはいかないし。」

「あ、そうか。」

「明日は家具屋だわ。場所、教えてくれる?」

「はい。」

 ティナは買うもののリストを作り始めた。あの部屋にはこれを入れ、この部屋にはこれを入れる、ここには家からもってきたものを入れて…。と、書き込んでいく。

「家具のサイズは大丈夫ですか?」

 不動産屋の店員が心配してくれるが。

「いいわ、大体で。」

 と、メモをとる手を止めない。

「明日クリーニング、明後日家具運び込んでもらって、それを見て生活雑貨買って、1日位イーストシティ見て回って…。後、4日位かな。」

 指を折りながら日数を数える。

「引越しは、いつぐらいになるんですか?」

 思わずハボックは聞いていた。4日で終わりだと思いたくない。

「んーと、コラムあって、校正あって、次の打ち合わせ…をこっちでするか向こうでするか…ね。で、荷物整理して。…2週間か3週間後…かなあ。」

「そうですか。そしたら又、歓迎会でもしますよ。」

「あはは、ありがとう。」

 あざとく次の約束を取り付けてしまったなあ、と思う。

 今日休んだから、明日にはそこそこ書類も溜まっているだろう。何か事件があれば残業や泊まりなんてのもありえる。夕食にも誘えない不確かな自分の仕事を、これほど嫌に思ったことはない。

 『あれ?こんなとき、今までの俺はどうしていたっけ…?』

 

 

 

 

 

 

20050601UP
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ハボックは絶対にお買い得物件だと思うんだけどな〜。
ティナはメモ魔。メモに書かないと覚えていられないとかではなく、とにかく何でもメモする。とりあえずメモる。
だから手帳は必需品。…しかし…、上手く電話番号を聞き出したな。

 

 

 

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