年上の彼女と年下の彼氏 4

 次の日。本当に偶然に、ハボックとティナは街で出会った。

「あれ、ティナさん?」

「あ、ハボックさん。どうしたの?あ、見回りかなんか?」

「そうっス。ティナさんは?これから家具屋ですか?」

「そ。」

「すいませんね、今日は付き合えなくて。」

「やだ、何言ってるの。…あ、それよりさ。その見回りって…ちょっと抜けたりできる?」

 後半は内緒話のように、こそっと耳元で囁く。

「はい?…まあ、出来ないこともないですけど…。」

「明日も、見回りある?」

「ありますよ。明日は午後の予定ですけどね。」

「家具を入れる時、一緒に立ち会ってもらっても…いい?」

「……!OKですよ。勿論!」

「じゃ、配達は午後にしてもらうように頼むね。」

 にっこりと笑って手を振り、ティナは行ってしまった。

 『ハボックさんに頼りすぎ?』そう気にしていたくせに、声をかけてくれたことが嬉しかった。

 一方、ティナの方も火照る頬を押さえながら家具屋へと急いでいた。本当は立ち会ってもらわなくったって大丈夫なのだけど…。今日会えて嬉しくて、明日も会いたいって思ってしまったから。気が付いたら誘っていた。

優しい人だから、本当は迷惑かも知れない。心の隅ではそう思う。何せ自分は上司の幼馴染なのだ。無下に断れないだけなのかも。

 ティナのほうが年上だから仕方が無いのかも知れないが。『ティナさん』と呼び、決して丁寧な口調を崩さないハボックに、1歩踏み込めない壁を感じないでも無いのだ。

『なりふり構ってはいられないのよ、ハボックさん。』

 焦っている訳ではないけれど、29歳……崖っぷちだ。

 地元の街では、散々ロイがらみで人の恋路を邪魔しておきながら(男も女もだ)人のことを行き遅れだの何だのと色々言ってくれる。仕事を持っていて、標準以上の収入を得て自立しているんだからいいじゃない、…とティナ自身は思う。けれど、所詮は結婚出来ない女の僻みだと思われてしまうのだ。そいつらを見返してやりたいのも、まあ、ある。

しかし、基本的にハボックはティナの好みのタイプだ。鍛えられたがっちりした体格も、見上げるような高い背も、明るい金髪も、ロイのような優男系の顔でなく男らしいといえる顔つきも。 煙草を咥えっぱなしというのは、少しいただけないと思うが。それ以外はモロにストライクゾーンのど真ん中なのだ。

早々に士官学校へ入り街を出て行ったロイは知らないはず。知っていたらハボックをティナに近づけなかっただろう。

なんだかんだ言って過保護な幼馴染は、自分はティナと結婚する気はさらさら無いくせに(ティナにも無いが)ティナが自分以外の誰かと付き合うのは嫌なようなのだ。やっぱり、今を逃したら一生結婚できないかも。

ようやくたどり着いた家具屋の前で、ぐっとこぶしを握るティナだった。

 

 

「ああ、ハボックさん。ごめん、このソファの位置を…。」

「はい…こっちっスか?」

 買った量が大量だったため、引っ越し屋のようなトラックと人員でやってきた家具屋が、ティナの指示通り置いていった後、残ったハボックが微調整をしていた。

 午前中のうちにラグやカーペットを用意していたティナ。段取りがうまいというか、やっぱり要領がいいのだろうとハボックは感心する。

「洗濯機もいるわね。」

 ティナは各部屋を回りつつ、再び入用なものをメモしてまわる。食器や調理器具、布団類…まだまだ買うものはありそうだ。

「大丈夫っスか?」

「んー。配達してもらえる物は配達してもうらうし。」

 ティナが書いているメモを後ろから覗き込む。

『ちっさいなぁ』大抵の女性を見たときに抱く自分の感想。でも、多分好きになった人にしか抱かない愛おしさ。

やばいな。上司の幼馴染で、年上で、憧れの作家で…つりあわないだろ自分。ハボックが内心溜め息を付いていると、ふとティナが顔を上げ肩越しに振り返った。

「「!!」」

 互いの頬が触れそうになり、慌てて2人で1歩づつ引く。

 赤くなったティナの頬。…少しは期待してもいいのだろうか?

「……っうあ!」

「なっ、なあに?」

「やべっ、時間!」

「え、あっ!ごめん、引き止めて。」

「いいえ。又、何かあったら呼んでください。」

「ん。ありがとう。」

 笑ったティナの顔が少し淋しそうに見えたのは、うぬぼれだろうか?それとも気のせい?

 

 

「ハボック少尉。」

「大佐?何ですか?」

「お前、今日上がるのは何時だ?」

「大佐がその書類を上げてくれれば、定時に帰れますが。」

「…仕方ないな。」

「は?」

「今夜、メシを奢ってやる。」

「はい?」

「明日、ティナが一旦帰るからな。中尉も一緒に、又食事をしようということになった。」

「…ああ。」

 あれからは一度も会っていない。あの部屋はあれからどうなったろう。ティナは?

「お前、結局不動産めぐりに付き合ってくれたらしいな。ティナが大変に感謝していた。」

「いえ。」

 その後、見回りを抜けたのは黙っていてくれたらしい。

 夕方、先日とは違う店でティナが待っていた。

「ああ、良かった。ここで合ってたんだ。」

 にっこりと笑って手を振っている。

 今夜は普通に食事がメインらしい。品の良いレストランに入り、又してもマスタングとホークアイが並び、ティナとハボックが並んで座った。

「好きなものを頼め。」

「後悔しないな。」

 ティナが笑う。

 メニューを覗き込みながら、ティナが小声で言った。

「今夜、私たちはダシだからさ。」

「は?」

 目線で前の2人を示す。

「マジっスか?」

「マジよ。食べたらとっとと退散しようね。」

「分かりました。」

 悪戯の打ち合わせのように、笑い会った。

 その日は特にトラブルも無く、和やかに食事を終えて店を出た。

「じゃ、気をつけて帰れよ。」

「はいはい。」

「お気をつけて。」

「うん、ありがとう。」

「心配っスねー。」

「あのね…。」

「あのっ、ティナさん。」

「うん?」

「サイン。まだ貰ってないんスよ。」

「ああ、そうだったわね。」

「又来るんだから、その時でもいいんじゃないのか?」

「そうなるとずるずると忘れていきそうなんで、今下さい。」

「いいわよ。…何に書く?本?」

「あ、今ちょっと思いついたものがあるんで…いいスか?」

「買いに行くの?…じゃ、ロイ。」

「あ?ああ。」

「よろしいのですか?」

「又来るから。…リザさんも、その時はよろしく。」

「はい。それは…。」

「じゃ。ハボックさん、行こうか。」

「はい。…ああ、店こっちです。」

 並んで歩いて角を曲がった。

「…OKかな。」

「ですね。」

「で?サインは?いいの?」

「本当に貰えるんですか?…じゃ、これに。」

 胸のポケットからジッポを出す。

「いいの?消えちゃわない?」

「これは、明日からは家に置いておきます。幾つかあるんで。」

と笑う。実は、裏に自分の名前の彫ってある特注品で目下一番のお気に入りのジッポなのだ。次に新しく購入するまでは、前の彼女に貰ったものを使っていればいいだろう。

「好きだねー、煙草。」

 そう言って笑いながら、ペンでサラサラっとサインを書く。

「はあ。…ティナさんは嫌いっスか?」

「うーん。何かね、始めはちょっとー、と思ってたんだけど…。何かもう、今はセット?はい、書けたわよ。…良くないよね。」

「…ああ、ありがとうございます。そ…スか。」

「やっぱ、健康のことを考えたら、止めなさいって言っておくべきでしょう。」

「あ…はは。…やっぱそうですよね。」

「……ヤケになってる訳じゃないよね。」

「…ヤケ?」

「う…ん。どうせ、軍人だから何時死ぬか分からないから…とか。」

「………。」

 ああこの人も、ロイ・マスタングという軍人の家族としてずっと過ごしてきたのだなと、分かる。

「ヤケ…っていうんじゃないと思います。」

 だから、ハボックは真剣に考えながら答えた。

「煙草を吸い始めたのはイシュバールの頃で。その後、南方司令部の特殊部隊に放り込まれた時にはやめられなくなってました。」

「………。」

 ティナも真剣に聞いてくれる。

「自分でも良く分かりません。忘れたいために吸ってるのか、忘れちゃいけないと思って吸ってるのか。」

「………。」

「ただ単に、中毒で止められなくなっちまっただけかも知れないですけどね。」

 真剣になりすぎた話を茶化すように口調を軽くすると、ティナは『そっか』と呟いて小さく笑った。

「!」

 ハボックの手にするりと細い手が繋がれた。

「そっか。」

 もう一度、もう少し大きな声で言うと、ティナは繋いだ手をぶんぶんと前後に大きく振った。

 それから2人はクスクスと笑い合い、子供みたいに大きく手を揺すりながら夜の道を歩いていった。

 

 

「昼前の列車よ。」

 昨日、ティナはそう言っていた。

「又来るんだもの。見送りなんていらないわよ?」

 とも言っていた。けれど、ソワソワとハボックは落ち着かない。今見回りに行くなどと言い出したら確実にマスタングやホークアイにばれるだろうし、そう何度も仕事を抜け出すのもティナに対してちょっと外聞が悪い。

 『又すぐに会える。』そう自分に言い聞かせて、書類へと向かっていた。

「ハボック少尉。」

「はい?」

 マスタングとホークアイに呼ばれる。

「駅前にある中央銀行の話を知っているか?」

「ああ、はい。不審者がどうとかって件ですよね。」

「先程も電話が入った。又、現れたので来て欲しいというものだ。」

「はあ…けど、本当なんですか?」

「その辺も含めて、少し調べて来てくれないか。何度もしつこくて適わん。」

「銀行員と付近の住人や店主に話を聞いてくればいいんですね。」

「目撃証言が正しく取れれば良いのですけど…。」

「居合わせれば、一発なのだがな。」

「分かりました。行ってきます。」

「よろしく頼むよ。」

 はかどらない書類整理よりも少し外へ出た方がいいかも、とハボックは自分の隊の人間を十数名連れて銀行へと向かったのだった。

 到着したときはすでに『不審者』は立ち去った後だった。連れて行った隊員の半分には付近の捜索を、残りの半分と自分で行員や客などに話を聞く。

その『不審者』は結構あからさまに態度が怪しかったらしく、はっきりとした人相も分かり始めた。ただ、この街の住人では無いらしく知っているという者は居ない。

 その目撃情報を元に、聞き込みの範囲を周辺の店舗にまで広げる。

 ハボックは、銀行の向かいにある食堂の店主に話を聞いていた。

「そういや、一度だけそんな奴らが来たことがあったなあ。割とガタイのいい男たちばかり3人さ。ガラが悪くてね。」

「どんな様子だった?」

「何かね、ニヤニヤ笑ってここから駅を見ていたよ。」

「駅?」

 大通りの向こう側は、もう駅前の広場だ。

「そ。で、列車がどうとかって言ってたっけ。東部からの列車がどうの仲間がどうのってね。何かきな臭い話だったもんでなあ、ワシも『そういう話は他所でやってくれ』って追い出しちまったんだよ。悪かったな。よく聞いときゃ良かった。」

「いや、いいよ。ありがとう。」

 軍に対する印象は決して良くは無いけれど、ハボック自身はおじさんおばさんの受けは良い。その辺りも考慮して、マスタングは聞き込みをハボックに割り当てたのかも知れなかった。

 …それにしても…。列車を使って何かする気なのだろうか?それとも駅で?銀行は?

店を出ながらそんなことを考えていると。

 ポォーーーーーッ

汽笛が鳴り、列車が駅に入ってきたところだった。思わず腕時計を見た。…もしかして、あれがティナの乗る列車かも…。

 そう思った瞬間、ハボックは駅に向かって走り出していた。

 駆け込んできたハボックを見て、駅長が『何かありましたか?』と声をかけてきたが、そのまま改札を走り抜けた。結局は軍の制服がパス代わりとなり、小さく肩を竦められただけで咎められることは無かった。

 ホームへ駆け上がり慌てて見回すと、ちょうどベンチから立ち上がった女性がいた。

 バッグを持ち上げ列車へと歩いていく彼女にダッシュで駆け寄った。

「ハボックさん!?」

 こちらに気付き、驚いて振り返ったティナをそのままぎゅっと抱きしめた。手からバッグがドスンと落ちる。

「どう、したの?」

 腕の中から声がして、きょとんと見上げられる。

「…ハボッ…ク……っん…。」

 強引に口付けた。しばらくその唇を味わって、少しだけ気まずく顔を離した。

すると、ティナの両腕がハボックの首の後ろに回り、引き寄せられる。そして、少し背伸びしたティナの唇が近付いてきた。

…ふふっ…と小さな忍び笑いが聞こえて…。

 今度は互いに抱きしめあって口付けを交わす。少しだけ舌も絡めて…。

 …と、ピリリーーーッと車掌の笛が鳴った。

 思わず力を込めてしまいそうになる腕をそっと緩めた。

「……すぐよ?」

「それは、分かってるんスけどね。」

 ティナの荷物を持って列車に乗せた。

「ありがとう、ハボックさん。」

「………『ジャン』」

 列車に乗り込み、ハボックと同じくらいの目線になったティナはくすぐったそうに笑った。

「うん、ジャン。だったらあなたも”さん付け”は無しよ?」

「ティナ?」

「うん。又ね。電話して良い?」

「勿論。」

「じゃ、またね。」

「うん。またな。」

 手を振って、笑い合った。

 

 

 

 

 

 

20050602UP
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ハボックの過去については「うちのハボ」をご覧下さい。
そして、くっ付いた途端に離れ離れの二人…。
考えてみれば、この時点で出会って数日なんだよね。
月子の最短記録かも…。けど、接触は一番少ない…。ゴメン、ハボ。

 

 

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