ここにいるよ。3

「逆パンダになってる…?」

「あ、目立つ?」

「ううん。今気付いたくらい。色素薄いもんね。」

「そーなんスよ。日差しが強いときついんだよね。肌はいいんだけど、目が…。」

 外で駆けずり回って遊ぶ子供だったから肌の方は多少の日焼けは大丈夫なのだが。強い日差しに目は弱いのだ。下手したら、失明する可能性もある。

 俺のように目の色の薄い者はサングラスを支給されているのだが。先日壊れてしまったのだ。

「ほら、ガラスにヒビが入っちゃってるだろ。」

「あ、本当だ。」

 一応補給係の方に頼んではあるが、いつ支給されるかはさっぱり分からない。

「無いと困るでしょう?」

「どうしても目が痛い時はこのままかけちゃってるけどね。」

 ジュディはそのサングラスを自分でかけてみている。

「あ、フレームも曲がっちゃってる?」

「最悪っしょ?」

「あーもー、出血大サービス。サングラスもあげちゃう。」

「へ?」

 歪んでいる俺のサングラスを掛けたまま、黒い魔法のバッグの中を漁る。

「はい。」

「や、いいっスよ。」

 出てきたのはブランド物のサングラス。さすがに貰えないだろう。

「あ、気にしないで。私もこれ、貰い物だから。」

「え?」

「メーカーの人が持ってきたの。サイズなんか気にしないで、見た目で気に入ったのを貰ったんだけど。私には大きくて…。ほら。」

 壊れたサングラスを外し、そちらをかける。すると、ずるっと下に下がり鼻の先にかろうじて引っかかっている感じだ。

 子供が背伸びをして大人の真似をしているようで、実に可愛いのだけど使いづらいことは間違いない。

「ジャン君なら、きっと似合うよー。」

「や、でも。そんな高いもの…。」

「だから、貰い物だってばー。それに、これならもしも割れても惜しくないと思って持ってきたんだもの。へへ。」

 はい。とかけてくれる。

「ほら、カッコいい。」

「や、本当に…貰えないっスよ。」

 と、そこへ。大尉が戻ってきた。

「うわ、お前ら何してんだ!」

「「え?」」

 俺にサングラスをかけようとしていたジュディは、座った俺の膝の間に立っていて。拒もうそしていた俺の手はジュディの両腕を掴んでいた。

 慌てて、その手を離した。

「ジャン・ハボック曹長!その子に手を出したら犯罪だぞ?」

 まだ12歳だ、ロリコン男!と続けられて(表情で思いっきり冗談だと分かったけど)勘弁して下さい。とがっくり肩を落とした。

 

 

「あー、サングラス?壊れたのか。」

「下手したら見えなくなっちゃうんだって。これ、直せないかなあ?」

「新しいのやったんなら、それでいいんじゃないの?」

「そうだけどさ、又いつ壊れちゃうか分からないもの。予備があったほうがいいんじゃない?ヒューズさんだって眼鏡幾つも持ってきてるんでしょう?」

「まあなー。けど、この間俺の眼鏡もヒビが入ったから直してくれっつったら、散々あーでもないこーでもないと文句を言われたぞ?結局直しちゃくれたが。」

「私から…って頼んどいて?」

「それなら、即OKかな。」

 現金な奴だからな。と笑う。

「あの、直す……って……何の話……?」

「ここにゃ沢山いるだろう。国家錬金術師様方が。」

「え?直せるんですか?」

「出来るが、文句も言われる。…まあ、士官学校で1・2位を争うスナイパーの目ェ潰すわけにゃ行かないから、ちょっと頼んでくる。」

「え?」

「ジャン君?そうなの?凄ーい。」

「や、その。」

「ペーペーだけど、将来有望ってとこかな。今度こそすぐ戻る。」

 そう言って大尉は出て行った。

 俺の事、調べてたのか。いい加減そうに見えて、案外そうでもないのかも。…と内心かなり失礼なことを考えていると。ジュディが感心したように笑った。

「凄いんだね。ジャン君。」

「や、元々身体動かすのは好きだったから、実技は全般的に得意だったんだ。…ただ、あくまで士官学校の授業の中でだから…。

実際にこういう戦場で、自分がどれだけのことが出来るのかは分からないけどね。」

「そう。…良いことか悪いことかは分からないけど。…多分ジャン君すぐに移動になると思うわ。」

「へ?何で?」

「ヒューズさん、気に入った見たいだもの。もうちょっと活躍できるところ…って危険だよねきっと。でもそういうところに移動になると思う。」

「…って、あの人大尉だろ?そんな人事権…。」

「うん、持ってない。…けど、あの人も…なんていうか…。裏に手を回して、ホイホイって。勿論何でも出来る訳じゃないけど、使えそうな下士官推薦して移動…くらいは2・3日でやっちゃうと思う。」

「………。マジ?」

 

 

 ジュディのコンサートはとても素晴らしかった。

 会場に詰めかけた軍人達は皆涙した。

 こんな会場で健気に歌う彼女に、故郷に残してきた者を思い出したのだろう。

 妻、子、孫、恋人、親、友人、……そして、妹。

『セントラルで、待っています。』

 その言葉でコンサートを締めくくったジュディ。

 それは勿論、最愛の兄に贈った言葉であっただろう。(後でこっそりと、『会えた?』と聞いたら『うん』と頷いていたから会場のどこかにいたはずだ。)

 けれど、その言葉には。

ヒューズ大尉や、今日『おともだち』になったばかりの俺や。

 このコンサート会場へ集まった全ての人たちに対して。

 ただの一人も命を落とすことなく、生きて帰ってきて欲しいという想いが込められていた。

例えそれが無理な願いであっても、心の底からそれを祈った。

だからこそ、皆泣いたのだ。

 大の男達が誰はばかることなく滂沱と涙を流したのだ。

 ジュディの呼びかけに湧き上がった歓声は、必ず生きて帰ると男達が誓った言葉の代わり。

 結局はその誓いを、かなえることが出来なかった者も当然いたが。明らかに前日までの疲弊した空気ではなかった。

 素晴らしいジュディのコンサートは、皮肉にも皆の士気を高めた。

 

 後に、『あのコンサートが殲滅戦を大総統に決断させた』とまで言う識者も現れたほどだった。

 

 

 ヒューズ大尉のレクチャーの下、無事ジュディの護衛を終えた俺。

 その2日後には、上官に呼ばれ移動を命ぜられる。

『ああ、やっぱり』

 内心小さく溜め息を付いた。

 けれど、いつまでも学生気分じゃいけないと思い知ったから。

 衣装を変えて、コンサート会場へと向かうジュディはそれまでの彼女とは違ってた。

 表情も、雰囲気も、にじみ出るオーラも…。歌手『ジュディ・M』になっていた。

 そして、時々小さな爆発音の響く中。ただの1音も外すことなく数曲を歌いきった。

 たった12歳。でも、この子はプロなんだ。

 それに引き換え自分は何だ?

 学生気分も抜けず、悪戯でジュディのテントに潜り込んだ。

 幸いジュディとヒューズ大尉のおかげで自分も、共にふざけた仲間も処分されることはなかったが…。

 それに甘えていてはいけないのだ、と思う。

 中途半端なままここにいたら、きっと俺は生きて帰ることが出来ない。そんな気がした。

 セントラルで会おうと、そうジュディと約束をしたのに。それも叶えられなくなる。

「おっ、ちったあマシな面構えになったじゃねーか。」

 移動の日。ヒューズ大尉がニヤニヤと笑って手を振ってくる。

「…大尉の下なんですか?」

「いや、俺の後任……ってとこかな。俺にも他への移動命令が出ててな、今の俺の仕事を任せられる奴を探してたんだ。」

「はあ。」

「ホレ、あいつの護衛。」

「?」

 示された先には先日ちらりと見かけた『焔の錬金術師ロイ・マスタング少佐』の姿があった。

「えっ、国家錬金術師の護衛!?」

「まあ、護衛って言っても。……なんての、『お守』?」

「はい?」

「ま、紹介するから。」

「………は…あ。」

 思いっきり不安が募る。

近くで見たら、マスタング少佐は自分より背が低くて驚いた。

 不機嫌そうに見上げてくる視線はじーっと俺の顔を見つめている。

「ジャン・ハボック曹長であります。」

「………。」

 無言のまま、ひょいとサングラスを摘み上げられた。

「っ」

 突然まぶしい光にさらされ、目を眇める。

「ロイ。自分の護衛の目ぇ潰してどうする。」

 ヒューズ大尉がマスタング少佐の手からサングラスを取り返して、ほいと渡してくれる。

「ありがとうございます。」

 再びかけなおす。

「先日、私が直した奴だ。」

「あ。」

「…は?」

「その、サングラス。こいつが持ってきて直せと言われた奴だ。ジュディのじゃなかったのか?」

「お嬢の友達の…っつったろ。」

「友達?お前が?」

 疑わしそうに上から下まで、じっくりと眺められる。

 ………まさか。………まさか、まさか。ジュディの兄……って……。

 

 

 

 

 

 

20060728UP
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サングラスネタです。
そして兄と対面。
きっとハボはこの兄妹からは、逃れられない運命だと思います。
(06、07、29)

 

 

 

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