ここにいるよ。2

 少し二人で和気藹々と話をして。

 さて、どうやって外へ出るかなあと考え始めた頃。入口の方が騒がしくなった。

『うわっ、ヤベエか?』

 内心焦っていると『失礼しますよ〜』と声がして、入口の幕がひょいと持ち上げられ、仕官が一人入ってきた。階級は大尉。

 慌てて椅子を立ち、直立不動の姿勢をとる。

「お…おい!?誰だ!お前!?」

「自分は…。」

「あのね。ヒューズさん。」

 ジュディがにーっこりと笑う。

「お友達のゴールデン・ウルフ曹長。」

「…ゴールデン……ウルフぅ?」

「ジャン・ハボック曹長であります。」

「あ、…そうだっけ。」

「…って、お嬢?お友達?」

「はい。おともだち。さっき、握手しておともだちになりました。」

「さ…さっきぃ? まさか……さっきから外がバタバタしてたのは、お前か。」

「すみません。」

「はあ…。」

 と大尉は大きな溜め息を付いた。

「あのね。お嬢。俺は一応君の護衛なの。今日一日君を守らにゃいかんの。分かる?」

「はい。」

「勝手にお友達増やしてる場合じゃないだろう?」

「でもお。」

「でもじゃない。……って、それ何!?煙草?石鹸?」

「あ、私があげたの。ヒューズさんにもあるよ。」

 煙草をもう1カートン出す。

「うわあ。何、持ち込んでるんだよ。」

「あ、やっぱりマズかった?」

「当たり前でしょう!もう。」

 それでも、本気で咎めるつもりは無いらしい。口調が笑っている。

 ジュディも芝居っ気たっぷりに返した。

「そっかあ。グレイシアからヒューズさんに手紙を預かって来てるんだけど…。そうよね、いけないわよね。持って帰るわ。ごめんなさい。」

「お嬢!!いとしのグレイシアから手紙!?」

「そうよ。…でもいけないのよね。」

「目を瞑る!!手紙頂戴!」

 途端に拝み倒さんばかりの変貌振りに思わず苦笑がもれる。

「笑ってんじゃねーよ、狼。……ってか、わんこ。」

「わ…わんこ…っスか?」

「どうしてくれよう。お前。」

「う…。」

 やっぱ、まずいよなあこの状況。思わず溜め息が漏れる。

「ヒューズさん。今のうちに手紙の返事を書いてくれるなら、届けてあげられるけど?」

「お嬢、本当!?」

「うん。」

「分かった、書いてくる!ちょっと待ってて。…おい、わんこ。」

「あ゙ー、自分っスね。」

「そうだ。その間、お前護衛な。」

「へ?」

「要人警護の経験は?」

「実践はありません。授業でしか…。」

「何だよ、ペーペーかよ。じゃ、これを実践だと思って心してかかれ。」

「はあ。」

「『はあ』じゃねー、返事は。」

「了解しました。」

 俺が敬礼をすると、大尉は慌ただしく出て行った。

「い……いいのかな…?」

「いいんじゃない?」

「何か、助けてもらったみたいで…。」

「ふふ、いいの。おともだちだし。」

「お…ともだち…。」

「ダメ、かな。」

 悲しそうに表情が曇る。

「いやっ、そんなこと無いっス。ともだち…っスね。」

「うん。ともだち。」

「じゃ、改めて。」

 と、俺が右手を差し出すと。ジュディは嬉しそうに握手をして来て、握った手を上下にぶんぶんと大きく振った。

 

 

「ところで、大尉と知り合いなの?」

「ああ、うん。えーと、…ナイショなんだけどー。」

「又、ナイショ?」

「うん、そ。ミステリアスな女性を目指してるの。」

 ふふふ。ははは。と笑い合う。

「あのね。兄が…いるの。ヒューズさんは兄の友人なの。」

「へー。お兄さんも、ここへ?」

「うん。」

「そっか。」

「…せめて、生きてるって言うのが分かれば…って、思って。たまにね、手紙は来るの。確かに兄の字なんだけど…。……もう、ずっと会ってない。」

 そうか、お兄さんが生きているということを実感したいんだ。

「会えるといいな。」

「うん。…会場の一番隅っこにいても、きっと見つける。」

 しかし、さっきの大尉が友人だというのなら。何とかこっそりにでも会わせる訳には行かないのだろうか?

 …何か、差しさわりでもあるのかな?

 ああ、けど。誰かは分からないけど、『ジュディ・M』の実兄だということが分かれば注目はされるだろうな。

「……クスクスクス。良いよ、煙草吸っても。」

 ジュディに笑われる。

「あ゙。」

 目が灰皿を探しているのが分かったのだろうか。

「今日一緒に来てるマネージャーが煙草を吸う人だから…、灰皿がその辺に…あ、ほら有った。」

「ありがとう。」

煙草に火を付ける。すっと一口吸い込んで。

「…で、そのマネージャーさんは?」

「偉い人に挨拶に行ってる。そのうち、帰ってくるんじゃないかな。」

「そ……っスか。…ところで、さっき大尉が『お嬢』って呼んでましたよね。」

「別にお嬢様…ってわけじゃ無いのよ、私。でもヒューズさんはそう呼ぶの。何でかなあ?」

「んー。美人だからじゃないっスか。」

「何?それ。」

 おかしそうに笑ってる。

「その呼び方、嫌い?」

「別に。」

「じゃ、俺もそう呼ぼう。ジュディ…って呼び捨てにするのもおこがましい気がするし。『ジュディ・M』は芸名だろうし。」

「…本名…知りたい?」

 幾分複雑な表情で聞いてくる。

「ん……、ここから戻れたら?」

 何か事情がありそうなので、そう言うと。

「うん!戻ってきて!絶対よ!セントラルで待ってるから!」

 と、必死な顔で言う。

 そっか。ジュディはこれからずっとここにいるわけじゃなくて、コンサートが終わったらセントラルへ帰るんだ。

 もう一度会おうと思ったら、俺がこの戦場から生きて帰るしかないのだ。

「ん、帰るよ。」

 初めて、この戦場を怖いと思った。

 自分の目の前の地面には一本線が引かれていて。

 今、俺は生きているけれど。その線を一歩踏み越えてしまったら、そこには死が待っている。………そんな場所なのだ、ここは。

「えーと。私は…何て呼ぼうかなー。」

 ふと気付けば、ジュディも首を傾げて考え込んでいた。

「あー、わんこは止めてね。」

「わんこじゃなくて、狼なのにねー。」

 不満そうに言う。

「何で、狼?」

「え?知らないの?狼の目ってそんな感じのアイスブルーなんだよ。」

「本当?」

「うん。小さいころ住んでた家の裏が大きな森で、時々狼を近くで見たもの。」

「………野生の?」

「勿論。」

「へ…平気だったんスか?」

「うん。…何か、私好かれてたらしいの…はは。」

「へ…へー。」

「あ、呼び方呼び方。…んー、ジャン・ハボック?」

「はい。」

「んー、ジャン君。…そのままね……。ハボ……ハボリン。」

「ぶっ。」

「ハボピョン。」

「何です?その、ピョン…って。」

「ハボっち。」

「それもちょっと…。」

「ハボハボ。」

「『ジャン君』でお願いします。」

「えー、普通だよー。」

「普通で良いです!…ってか、普通が良いです!」

 うーん。と暫くうなっていたけれど、自分なりにしっくりする呼び方が見つけられなかったらしい。(ほっ。)結局。

「うん。『ジャン君』ね。」

 と、決まった。

「ジャン君、ジャン君。」

「何スかー?」

 確かめるように嬉しそうに何度も呼ぶ。

 可愛いなあと思いながら見ていると、じっと俺の顔を覗き込んだ後頬にそっと指が伸びてきた。

 ドキリと又、心臓が鳴った。

 

 

 

 

 

 

20060718UP
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ヒューズ氏登場。
そして憧れの(?)『わんこ』呼ばわり。
裏設定を一つ。
グレイシアは元々ロイと大学で知り合いでした。その後、ロイの紹介でヒューズ氏と出会います。
ジュディにとっては兄以外で始めて親しく接してくれた人。
そして、ピアノを教えてくれた人でもあります。
そして、もう一つ。
ジュディとロイが兄妹であることは秘密なので、ジュディは本名を名乗れません。
(06、07、25)

 

 

 

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