年上の彼女と年下の彼氏 5

 列車を見送った後、ついでに駅でも聞き込みをする。

 『不審者』たちは駅周辺にも出没し、一度は詳しく列車のダイヤを聞きに来た事もあるという。駅、駅周辺、そして銀行。不穏な動きはあるものの、決定的な情報は得られないままその日は引き上げた。

これらの情報を元にして分析をするのは上司の仕事だ。

 そして、数日後。テロ組織『青の団』による列車ジャックが起こった。

 列車が駅に到着した時にはエドワード・エルリックによってすでに事件はほぼ解決していたことと、『列車ジャック』と聞いてすぐに駅周辺や銀行周辺への警備を強化したマスタングの采配により、『青の団』のメンバーはそのほとんどが逮捕された。

 そしてその供述により、列車ジャックで混乱している軍の目と鼻の先で銀行強盗をし、今後の資金を得るという、緻密なんだか稚拙なんだか良く分からない計画であったことが判明したのだった。

 『まあ、そのおかげで見送りが出来たんだからいいけどさ…。』

 今夜も新しく出来た彼女と電話で話しながら、ハボックはのんきにそんなことを考えていたのだが…。

それから程なくして、昼夜ぶっ通しの指名手配犯の遺体捜索と瓦礫撤去作業を命ぜられることとなってしまったのだった。

 

 

「…何……やってるの?」

 少し前から連絡の取れなくなった年下の彼氏。

その上司である幼馴染に電話をしてみたけれど『国家錬金術師を狙う指名手配犯』とやらがイーストシティに現れたとか聞かされ、『あんたも狙われてるの?』と心配の種が増えただけ。

居ても立ってもいられず、早々に仕事を切り上げて引越しの手続きを取ってやって来たのだけれど、もう少しで新しい部屋という所で道路が通行止めとなってしまった。何事かと車を降りてみれば、作業する軍人の中にひときわ背の高い金髪が…。

「……ティナ?」

 埃まみれ汗まみれの男は、でも嬉しそうに笑ってこっちへ駆け寄ってきた。

「来たんだ?」

「うん。…けど…これ…。」

 道が崩れて…いる?

「指名手配犯の仕業らしいんだよ。」

「国家錬金術師を狙ってるっていう?」

「知ってたんだ。」

「ロイに聞いたの。」

「…そっか。…そいつと誰かが争ってこうなったらしいんだ。そいつの血まみれの上着が見つかったんで、今捜索中。」

「ふーん?そういうのも軍人さんの仕事なのね。」

「いやあ、微妙かなー。」

「うん?」

「犯人の遺体捜索は…まあ仕事の内かなって気もするけど。昼夜休み無しってのはなー。」

「休み無し?」

「ターゲットが国家錬金術師でしょう。この辺じゃ…。」

「ロイ、だわね。」

「遺体が見つかってくれないと、おちおちデートも出来ないんだって言ってた。」

「……あの、スットコドッコイが。そのせいで、こっちのデートが邪魔された訳ね。」

「デート?」

「電話デート。」

「ああ、すいません。全然連絡入れないで。」

「仕方ないわよね、仕事じゃ。」

 ちょっぴり…いや、結構心配したことは言わないでおこう。

「…で、部屋へ行くにはどの道を回っていったらいいのかしら?」

 後ろで立ち往生をしてしまったトラックを示した。

「ああ、ちょっと待ってて。」

 トラックの運転手に迂回路を説明している。

その間にティナは作業現場の少し先にある転居先のマンションを見上げた。この作業がいつまで続くのか分からないけれど、落ち着いたらお弁当でも作ってみようかな。すぐ近くだし。

そのうち、ハボックが戻ってくる。

「すいません。引越し手伝えなくて。」

「あ、大丈夫。この間並べてもらった家具の中に詰めていくだけだから。ジャンこそ、怪我しないようにね。」

「ああ、大丈夫っスよ。」

「…そう?何か疲れてるみたいだから…。」

「疲れてるっちゃあ、疲れてますけどね。平気。ティナに会えたから元気出た。」

「やだ、もう!」

 ばしばしと肩を叩く。相変わらずだなあとハボックが小さく笑った。

「じゃ、何時までも邪魔しちゃ悪いから、行くね。」

「おう。」

 ティナは、手を振ってトラックの助手席に乗り込んだ。タメ口と丁寧語がいまだごっちゃになる彼氏。やっぱり自分が『上司の幼馴染』だから?それとも『4歳年上』だから?

あの時、見送りに来てくれて嬉しかったけど、我に帰ったらあんまり好きじゃなかったとか…?仕事が忙しくなったのをきっかけに別れようと思ってたりして…。

来ちゃまずかったのかな…。

少し前まで『やっと会える』と盛り上がっていた気分が少し下り坂へと向かう。変なの、会えて嬉しいはずなのに…。

 一方、隊員のところへ戻ったハボックは、

「すっごい美人ですね。」

「隊長の彼女ですかー?」

 と冷やかされる。『ああ、まあ。』と照れ笑いを浮かべながらも少し浮かない気分。

 『ロイに聞いた。』何気なく言っていたけど…。連絡…取ってたんだ…。この作業を始めてから自分はほとんど彼女と話をしていないのに…。

 家に居られない自分が悪いのは分かっている。きっと何度も電話をくれたのだろう。それでも連絡が取れないから、何とか状況を知ろうと思ってマスタングのところへ電話をしたのかも知れない。けど、この作業のことを知らなかったということは結局ハボックの話は出なかったということで…。

『電話デートを邪魔された』とか『怪我しないようにね』とか嬉しい言葉はくれたけれど、久しぶりに見たら気持ちが冷めたりしたんじゃないだろうか?

何せ自分は『4歳年下』で彼女の幼馴染はロイ・マスタングだ。国家錬金術師で大佐という地位、金もあり女性に優しい。そういうのを当たり前に見てきた彼女にとって、自分はあまりに頼りがいが無く見えたのかも。

作業現場をびっくりして見ていたティナには後光がさして見えたし、照れたティナは壮絶に可愛らしかった。

結局は、自分に自信が無いのが一番悪いのだというのは分かっているけど…。

 

 

 『昼も夜も休み無く』というマスタングの命令だったが、近所の住人からの苦情で深夜の作業は取りやめとなっているらしい。

 作業を終えたらすぐにここに来ればいいのに…と思わないでもないけれど、隊員を引き連れ一旦司令部へ戻る事になっているらしく、そうなると帰るにはここよりもハボックの自宅の方が近くなる。そのまま司令部の仮眠室へ泊まることも多いらしい。

成程、連絡が取れなかったわけだ。疲れているハボックにそれでも会いに来いとは言いづらい。窓の下の作業現場を見つつティナは溜め息を付いた。

部屋は片付いたし、食材も買い込んだ。今日はお弁当を作って持っていこうかな…と思っているのだが…。行っていいのかな?

昨日、休憩時間を見計らって一度行ってみたけど…。近くの公園でポットに入れて持っていったコーヒーを『おいしい』って飲んでくれたけど…。

しつこい女って思われないかな?女も29歳になると焦るんだな…なんて。…いやまあ、焦ってないことも無いんだけどさ。焦るってのとはちょっと違うか。逃さないぞと気合が入るだけで…って虚しくなってきた…。

とりあえず、窓から離れてキッチンへ戻る。お昼までにはもう少し。弁当を作り、コーヒーを沸かす。

あれだけ高い店で食事をしまくっている幼馴染が『不味い』と言ったことが無いから、そこそこ食べられるものは出来るはず。売られているプロの作る弁当に比べれば見栄えはあまり良くないかも知れないけれど、そこは愛情でカバーってことで…。

とか考えて又虚しくなる。そんなのが通用するのなんて20代前半までだって……。

大き目の買ったばかりの弁当箱に作ったものを詰めていく。タイミング良く落ちたコーヒーもポットに詰めて…。渡せないと気まずいから大きめのバッグに隠すように入れた。

埃と汗まみれになって働いているハボックの前で華美に装うのもTPOに欠ける気がするので、化粧も薄くカジュアルな服装を選ぶ。バッグを肩に掛けて部屋を出た。

昨日、休憩時間をはさんで少し眺めていた様子で分かったことがある。

ハボックは部下に慕われている。

明らかに年上と分かるようなおじさんの部下からも、丁寧に接せられていた。それは階級が上だからというだけではないようだった。隊員の中には女性も居て、恋愛感情は無いのかもしれないけどやっぱり慕われていて…。いっそ、混ざって一緒に作業してやろうかと言いたくなる位には妬いてしまったヤキモチ。

マスタングとはタイプが違うけど、あれも相当いい男の部類でしょう。それに自分で気付いていない辺りが、さらにモテそう。それを繋ぎとめられるだけの魅力が自分にあるだろうか…?

ふうと溜め息を付いたティナは、丁度昼休みに入った現場で目当ての長身に小さく笑って手を振ったのだった。

 

 

「うわお!」

 思わず感嘆の声が上がる。

 2人で近くの公園へ来て、ベンチに並んで座った。

 弁当箱の蓋を開けた途端、色鮮やかな色彩が食欲をそそる。きれいに詰められていて、壊すのがもったいないくらいだ。力仕事なのを考慮してか、肉系のおかずが多くボリュームも満点。

「うまそー。」

「あ…はは、そう?お弁当なんて作ったの学生の頃以来だから、勝手が分からなくて…」

 照れたように笑うティナは、ポットからコップになる蓋にコーヒーを注いでいる。ふわりと香りが漂う。きっと淹れたてだ。

「いただきます。……っすげえ。うめえ。」

 このところ碌なものを食べていなかったせいで、さらにより一層おいしく感じられる。

「良かった。」

 ほっとしたように笑う。

「本当に全部手作りっスか?」

「そうよ?他に誰に作ってもらうの?」

 不思議そうに首を傾げるティナに、実はと食べながら話を続ける。

「前の彼女でやっぱ凄くうまい弁当を作ってくれる子が居て…。」

「ふ…ん?」

「後で分かったんだけど、半分は母親に作ってもらってて後の半分は店で売ってる惣菜だったんだ。」

「………はい?」

 唖然とした表情も可愛い。

「その手があったか!」

「や、俺、ティナの手作りがいいっス。」

「あはは、冗談。しないわよそんなの。」

 絶対に味のバランス崩れるって…と、おかしそうに笑う。

「ティナは?食べないのか?」

「作りながら味見したし…。戻ってから食べるわ。」

「んー。今度は、自分の分も作ってきてください。」

「……?」

「2人で食べた方がうまいし。…あー、大変でなければだけど。」

「…っ、うん。そうする。」

 はにかみながら笑うティナ。とても年上には見えない。幼いというのではなく、素直に感情が表情に出るのが可愛いのだ。

「なあ、ティナ。」

「うん?何?」

「大佐…なんだけど…。」

「ロイ?……って、ああ!」

「何?どうした?」

「引っ越して来たこと言ってないわ。」

「はい?」

「すっかり忘れてたわ!うわー、絶対厭味を言われる。…ね、今日引っ越して来たことにして。今夜、電話するから。」

「あ…うん。…って、忘れてたのか?」

「うん、すっかり。」

「…何で?」

「え…だって、ジャンが目の前で作業してて…そっちに気を取られてて、……ああ、編集部の担当さんにも連絡入れてない!」

 いけない!と叫ぶティナ。この数日、自分のことで頭いっぱいだった?ちょっと嬉しくて、照れ隠しに弁当をほおばる。

「え…と、ロイがどうかした?」

「いや、なんでもない。引っ越したことを言ったのかなって思っただけ。」

「そ?」

 ガツガツと食べるハボックを嬉しそうに見つめるティナ。マスタングと連絡を取っていたのか?とか、やっぱり好きなんじゃ?とか。そんな質問は無意味だと気付く。もう少し自信を持たなきゃ駄目かも。世の中にはロイ・マスタングという男を知っていても尚、ジャン・ハボックを選んでくれる女性も居るのだ。 数は少ないけれど…。

「ティナの仕事の方は?どうなんスか?」

「ああ、うん。コラムは1本上げてきたの。この後は今度出る新刊の校正やって…来月か再来月には出るかなあ。」

「へえ、楽しみだ。…って俺、このごろ読めてないし〜。」

「時間があるときでいいわよ。それとも、犯人教えてあげようか?」

「だから、止めて下さいって!」

「ふふ。その後は…次の話を書き始めなきゃ。雑誌の連載なの。」

「へー。」

「1本自分のペースで書くのとは違うから、どうなるかなあ。」

 少し自信なさ気につぶやく。親と一緒だった今までの生活環境とはガラリと変わる。仕事のペースも今までとは変わるのかも。

「大変だったら、弁当を無理して作らなくてもいいっスよ?」

「…迷惑だった?」

 悲しそうに、視線が下を向く。

「全然!そうじゃなくて、仕事が大変なのに弁当まで頼っちゃいけないかな…って。」

「本当のこと…言って。」

「え?」

「言われないと気付かないから…私。」

「ティナ?」

「ジャンは優しいからさ。『しつこいな』とか『迷惑だな』とか思ってもはっきりと言わない気がするし…。」

「あ…うん、そういうとこ…あるかもしれないけど…。」

「押しに弱いような気もするし…。」

「…そうかも…。けど、ティナは違うから…。弁当うれしいよ。こうやって会えるのも。

…ただ、俺は作家『スカーレット・シャーリー』のファンでもあるからさ。仕事も大事にして欲しいから…。」

「うん、分かったわ。ありがとう。連載が始まるのは、まだ先だから当分大丈夫よ。」

「そっか…。」

「何か、おかずのリクエストある?」

「んーと、そうだなあ。」

 

 

 

 

 

20050605UP
NEXT

 

 

 

別に私は、29歳が崖っぷちだとかそんなことは思っていません。
ただ、ティナがハボックを想いながらわたわたしたら可愛いかなあ…と。
付き合い始めた途端に遠距離恋愛になってしまった二人。
お互いの距離のとり方に苦労してる感じ。

 

 

 

前 へ  目 次  次 へ