被害者の会2
「あれ、エリちゃん?」
「あ、緑のヒーローの人。」
この子にとって自分はそういう認識なのか。
一応ヒーローとは思ってくれているんだ、と出久はくすぐったい気持ちと共に苦笑する。
「どうしたんですか?オールマイト?」
傍についているオールマイトに聞く。
「うん、気分転換もかねて雄英を見学しに来たんだよ。」
あの作戦から半年がたっていた。
保護された彼女は、きちんとした施設で教育やケアを受けていると聞いていた。
確かに半年前よりも幾分ふっくらしたようだし、当時包帯だらけだった身体の傷も消えたようだった。
清潔でかわいらしいワンピースを着て、にっこりと明るい表情を浮かべている。
助けられて良かった。
心の底からそう思う。
「ねえ、お兄ちゃんは?」
「ああ、爆豪少年か。…彼は今どこかな。」
「ああ、かっちゃんは…っていうかA組は移動教室だったので、もうそろそろ戻ってくるかと…。」
自分や飯田、轟、麗日たちは授業終了後すぐに戻って来たのだが。
『全然分かんねー!』と叫んだ上鳴たちに文句を言いがらも少し解説をして、それから戻ってくるだろうと思われた。
『お兄ちゃん…か。』
あの作戦の時。
勝己はなぜか大怪我をしてエリと一緒に救出された。
自分たちが参加していた作戦については説明を受けていたが、そのすぐ近くで動いていた別動隊に関しては何も聞かされてはいなかった。
だから、なぜ二人が一緒に居たのか?なぜ勝己が大怪我をしていたのかは全く分からなかったし、勝己も何も言わなかった。
オールマイトや担任の相澤は事情を知らされたらしいが、生徒には教えてくれなかった。
こんな時やはり自分はまだ学生で、あくまで『仮免』の身なのだなあと痛感する。
「あ、お兄ちゃん!」
エリが大声で呼び、廊下の向こうから近づいてくる勝己に駆け寄っていった。
『久しぶり!』『おう、元気にしてたか?』そんな微笑ましいやり取りがされるものだと思っていた出久は、エリが駆け寄った勢いのままに勝己のお腹のあたりに抱き付き「うわああああああん。」と大声を上げて泣き出したのに仰天した。
その時廊下にいた生徒たちもぎょっとして振り返ったし、オールマイトも驚いているようで唖然と見ている。
勝己も一瞬驚いたようだが、すぐにエリの頭をがしがしとなぜた。
「ど…どうしたの?」
出久とオールマイトが小走りで駆け寄るが、エリに泣き止む様子はない。
しがみ付く腕を外し、勝己が腰を落としてエリの顔をのぞきこんだ。
「気ィすんだか?」
「っっう。まっ、まだ。」
そういってエリは今度は勝己の首に腕を回してしがみ付き、再びうわあんと泣き続けた。
勝己は手に持っていた教科書や筆記用具を隣で唖然と見ていた切島に押し付けると、エリを抱いて立ち上がった。
「オールマイト、…どっか場所ねえ?」
「あ、ああ、応接室に。」
そういって立ち去る姿を見送る。
「何か、あの二人、本当の兄妹みたいやね。」
傍で見ていた麗日が小さく呟いた。
午後はヒーロー基礎学の授業だ。
A組メンバーが着替えていると、勝己が更衣室に駆け込んできた。
「おう、間に合ったか。」
「ギリギリだぜ。急げよ。」
「わーってる!」
急いでヒーロースーツに着替える勝己には悪いが、やはり気になる。
「エリちゃんは?」
「散々泣いて飯食ったら眠くなったらしい。リカバリーガールんとこで寝てる。」
「そっか。」
「爆豪は飯食えたんか?」
「ああ、まあ、オールマイトが差し入れてくれたから。」
そうやって会話を交わしながらも勝己は手早く着替えていく。
出久たちより数か月遅れで、勝己と轟も無事仮免を取得することができた。
そのころから、勝己は大分落ち着いたように見える。
元来の口の悪さや気の短さは健在だが、以前より会話が普通に成り立つようになった。
仮免の補講を共に受けていた間に何かしら思うことがあったのか、轟相手でもむやみに突っかかることも少なくなった。
「エリちゃん。笑ってたんだよ?どうして急に泣き出したのかな?」
出久がそういうと、勝己が呆れたように見返してきた。
「な、何?」
「まあ、お前には分かんねェかもな。」
「っ。」
「慕ってる爆豪の顔を見て安心したんだろ。」
轟が言う。
「安心…。」
それでは普段は安心していないみたいじゃないか。
きちんとしたところで保護されているはずなのに…。
「おい、時間ヤベえぞ。」
切島の声で、全員慌てて更衣室を飛び出した。
授業の後。
連絡事項のみのHRが終わり、相澤が勝己を呼んだ。
エリのことだというのは全員が分かった。
「先ほどの応接室へ。」
「分かった。」
「あ、あの!」
出久が手を挙げた。
「僕も言っていいですか?」
「あ、俺も行きたい!」
「私も!」
切島や麗日、蛙吹など、半年前の作戦に係わったメンバーが手を上げた。
少し考える風だった相澤だが、首を横に振った。
「今は遠慮しておけ。どうしても会いたいのなら、彼女が落ち着いたら時間を作る。」
「…分かりました。」
そうはっきり言われてしまえば、強くは出られ無かった。
勝己と相澤が教室から出て行った。
「…何で爆豪君なんだろうね。」
麗日が首を傾げる。
「…うん。」
「あの作戦の日、何があったんだろう。」
二人が囚われていたのは、出久たちがターゲットとして作戦を遂行したのとは違う組織のようだった。
主要メンバーには逃げられたらしいが、何人もの構成員を捕えられたと聞いた。
ヒーローたちの動きが活発だからとエリはそちらへ移されていたようだ。
つまり組織はそちらの方の情報は洩れていないと思っていたという事だ。
…なのに、そこで勝己は囚われ怪我をさせられていた。
多分暴行を受けたのだろう。
そこで救出されるまでの時間、二人は共に過ごしたのだ。
どんな話をしたのか?
救出された時にはすでにエリは勝己を『お兄ちゃん』と呼び、頼っているように見えた。
担架で運ばれる勝己の手を、離れたくないとばかりにしっかり握っていた。
初めて彼女を見つけたのは自分だ。
ずっと救いたいと思ったし、救えてほっとした。
そんな自分ではなくなぜ彼なのか?いや、自分でないことはどうでもいい。自分はまだ力不足で頼りないヒヨッ子だ。実際に助け出したのも他のベテランヒーロー達だ。
けど、彼女の心を救ったのは勝己なのだ。
当時は仮免すら持っていなかった勝己に出来て、自分にもプロヒーロー達にも出来なかったこと。それは何だ?
心の中でモヤモヤと考えながらも寮に戻り、今日の授業についてなどをクラスメイト達と話していると、相澤が寮にやってきた。
「エリちゃんが今夜ここに泊まることになった。」
「え?」
「どうしても爆豪のそばを離れたくないらしい。なだめたり説得したりしているうちに時間も遅くなった。今から施設に返すより今夜は寮に泊めた方が安全だろうという事になった。」
「ここに泊める…って。」
「夕食は一人分増やすよう頼んである。風呂は女子の方で一緒に入ってやってくれ。着替えは今調達してる。夜は爆豪の部屋に泊める。」
「はあ?男女が一緒の部屋とか良いのかよ!」
峰田が大声を上げる。
「お前はあんな幼い少女相手に邪な気持ちになるのか。」
「う、ならねえけどよう…。何で爆豪ばかりがモテるんだよ。」
「そんなのは彼女に聞け。」
そういいつつも相澤はその理由が分かっているように見えた。
しばらくして、勝己とエリそしてオールマイトがやって来た。
エリは勝己の手をしっかり握り、オールマイトと何か話しながら歩いてきた。
ああ、良かった、笑ってる。
『ガリガリのおじさん』エリにそう呼ばれるたびに若干複雑な表情をしながらも、オールマイトもニコニコしながらエリと話している。
その横では勝己が相変わらずきつめの表情でエリから時々笑いかけられ『おう』とか『ああ』とか返している。
あれで何で……。
見ていた者はみんなそう思っただろう。
エリを寮まで届けると、オールマイトも相澤も戻って行った。
共有スペースのソファにエリを座らせ、主に女子がジュースを飲ませてやったり話し相手になってやったりしている間に、勝己は自室へ戻り私服に着替えてきた。
手には明日提出の課題がある。
エリがいるから今日はこちらで課題をこなすという事か。
すると、普段は勝己の部屋へ押しかけているらしい切島、上鳴、瀬呂も課題を持ってやってきた。
「エリちゃん悪いな。俺らこれから少し勉強すっから。」
「お勉強?」
「そ。」
そういって女子と替わって席に着く。
「エリちゃん。こちらでお話ししてましょうか?」
「ううん、お兄ちゃんのそばにいる。」
「けど…。」
課題の邪魔になってしまうのでは…。八百万が口ごもるが。
「構わねえよ。」
と勝己が言い、エリは嬉しそうに笑った。
「あのね!」
そういって施設でどんな勉強をしているのかとか、習ったばかりの漢字やことわざの話をし始めた。
それでも勝己の手は止まらず、課題をこなしているようだ。
ああ、これは聞いているふりして聞いてないな。と皆が思ったとき。
「ばっか、お前それ違うぞ。」
「ええ?」
「間違いやすいんだ。正しくはこう。」
そういって自分のノートの一番後ろのページをピリリと破くと、何か書き始めた。
「この漢字は分かるか?」
「うん、この間習った。」
そんな言葉を交わしながら、あれこれと話している。
…聞いてたんかい。と思いつつも、まあ小学生レベルの話だしねえ。と見ていると、今度は切島が。
「爆豪、これ分かんねえ。」
とノートを差し出した。
「これは今日授業でやったろうが、教科書貸せ。このページのこの公式を使うんだ。」
「お、やってみる。」
「ねー、この英文の和訳、これで合ってんの?」
上鳴のノートを逆さのまま見て一言。
「却下。」
「却下されたー!」
上鳴はがしがしと消しゴムで自分が書いた和訳を消している。
そうやって人のノートを見つつも自分の課題をガンガン解いていく。
と、パタリとノートを閉じて別のノートを開いた。
「クソ、数学が終わっちまった。エリちゃん。」
「なあに?」
「このお兄ちゃんにどんどん話しかけろ。大して変わんねえかも知んねえけど少しは時間稼ぎになんだろ。」
「お話して良いの?」
「良いぞー。このお兄ちゃんは自分が勉強している間しか教えてくれねえんだ。」
「だから、時間稼ぎをー!」
そんな話をしている間にも、勝己は流れるように教科書の英文を写し、その下に和訳を書いていく。
「よし、出来た。答え見てくれよ。」
瀬呂が数学のノートを差し出した。
ペラリとめくりつつ。
「問6が違ェ。後、最後の問題は答えは合ってっけど、もっと簡単な解き方がある。」
「え、マジ?」
「この解き方のほうが分かりやすいんなら、これでも間違いじゃねえ。」
「や、簡単な方教えて!」
そういう瀬呂に解説をしてやる。
「へーかっちゃん、ちゃんと途中式も書いているんだ。」
後ろから覗き込んだ出久が言う。
「うっせえぞ、デク。」
「中学の時かっちゃんが途中式書かなかったから、問題文に『途中の式も書きなさい』って付け足されたんだよね。」
「え、式書かないって…?」
「答えだけ書いてたんだよ。」
「カンニング?」
「アホか、ちゃんと計算してたわ!」
「暗算だったんだよね。」
中学の問題で暗算で解ける問題がいくつあったろう。
一瞬みんなが遠い目になる。
「手前らはもう終わってんか?課題。」
「ヤベ、俺まだ!」
「私も!」
慌てて皆が散っていく。
「僕今日まぜてもらっていい?ノート取ってくる。」
出久が返事も聞かずに走り出した。
「あ、俺も!」
「私も混ぜて!…ってか、バクゴー教えて!」
「急げ芦戸!後1科目しか残ってねえ!」
勝己はパタリと英語のノートを閉じた。
「わー待って爆豪、和訳OK?」
「却下つってんだろ。これとこれとこの単語ちゃんと意味調べろや。」
「くう。」
「できた、見てくれ爆豪。」
「おー、合ってる。」
「よっしゃ!次の問題は?」
「同じやり方。数字が違うだけだ。」
「よし。」
「エリも、エリも勉強したーい。」
「算数は今何やってるんだ?」
「2ケタの足し算と引き算。」
「じゃ、3ケタやってみろ。」
先ほど破ったノートの裏に問題を書いてやる。
「うん、これを縦にするんだよね。」
「そうだ。ケタちゃんと合わせろよ。」
「うん。」
勝己から1本シャーペンを借りて、一生懸命に解く。
そのうちに出久が戻ってきて、『ここ入れて』とエリと反対側の勝己の隣に座る。
「狭ェ!」
「いいじゃん。」
芦戸も駆け込んできた。
「ヘルプ!バクゴー!」
他にも数名集まってきた。
少し離れた別のテーブルでは飯田、八百万、轟、麗日、耳郎たちが集まって課題をこなしていた。
「爆豪君、あれもこれもいっぺんで頭混乱しないのかな。」
「俺は以前も見たぞ。」
と飯田が言う。
「何を?」
「爆豪君が切島君たちとあれこれ言い合っていたときに、手元で何か書いていたんだ。何を書いているのかと思ったらその日の実習のレポートだった。」
「ふうん?」
「話しながらだから、適当に書いているのかと思い見せてもらったんだ。」
「見せてくれたの?爆豪君が?」
「ああ、半ばキレていたけどな。見たらきちんと考察してあり問題点や今後の課題もきちんと纏められていて、素晴らしいレポートだった。」
「こう言ったら、飯田君や八百万さんに申し訳ないけど、何で爆豪君3位なんだろう。」
「それなら、知ってるぞ。」
と轟が言う。
「以前用事があって職員室に行ったときに、先生方が話していた。
国語とかで自分の意見を書く問いがあったりするだろう。あれが『前衛的』なんだそうだ。」
「前衛的?」
「例文を踏まえての意見になってるし理路整然としているから、問いに対する答えとしては正解なんだけど、意見の内容が…なんて言うか…つまりあまりにも『爆豪らしい』んだそうだ。」
「…ははあ。」
「で、〇にするかヒーローを目指す者の意見としてはどうかってことで何点か減点すべきなのかってのを議論していた。」
「3位…ってことは減点されたのかな?」
「多分。その時先生方もマークシート方式のテストなら満点だろうって言ってたから。」
「ふええ。…あ、そういえば私、デク君に聞いたことがある。爆豪君がデク君のあだ名言い始めたの幼稚園の時なんだって。」
「小さいころから爆豪君は爆豪君だったんだな。」
「デク君ほら名前の字が出るに久しいでしょ、それがデクって読めるって。」
「幼稚園で漢字?」
「うん。身近な人の名前とか地元の地名とか、看板とかでよく見るものとかは読めたし、書けたらしいよ。個性が出たころって言ってたから3歳とか4歳とかだよね。」
「…やあねえ。才能マン。」
耳郎が苦笑する。
「爆豪さんの話はここまでにして、私たちも課題を終わらせましょう。」
「そうだな。」
一方勝己の方は課題をほぼ終わらせていた。
ヒーロー基礎学のレポートをサラサラと書いていく。
その時、ふと気づいたようにエリを見た。
「エリ。」
「なあに?」
「お前…細せえな。」
「え?」
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