ここにいるよ。6

 移動してきたばかりだったので、大して荷物も多くない。

 少し前にバッグに詰めて持ってきた荷物をもう一度詰めなおして、俺は慌ててセントラル行きの列車に飛び乗った。

 途中、停車時間の長い駅からお嬢の事務所に連絡を入れてアポを取る。(電話番号はイシュヴァールで聞いてあった。番号が変わってなくて本当に良かった。)

 次の日にセントラルへ着き、ようやくお嬢に合えたのは、その日の夜だった。

「ジャン君!」

 事務所の応接室で待っていた俺。

バタンとドアが開いて、2年前より背も伸び綺麗に成長したお嬢が腕の中に飛び込んできた。

「お嬢。元気だったか?」

「ジャン君こそ!ロイからイシュヴァールは乗り切ったって聞いてたけど…。」

「南方も乗り切ったぜ。」

「うん…うん。」

 嬉しそうに何度も頷く様子に、ようやく約束を果たせたと心の底からほっとした。

 そして、やっと俺の中でイシュヴァール戦が終わったような気がした。

「今度はイーストシティに行くことになるらしい。」

「ロイのところ!?良かった、あそこなら会いに行けるわ!」

「そうなのか?」

「うん。年に何回かコンサートしたりするの。その時、警備をしてくれるのは東方司令部だから…。」

「へー、そうなんだ。」

「うん。……サウスシティは…まだ危険すぎて…。」

「ああ、無理だろうな。」

「でも、本当に良かった。」

「ごめん、心配かけたな。」

「ううん。絶対にもう1回会えるって信じてたから。」

 にっこりと笑うお嬢。そして、約束したから…と、自分と兄である中佐との生い立ちを話してくれた。

 いかにマスタング中佐がこの子を大切に想っているのかが分かった。

 そして、自分のために辛い思いをさせてしまっているのではないかとお嬢がとても気に病んでいることも…。

「俺は、イシュヴァールでしか中佐と一緒じゃなかったから…そんなに分かってないのかも知れないけど…。

 あの人はきっと自分の選択を悔やんでないと思う。」

「…そう、かしら…。」

「俺も男だからさ、分かるんだ。男なんて単純なもんでさ、大切な子のためなら何だって出来るんだよ。」

「…何だって?」

「そう、何だって…さ。そして、それを辛いとか大変だ…何て思ったりしないもんさ。」

「………。ジャン君も?」

「ああ、勿論。」

 お嬢との約束を守るために、俺は生き延びなきゃいけなかった。

 弾丸が本当に耳元を掠めて行ったこともあった。辛い命令に従わなければならないこともあった。

けどそんなことは、こうしてお嬢の笑顔に再び会えただけでほとんど忘却の彼方だ。

「お嬢が元気に笑っていてくれれば、中佐にはそれが一番嬉しいんだよ。」

「うん。ありがとう。」

 ほっとしたように、お嬢はにっこりと笑った。

 

 

 

「いよ〜う。わんこ。」

「………ヒューズ中佐。…いい加減その呼び方止めてもらえませんか。」

「わんこは、わんこだろ。」

「はあ…。で、今日は何の用ですか?」

「仕事に決まってんだろ。」

 ………絶対嘘だ。

「何だよ、その疑わしそうな目は。」

「いえ…。……そういえば、最近随分春めいてきましたよねえ?」

「ああ、だなあ。東部でも先週ようやく桜の開花宣言が出たって、な……っとと。」

「やっぱり。」

「このお、生意気にカマかけやがって。」

「わざと乗ったくせに。 今、イーストシティにはお嬢が来てますからね。」

「一緒に花見…なんて、最高だろう?」

「まあ、そうですが…。」

「何、ロイの奴。又、仕事溜め込んでんのか?」

「そろそろ中尉の銃が出ると思いますよ。」

「んじゃあ、俺とお嬢がハッパかけてやるから。あいつの仕事が終わったら花見しようぜ。」

 心配するな、資金は奴が出す。

 わっはっはっと笑ったヒューズ中佐が、東方司令部の建物の中へ入っていった。

 

 俺がこの東方司令部へお持ち帰りされてから、そろそろ2年になる。

 その間俺は少尉に昇進し、マスタング中佐は大佐になっていた。

 そして…、やっぱりマスタング大佐は普通の人じゃないと思う。

 イシュヴァールで護衛官を務めた、俺以外の4人を呼び寄せて俺の隊に編入してくれたのだった。

 俺が南方を離れてからも最前線をたらいまわしにされていた4人。

 彼らを覚えていてくれた…。それがとっても嬉しかった。

 そして。

 お嬢が言っていた通り。年に何回かは、このイーストシティでコンサートを開く『ジュディ・M』。

 事務所の方も心得ていて、ここでのコンサートの前後は多めに日程を組んでお嬢が兄と一緒に過ごせるように配慮してくれていた。

 だから、時折東方司令部内に『ジュディ・M』が出没する。

 その事態を他の事情を知らない職員達が何と思っているのかは分からない。

 まあ、将軍の遠縁の娘…だとか、大佐の知り合いだとか…。その辺で適当に納得しているのかも知れないが。

 そして今現在も。来週に行われるコンサートの準備と称して、お嬢はこのイーストシティに来ていた。

 昨日。午後から半休だった俺は、仕事上がりに街の案内役を任命され。出来たばかりの新しい公園だの、美味しいケーキ屋だのをお嬢と一緒にハシゴしたのだ。

 ……花見か。

 大佐のたまった仕事が早急に処理された後なら…うん、悪くない。

 日差しも穏やかだし、春先にしては風もそれほど吹いていない。絶好の花見日和となるだろう。

 

 その後、ホークアイ中尉とヒューズ中佐とお嬢の3人に見守られ(見張られ?)驚異的なスピードで仕事を上げたマスタング大佐。

 その財布を握り締めて買出しに出たフュリー曹長とファルマン准尉が戻る頃には、中庭の奥にある手ごろな桜の木の下には大きなシートが敷かれ(敷いたのは俺だ)、取り皿やコップなどが食堂から調達されていた(これはブレダ)。

 将軍や、医務室の老医師など気心知れた者にも声をかけた。

 一応、司令部内での飲酒は禁止されているのでジュースで乾杯をする。

 通りかかった者に、お菓子のおすそ分けをしたり。

 お嬢が機嫌よく歌い始めたのが、彼女のライバルと言われているアーティストの歌だったので、大佐がムッとしてみたり。

 近寄ってきたブラックハヤテ号におののいてブレダが大騒ぎしたり…。

 こんなにのんびりしたのは本当に久しぶりだった。

「大きな事件がなくて、良かったわ。」

 ほっとしてホークアイ中尉が漏らした言葉は、みんなの気持ちを代弁していた。

「ジャン君。…見て、見て、アレ。」

 花見も和やかに盛り上がっていた最中。

 お嬢が俺の袖を引っ張った。

「うん?」

「ほら、あの木の上。…猫?」

 お嬢が指差す先を少し探ると、確かに咲き誇る桜の木のもう1本向こう側の木の枝に、猫が乗っていた。

「ああ、ありゃ。登ったはいいけど降りられなくなったんだな。」

 見ると。子猫と成猫の中間といった感じの猫だった。

「降りておいで。」

 木の下からお嬢が声をかけるが、人間の言葉などに耳を貸す気配もない。

「ジャン君でも届かない?」

「ああ、無理だな。……抱き上げてやるから、手エ伸ばしてみな。」

「うん。」

 左肩の上にお嬢を座らせ、ゆっくりと立ち上がった。

「落とすなよ。ハボック。」

「大丈夫かよ、わんこ。」

「怪我なんかさせたら、ケシズミにしてやるからな。」

 見物しているらしい、大佐たちの方から声が掛かる。

「イエッサー。」

 お嬢も不安定な中で、そっと猫の方に手を伸ばした。

「おいで、降ろしてあげるから。」

 そっとかけられた声、けど急に近付いてきた人間に驚いたのだろう。

 猫はお嬢の頭と俺の頭を経由して、ひょいひょいっと地面に降り立ち一目散にどこかへ逃げて行ってしまった。

「きゃあ。」

「うおっ。」

 とっさのことでバランスを崩した俺達。

 倒れる寸前、お嬢を庇ったのは覚えているが。鳩尾に強い衝撃があり一瞬意識が遠のいた。

「ジャン君!ジャン君!」

「う…。」

「大丈夫!?どこ痛いの?どっか打った?」

 お嬢の慌てたような、それでいてめい一杯心配してくれている声が掛かる。

「へ…き。」

「お嬢の膝が鳩尾に入ったな。」

「ああ、情けないな。」

 と、酷評する中佐と大佐。

「大丈夫じゃ、お嬢。ハボック少尉は頑丈なのが取得だからの。」

 東方司令部に所属する人間の健康管理を一手に引き受ける老医師が、なんでもないと太鼓判を押す。

 その言葉に、その通りだと笑えばよいのか。でも、痛いものは痛いと文句を言えばよいのか…。

「…お嬢は?怪我、無いか?」

「うん、大丈夫。」

 にっこり笑ったその笑顔を守れただけで、良かったと思ってしまう俺は。

 マスタング大佐やヒューズ中佐を初めとする『ジュディ・マスタング保護者連』に、名前を連ねてしまっているのだろうな。

 

 

 

 

 

 

20061009UP
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途中、急に2年後になっていますが…。分かりづらかったでしょうか?
ようやくイーストシティへ。
この頃のハボは。ジュディの兄貴のつもり。
次回はハボの怪我入院です。今後この二人がどう変わっていくのかお楽しみに。
(06、10、12)

 

 

 

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