ここにいるよ。5

「ご苦労だったな。」

 イシュヴァール最後の日。

 そう言ってマスタング少佐は俺ら護衛5人の手を順番にぎゅっと握った。

「少佐こそ、お元気で。」

 セントラルへ戻ったら、すぐに中佐に昇進するだろうと言われている。

 俺らとは別の世界の人間ってことだな。

 昨夜、そう笑ったたたき上げの軍人達はもう二度と会うことも無いだろうと思っているようだった。

「ハボック曹長。…いや、移動と同時に准尉だったな。ハボック准尉。」

「はい。」

「約束は自力で果たしたまえ。」

「…分かっています。…いつになるか分かりませんが、必ず。」

「ああ。」

 満足げに頷いて、少佐は一足先にセントラルへと帰っていった。

 そして俺は、即このまま南方司令部への赴任が決まっていた。

 赴任と同時に士官学校を卒業した扱いとなるので、准尉へ昇進することが決まっていた。

 けど、実家へ帰る暇もきちんと卒業証書を受け取る時間も無い。

 少佐が懸念したとおりだった。

 少佐の護衛をやりきった俺達護衛官5人は、戦争が終われば厄介者となってしまった。

 『その腕を見込んで』…とか耳障りの良い理由を付けて、俺達は再び最前線へと送り込まれる。

 武運を上げればそれでよし。仮に死んだところで全く困らない。…そんなとこだろう。

「じゃ、行きますか。隊長。」

「……だから、その隊長って…止めてくれませんか。」

 自分の兄か親のような年齢で、軍人としてのキャリアも実力もずっと上の人たちに。下位だからと敬語を使われるのはいたたまれないのだ。

「准尉こそ、俺らに敬語なんて…誰かに聞かれたら、マズイっすよ。」

「構うもんか。」

「あ゙あ゙、ここにも問題上官が居たぜ。」

 処置無しと首を振られる。

「…さて、冗談は置いておいて。行きますか、南方へ。」

「こことは又、種類の違う地獄ですからね。」

「スゲエな。隊長。その年で地獄めぐりなんて。」

「……ちっとも嬉しくねえんだけど…。」

 わはは、と笑い飛ばしながら。…けど、内心は半ばヤケで荷物を担ぎ上げた。

 

 

 それから2年。

 俺は南方司令部の中でもことさら『最前線』と言われる部署をあちこち回った。

 所謂『たらいまわし』と言う奴だった。

 何せ、最初の上官がアレだったから。初めのうちは『上司なんてそんなもの』と思っていたのだ。

 今回は、当たった上司が悪かったなあ。とかのんびり構えていたのだが。

 暫くすると、さすがにあんな偉ぶらない上司はマスタング少佐くらいで。

普通は、部下の言葉遣いから仕種、姿勢、生活態度までアレコレと口を出してくる。

酷い者になると、目線のほんのわずかな反感の色まで指摘して殴ったり蹴ったり。辛い仕事を割り当てたり…。

マスタング少佐が『天然記念物』と称された訳が本当の意味でやっと分かってきた。

 そのうちに、多少は『取り繕う』と言うことも覚えてきていたので。

初めのころに比べると、殴られたり蹴られたり。時には営倉に放り込まれたり…なんてことも少なくなり、無難に4ヶ月ほど過ごす部署も出てきたが。

いかんせん無理難題にはつい『それは無理です』と滑ってしまう口が災いして(もっとも、俺を良く知る者からは『口だけじゃなくて、態度も目つきも悪いっスよ』とかシツレイなことを言われていたが)、南方司令部では知らない部署は無いくらいの顔の広さ(ちょっと違う)だった。

一緒に南方司令部へ赴任した、他の4人とは。

くっ付いたり離れたりしながら、南方司令部内を渡り歩いた。

あいつらも『たらいまわし』組だったってことだ。

そうやって最前線に送り込まれ、無理難題を押し付けられ…けれども生き残ってきたからこそ。ある意味『伝説』と呼んでもおかしくないほどの武勇があるのだろう。

「ご愁傷さまっすね。」

 そんな中、南方では俺の副官としてずっと一緒に行動していたジョーンズ・ウィルソンが苦笑しつつ俺を憐憫の目で見ていた。

 共に居た4人のうちでは一番年少だったが、俺よりは5歳以上年上だと思う。

「まるで他人事だな、ジョーカー。」

 彼はカードが得意で、どんなゲームをやっても負けたことが無い。まるで騙された気分になるので仲間内では『ジョーカー』と呼ばれていた。

「他人事っすよ。けどまあ、これで隊長の地獄めぐりも終わりっすね。」

 良かったじゃないですか。と笑う。

「………すっげえ複雑なんだけど…。」

 南方司令部内でとうとう行くところが無くなった俺。

 この数日は、『倉庫の整理をしてろ』と言われて武器庫内の片付けなどをやっていた。

 備品のチェックなど、もう何年もしていなかったのだろう。

 書類と在庫の数などまともに合わなかった。

 その辺は適当に辻褄を合わせ、余分な在庫で使えそうなのはこっそり持ち出して仲間内で分配した。

どんな仕事でも真面目にやるといいことがあるもんだ。

まあ、それはともかく。

そんな居場所の無い俺に、次の引き取り手が現れたのだ。

ニューオプティンのハクロ将軍。

下士官の間ではあまり評判の良い人ではない。

「まあ、直属の部下ではないようですし…。」

 と、慰めになるようなならないようなことを言われ。俺はようやく南方の地獄めぐりから解放されたのだった。

 

 

 ニューオプティンはのどかな街だった。

 イーストシティなどの地方都市に比べても、ずっと小さな街だし。特に大きな産業も無い。

「………平和だ。」

 近くの牧場では牛が草を食んでいた。

 南方のどこかピリピリとした空気とは全然違う。

 さすがにこんな土地じゃあ、俺に無理難題をふっかける上司も居ないだろうから。暫く無事に過ごせるだろう。そう、思った。

 結局、南方司令部からここへも、猶予期間無しで異動させられた。

 セントラルへほんの数時間立ち寄ることも出来なかった。

 ジュディが普通の女の子だったら。…例えば本当に俺の妹とかだったら。

 この地へ呼んで面会しても不自然じゃなかっただろう。

 けど、彼女はそれこそ護衛無しにはセントラルを離れることは出来ないVIPなのだ。

 あの頃12歳だから…もう14歳か…。

「元気にしてるかな?」

 もう気分は、兄か父である。

「きれいになったよなあ。」

 南方司令部にある映りの悪いTVでは、良く分からなかったのだが。ここは割合映りが良い。

 にっこり笑う『お嬢』はさらに綺麗に成長していた。

 目標であった『ミステリアスな女』にはなれただろうか?

 次の休暇にでもセントラルへ行こう。…とのんびり構えていたのだが。

 

 司令部内で不正を見つけてしまった。

 武器の横流しだ。

 隠すつもりなどまるで無いかのように、少し調べれば証拠がぞろぞろ揃った。

 南方司令部では、とにかくテロリストが横行している。

 たいしたこと無い上官は多かったし、司令官だって気に入らなかったが。あそこの軍人達には緊張感があった。

 多くの人間が在籍しているわけだから、中には不埒なことを考える輩もいる。

 武器の横流し…なんてのがゼロだったわけじゃない。

 しかし、司令官も上官たちもそんな不正を黙って見過ごす者などいやしなかった。

 不正は根絶せよとばかりに、早急に調査を行い処罰していた。

 何しろあそこは。

 今日軍人の誰かが横流しをした武器で、明日自分が…あるいは仲間が…殺されないとも限らないような場所だったから…。

 だから、俺は当たり前のように。そう、これっぽっちも疑問を抱かずに調べた資料を基に犯人達を告発した。

 ところが、帰ってきたのは。

 『良くやった』(とは言われないだろうと思ってはいたが)とのお褒めの言葉ではなく、『厄介なものを掘り起こしてくれた』と言う迷惑そうな態度で。

 さらに、糾弾しようとした俺に罪を擦り付けて(つまり、武器の横流しをしたのは俺だと言うことにして)排除しようとさえした。

 ………。

 呆れた。

 いくら平和な土地だからといったって、横流しをした武器が俺達軍人に向けられるであろうことは簡単に想像が付くだろうに。

 それが自分でさえなければそれでいいのだろうか?ハクロ…ってそこまでバカなのか?

 処遇を言い渡されるまでの間、独房に押し込められた俺。

情けなかった。

 せっかくイシュヴァールを生き延びたのに…。南方の地獄めぐりだってクリアしたのに。

 こんな場所で、こんなバカらしいことで死ぬのか?

 

 裁判なんて、形だけのもの。俺が証言できる機会なんて与えられもしない。

そして、処罰が言い渡される日。

 独房のドアが開かれて連れて行かれたのは、処刑台ではなくて…。

「在籍最短記録更新、おめでとう。」

 そう言って、偉そうにふんぞり返ってにやりと笑ったのは………マスタング中佐(その後昇進したと聞いていた)だった。

「中佐?」

「お前は私が貰い受けることになった。」

「はあ?」

「全く、このロイ・マスタングがまさか男をお持ち帰りすることになろうとはな。」

「じゃ、処分は…?」

「処分されるようなことをやったのか?」

「いいえ。」

 どうやら俺の首はこの人のおかげで繋がったらしい。

 

 

「私はまだ、ここで仕事がある。そこで…だ。この件に関しての口止め料として、3日間の休日を与えよう。」

 なにやら楽しそうに笑った中佐。

「は…あ、ありがとう御座います。」

「と言うのは口実だ。さすがに1日で移動の手続きは取れんからな。」

「ああ、そうっスね。」

「ちなみに。今日を入れて、3日間だからな。」

「………って、でぇー!!」

 今日を入れて3日?

 その間に身の回りの荷物をまとめ、セントラルへ行ってお嬢にアポを取って会って。そして、イーストシティに来いってか!?

「あんた、鬼だ!!」

 そう言って駆け出す俺を中佐は実に楽しそうにくくくと笑って見送っていた。

「あの子に会って行かない…という選択肢は無いんだな。」

 

 

 

 

 

20060914UP
NEXT

 

 

 

ほのぼのにはなりませんでした。
おかしい…。
けど、ようやく次回はヒロイン登場です。
一度きちんと書きたかった空白の部分を書くことが出来てよかったです。
(06、09、21)

 

 

前 へ  目 次  次 へ