ここにいるよ。4

 唖然と立ち尽くす俺の前で、大尉と少佐の会話が進んでいく。

「何だ、友達っていうのは。」

「仕方ねえだろ。それまで珍しく緊張してガチガチになってたお嬢が、こいつと話してる間はニコニコ笑ってたんだぜ。こいつと会ってなきゃ、あんな凄いステージ出来なかったと思うぜ。…お嬢のことだから無難にそつなくこなしたろうけどな。」

「そうか…。」

「え?緊張してたんですか?プロだなあ、スゲエなあ…と思って見てたんですが…。」

 俺の言葉に、思わずと言った様子で少佐の口元が緩んだ。

「いやあ、いいねー。わんこ。お前素直で。」

 大尉にはバシバシと背中を叩かれる。

「ですから、『わんこ』は止めて下さい。」

「ま。仲良くやってくれよ。じゃ、後はよろしくな。」

 俺の抗議はあっさりスルーして、わっはっはっと笑って大尉は行ってしまった。

「全く。どこから来るんだ、あのエネルギーは…。」

 少佐はふうと溜め息を付く。

「ロイ・マスタング少佐だ。」

「よろしくお願いします。」

「私のテントはこっちだ。来い。」

「はい。」

 荷物を持って、斜め後ろを付いていく。

 すると、周りの視線がスーッと寄ってきたのが分かる。

「あの。少佐。」

「何だ。」

 歩調を緩めず声だけが返ってくる。

「何か…注目の的ですね。」

「ここにいるうちに面の皮が3センチばかり厚くなること、間違い無しだ。」

「はあ。」

 そして連れて行かれたのは、ごちゃごちゃとテントが密集する場所から少し離れたところにポツンと設置されたテントだった。

「ここだ。」

「…何で、このテントだけ離れてるんですか?」

「むさくるしい男共と群れるなんて、ゾッとするだろう?」

「…はあ。」

 何を言ってるんだこの人は?こんな一つだけ離れた場所なんて目立つじゃないか…。

 そして、そのテントの前には二人の兵士が立ち番をしていた。

 少佐が近付くと、慣れた様子で敬礼をする。

「ヒューズ大尉の後任のハボック曹長だ。」

 少佐の紹介に会わせ、二人はこちらへも敬礼をしてきたので慌てて敬礼を返す。

 …エ…。二人とも軍曹?俺より10歳は年上に見えるのに…俺より下位だ。

「中に入れ、曹長。」

「はい。失礼します。」

 少佐に続いて中に入る。

「辞令を確認する。」

「はい、これです。」

 全く読んでいないような速さで、ざっと確認する。後にこれでもきちんと頭に入っているのだと知るのだが、この時はそんなこと分からずに『適当な人だなあ』と思っただけだった。

「あの、外の2人。軍曹ですよね?」

「ああ、君の部下だ。」

「お、俺の!?どう見ても、あっちの方が年上ですよ?」

 しかも、俺はまだ正式に士官学校を卒業してもいなくて、実戦経験ゼロなんだぞ!?

「ああ。彼らは、各地の戦場を渡り歩いてきた、真性のたたき上げだからな。聞いたことは無いか?」

 少佐がおもむろに4名の名前を挙げた。立ち番の2人の他にもう2人いるらしい。

「っ!傭兵に近いような人たちですよね。いつも最前線にいるような…。」

「おめでとう。今日から彼らが君の部下だ。」

「マ、マジっスか?」

 ある意味伝説になっているような人たちだ。

「…ほ、他には…?」

「うん?私の護衛は君を入れて5人だ。」

「え?国家錬金術師の護衛がたった5人!?」

 思わず声を上げる俺を、少佐は楽しそうに眺めていた。

「言っただろう?私には、野郎共とつるむ趣味は無いんだ。」

「や。つるむ…って、護衛でしょう?」

「どこへ行くにもぞろぞろと兵士を連れて歩く奴の気がしれん。ただでさえ不衛生な戦場だと言うのに。さらにむさくるしくなるわ、汗臭くなるわで最悪だ。」

 綺麗な顔をしかめる少佐は、正真正銘本気のようだった。

「や、あんたマジで言ってんですか?」

「当然だろう。お前は周り中男に囲まれても平気なのか?」

「や、そりゃ。勘弁してほしいっスけど。」

「そうだろう。だからこその少数精鋭だ。」

 当然だと言うようにふんぞり返る少佐を俺は唖然と見返した。

 何か、違うぞ。この人は…。

 士官学校に教授として残っている元軍人とも、指導員として俺達に指示を出していた軍人とも。そして、演説する大総統の傍につき従うお偉いさんたちとも。………違う。

 俺の無遠慮な口調も咎め無い、必要以上に保身に走ることも無い。

 それまで、『まだ、ペーペーなのに』とか『国家錬金術師の護衛なんて』とか。気後れと共に感じていた憂鬱感が少しずつ消えていくのが分かった。

「さて、仕事の話をしようか。」

「あ、はい。」

 俺の表情や気持ちの変化を。まるで読んでいたようなタイミングで少佐が言った。

「君たち護衛官の仕事は、作戦開始時に私を持ち場へ連れて行き終了後に連れて帰る。と言うものだ。作戦中は離れていて良い。」

「…それでは、護衛が出来ません。」

「戦闘中は必要ない。むしろ私の焔の邪魔だ。護衛官を避けて焔を出さなくてはならなかったために、負った傷もある。」

 ああ、この人は『焔の錬金術師』だったっけ。

 かといってこの人の焔を見ていない俺には、本人の主張が妥当なのかどうか判断できなかった。後で、ほかの護衛官に聞いてみよう。

「じゃ、何のための護衛官ですか?」

「敵から守るんじゃない。…そういえば分かるか?」

「まさか…。…味方から!?」

「ほう。察しが良いな。」

「な、何でですか?」

「私が、有能だからだろう。」

「や、冗談抜きでお願いします。」

「お前なあ。………本当だ。戦場での私はこの上も無く有能だ。」

「………。」

 あまりにもつまらなそうに言われたので、ちょっと驚く。

 戦績を上げるということは、軍人にとって名誉であるはずなのに。そうは思っていない?

「だから、無能でしかない輩はそんな私をやっかむのだ。」

「はあ。」

「同じ国家錬金術師でさえ、だぞ?たとえ私を亡き者にしたところで、自身が有能でなければ大総統には認められないことなど明白だろう。そんなことにも気付かない愚か者が多すぎる。」

 『多すぎる』?そんなにいるのか?

「雨の日などは、なかなか大変だろうが。まあ、頑張ってくれたまえ。」

 一瞬『何で雨の日?』と思ったが、取り合えず『はい』と頷いた。

「戦場とは敵を殺して評価される場所だ。要人を守る『護衛官』と言うのは評価されにくい。ましてや私の護衛官ともなれば、そのターゲットは『味方』だ。…つまりアメストリス人だ。」

 そこで初めて俺は、背筋がゾッとするのを感じた。

 俺は敵と戦うためにここにいるのではない?同胞を撃つ為にここにいるのか?

「例えこの任務をやりきったとしても、出世など望むべくも無いかも知れん。任務を全うすればするほど同胞殺しとして疎まれるかも知れん。

こんなことは気休めにしかならんかも知れないが。………割り切れ。」

「………。」

「この私を狙う馬鹿者共が悪いのだと、割り切れ。」

「………。…努力、します。」

「それともう一つ。これは他の4人にも言ってある事だが…。優秀な護衛の条件とはなんだと思う?」

「?…護衛対象を守り抜く…と言うことですか?」

「…まあ、そんなところだろうな。凡人の答えなど。 …そんな顔をするな、他の4人の答えもそんなもんだった。」

「違うと言うのなら、何なんですか?」

「本当に優秀な護衛官なら、私の身を守った上で己の身も守りきれ。」

「………。」

「私の部下なら、私の目の前で死ぬことなど許さない。」

「………少佐…。」

「この戦場では、毎日数え切れない人間が死んでいく。………恐らく一番殺していて言うのもなんだがな。」

「………。」

「そんな数字になるな。人間でいろ。」

「少佐。」

「お前は特に、だ。」

「何でですか?」

「あの子が待っている。」

「?」

「セントラルでな。」

「あ!……やっぱりあなたは…。」

「いいか。あの子との約束を違えるな。必ず生きて帰れ。それを誓えないのなら、私の護衛官になることなど許さない!」

「イエッ・サー!必ず、生きて帰ります。」

恐らくそれは、少佐自身が自分に言い聞かせている言葉。

『人間兵器』と言われるほどの戦績を得意がるわけでもなく。むしろ戦場と言う場を嫌ってさえいるような口調。

そんな人がどうして軍人になろうと思ったのかは知らないけれど、この人にとってはこの戦場に居るということさえも苦痛なんじゃないだろうか?

なのに。どれほど人に妬まれようと疎まれようと…そして恨まれようと。生きて帰ると誓うのは、幼い大切な妹のため。

 

 

『自身も生き残れ』そんなことを俺達に言ってくれる上官なんていなかったのさ。

 後に、気心知れて共に護衛官を務めた4人の仲間はそう笑った。

「変わってるからさ、ウチの少佐殿は。」

 虐げられ、軍の底辺を生き延びてきたたたき上げの兵士達は、そう嬉しそうに言った。

「護衛の仕事は今までもあったさ。けど本当に死なせちゃいけないと思ったのは少佐が始めてだ。」

「しかも、俺らのようなモンと一緒に酒を飲んでくれたり、軽口を叩きあったりする佐官なんて。マジ、天然記念物だぜ。」

「死なせちゃいけねえよなあ。」

「ああ、そうだな。」

「だったら、やるしか……ねえよ。」

「おう、今日は雨だしな。」

「雨の日は『無能』だからな、ウチの少佐は。」

 全くしょうがねえなあとひとしきり笑い合って。雨の中、足音を顰めて近づく気配に銃を向ける。

 そうして又、数字が刻まれていく。

 けれど、俺は必ず生きて帰る。

人間のまま、もう一度ジュディと会うのだ。彼女との約束を果たすために。

 

 

 

 

 

 

20060905UP
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何か、一気に軍人色が濃くなってしまいましたが…。
一度きちんとハボと大佐のイシュヴァールでのシーンを書きたかったので、月子的には満足しています。
ハボがイシュヴァールへ行った…と言う設定での二人の出会いはこんな感じ。
やあ、月子はこの二人が大好きなんだと改めて思いました。
二人の会話書いてると、もう止まらない!!
けど、この話はジュディとハボの話だからね。主従の話はこの辺で…。
ってか、ジュディ出てきてないし。
でも、大佐とハボはジュディを大切に想うって気持ちでも繋がってるんです。
(06、09、07)

 

 

 

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