「あんた達、バッカじゃないの?」

 小ぶりの花束と3つの大きな紙袋を持って俺と大佐が入院している病室へ入ってきたのはジュディ・マスタング。

 国軍大佐にして焔の錬金術師、ロイ・マスタングの溺愛する妹であり。

 現代の歌姫と言われている美人アイドル歌手『ジュディ・M』であり。

 何故か随分と前からの、俺の『おともだち』だった。

 

 

 

ここにいるよ。

 

 

 

 そもそも、俺ジャン・ハボックが初めてジュディ・マスタングを生で見たのは。

 信じられないことにイシュヴァールの内戦のさなかだった。

 長引き混迷を極める戦況に、兵士達は心身共に疲れ果てていた。

 精神に異常を来たし戦線を離脱する者も相次ぐようになり、軍の上層部もさすがにこれではいかんと対策を講じることを余儀なくされた。

 そして、出された案というのが歌手や芸人による慰問だった。

 ただここで一つの問題が生じる。

 完全に市街戦となっているイシュヴァールのどこで慰問を行うのかと言う問題だった。

 ゲリラ的に襲ってくるイシュヴァール人。

 どこからが安全区域かは物凄く曖昧だった。

 作戦本部すら安全とは言いがたい。

 かといって前線から遠い場所に設定してしまったら、見るために兵士を大移動させねばならず、隙間だらけの最前線が奇襲に遭うだろう事は容易に想像できた。

 ここはひとつ芸人のほうに多少無理してでも前線間近まで来てもらうしかない。となったのだが、そうなると芸人のほうが難色を示す。

そりゃそうだろう。軍人でもないのに、誰が命を張ってまで最前線へ行きたいものか。

 それでも中には承知して、この地までやってきたツワモノも何人かいた。

けれど、ここに長くいる兵士はとうに感覚が麻痺して分からなくなっていたが。

 蛋白質やその他様々なものが焼け焦げる匂い。煙や硝煙の匂い。

 散発的に何かが爆発する音。どうしても不衛生になるため汗や垢が饐えた匂いなどで。

 役目を果たせずに早々に逃げ帰るものが相次いだ。

「ハボック。又、来るらしいぜ。」

「へー、懲りねーなあ。お偉いさんも。」

 もう何度逃げられた話を聞いただろう。

「今度は女の子らしい。」

「マジかよ。無理だろ。」

「すぐ逃げ出すほうに支給品の石鹸1個。」

「俺は煙草1箱。…って賭けになんねーじゃん。」

 わははっ、と笑い合う。

 士官学校で卒業間近だった俺。卒業を待たずして人員不足を理由に動員されて来た。

 ここへ来て数ヶ月。

 正式な兵士ではないため仕事はほとんど後方任務。死体を見慣れたくらいで、まだそれほど精神的にどうこういうのはない。友人と軽口を叩く余裕もあった。

 最前線では錬金術師が連日死闘を繰り広げているという話だが、実際に見たことはない。

 ただ1度だけ、作戦終了後の後処理に行ったときに、戦場に立つ1人の男を見た。

「あ、あれが焔の錬金術師ロイ・マスタング少佐だぜ。」

「へえ。」

 名前だけは知っていた。

顔は見えなかったが、その戦績は凄まじいのに思ったより小柄なのが印象に残った。

 夕闇が迫る丘で、一体何を見ていたのか?

 暫くして呼びに来たもう一人の兵士と帰っていった…。

 

 そして、慰問コンサートの当日。

 女の子はちゃんとこの場まで来たらしい。

 先日笑い会った友人と、賭けはチャラにするか、互いにかけたものを交換するかと言い合っているときにまた一人仲間がやってくる。

「おい、来たのは『ジュディ・M』だってよ。」

「えっ!」

「確かまだ、11歳とか12歳とか。とにかく子供じゃねーか。」

「訳も分からず連れて来られたんじゃねえ?」

「可哀想になあ、今頃ガタガタ震えてたりして。」

「なあなあ。ちょいと見に行ってみねー?」

「え゙っ、大丈夫かよ。」

「いや。見つかったらヤバイだろうけどさ。」

 そこいらへんはまだ学生気分が抜けていなかったのだろう。

 ちょっとした悪戯感覚で話は進んでいった。

 幸いこの日は、コンサートの為に当直の兵士以外は装備を解かないのを条件に休みが言い渡されていて、軍全体がお祭りムードだった。

 『あっちの方のテントらしい』と言う実に不確かな情報の元。

 俺達3人はこそこそと作戦本部のあるテント街(上官たちの使うテント群の事を皆そう呼んでいた)の間をすり抜ける。

 そして。恐らくこそこそとしたその態度が良くなかったのだろう。

 程なくして護衛官に見つかってしまった。

「こらっ、誰だ!」

「うわっ。」

「やっべ!」

 学生の頃とは違い、つかまったら処分は免れないだろう。

 3人別々の方向へ脱兎のごとく逃げ出した。

『どうするよっ!?』

 内心焦りまくりながら、俺は手近の人気の無い大型のテントの中へと幕を捲り上げて滑り込んだ。

 多分備品置き場のようなものだろうと(そうであって欲しいと)あたりをつけたつもりだったが。中は案外整然としていて、明かりも付いている。

 まずったか…と恐る恐る視線を上げると、細い綺麗な足が見えた。

 ………?

 そしてそのまま視線を上げていくと、かわいらしい女の子が居た。

「ジュ、『ジュディ・M』っ!?」

 泣いているかも知れないはずだった女の子は、面白そうに瞳を煌かせてこちらを見ていた。

 黒いセミロングの髪に黒い瞳。白い肌とのコントラストが恐ろしく綺麗で。

 手足もすっきりと伸びていて、同じ年齢の子供と比べたら随分スラリとした印象だ。

 驚きのあまり座り込んだまま立ち上がれない俺の前まで来ると、視線を合わすようにしゃがみこんだ。

「こんにちは。」

「あ…ども。」

「目が青いのね。アイスブルー?狼みたいね。」

 俺の顔を覗き込んでにっこりと笑ったその顔の可愛いこと!そして、声の綺麗なこと!

「狼…っスか?」

「うん。」

 以前、彼女とかに『空の色ね』なんていわれたことはあったけど、狼などといわれたのは初めてだった。

 ポンポンと頭をなぜられる。

 砂埃や汗にまみれていて、ちっとも綺麗じゃないだろうに。そんなことは気にもしていないようだった。

「それで?ゴールデン・ウルフ曹長は、何のご用でこちらへいらしたの?」

 階級については肩の階級章を見たのだろう。一瞥で分かるということは相当詳しいのか?あるいはここへ来るから勉強してきたのかもしれない。

「ゴールデン・ウルフ…って。…あ、ああ。失礼しました。ジャン・ハボック曹長です。」

「よろしく。」

 右手を差し出される。

 慌てて服で手を拭って握り返すと、立てというようにジュディが立ち上がったので、つられるように俺も立ち上がった。

「い、いえね。『ジュディ・M』さんを一目見たいと思いまして…。」

「あら。」

 楽しそうに笑う。

「私のファンでもないのに?」

「え?」

「ファンの人だったら、そんなに平然としてないと思うのね。…今までの経験上。」

 ヤベぇ、鋭過ぎる。本当に子供か?

「あ…はははッ…。」

 力なく笑うと、ジュディがそのまま体を寄せてきた。

「えッ?」

 心臓がドキリと跳ねた。

 長身の俺の腹より少し上位の所に顔があった。

「ああ、やっぱり。煙草の匂いだわ。」

 顔を寄せたのは匂いを確かめるため?

「さっきまで、吸ってたから。…臭いですか?」

「あんまり、ね。好きじゃないのよ。……ただ…。この辺りでする他の匂いよりはずっといいかなあ…って…。」

 ………。

 ほんの子供だけど。この子はちゃんと分かっている。ここが『戦場』だということを知っている。

 そして、きちんと覚悟を決めてここへ来ている。決して、訳も分からずに連れて来られたのではない。

「実は仲間同士で賭けをしてまして…。 会えたから俺の勝ちっスね。」

 半分本当で半分嘘。

 まさか『来るか来ないか』で賭けていたなんて、この少女に言える訳がなかった。

 あまりにも失礼すぎる。

「何を賭けてたの?」

「俺は煙草を。仲間は石鹸を。」

 まあ、と言うように瞳が見開かれた。

「…ナイショなんだけど…。」

「はい?」

 人差し指を唇の前に立ててにこりと笑う。

「…ああ。どうぞ、こちらに座って。」

「あ、すんません。」

 パイプ椅子を勧められる。ジュディも隣の椅子に座り簡易テーブルの上に置かれた大きな黒いバッグを引き寄せた。

「実はね。知っている人が居るの。」

「ここに…ですか?」

「そう。会えるかどうか分からないけど、渡せればいいなあと思って。衣装の間に隠していろいろ持ってきちゃったの。」

「は?……イロイロ?」

「マズイ?やっぱ。ナイショよ。」

「ああ、はい。」

 悪戯が見つかった子供のような表情になる。…って子供、なんだよなあ。とぼんやり思う。

「これ、あげる。」

 バックから取り出したのは、1カートンの煙草。

「うおっ!」

「お友達にはこれね。」

 石鹸3個パック。

「うわー、スゲエ。」

 まるで魔法のバッグみたいですね。と言ったら、くすぐったそうに笑った。

『実はまだまだ、いろんなものが入っているのよ。』と、言って。

 

 

 

 

 

 

20060713UP
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新連載スタートです。
ジュディは大人の中で育っているので、口調が子供らしくないですが。発想は時々子供。
そんなギャップをお楽しみ下さい。
ハボも原作よりも若い感じで。
感想をお寄せ下さい。
(06,07,18)

 

 

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