ここにいるよ。7
病室に入ってきた歌姫は、呆れたように盛大な溜め息を付いた。
「あんた達、バッカじゃないの!」
あんまりなもの言いに、がくんとベッドの上に座っている二人の肩が落ちた。
「ジュディ、今朝のワイドショーでは数日前にバカンスに行ったと言っていたのだが…。」
その兄が力なく言う。
「嘘に決まってるでしょ、ここにいるんだから。休みの間まで追いかけられたくないもの。
皆がセントラルに来たから、かわりばんこに遊んでもらおうと思ってたのに…何で入院なんかしてるのよ。本当、バッカじゃないの。」
兄の部下達とはすっかりお馴染み。
遊びのメインターゲットであった兄と『おともだち』が入院とあって、すこぶる機嫌が悪い。
そして、本当に心配してくれているからこその怒りだということも分かっているので、男二人はもう『すみません』としか言いようがない。
「全く、もう。」
と室内に入ってくるジュディ。
相変わらず流行の最先端を行くようなブランドの服を、あくまで自然に可愛らしく着こなしている。
最近は、艶やかな黒髪を短めに整えていた。
小ぶりの花束と紙袋を3つ持って入ってきていたジュディは、その紙袋のうちの1つを兄の方へ差し出した。
「はい、こっちがロイの着替え。」
「ああ、すまないね。」
「…いいけど…。何?あの家の中、いつ帰ったの?」
埃積もってたよ。心配気に言われて、改めて自分の無茶を振り返って苦笑してしまう。
「こっちは、ジャン君。」
「えっ、俺のも?」
もう一つの方を手渡され、ハボックが声を上げる。
確か昨日、ホークアイが着替えを取ってくるからと鍵を持っていったはずだ。
「どう見たって、リザさんお疲れでしょ?私が行ってきた。」
「………。」
「…汚かったよ…。」
「う、すみません。」
ポツリと言われて頭を下げる。
見合いでショックを受けて休んだ後、何とか引越しの片付けは始めたものの。全て終わらないうちにソラリスと出会った。浮かれて部屋の掃除どころじゃなくなって、そのうち泊り込みなどで忙しくなって…。
…きのこ…生えてなかっただろうか…?
ハボックの部屋に入れたということは、ホークアイから鍵を受け取ったということ。
昨日も見舞いに来てくれていたのだろうか?
ハボックは内心溜め息を付いた。
昨日は足が麻痺したと告白した日。
自分もだが、マスタングもホークアイもちょっとまともじゃなかった。
ジュディが見舞いに来てくれていたって、上手く笑えたかどうか分からない。
少し落ち着いた今日で良かったのかも知れない。
ハボックの足のことはもう知っているのだろうが。どう、思っているのだろう?
「もう一つの紙袋はなんだね?」
見舞いの品か?とマスタングがワクワクと開いた。
「ああ、それ。仕事。」
「え?」
持ってきた花束を備え付けの花瓶に生けながら、ジュディがにっこりと笑った。
花瓶を脇に置き、マスタングのベッドへと近付いてくる。
そして、食事用のテーブルを出して書類を広げる。
「ち…ょっと待て。」
「リザさんが、早めにお願いしますって言ってた。」
はい、ペン。と準備万端用意される。
「………。」
心底嫌そうな顔をしていたが、まさか年の離れた妹に駄々をこねる訳にも行かず。渋々とペンを取った。
「水、汲んでくるね。」
とジュディは花瓶を持って病室を出て行った。
「………。」
「…ご愁傷様です。」
「面白がってるな。」
「いえ、滅相も無い。」
「安心しろ、下の方にはお前の分の書類もある。」
「げ。」
そんな話をしているうちにジュディが戻ってきた。
「出来た?」
「そんなにすぐは無理だ。」
40枚ばかりある書類に順にサインをしていく。
ジュディはハボックの方へ向き直ると、
「で、どうなってんの?」
と、いきなり毛布を捲りあげた。
「うわ、何すんだっ!?」
「何って、脚見ようとしただけじゃない。」
「お嬢っ!」
「あらあ、見られたらこまるモノでも?」
「そうじゃなくてだなあ。」
あーでもないこーでもないと二人でわいわい始まる。
『仲の良いことで』
イヤイヤ書類にサインをさせられている身としては嫌味の一つも言ってやりたい気分なのだが。
昨日から必要最低限の言葉しか発しなかったハボックにとっては、良い気分転換になるかもしれないと我慢する事にする。
暫く黙って仕事をしていたが…。
「ん?…ジュディ…これは、一応ハボックのサインが先だろう。」
「ああ、先にやちゃってよ。」
「イヤ、…まあ、いいけどな。」
「ああ、俺の書類。」
「いくつかやりかけになってた懸案だ。」
「ああ、ウチの副官が作成してくれたのかな…。」
セントラルへ来てから与えられた小隊。
隊としての形を整えきれないうちにこんなことになってしまった自分をふがいなく思う。
「後から追加したらイヤだろうと思って、全部そっちに廻してあるから。終わったらジャン君の分はこっちへちょうだい。」
「堂々とズルを推奨するな。…まあ、仕方ないか。」
こんな状況だしなと、サインを進める。
「俺の分、そんなに何枚もあるのか?」
「ん?10枚…15枚くらいかしら?」
「ああ、そんなもんか。」
なら、いっかと笑う。
「…随分用意のいいことだな。」
書類を見ながらマスタングが苦笑した。
「もう、完璧っしょ。とっくに引越し始めてると思うわ。」
「引越し?誰か引越しするんですか?」
「お前だよ、ハボック。」
うんうん、と隣でジュディも笑う。
「お、俺?」
「うん。そろそろ荷造り終わる頃だわね。」
室内の時計を見つつジュディがにこりと笑った。
「な、何でっ!?」
「あんな狭い外階段を3階まで上がらなきゃいけないようなアパートで、どうやって車椅子で生活するつもりなの?」
「へ…?」
「1階ってのも考えたけどセキュリティを考えたらやっぱ上の方でしょ?そうなるとエレベーターが付いてないとね。」
「エ、…エレベーター?」
「色々考えると窓も防弾の方が安心だし。」
「ち…ちょっと…。」
慌てるハボックをほおっておいて兄妹が話し始める。
「どこかで見たような住所なんだが。」
「私のマンションと一緒だもの。同じ階で、エレベーターをはさんだ反対側の部屋。間取りは1LDK。昨日中見てきたわ。
床はフラットだからOK。多少手すり付けたりする必要はあるかもしれないけど、退院するまでには出来ると思う。
問題は流し台や洗面台の高さなんだけど…これは本人がいないとね。」
「そうか。…じゃあ、こっちはハボックへ廻してくれ。」
「もう、終わり?」
「ああ、私の分はね。私はこれを中尉に渡してくる。」
「エ?私、行くよ?」
「イヤ。少し気分転換したいからね。」
「そう?無理しちゃダメよ?」
「大丈夫だよ。中尉が詰めてるのは隣の部屋だろう?」
「うん。」
ベッドを降りて立ち上がるマスタングにジュディが手を貸す。
「ハボック。」
「はい。」
立ち上がったマスタングは、ポンとハボックの肩を叩く。
「お前は相当女運が悪かったが、まあ今回は厄払いだったと思え。そして、後は自分で何とかしろ。」
「何スか…それ…。」
「女運?…ああ、何かスパイだったんだって?」
「何で知ってる?」
「事件自体は知らないわよ。ただ相手の方にジャン君の彼女が居た…って。」
「はは…。すっかり騙されてた。本当、女運悪いな。」
笑うに笑えない話だ。
「この際だから、言っとくけどね。」
とジュディがちょっと怒ったように言う。
「ジャン君、女運が悪い訳じゃないと思う。」
「エ?」
「そうか?」
男二人が首を傾げる。
「むしろ、女の趣味が悪い!!」
びしっと指を指して断言されて、がっくりとハボックの首が落ちる。
『『あ、凹んだ。』』
兄妹が心の中で、ハモった。
20061017UP
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改めて言わせていただきますが、ジュディちゃんの出るお話の設定は原作軽く無視しています。
この後も、ちょっと原作とは違う流れになりますが細かいことにはこだわらずおおらかなお気持ちでお読み下さい。
(06、10、20)